ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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戦闘はいよいよ本格化しますが、
前回以上にダー様が絶好調でおばかさんです♪



第四十九話   Honky tonk

「あんな所にセモヴェンテを伏せさせていたか……」

 

「あれじゃ解らないね、よく考えたと思うよ」

 

「Oh!見事に決まったわ!あのAP-Girlsがこうも一方的に押されるなんて!」

 

「でもちょっとこれはらしくないやられようですわね……」

 

 

 モニターにはアンツィオからほぼ一方的にやられているAP-Girlsが映っている。

 これまでの戦いぶりから考えると、それはいっそ醜態と言っていい程のやられようだ。

 実質十字砲火に晒された状態で反撃も儘ならず、これがもしもっと高火力の対戦相手であったならばここで試合が決まってしまっただろう。

 

 

「あ、やっと反撃に出るわ……!ちょっと!アレはラブが指揮執ってないんじゃないの!?」

 

 

 カチューシャが指差すモニター内のラブはオロオロしているのがはっきりと見て取れ、身振りからするとその後方のイエロー・ハーツ上の凜々子が指揮を執っているのは明らかだ。

 

 

「さっきからどうにも様子がおかしいぞ、何かトラブルか?」

 

 

 まほの顔に懸念の色が浮かぶ、事ある毎に顔を出すラブの不安定さは今の彼女にとって最大の悩みの種であり、一朝一夕にどうにか出来る事ではないと解っているが少しでも早くそれを解消してやりたいと焦ってしまうのであった。

 しかし試合はそんなまほの想いを余所に目まぐるしく動き始め、あくまでも傍観者である彼女には今はただ見守る事しか出来ないのだ。

 

 

「フム、脱出を試みるようですな…今の隊長は清澄殿か……成る程、実戦でも問題なく機能するようだ。いや結構、これはお手伝いした甲斐があるというものだ…あ、問題が発生しているのに結構と云うのもおかしいか……」

 

「うん?なんだ絹代、お前何か知っているのか?」

 

「そうね、どういう事ですの?何やら私達も知らぬ事を知っているようですわ。絹代さん、ちゃんと私達にも解るように説明して下さるわよね?」

 

 

 目の前で起こっている事にうっかり感想を言ってしまった絹代に対し、即座に英子とダージリンが喰い付き、特にダージリンは先程の件もあるせいかわざとらしくシナを作り、首に回した腕には徐々に力を籠め始めている。

 

 

「いやその、別に秘密ではないのですが困りましたな…聞かなかった事にして頂く訳には……いかないようですな…ってダージリン殿、気のせいか段々と息が苦しくなって来たのでありますが……」

 

 

 絹代がダージリンと目を合わせるとその瞳には非常に危険な光が宿っており、これは何を言っても無駄だし通用しないと判断した絹代は、召されてしまう前に白状する事に決めたようだ。

 

 

「ダージリン殿……今から説明致しますので…その…そろそろ違う世界が見えかけているので力を緩めて頂きたいのですが……このままだと永遠に説明も出来なくなりそうです……」

 

 

 絹代の顔色が変わっても尚締め付けを止めぬダージリンに、アッサムは面倒そうに溜め息を吐き履いているローファーを片方脱ぐとそれを手に取り手加減なしにダージリンの後頭部を引っ叩いた。

 小気味良い乾いた音が響くと同時にダージリンが絹代の首から手を離し、頭を抱えながらアッサムに牙を剥き怒鳴り声を上げた。

 

 

「あ、アッサム!?私の美しい髪が……!私が馬鹿になったらどうするつもりですの!?」

 

「安心なさい、アナタは最初からお馬鹿さんよ」

 

「な、なんですって!?」

 

「いい加減になさい、話が一向に先に進まないでしょうに」

 

 

 涼しい顔でダージリンを切って捨てたアッサムに、首元を撫でつつ深呼吸する絹代が礼を言った。

 

 

「いやアッサム殿かたじけない……ええと、そう知波単と笠女が極秘裏に訓練を行っていたのは皆さんもご存じの事ではありますが、そのころから厳島殿はこういった事態に対処する為の策を講じておられたのであります」

 

「うん?それはどういう事だろう?」

 

 

 まほの口から洩れた疑問に絹代はひとつ頷くと先を続ける。

 

