ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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遂にアンツィオの秘密兵器が登場です(大袈裟)

しかしおばかさんだらけでチョビ子も苦労が絶えませんねぇ♪


第四十七話   千代美ちゃんは疲れています

「こんな時間に申し訳ありません……」

 

 

 アンチョビが頭を下げた相手、ラブこと厳島恋に生き写しのその女性は、ラブの母麻梨亜の双子の姉でありラブの育ての親である厳島亜梨亜その人であった。

 

 

「いえ、恋の事で大事なお話しがあるとの事でしたので。私もつい先程まで仕事をしておりましたので何も問題はありませんわ。それに私の方から伺うべきなのに千代美さんに態々御足労願う事になってしまって却って申し訳なく思います」

 

 

 アンチョビに対し詫びの言葉と共に頭を下げた亜梨亜に向かい、アンチョビは慌てて手を振りそれを制すると、どう見ても未だ仕事中の亜梨亜の時間を取らすまいと早速本題に入るのだった。

 何故行動を共にしたかの理由はさすがに伏せながらも、その際のラブの言動に付いてアンチョビは自身の主観を交えず努めて状況のみを正確に伝えるよう意識していた。

 

 

「そうでしたか…あの子がそんな事を……その水族館の話は私も存じておりませんでした。事故の一週間前というと、やはり私があの時と同様アメリカにいた時の事ですね……それにしても私達親子は人生の大事な節目で何度も千代美さんに助けられていますね、私ももう何とお礼を言ったらいいのか言葉が見付りません」

 

 

 アンチョビが報告を終えると、亜梨亜は天を見上げ嘆息するようにそう言うのがやっとだった。

 

 

「いえそんな……」

 

 

 正直返答に困るアンチョビであったが、望むと望まざるとに拘わらず彼女はこの先も厳島の行く末を左右する場面に幾度となく立ち会う事になるのだが、今の彼女がそれを知る由はなかった。

 

 

「それでね千代美さん…あなたはそのラブの様子を見てどう感じたのかしら……?」

 

「私……がですか?」

 

「ええ、千代美さんがどう感じたかを聞かせて欲しいの」

 

 

 今度はアンチョビが暫し天を仰いだ後、言葉を選びつつポツポツと答え始めた。

 

 

「ええと…そうですね、何と言いますか…本人は忘れていたと言ってましたけど、私も上手くは言えないのですが、忘れていたというより自分で記憶に蓋をしていた……私にはそんな風に感じられました…すみません、なんだか自分でもよく解らない事を言ってしまいました……」

 

 

 亜梨亜は目の前のドーチェと呼ばれる少女の聡明さに改めて深い感銘を受けていた。

 今アンチョビが記憶に蓋をしていると評したのは、事故の後に渡米して治療を受けていた頃に、メンタル面を担当していたドクターが同様の表現をしており、亜梨亜は目の前の二十歳に満たぬ少女が問題の正鵠を得ている事に大いに驚いていたのだ。

 

 

「千代美さんやはりあなたは凄いわ、あなたが恋の友達でいてくれて本当に良かった」

 

「あ…いえ、本当に自分でも何言ってるか解らなくて……」

 

 

 アンチョビはやたら気恥ずかしさを覚え真っ赤になっているが、そんな反応も亜梨亜にとっては好ましいものであり彼女の中でアンチョビの好感度は更にアップしていた。

 

 

「そんな事はないわ、千代美さんの目は実によく真実を見極めているもの」

 

「え?あ?おば様!?」

 

 

 亜梨亜はアンチョビが腰を下ろしているソファー隣に来ると、彼女を優しく抱きしめその耳元で改めて礼を述べるのであった。

 

 

「千代美さん本当にありがとう。そしてこれからも恋の事、宜しくお願い致します」

 

 

 ラブと生き写しの亜梨亜に抱き締められたアンチョビは、その心地良さと微かに鼻腔をくすぐる品の良い香りにぽ~っとなってしまう。

 

