ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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なんか立て続けにタイトルの元ネタが古いなぁ……。


第四十三話   記憶に御座いません

 

 ドウシテコウナッタ……。

 

 

 

 

 

 寝不足特有の頭痛と共に目覚めたメグミは、痛む頭を刺激せぬようベットの上に身を起こし、ふと視線を落すとその傍らでは笠女生徒会長の結依が毛布に包まり安らかな寝息を立てている。

 思わず声を上げそうになり口元を押えたが、その瞬間激しい頭の痛みに襲われたメグミは頭を抱えると暫くそのまま動く事が出来なかった。

 漸く発作的な激しい痛みが治まり改めて結依に視線を向けたが、幸いにして彼女はまだ目を覚ましてはおらず、メグミは取り敢えずこの頭痛を何とかすべくそっとベッドを抜け出すと足音を忍ばせバスルームへと向うのだった。

 そっと扉を閉め目の前の鏡に目をやり、その時になってメグミは自分が何一つ身に着けていない事に気付き、更にはベッドで毛布に包まっていた結依の姿も、見えた肩は可愛らしく少女らしいラインが露わになっていた事を思い出したが、その瞬間再び激しい頭痛に襲われ頭を抱えるとその場にしゃがみ込んで動けなくなってしまう。

 

 

「うぅ……」

 

 

 呻きつつそ~っと立ち上がったメグミは、ソロリソロリと浴室に入ると扉を閉める。

 少々熱めに設定したシャワーを浴びながら暫くは思考停止してぼ~っとしていたメグミだが、シャワーで若干血の巡りが良くなると脳が少しづつ記憶の整理を開始した。

 

 

「ええと…昨日は試合の後温泉行ってシャンプー貰ってその後は……」

 

 

 記憶を手繰り始めたメグミだがまだまだ頭の方は完全には回っておらず、断片的な記憶を繋ぎ合わせる作業の進行はかなりスローペースな様子だ。

 ボディタオルにたっぷりとボディソープ泡立て寝汗を流すべく身体を洗う。

 背中を洗えばボディタオルの刺激が心地良く、それだけでも随分と頭の中がスッキリして来て脳の回転も良くなって行くのが自分でも解った。

 

 

「そうよ…試合の後は温泉行って、それからケイのヤツに練習試合の打ち上げの宴会にに無理矢理引っ張り込まれたのよ……」

 

 

 メグミの途切れていた記憶がそこから一気に繋がって行く。

 

 

「さあ!それじゃあみんな揃ってサンダース(ウチ)に来て貰うわよ!」

 

 

 温泉を出て基地に戻った処でケイがいきなりそう宣言したが、訳が解らずラブを始めAP-Girlsのメンバー達は首を捻っているがそんな事はお構いなしにケイはひとり盛り上がっている。

 

 

「一体何をひとりで盛り上がってるのよ~?」

 

「何をじゃないわよ、試合が終わったら打ち上げに決まってるじゃない!ラブ達にはサンダース流のもてなしを体験して貰うんだからね!」

 

「ああ、そういう事ね……」

 

「勿論メグミも来るんだからね!」

 

「えぇ!?私も!?」

 

 

 現役時代(高校時代)を思い出したメグミは逃げる算段をしていたが、既に両側からケイとナオミにガッシリと肩を組まれその退路は完全に断たれていた。

 

 

「いやいや、私らはこれで失礼するよ」

 

「ええ、そうですわね」

 

「打ち上げは当事者同士だけでやるのが筋だわ!」

 

「えぇ~?いいじゃない別に~!」

 

「いやケイよ、実際アンツィオ(ウチ)は急いで帰らないとラブを迎え撃つ準備が間に合わなくなるんだよ、申し出は有難いがこればかりは遅れたらシャレにならんからな」

 

 

 不満げなケイにアンチョビがそう告げると、ケイもハッとして頭を下げた。

 

 

「ゴメン、そうだったわね!」

 

「気にする事はないさ、みんなで盛り上がるのは最終戦の黒森峰が終わってから改めて集まればいいじゃないか。その時はウチも全力で盛り上げてやるからさ♪」

 

「そっか、そうよね!」

 

「そうさ♪それじゃあな」

 

 

 それぞれが帰途に就く中、明日のライブにメグミ同様LOVE'S VIPとして招待を受けている杏だけがひとり笠女学園艦に残る事が決まっており、みほが心配そうな顔をしていた。

 

 

「ラブお姉ちゃん!」

 

「何よみほ、いきなり大声だして~?」

 