 

『あ…この香り、ラブと同じフレグランスだ……♡』

 

 

 アンチョビは素敵なご褒美を貰ったようで、それだけで報われた気持ちになった。

 暫くはそうして幸せな気分に浸っていたアンチョビだが、正気に戻るともう一つの大事な話を亜梨亜せねばならず、今一度居ずまいを正し彼女と向き合うのだった。

 

 

「おば様、この件に関して仲間達に伝えておきたいのですが宜しいでしょうか?」

 

「え?ええ、それは構いません。千代美さんから話しておいて頂ければ何かと助かります……何から何まで頼ってしまって申し訳ないのですがお願い出来ますか?」

 

「それは勿論です。ただタイミング的にはラブと西住…まほとの試合が終わってからになると思いますが。その……こう言ってはなんですがまほは結構メンタル的に弱い部分がありますから、試合前に言うと確実に影響が出そうなので……」

 

「あぁ…確かにまほ()()()は優しい子ですからねぇ……」

 

「まああの脆さは豆腐ですよね…それも……」

 

「絹ごしよねぇ……」

 

「ぷっ!」

 

 

 アンチョビの言わんとする処を先取りして亜梨亜が言った事に思わず吹き出す。

 亜梨亜も自分で言っておいてあらいけないと口元を手で覆いながらも目は笑っていた。

 二人してひとしきり笑った後は大事な試合が控えているアンチョビは席を辞すると、直接乗り付けていたフィアット508CMのステアリングを握り、夜陰に紛れるように母艦を目指す。

 

 

「やれやれ…思わぬ一仕事になってしまったが、やはり亜梨亜おば様に話しておいて正解だったな。まほ達には全試合終わってから一度集合して直接話すのがいいだろうなぁ」

 

 

 一段落付いた安堵感と共に今後の方針を考えながらステアリングを捌き、笠女学園艦から桟橋に降り立ったアンチョビはそのまま今度はアンツィオ艦の舷梯を上り始めた。

 

 

「ん…アレ……私はカルパッチョのヤツに事情を話しておいたか?」

 

 

 亜梨亜に会いに行く前から何か大事な事を忘れている気がしていたアンチョビだったが、当初の目的以外の事態が発生した事と晩餐会の準備のドタバタでカルパッチョと話す時間もなく、更に隊長執務室に一人残りその後そこからそのまま出掛けた為に状況を何も伝えられていない事を思い出した。

 

 

「いや…ドタバタしてて何も話してなかったか……何しろ想定外の事態が発生したからなぁ、まだそんなに遅くはないから帰ったら話しておくか。愛の様子も気になるしなぁ……」

 

 

 運転しながら頭の中を整理しつつ独り言を言っていたアンチョビは、そこまで呟いた処で重要な事に気が付くと共に恐ろしく嫌な予感に襲われるのであった。

 

 

「まて…まてまてまて!アイツらアレを全部見てたんだよな!?マズい!アイツら絶対誤解してるぞぉ!急いで説明しておかないととんでもない事になるぞぉ!」

 

 

 舷梯を上るフィアットのアクセルを踏む足に力を込めたアンチョビは、淡い緑のツインテを靡かせ大慌てで寮を目指し走り去って行った。

 

 

「ドゥーチェ!手遅れです!」

 

 

 寮に飛び込むなり、ホールに溢れる隊員達を捌きつつアンチョビに気付いたカルパッチョが発した第一声を聞いた瞬間、事態を一発で察したアンチョビはその場にガックリと膝を突いた。

 

 

「姐さ~ん!ラブ隊長良い仲になったってマジっスかぁ!?」

 

 

 アンチョビの姿を目にするなり大声でそう言いながらぺパロニが駆け寄って来た。

 他の隊員達も口々に何か言っているが、その目は一様に妄想でギラ付いているのが解る。

 

 

「おいカルパッチョ!オマエ何しゃべったぁ!?」

 

「ドゥーチェ私じゃありません!」

 

「じゃあ誰が!?」

 

「いやあ、晩メシん時に夏妃のヤツから聞いたんスよ~♪アンチョビ姐さんがラブ隊長に泣かれて抱き締めた後、水族館に行って仲良く手を繋いで出て来たって」

 

「あのおしゃべりめ……」

 

 

 関係が良好で給養員学科とのコラボも含め、隊員同士の交流も活発な笠女とアンツィオであったが、互いにその性格のせいか意気投合しぺパロニも夏妃を活きの良い後輩として可愛がっていた。

 その夏妃が晩餐会の間に当初の目的を忘れ、見た事()()をしゃべった為に見事に尾ひれが付いた話が瞬く間にアンツィオの隊員達の間に広まり、完全にワクテカ状態になった隊員達は直接アンチョビから生な話を聞くべく、こうして彼女の帰りを待ち受けていたのだ。

 思いもよらぬ漏洩源にアンチョビは頭痛を覚え頭を抱える。

 

 

「アイツは何の為に私がラブを連れ出したか忘れとるんかー!?」

 

「なんか愛さん以外はみんなテンション上がってましたけど……」

 

「それはほぼ全員じゃないか!」

 

「で?姐さんどうなんスか?ラブ隊長を2号さんにしたんっスか~?」

 

「このドアホ!そんな訳あるかー!」

 

 

 アンチョビは頭痛を堪えつつワクテカな隊員達に、カルパッチョから聞かされていた当初の目的と、微妙に事実は伏せつつもラブの泣いた理由を説明した。

 何処か微妙に納得してはいないようではあるがアンチョビの説明に一応は納得したふりをして、それでも何となくグズグズと噂の続き話をする隊員達にとうとうアンチョビの爆弾が落っこちた。

 

 

「オマエらいい加減にせんかー!明日の試合寝不足でヘマしたら承知せんぞぉ!いつまでも下らん話をしてないでサッサと寝てしまえー!」

 

 

 蜘蛛の子散らすようにそれぞれの部屋に駆け戻って行く隊員達を見送ったアンチョビは、疲れ切った顔で肩で息をして気のせいかツインテを留めるリボンまでもが草臥れて見える。

 

 

「お疲れ様でしたドーチェ…ラブ先輩はそう言う事情があったのですか……」

 

「まあそういう訳だが詳しい事はまた改めて話す…全く夏妃のヤツめ……しかし何故この短時間であそこまで話しに尾ひれが付くのだ?こんな事なら先に話しておくべきだったがどうにか被害は最小限で済んだようだな……」

 

 

 すっかり疲れ切った表情のアンチョビはそう吐き出すように言った後、引き摺るような足取りで自室に向かうとシャワーもそこそこにベッドに倒れ込むと泥のような眠りに落ちて行ったのだが、この時既に事態は手遅れになっていた事を彼女は知らなかった。

 そう、彼女は忘れていたのだ、アンツィオの隊員達の口の堅さがパスタに使うアサリより軽い事をアンチョビは完全に忘れていたのであった。

 笠女学園艦で共に過ごして以降各校の隊員同士の交流は非常に活発化しており、夏妃の口から漏洩した情報は、その数分後にはアンツィオの隊員達の手により各校の親しい者達にメール等で発信されあっと言う間に拡散しており、悪夢の尾ひれ付き過ぎな伝言ゲームの結果アンチョビは後日酷い災難に見まわれるのであった。

 そんな中唯一の救いはその噂がまほの耳に入ったのが、黒森峰戦終了後であった事位だろうか。

 そんなこんなで明けて翌朝格納庫に現れたアンチョビは、若干目が充血し疲れた顔をしていたが隊員達が揃う頃にはシャンとしており皆の前に立つと極短い訓示を行なった。

 