「いい!?もし会長さんに変な事したら絶対許さないんだからね!?」

 

「ちょっとぉ、いっつも私に変な事してるのは一体誰よ~?言われたくないんだけど~?」

 

「うるさい!絶対だよ!」

 

「うるさいのはどっちよ~?言われなくたってそんな事しないわよ~」

 

「わたしゃ別に構わないけどね~」

 

「か、かかか会長さん!?」

 

 

 ポッと赤く染まった頬を押え困ったように言った杏に、みほは驚いてあわあわと両手を振る。

 

 

「友達同士なら色々あるわよ…ね?アンジー♪」

 

「ね~♪」

 

「だ、ダメぇ~!」

 

 

 仲良く手を繋ぎ頷き合う二人に、みほは目をグルグルにして更にあわあわする。

 そのみほの様子にひとしきり笑うと今度こそ本当に解散する時間となった。

 そして杏はラブ達と行動を共にし他の者達がいよいよ撤収しようとしたその時、何時の間に付いて来ていたのかさっきまでメグミの腕にぶら下がっていた結依が突然一同を呼び止めた。

 

 

「うわ!いつの間に!?」

 

 

 いきなり背後から呼び止められたまほが盛大にビビって飛び上がり、他の者の失笑を買っていたが付いて来ていた事に誰も気付いていなかったので笑いながらも全員驚いてはいたようだ。

 

 

「ああビックリした…頼むからあまり脅かさないでくれないか……」

 

「おほほ♪まあそんな物の怪のように言わないで下さいまし」

 

 

 コロコロと可愛らしく笑う結依であるが笠女の生徒会長など務める辺り、やはり只者ではない雰囲気は随所に垣間見え油断ならぬ相手と皆の目には映るようだ。

 

 

「まあそんな警戒しないで下さいませ♪」

 

「そ、それでどんな要件だろう?」

 

「ですからそんな警戒されるような事ではありませんわ♪とにかく取り敢えず一緒に我が校の学園艦にお越し頂けませんか?お話はそれからという事で」

 

 

 そんなこんなで一同は、結依に導かれゾロゾロと笠女学園艦に乗艦して行くのだった。

 

 

「あれ?結依ちゃんは?」

 

 

 ふと気が付くと結依の姿が消えており、ケイの先導で勝手知ったるサンダース学園艦に乗艦していたメグミはキョロキョロと辺りを見回していた。

 

 

「あ、結依ちゃんなら校務でちょっと艦に戻ってますけど、直ぐこっちに来ますからご心配なく」

 

 

 杏と仲良く並んで歩いていたラブが振り返り戸惑うメグミに答えると、意味有り気な笑顔になりメグミに対して結依のセールストークを始めるのであった。

 

 

「気になります~?」

 

「い、いや!別にそういう訳じゃ……!」

 

「そうですかぁ?結依ちゃん可愛いと思いません?」

 

「そ、そりゃあまあ……」

 

「でしょ~?結依ちゃんは本当にお買い得な子ですよ~?」

 

「あ~確かにね~♪大洗(ウチ)の生徒会の執行部でも笠女の生徒会長の人気は相当なもんだからねぇ。頭の回転が速くて気が利いて、こっちの意向なんかお見通しで万事抜かりなく何でもそつなくこなせる才女な上に、あの可愛さと性格とスタイルの良さ。こりゃあほっとく手はないよねぇ♪」

 

「お~!あの大洗の会長さんの御墨付が出るとは結依ちゃんはホンモノだぁ♪」

 

「きしし♪褒めてもナンモ出ないよぉ?」

 

 

 掛け合いのように話を進めるラブと杏だが、それに同調する様に周りの生温い視線は全てメグミに集中し気圧されたメグミは抗うように言い返すのに必死だった。

 

 

「ちょ…まっ……だっ…なんに……してな……!」

 

 

 しかしテンパって言葉になっておらず残念ながら大した効果はなかったようだ。

 

 

「メグミさんなら安心です♪末永く結依ちゃんを可愛がってあげて下さいね~♡」

 

「あうぅぅ……」

 

 

 流れる様に話を纏めて行くラブにただ口をパクパクさせるメグミであった。

 その後結依がメグミの元に戻って来たのは両校の隊員達が、全体ブリーフィングにも使われた例の講堂に集まり大量の料理が運び込まれ始めた頃であった。

 

 

「お疲れ様、忙しいのに私の相手なんか──」

 

「スト~ップ!それ以上は仰らないで下さいね~♪」

 

 

 白魚のような指先でメグミの唇を塞いだ結依は、にっこりと微笑むと本気とも冗談ともつかない事を平然と言ってのけメグミを硬直させるのであった。

 