 

「いいか、訓練でやった事を忘れるな!恐れず戦いそしてパスタを持ち帰れ!」

 

 

 威勢の良い歓声と共に戦車に乗り込みエンジンを始動すると、隊列を組み走り出した。

 艦を降り桟橋を進むと、ちょうど笠女学園艦のランプドアからAP-Girlsの5両のⅢ号J型も降りて来る処で、合流した両校は二列縦隊で併走したまま桟橋を進んで行く。

 

 

「P40じゃなくてタンケッテがフラッグ車!?それに前3両のカルロ・ベローチェ、あれはCV33じゃないわ……ゾロターンの20㎜…対戦車ライフル積んでるって事はL3 ccじゃない!」

 

 

 Love Gunの砲塔サイドハッチを開き、箱乗り状態で身を晒し風に髪を流していた砲手の瑠伽は、並走する豆戦車のうちアンチョビが乗る先頭車を含め3両の武装が、通常のCV33の8mm重機関銃2挺とは異なりゾロターン製のS-18/1100全自動対戦車ライフルに換装された、L3contro carro(コントロ・カルロ)に更新されている事に気付き驚きの声を上げていた。

 

 

「そうね…さすが千代美、ちょっとやられたわ……これは少し厄介な事になりそうよ」

 

 

 ラブにしては珍しく素直に驚きの感情を露わにした事に、瑠伽は更に驚き目を見開いている。

 並走するタンケッテの車上では開け放ったハッチから身を晒したアンチョビが、片膝を立て腕組みをしたポーズで風にツインテを踊らせている。

 その横顔からは今にも不敵な『フフン』という笑い声が聴こえて来そうであった。

 時を同じくして清水港に面し、廃線となった清水港線の清水港駅跡地に作られた地元サッカーチームの名前を冠した大規模商業施設のある清水マリンパーク内では、各所に設置された大型モニターでアンツィオと笠女が並走し出陣する姿が映し出されていた。

 

 

「あれが安斎の奥の手か……」

 

 

 スタンドに陣取るいつもの面々もその変化には気付いており、モニターの中両校挨拶の為に自分達がいるマリンパークに向かっているラブとアンチョビの姿を目で追っていた。

 

 

「アンツィオがそれ程大きな買い物をした形跡は見当たらないのですがコレは一体……」

 

 

 膝の上のノートPCを操り何やら情報を読み取っているアッサムだが、日頃からGI6を使い各校の動向をチェックしている彼女でもアンツィオがL3contro carroを導入していた情報は掴めていなかったようで、出し抜かれた悔しさからかその表情は若干険しい。

 

 

「でも切り札と呼ぶには些か力不足な気も致しますわね」

 

 

 アッサムの後を受けて口を開いたダージリンは辛口のファーストインプレッションを口にしたが、その寸評とは裏腹にその表情はアッサム同様に険しく、策士ドゥーチェ・アンチョビの事を自分が戦う訳ではないのに警戒しているのは明らかだ。

 

 

「確かにな…だがゾロターンの20㎜、舐めて掛かると痛い目を見るぞ」

 

「それ位は解ってますわ、でもあの車両は一体何処から調達したのかしら?」

 

 

 

 まほの指摘にダージリンはやや不満げに答えたが、確かに突如現れた3両の豆戦車は謎が多い。

 この6連戦中ダージリンが壊したP40の修理代捻出の為出店を展開し外貨獲得に精を出していたアンツィオに、豆戦車とはいえ3両も導入する程の余裕があるとは思えないというのは共通の見解であり、それは事実でアンツィオの懐具合は相変わらず火の車の自転車操業であった。

 

 

「でもそれ以上に問題なのはあのラブの髪型ですわ!あのリボン、アレは一体どういう事ですの!」

 

「ああ…アレはなぁ……」

 