 

「私メグミお姉さまの為ならどんな苦労も厭いませんわ♡何なりとお申し付け下さいね♪」

 

 

 頭が真っ白になるメグミだがその様子に注目していた者達は皆耳がダンボになっており、ナオミなどはテーブルを真っ二つにするような勢いでバシバシ叩き受けていた。

 

 

「Attention!みんな!今日は双方ともよくやってくれたわ!私ももうここで細かい事を言う気は更々ないわ、とにかく飲んで食べて目一杯騒ぐわよ!」

 

『Yeaaaah!』

 

 

 壇上のケイが特大のコーラのグラスを掲げると一斉に歓声が上がり、サンダース主催の練習試合の打ち上げパーティーがスタートした。

 

 

「やっぱサンダース(ウチ)に来たらこれを食べてもらわないとねぇ♪」

 

 

 壇上からラブと共に降りたケイは、テーブル上に山のように並ぶバーガーやフレンチフライにチキンなどを指差しながら笑うのだった。

 

 

「これってやっぱり佐世保バーガーなワケ?」

 

「そうよ、一応サンダースオリジナルレシピで作ってるけどね」

 

「そう言う意味じゃ笠女の学園艦カレーと一緒ね~」

 

 

 ラブは特大のハンバーガーに噛り付きながらもそんな感想を漏らす。

 横須賀の人間でありアメリカで暮らしていた事もあるラブはこういう食事に一切抵抗がなく、体力勝負な戦車道選手でもあるので躊躇する事は全くなく積極的に食べていた。

 

 

「うん♪このアメリカンな感じこそハンバーガーよ!ハンバーガーはやっぱこうでなくっちゃ!」

 

 

 ご満悦なラブはそう言いながら次々並ぶジャンクフードに手を付けて行く。

 

 

「まあ佐世保と横須賀じゃ同じ海軍さんの街で結構ネタ被りするもんね~」

 

「確かに~♪」

 

 

 苦笑しながらケイが言う事にラブも噴き出しながら同意した。

 

 

「やっぱアレ?佐世保でも派生商品でとんでもないシロモノが爆誕したりするワケ?」

 

「イヤ~!答え難いわ~!」

 

「やっぱあるんだ~!」

 

 

 街興しのヒット商品に便乗した商品は、時としてどうしてそうなったという物が出て来るのは全国どこも共通らしかった。

 

 

「私には懐かしい味ね…でも私がいた頃よりも美味しくなってるかな?」

 

「メグミお姉さまには思い出の味なんですね♪」

 

 

 ピッタリとメグミに寄り添った結依は、甲斐甲斐しく料理を皿に取り分けたりしている。

 

 

「お~いメグミ~!」

 

 

 その様子をずっとニヤニヤとオチっていたケイが遂にメグミに声を掛けた。

 

 

「な、なによ!?」

 

「もげろ~!」

 

「うっさい!」

 

 

 後輩達から好き放題に言われ、言い返すメグミだが結依はしっかり張り付いて離れない。

 宴はいきなり最高潮の盛り上がりに達しようとしていた。

 

 

「ねえケイ、さっきサンダース流のもてなしとか言ってたけどさ、あれの何処がサンダース流な訳よ?なんかちょっと違う気がするのは私だけ?」

 

 

 ラブの視線の先のステージ上では、サンダースの隊員達が通信カラオケの機器を繋ぎセットアップ中で、背後のスクリーンとも繋いでいるのでそれはかなり馬鹿げたサイズのカラオケシステムだ。

 気が付けばいつの間にか各テーブルにもタンバリンやマラカスなどカラオケボックス定番のパーカッションの類が用意されており、状況的には講堂そのものが巨大なカラオケボックスとなっていると見るのが正解であろう。

 

 

「細かい事はどうでもいいわ!打ち上げはカラオケ!昔はいつもそうだったじゃない!」

 

 

 拳を握りしめ盛り上がるケイに何と言ったものか考えるラブ。

 

 

「うひゃひゃ♪おケイは随分テンション上がってるねぇ」

 

 

 横で笑う杏も何やら乗り気なので、ラブも一計を案じその盛り上がりに便乗する事とした。

 

 

「そだね、昔みたいにみんなで歌おうか♪」

 

 

 ラブが立ち上がればそこから一気に特大のカラオケ大会が始まり、まず主催者のケイがトップバッターで歌えば、ラブが乱入し初っ端からフルスロットルで盛り上がりは加速する。

 既にAP-Girlsの曲も人気で上位にランクインしていて、本物を引っ張り込んで一緒に歌うサンダースの隊員や、彼女達の世代の懐メロやコテコテの演歌やアニソンなどを、それこそ曲の途中でも歌い手が入れ替わったりしながらカオスな盛り上がりは加速する。

 途中ナオミがラブにマイクを無言で突き付けて3曲程連続でバラードを歌わされたが、その間最前列かぶり付きで正座して、顎を梅干しにしながら滝のように涙を流し聴き入るナオミの姿に講堂中が一時凍り付いくアクシデントも発生したりした。

 その後ラブは二人を巧みに誘導しケイと杏にデュエットさせるように仕向け、ステージ上のケイの様子をさり気なくしかしつぶさに観察していた。

 

 

「うふふ♪やっぱりね…これは明日は私も頑張らなくっちゃねぇ……」

 

 

 時折り横で歌う杏にチラチラと奔らせるケイの視線の熱っぽさを確認したラブは、独り明日のライブは二人の為にいつも以上に盛り上げる決意をするのであった。

 

 

「あら?どうかしましたか?」

 

 

 ラブの呟きが聴こえたのかメグミが声を掛けて来たが、ラブは微笑んでそれを躱し時折ステージに担ぎ出されその声を披露していたメグミに称賛の声を送るのだった。

 

 

「いえ、大した事じゃないんですよ。それよりメグミさんもとても良い声してるんですね~♪」

 

「えぇぇ~!?そんな私なんかぁ!」

 

「ですよね~♪さすが私のメグミお姉さまですわ♡」

 

「結依ちゃんも楽しんでるようねぇ~♪」

 

「ええ勿論♪次はメグミお姉さまと二人で歌うデュエット曲入れてあるんですよ~♡」

 

「い、いつの間に~!?」

 

「あっはっはっは♪メグミさんがんばれ~!」

 

「うあぁぁ……」

 

 

 その後盛り上がりに盛り上がった打ち上げのカラオケ大会は深夜にまでおよび、正確に引き上げた時間が何時であったのかメグミは覚えていなかった。

 いくら現役女子大生、たとえ大学選抜の中隊長であったとしても底無しの現役女子高生のパワーに太刀打ち出来るものではなかったのだ。

 後にこの差が大洗との一戦での敗因ではないかとメグミが考えてしまう程にその差があったのだ。

 結局完全に女子高生パワーに圧倒され電池切れ寸前となったメグミが、再び結依の茶トラケッテンクラートに揺られ笠女学園艦に戻ったのは恐らく朝に近い時間だったのではと思われた。

 茶トラケッテンクラートから降りた辺りで途切れた記憶はいくら考えても思い出せず、直近の記憶は頭痛と共に目覚め隣りでスヤスヤと寝息を立てていた結依の姿だけで、宿舎に辿り着いてから眠りに付くまでの間の事は一切思い出す事が出来ない。

 『既成事実』とか『責任』などと言う単語が頭の中で渦巻き始め、熱いシャワーを浴びているにも拘らずメグミは背中に冷たいものが奔る感覚に囚われたが、更に別の恐ろしい事態が待ち受けている事に思い至り慄然とした表情になった。

 もし、万が一今のこの状況をルミとアズミの二人に知られたとしたら、あの二人にバレた場合如何なる事態になるか容易に想像出来てしまい、思わず頭を抱えその場にしゃがみ込んでしまう。

 だがそれ以上にもっと恐ろしいのは隊長である愛里寿に知られた場合であり、果たしてどんな反応をされるか想像すら付かず、それはリアルにシュミレート出来るルミとアズミの反応など霞む程に恐ろしく、どうしたらいいのか解らなくなったメグミはただ呻き声を上げるのみであった。

 

 

「あうぅ……」

 

 

 しかしそんな事で事態は解消される事もなく、いつまでもそうしている訳にも行かずバスローブに袖を通しタオルで髪を纏めバスルームを後にしたが、気が付けば頭痛の方はほぼ解消していた。

 

 

「お早う御座いますメグミお姉さま♪」

 

「あぅ……」

 

 

 部屋に戻ると自分がシャワーを浴びている間に目覚めたらしい結依がベッドの上に身を起こし、三つ編みのローポニーにしてもかなりの長さを誇る藤色の髪を手櫛で梳いていた。

 12月ともなると日の出の遅い長崎の朝はまだ仄暗く、常夜灯の淡い光の中髪を梳く結依の姿は何とも艶めかしくメグミも直ぐに返事を返す事が出来なかった。

 