 モニターの中では黒のリボンで自慢の深紅のロングヘアーをアンチョビ同様ツインテに結ったラブが、朝の陽射しの中走行風にその髪を踊らせていた。

 何が気に入らないのか眉を吊り上げ声を荒げたダージリンに、事情を知るまほが答えようとしたのだが、何を思い出したのか口元を手で覆うとダージリンから目を逸らした。

 

 

「なんですの?」

 

「い、イヤ…別に……」

 

 

 まほと同じくみほとエリカもダージリンから目を逸らしているが、よく見ると二人は揃って小刻みに肩をプルプルさせているのが分かる。

 

 

「全く…ホントなんですの?」

 

 

 事情を知らぬダージリンは独り面白くなさそうだが、その不機嫌の理由はアンチョビとお揃いのリボンでツインテにしているラブが可愛く、それに対する嫉妬心と自分がラブと対戦した時に自分と同じ様に編み込みにさせれば良かったなどという実に子供っぽいものであった。

 しかしアッサムはその様子から、ダージリンの思惑を的確に見抜いており早くも疲れた表情でめんどくさそうに長い溜め息を吐いていた。

 だが当のダージリンもまたその髪型が原因でまほ達がプルプルしているなどとは露程も思っておらず、その周りの者達も拘われば面倒な事になるので知らんぷりを決め込んでいる。

 

 

「千代美凄いわ♪L3contro carroを3両も導入するなんてさすがね!」

 

「フフン…っと言いたい処だがアンツィオ(ウチ)にそれ程の財政的余裕はないよ」

 

「ん?それはどういう事?」

 

「出店の評判が良く荒稼ぎさせては貰ったが、いくらタンケッテとは云え戦車を3両も買える程稼いだ訳じゃない。それに稼ぎの大半はP40の修理の支払いで出来た予算の穴埋めに回されたからな」

 

「そっか……それじゃあこの3両は?レンタル?」

 

「いや、この3両は元からウチにあった車両だよ」

 

「あ……!」

 

「ふ、察しが良いな…その通りだよ、私がやったのは大洗のヘッツァーと同じ手だよ」

 

「成る程、でも私カルロ・ベローチェの改造キットがあるなんて知らなかったわ」

 

「まあ元々の派生モデルが大体CV33を現地改造した物だからなぁ。製造元でも基本のCV33にオーダーが入ると載せる重火器を変える位の事しかやってないみたいだしな。だからキットを買えば作業自体は大した手間じゃないんだよ。ただ最近はタンカスロンで需要が出て来たとはいえ、カルロ・ベローチェを取り扱う販売店もこれだけの数を運用する学校も少ないからどうしても割高になりがちなんだけど、そこはまあ販売店さんも長い付き合いだから結構ディスカウントしてくれてはいるんだ。でもそうは言っても決して安い買い物じゃないからね、恥かしい話パスタ売った位じゃこの3両を改造するのがやっとだったんだよ」

 

 

 実際に少し恥ずかしそうな顔をしながら種明かしをしたアンチョビだが、そんな苦労人の彼女をとても眩しそうに見つめ話を聞いていたラブは優しく抱きしめその労を労った。

 

 

「やっぱり千代美は凄いわ、高校生でここまで出来る人は他にはいないわよ…私はとても恵まれた環境にいる自分が恥ずかしく思えるもの」

 

「わわ!ラブよせってぇ…やっぱりこのフレグランス素敵……♡」

 

 

 くすぐったそうにするアンチョビだが昨夜同様自分を包む香りに蕩けそうになっていた。

 

 

「あああ安斎ぃぃぃ!」

 

 

 観戦スタンド上から両校挨拶前に談笑していた二人の様子を見ていたまほが、ラブがアンチョビをハグした瞬間この世の終わりのような顔でこの世の終わりのような声を上げた。

 他の者もズルいだのなんだのと好き勝手な事を言う中、よせばいいのに中継カメラがラブに抱き締められて蕩けるアンチョビの顔を大写しにした為、まほはアンチョビが言う処の死にそうな顔になってしまい周りの者も何もそこまでと完全に呆れていた。

 しかしまほにとっての悪夢はこれだけに留まらず、彼女にとっては歩くトラウマである人物が突如として乱入し更なるカオスを形成するのであった。

 

 

「ち・よ・み・ちゃ──────ん!」

 

「へ……?うわっぶ!」

 

「きゃっ!?」

 

 

 脳天突き抜けるようなハイテンションな声と共に現れたその人物は、ダッシュでアンチョビの下に駆け寄ると、いっそタックルと云った方が正しいハグと呼ぶには余りにも激し過ぎる抱擁でラブ諸共にアンチョビを締め上げていた。

 

 

「千代美ちゃん♪千代美ちゃん♪千代美ちゃ~ん♪」

 

「うひゃあ!ぐ、ぐるじぃぃぃ……え、英子さん…一体どうしてここに……」

 

 

 現れたのは榴弾暴発事故以来ラブとアンチョビの二人共浅からぬ縁を持つ人物、元知波単学園戦車隊隊長にして『上総の大猪』『鬼敷島』の異名を持ち、アンチョビが姉と慕い所属する横須賀警察署の捜査課を尻に敷く女刑事、敷島英子その人であった。

 

 

「ん~♪やっぱり千代美ちゃんは可愛いわぁ♡」

 

「え…英子さん…息…出来ない……」

 

 

 ラブと英子のたわわなアハト・アハトに挟撃され、谷間に埋もれたアンチョビは呼吸もままならず息も絶え絶えにそう言うのがやっとである。

 

 

「し、敷島さん!?」

 

「あら?恋お嬢さんおはよ~♪」

 

 

 テンションMAXな英子にはラブが見えていなかったらしく、間の抜けた朝の挨拶なんぞしている。

 しかしその間もたわわの谷間で翻弄され続けるアンチョビは既にヨレヨレになっているが、彼女の事が可愛過ぎて自分の中で愛玩動物粋に達している英子の暴走は止まらない。

 

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~!あ゛ん゛ざ い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛……」

 

 

 燃え尽きて白化したまほは今にも粉々になって風に吹かれて飛ばされそうで、さすがに周りの者も不憫過ぎてちょっとネタに出来ないようであった。

 

 

「ちょっと英子!アンタいい加減にしなさいよね!」

 

 

 鋭い怒鳴り声と共に、アンチョビをもふっていた英子の後頭部が力一杯叩かれる。

 

 

「あいたーっ!ってちょっと!何すんのよ亜美!?」

 

 

 後頭部を押え抗議する英子に向かい、握った拳をワナワナと震わせた亜美は更なる大音量で彼女をどやし付けた。

 

 

「やかましいこの猪女!千代美ちゃんに挨拶がしたいって言うから入れてやれば何やってんのよ!?見境なく盛りやがって私の立場潰す気か!?」

 

 

 どうやら一般人が入れないこの場に英子がいるのは亜美に頼み込んでの事であったらしいが、聖グロ戦以降会う事が出来なかった為にアンチョビの姿を見た瞬間に暴走したようだ。

 

 

「あぁ苦しかった……でも英子姉さんどうしてここに?」

 

「可愛い千代美ちゃんの大一番だもの!見に来ない手はないわ!」

 

「それならそれらしく振舞いなさいよ!」

 

 

 反省の色も見せず浮かれる英子に肩をいからせた亜美が牙を剥くが、英子は一向に堪えた様子はなく変なテンションのままはしゃぎ続けている。

 

 

「えぇ~?久しぶりで可愛い妹に会えたんだから仕方ないじゃな~い♪」

 

「アンタなんか変なもんでも食べたんじゃない!?キャラがおかしいわよ!」

 

 