 

「あ…その…おはよ……」

 

 

 ふらりとベッドから立ち上がった結依は何処かおぼつかぬ足取りでメグミの元へとやって来るが、一糸纏わぬ彼女が歩を進める度に張りのあるたわわが大きく揺れている。

 薄暗い中でもはっきりと解るそのプロポーションは、大凡高校一年生のそれではなかった。

 

 

「えっと…あのね……」

 

「私もシャワーを浴びさせて頂きますね~」

 

「え?えぇ……」

 

 

 ゆらゆらと揺れるようにメグミの横をすり抜ける結依の目は何処か焦点が合っておらず、まだ微睡みの中から完全に脱していないようだ。

 

 

「聞けなかった……」

 

 

 バスルームに消えて行く結依の背中を見送ったメグミは、ポツリとそう呟くのがやっとであった。

 

 

「さあ、これが済んだら朝食を取りに行きましょうね♪」

 

 

 ハキハキとそう言う結依は既に制服に身を包み、その姿は一分の隙もなくこれぞ優等生、これぞ笠女の生徒会長といったオーラを身に纏っていた。

 

 

「あ、あのね……」

 

「もうちょっと待って下さいね~♪」

 

 

 にっこりと微笑みながらドレッサーの前に座らせたメグミの髪を梳かす結依は、至福の時間の邪魔はさせぬとばかりにメグミが何か言おうとする度に、巧妙にそれを封殺し髪を梳かす作業に没頭していた。

 

 

「よし!いいですわ♪カンペキ!」

 

 

 満足げに頷いた結依は陶然と微笑みながらメグミの背後に立ち、その両の肩に手を添えているのだが、どうにもその光景はどちらがお姉さまだか解らないものであった。

 

 

「さあ!それではまいりましょう♪」

 

「いや、その……」

 

 

 そう結依に話し掛けた瞬間メグミのお腹が可愛くグウと鳴き、結依は大きな笑顔を作りメグミの手を取ると軽い足取りで部屋を出て行く。

 

 

「あれだけ()()()()お腹空きますよね~♪」

 

「あうぅ……」

 

 この時メグミは無駄に健康な自分の身体を呪ったが、これ位タフでなければ大学選抜で中隊長の任など勤まらないであろう。

 だが明確に何と言われた訳でもないのに撃破判定を受けたような表情になったメグミは、結局そのまま何も聞けずにただ流されるまま結依に連れられ部屋を後にした。

 

 

「うふふふふ♪」

 

「な…なにぃ……?」

 

 

 結依の操る茶トラケッテンクラートの後部座席上で、やはりやる事やってしまったかと打ちひしがれていたメグミの耳に結依の不気味な笑い声が飛び込んで来た。

 

 

「うふふ♪やっぱりメグミさんって私の思った通りの方なんですね」

 

「え……?」

 

「真面目で優しくて思いやりがあって…きっと部下の信頼も厚い中隊長さんなんでしょうね♪」

 

「結依ちゃん一体何を……」

 

「大丈夫、メグミさんは何もしていませんよ。さっきからずっとその事を気にしてらしたんでしょ?昨夜は電池切れ寸前でフラフラだったから何も覚えてないみたいですね。でも部屋に戻る途中、ずっとうわ言みたいに現役女子高生恐るべしって言ってましたけどそんなにですか~?」

 

「え?あ…そうなんだ……」

 

 

 チラリと振り返った視界の隅で、あからさまにほっとしたような表情のメグミを捉えた結依はクスッと笑った後にこう付け加えた。

 

 

「ほんっと何にも覚えてないんですねぇ…でも唇は柔らかくて素敵でしたよ♡」

 

 

 後半は意図的に小声でしゃべった為に聞き取れなかったメグミが聞き返そうとしたが、結依は前に向き直り楽しそうに鼻歌を歌いながらケッテンクラートの運転に専念していた。

 それから暫くトコトコ走り、辿り着いた学食でもそれまでと何ら変わる事なく甲斐甲斐しくメグミの世話を焼く結依に対し、周囲からはあからさまに羨望の眼差しと露骨に羨ましがる声が聴こえ、視線と耳が痛いメグミであったが当の結依は完全に何処吹く風であった。

 

 

「さあメグミお姉さま、しっかりと腹ごしらえして下さいね~♪今日はスケジュールてんこ盛りでタフな一日になりますから。でも御安心下さい、私がしっかりスケジュールを組んでおきましたので、メグミお姉さまにはAP-Girlsの全イベントをコンプリートして頂きますわ!」

 