 宇宙人を見るような目付きで英子を見る亜美であったが、その英子はスイッチが切り替わったように熱っぽい視線を亜美に向けると、するりとすり寄りその耳元にほわっと熱い吐息を吹き掛けた。

 

 

「な、ナニ考えてんのよ!?」

 

「だってぇ…亜美ったらあれっきり横須賀にも来ないから会いたかったのよ~♪」

 

「え…英子ぉ……?」

 

「うふふ♡」

 

 

 多忙を極める英子、どうやら極度の欲求不満に陥って完全に壊れているようであった。

 

 

「もう私達関係なさそうね……」

 

「うん…そだね……」

 

 

 ラブとアンチョビは解放されるや置き去りにされ、亜美を巻き込み暴走する英子の様子に拘わらない方が吉と見てそっとフェードアウトする事に決めた。

 

 

「えぇ~?まさかたかちゃんが応援に来てくれるとは思わなかったなぁ♪」

 

 

 いつも通りのメンツが陣取る観戦スタンドの下、その壇上にカエサルの姿を見とめたカルパッチョが駆け寄って今は何やら良い雰囲気で会話を交わしていた。

 今回は副隊長候補として修行中の梓の他、今が一番燃え上っている時期の杏がケイに会う為に来ているのは勿論の事、ひなちゃんの試合という事でカエサルがツンデレしながら応援に来たのだ。

 

 

「カエサルだ!お、応援もたまたま…そう、たまたまだよ!」

 

「えぇ~♪そうなの~?」

 

「な、なんだよう!?」

 

「ありがとたかちゃん♡」

 

「だ、だからカエサルだ!」

 

 

 眼下で繰り広げられるスイーツなたかひなの様子を見ていた一同だが、その中に在ってダージリンだけが極め付けにゲスな顔で上品ぶってゲスな事を言いだした。

 

 

「あの無印ノーマークコンビだけ順風満帆ですわね……でもそんな恋愛なんてつまらないですわ、ちょっと波風立てて差し上げたくなりますわね」

 

『ホントこういう時のコイツって最っ低だわ……』

 

 

 全員が一斉に鬼畜を見る目でダージリンを見るが一向に気付く様子もなくゲスい恍惚の表情をしたままで、どうやらこの紅茶女も最近互いに忙しく絹代に会えずにいる為に、欲求不満でゲスな発想ダダ漏れになっているようだ。

 

 

「そういえば今回はひななちゃ…カルパッチョはセモヴェンテじゃないんだね……」

 

「うん、今回だけ特別なんだ」

 

「そっか…やっぱりラブ先輩対策?」

 

「まあそんなトコかな?」

 

「大洗で初めて戦ったけど本当に凄い人だったよ……」

 

「そうね、中学の時と比べても別次元の強さになってたわ」

 

「応援してるからね……気を付けて」

 

「ありがと、それじゃあ私行くね」

 

「ああ…ってオイ!」

 

「うふふ♡」

 

 

 去り際にカルパッチョはカエサルに対してイタリア式の挨拶をして走り去って行った。

 

 

「ま、まったくもう!」

 

 

 ツンデレカエサルは怒ったふりをしているがその顔は真っ赤だ。

 

 

『眩しい!ピュア過ぎて眩しい!』

 

 

 骨の髄までとことんケダモノな彼女達には、たかひなは却って刺激が強いようであった。

 

 

「ち、千代美ちゃん試合前から迷惑掛けてごめんなさいね」

 

「…今はアンチョビでお願いします……」

 

 拝むように手を合わせ腰を折って謝罪する亜美にアンチョビは力なくそう頼む。

 一方亜美から夜のお楽しみの約束を強引に取り付け、その後は再び存分にアンチョビをもふった英子は、やっと満足したのか今はスタンドに上り当然のようにまほの隣に腰を落ち着けており、隣りに座られてしまったまほの顔からは完全に表情が消えて虚ろに風に揺れていた。