「あ…そうなんだ…お手柔らかにね……」

 

「お任せ下さいませ!」

 

 

 この時メグミは果たして一日自分が持つのかどうかまるっきり自信がなかったのだか、そんなメグミの胸中などお構いなしに怒涛の一日はこうして幕を開けた。

 

 

「改めてこうして近くで見ると本当に大きいわね……」

 

 

 おおすみ型学園艦最後尾、この学園艦最大の特徴であるウェルドックにて目の前に鎮座する超弩級上陸舟艇S-LCACを見上げながらメグミは絶句していた。

 全長約90m、全幅約50mはあるこのモンスターは、一度に70t近くはあるティーガーⅡクラスでも25両は積載可能と云われており、既に笠女のもう一つの顔としてその勇名を轟かせていた。

 

 

「音の方も凄いですけどね~」

 

「やあ♪お早う御座いますプレジデント結依!」

 

「えぇ!?プレジデントぉ?」

 

 

 苦笑する結依と絶句しているメグミの前に、パイロットスーツのようなツナギにヘルメットを小脇に抱えた一人の美少女が快活に声を掛けながら現れた。

 

 

「も~!朝っぱらからからかわないでよ櫻ちゃんってば~!」

 

「いやいや、我らを束ねるこの笠女きっての才女にして生徒会長の結依()()()をプレジデントと呼ばずして誰をそう呼ぶってのよ~?」

 

「だからもうホントにやめてよね~!それよりホラお客様にご挨拶してよ~」

 

 

 ハイテンションでじゃれ合う美少女二人を最初はぽ~っと眺めていたメグミだが、櫻が薄暗いウェルドック内でもよく照明が当たる場所に出て来た瞬間その顔を見てパニックを起こした。

 

 

「あ…れ?え?えぇ~!?に…西住ま…ほ……えぇっ!?」

 

「あっはっはっは♪やっぱり言われたねぇ」

 

「まあご本人も驚かれてたから無理はないけどね」

 

 

 ケラケラ笑う結依と苦笑する櫻に訳が解らぬメグミは目が点になっている。

 戦車道に深く関わりがある者なら驚くのも無理がない程顔立ちだけはまほに瓜二つな櫻は、呆然とするメグミに向かい手を差し出しながらにこやかに挨拶をした。

 

 

「驚かせて申し訳ありません、私はS-LCAC1号艇艇長の宮乃杜櫻(みやのもりさくら)と申します。本日はメグミさんには1号艇に搭乗して頂きますのでどうか宜しくお願いします」

 

「え?宮乃杜…さん?あ!ご、ご免なさい!あまりにもそっくりだったのでその…でもホント何と言うか…親戚とかじゃなくて?」

 

 

 まだ信じられないといった表情のメグミはつっかえながらも口を開いた。

 

 

「うふふ、櫻で構いませんよ。西住隊長とは全く縁も所縁もないんですよ。ああ、でも本人にはお会いしたしウチの隊長は親戚の厳島隊長だからまるっきり縁がない訳ではないですね」

 

「そ、そうなんだ…でも本当に驚いたわ……それじゃあその…櫻ちゃん宜しくね」

 

「はい、お任せ下さい♪」

 

 

 櫻は笑顔で敬礼すると、メグミと結依を1号艇のキャビンではなく操縦室へと案内した。

 その操縦室は船舶というより航空機のコックピットと言った方がしっくりくるが、内部は本来のLCACより遥かに広い為圧迫感のようなものは然程感じなかった。

 

 

「今日お二人には一般の体験搭乗前の六艇同時のデモ航行の時に搭乗して貰おうと考えています。そしてせっかくなのでキャビンではなく操縦室の方で楽しんで下さい」

 

「え?いいの櫻ちゃん、それにデモ航行って事はクルクルするの?」

 

「勿論クルクルするよ~」

 

「きゃ~♪」

 

 

 はしゃぐ結依を余所にメグミはその高待遇に少し心配になっていた。

 

 

「でもいいのかしら、ここまで優遇されちゃって……?」

 

「なんの、LOVE'S VIPですからね、まだまだこんなのは序の口ですよ」

 

「え゛……?」

 

 

 固まるメグミに二人は笑いながら気にするなと言うが、メグミとしてはこの先何があるか考えるとなにやら空恐ろしい気がして腰が引けるのかおかしな体勢になっている。

 

 

「間もなく離艦しますからそちらの補助席の方に座って下さい」

 

 

 櫻が指し示す先には補助席とはいいながらも、フルハーネスのシートベルトが装備されたレーシングバケットのようなごついシートが設置されていた。

 他の搭乗員に手伝って貰い二人はシートにがっちりとベルトに固定され、その間にも櫻の指示でS-LCACは離艦の為のシークエンスを着々と進めて行く。

 操縦席周辺の液晶モニターに灯が入ると、その様子は増々航空機のコックピットめいて見えそれをそのままメグミが口にすると、艇長の櫻が振り向き笑顔でそれを肯定した。

 

 

「私は航空機の操縦経験はありませんが、操縦感覚とかは実際それに近いんじゃないかと思ってます。尤もS-LCACは上昇下降が出来ないので一概には何とも言えないんですけどね」

 

「ふ~ん、そうなんだぁ……」

 

 

 やがて全てのチェックが終わった頃、コントロールから離艦の許可が下るとウェルドック内に注意喚起を促す回転灯が回り、重い音と共に艦尾の門扉が開くとドック内に外光が射し込み薄暗さに慣れていた目にはほんの一瞬眩しさを覚えた。

 

 

「それじゃあ行きますよ」

 

 

 少し振り向いた櫻がそう告げるとまず後列の三艇のガスタービンに火が入り、ドック内にその轟音が轟きイヤーマフをしていても尚耳の奥を激しく叩かれるのであった。

 

 

「凄過ぎる……」

 

 

 呆然とするメグミだがその前方のデッキ上では、誘導員が両手に持った明滅する誘導灯をプッシュするような仕草で前後に振ると、後列の三艇が滑るように離艦して行きドック内に一瞬の静寂が訪れたが、櫻の合図で前列三艇のガスタービンが咆哮を上げるとそれまで以上の轟音が耳を叩いた。

 声にならない声を上げ驚いているメグミの様子に口元だけ微笑んだ櫻の指示で、待機していた三艇も一気に離艦すると先に離艦していた三艇とあっと言う間にフォーメーションを組んでいた。

 

 

「こちらマリンエンジェル1、各艇に通達、これよりデモ航行を開始する……さあみんな!準備はいいね?お客さんが待ってるんだから派手に行くよ!」

 

『Yeaaaah!』

 

 

 櫻が無線に向かって檄を飛ばすと各艇からも絶叫が返って来る。

 上空には笠女のスーパースタリオンが全機出動しており、どうやらデモンストレーションの様子を既に来場している観客の為に随所に設けられた大型モニターで中継するようであった。

 準備はとっくに整っていたらしく、フォーメーションを組んでの機動パフォーマンスを行うS-LCACの暴れっぷりが中継され始めると、まだ朝早い時間であるにも拘わらず各種イベント目当てでつめかけていた観客達も、映し出されるS-LCACの派手な機動展示に驚きの声が上がっていた。

 

 

「Amazing!この狭い佐世保湾でよくやるわよね、もう呆れる通り越して感心するわ」

 

 

 サンダース学園艦の甲板の外れにある展望公園から、朝食代わりのアメリカンなサイズのホットドッグをかじりながらS-LCAC六艇による機動パフォーマンスを見物していたケイ達だが、狭い湾内でクルクルと回り続けるその器用さに肩を竦めながらそう言った。

 

 

「う、ウソでしょ~!?」

 

「きゃ~♪櫻ちゃん凄い凄~い!もっとやってもっとやって~!」

 

 

 100mに達しようかという巨体を振り回しクルクルと旋回運動を続けるS-LCACの操縦室内では、今二種類の絶叫が響き渡っていた。

 一つ目は驚きや恐怖と云った感情が入り混じったメグミのものであり、そして二つ目は絶叫マシンなどではしゃぐ女子のそれであり、その声の主である現役女子高生の結依はハイテンションで自在にS-LCACを振り回す艇長の櫻に声援を送っている。

 これだけでもメグミにとっては充分驚異的な体験であったがこれはまだ序の口であり、その後湾の外に出たS-LCACは更に速度を上げ同様の機動展示を行い、それはもうメグミには人生観が変わる程インパクトのある体験となったようだ。

 

 

「如何でした?楽しんで頂けましたか?」

 

 

 櫻を始めS-LCACの運用スタッフ達に体験搭乗の礼を述べ、ウェルドックを後に次のイベントであるオープニングセレモニー兼AP-Girlsのトークショー会場に向かう、結依の茶トラケッテンクラート上でS-LCACの体験搭乗の感想を聞かれたメグミだが、あまりにも衝撃的な体験に直ぐには反応出来ずにいると、ちょこっと振り返ってメグミの表情を見た結依は満足げに独り大きく頷くのであった。