 そのスタンドの様子とアンチョビを見比べたラブも、困ったような顔で笑うしかない。

 

 

「あ…そうだったわね……ええと、そう!今車検の方も終わって両校問題なしよ。挨拶の後に双方のスタート地点に移動、最終給油の後に試合開始となります。それぞれスタート地点は当初予定通り変更はなしでいいのね?」

 

『ハイ!』

 

「了解、それではアンツィオが半島最深部の三保海水浴場で笠女はマリーナ前からで間違いはありませんね?これ以降の変更は認められませんから注意して下さい。交戦エリアと発砲禁止エリアの境界及び流れ弾には充分注意する事、もし禁止エリアに弾着が認められた場合はその場で即失格となります、宜しいですね?」

 

『了解!』

 

 

 綺麗にハモって返事をするラブとアンチョビに微笑む亜美であったが、ひと騒ぎしてやっと気持ちが落ち着き二人のお揃いの黒リボンを見た途端に何かを思い出したらしく発作的に吹き出した。

 

 

「ぶっ!」

 

『どうかされましたか?』

 

 

 その瞬間わざとらしく澄ました声と決め顔になった二人がシンクロして仕掛ける。

 

 

「お、お願い…ヤメテ…許して……」

 

 

 強制的に腹筋運動させられる亜美は二人から目を背け肩を震わせている。

 どうやらまたこれでしばらくは、紅茶女の顔を亜美はまともに見られそうもないだろう。

 顔を見合わせにんまり笑う二人が亜美には悪魔のように見えた。

 

 

「そ、それでは両校挨拶!」

 

『宜しくお願いします!』

 

 

 妙な緊張感をはらんだ亜美の号令の下、挨拶を済ませた両校の隊員達が戦車に乗り込んで行く。

 全車がエンジンを始動するとその音に比例して俄かにスタンドのざわめきも大きくなる。

 再び二列縦隊で両校が並んで走り出すと、観客達も両校の仲の良さを知っているせいか飛び交う声援に笠女がアウェイの雰囲気はなく、AP-Girlsのメンバー達もにこやかに投げキスでそれに応じながら声援の中を進んで行く。

 市街地の沿道からも声援が飛び続け、隊列を組んだ両校は国道150号線を三保半島に向け進む間その声は途切れる事がなかった。

 やがて隊列は駒越東町交差点を左折し県道199号線、通称三保街道に進入する。

 この国道150号線を境として三保半島のほぼ全域が交戦エリアとなり、その比較的フラットな地形と両校の保有戦車の特性上かなりのハイスピードバトルが予想された。

 前進を続けた隊列がマリーナ前に到達すると、そこをスタート地点と定めたAP-Girlsの5両のⅢ号J型が一斉に停止するが、その横をアンチョビが騎乗するCV33改造型のL3contro carroを先頭にアンツィオの隊列がそのまま通過して行った。

 その際アンチョビはラブに対し特に声を掛ける事も視線を送る事もなく、腕を組んだまま何事もなかったようにそのまま通り過ぎて行った。

 それを見送るラブもまた表情を変える事はなく、これは既に戦いが始まっているという事なのか策士同士の戦いだけにそれは少し不気味な光景に見えた。

 その雰囲気が伝わったのか騒がしかった観戦エリアもその光景を見た瞬間、波が引くように静かになり試合開始に向け緊張感が一気に高まって行くのが解った。

 嘗て天女の舞った空に徹甲弾が飛び交うまで後今少し、既に目に見えない鍔迫り合いは始まっており水面下で激しく火花を散らしているのだった。

 

 

 




対戦車ライフルって漢のロマンだよなぁ♪

今回久し振りで英子さんが登場しましたが大分壊れてますね…。
でもこの人は書いてて楽しいんですよ、
今回はあいたーっ!っと叫ばす事が出来たので満足です♪
次回からいよいよ戦車戦に突入しますが過去一番激しくなるかもしれません。

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