 そしてその頃、メグミと杏が宿泊しているのとは別の宿舎で一夜を過ごしたまほ達一行は、本来なら帰った事になっているのでケイや杏とのエンカウント防止という名目で、そのまま宿舎で待機と云う名の監禁状態になっているのだが、今夜のライブでケイと杏がどうなるかというワクテカなイベントが控えているので何一つ不満は出てはいない。

 アンチョビなどは実際早く帰ってラブを迎え撃つ準備をしなければいけないのに、それはそれコレはコレという事で皆と一緒にしっかりそのまま居残っていた。

 宿舎で学食同様の朝食が提供されそれを綺麗に平らげた一同は他にも色々と娯楽施設が用意されているにも拘らず、探索に出たダージリンが発見した5人一組で動かすリアルな戦車シュミレーターでメンバーを入れ替えながら対戦する事に目の色変えて没頭していた。

 何しろチーム対戦出来るよう全部で10両分のシュミレーターが並んでいる為、5両づつのチーム対戦をしたり一対一のタイマン勝負をしたり飽きる事無く戦い続けている。

 運用する人数により省略する事も可能だが、装填手がダミー砲弾を装填しないと砲撃が出来なかったり、通信手が味方との連携を上手く出来ないと惨敗したりして恐ろしく出来の良いそのシュミレーターではあったが、こんな時までそれにのめり込む辺り揃いも揃って救いようがない戦車馬鹿っぷりを発揮しているとしか言いようがない。

 そして全員がこのシュミレーターを自分の学校でも導入出来ないかと算盤をはじき始めたが、アンチョビの『これきっと凄く高いぞぉ~』の一言で現実に立ち返りガックリと項垂れる一幕もあった。

 

 

「ホントいつもラブのやる事は派手だよねぇ♪」

 

 

 昨夜は笠女の宿舎に宿泊したものの朝食後からはケイ達と行動を共にしている杏は今、笠女学園艦屋外ステージで行なわれている一般開放のオープニングセレモニーに観客として参加している。

 全てが専用に作られているので、舞台装置等も凝りに凝っていて演出と相まってちょっとしたイベントであっても一切退屈させられる事はなく、続くトークショーでも終始ご機嫌な杏の隣にいるケイも何処かそわそわとしながらもその笑顔はとても輝いていた。

 ステージ上のラブもその様子に俄然やる気がアップしていたが、杏もケイもその事にはまだ全く気が付いておらず、それが更にラブの気を良くしているようだ。

 とにかく今のラブは、二人の仲が上手く行く事のみを信じて突き進むのが自分の使命だと信じているようで、そうなったら誰にも止められないのがよく解っているAP-Girlsの少女達は、それに関しては誰一人絶対口を挟まないのであった。

 その後艦内各所で行われるイベントもケイ達は自由気ままに見て回り、メグミの方も結依のエスコートにより効率良く重要なイベントに参加して、一般では手に入らないグッズなども手に入れる事が出来たメグミは、昼食の頃には結依を神の如く崇めていた。

 

 

「おほほ♪メグミお姉さま、それはいくら何でも大袈裟ですわ」

 

 

 芝居じみた仕草でそれを笑う結依もまた満更でもないようで、満足気にメグミの腕に抱き付いて猫のように顔をぐりぐりやっているが、既にメグミもそれを抵抗なく受け入れている。

 笠女生徒会長木幡結依、見事AP-Girlsで(メグミ)を釣り上げていた。

 そして昼食後もいくつものイベントをクリアして気が付けば日も暮れてくれば、いよいよメインのAP-Girlsのライブの開演時間も目前に迫っていた。

 そして今メグミと結依はAP-Girls専用アリーナ内でもVIP専用区画にあるカフェで、開演前に軽い腹ごしらえという事でクラブサンドなどを口にしていたのだが、メグミはここでこの二日結依と過ごしていて気になっていた事を聞いてみた。

 

 

「ねえ結依ちゃん」

 

「はい何でしょうメグミお姉さま?」

 

 

 メグミのカップにポットで取り寄せていたコーヒーを慣れた手付きで注ぎつつ、結依はにっこりと微笑みながら何なりとお申し付けをいった表情をする。

 

 

「結依ちゃん、アナタ戦車に乗っていた事があるんじゃない?」

 

 

 それは振り回されながらも結依を観察した結果、それ以上に戦車乗りとしての勘から導き出したものであり疑問符を付けた形で口にしているが、メグミの中では確信があっての事のようであった。

 

 

 




また最後に伏線張ってるけど回収出来るのか……?

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