 

「それは今皆さんがご自身の目で見た通りの事ですよ。何らかの理由で隊長が指揮不能と他の車長が見做した場合、即座に気付いて対応した車長に指揮権が委譲され回復するまではその者が隊長として部隊の統括の任に当たります。その際他の車長も異を唱える事なくそれに従い即応出来るよう繰り返し訓練して問題点の洗い出しをされていました」

 

「そんな訓練を……」

 

 

 普通ではまずそこまで想定して訓練などする事はなく、ダージリンも言葉が続かない。

 

 

「ええ、色々な状況で突発的に指揮機能を突然止めてはそれに対処するのを繰り返し、それに掛かる時間を短縮するよう熱心にやっておられました。訓練全般で知波単が奇襲を仕掛ける仮想敵役を演じましたので私達も随分と勉強させて頂きました」

 

「つまり…今はその事態にAP-Girlsが陥ってると見て間違いないのだろうか?」

 

「はい、清澄殿が指揮を執っておられるし、それに従い行動しているのは私共と行なった訓練で何度も見た光景です。残念ながら厳島殿に何か不測の事態が起きていると思われます」

 

 

 撃てば響くで聞かれた事に淀みなく明快に答える絹代の姿に、こんな状況下ではあるがまほは好感を覚えていた。

 

 

「うん、どうやら脱出出来そうですな」

 

 

 絹代の言う通り硬直状態から立ち直ったAP-Girlsは。反撃しながら再び動き始めた。

 

 

「行けるかな?ここでスモークを焚いて急加速…ああやっぱり……」

 

 

 視線はモニターに向けたままの絹代が言ったタイミングで脱出を図るAP-Girlsだが、一同は絹代が尽くそのタイミングを読んでいる事に驚異の視線を向けている。

 

 

「絹代さんあなた……」

 

「ん?ダージリン殿なにか…ああ、訓練で散々出し抜かれて逆襲を喰らいましたからね、さすがにある程度はどのタイミングで何をやるか読めるようにはなりましたよ。いやあ本当に練習相手とは名ばかりで随分と知波単を鍛えて頂きましたなぁ」

 

 

 屈託なくカンラカンラと笑う絹代にダージリンはすっかり毒気を抜かれていた。

 

 

「Smoke now!」

 

 

 絹代の指摘通りのタイミングで凜々子の号令と共にスモークを焚き急発進した5両のⅢ号J型だが、その時はいつもと変わらぬ機敏な動きではあったものの何処か這々の体といった感じに見え、それだけでも今の彼女達がいつもとは違う状況に追い詰められている事を物語っていた。

 

 

「こちらape operaia due、AP-Girlsは三保海水浴場方面に逃走しました」

 

『こちらape regina、了解した。深追いはせず次の予定ポイント移動して待機しろ』

 

「了解です…ドゥーチェ、やはりラブ先輩の様子が少し……」

 

『…今は何も言うな、お前は試合に集中してくれ……』

 

「了解……」

 

 

 カルパッチョもそれ以上は何も言わず、部隊を纏めると次の作戦予定ポイントに向けまだ薄らとAP-Girlsが撒き散らしたピンクスモークが漂うその場を後にした。

 

 

「追って…来ないわね……」

 

 

 ラブに代わりAP-Girlsの指揮を執って砂浜への脱出に成功した凜々子ではあったが、暫くは警戒を解かず迎撃態勢を敷いていたが、一向に追手が現れず今はそれを訝しんでいた。

 

 

「第一段階は終了…見逃して貰ったという処かな?紗英、悪いけどLove Gunの横に付けてくれる?」

 

 

 追撃の様子がないと見た凜々子は、イエロー・ハーツ操縦手である花邑紗英(はなむらさえ)にそう頼むと、紗英は無言で軽く手を上げLove Gunの隣にイエロー・ハーツをピタリと止めた。

 

 

「各車全方位への警戒を厳とせよ!寧、暫く私の代わりを頼むわ。私ちょっとラブ姉の処に行って様子を見て来るから」

 

「はいよ……」

 

 

 イエロー・ハーツ通信手の高御堂寧(たかみどうねい)にそう言い置いた凜々子は、コマンダーキューポラから抜け出すと軽々と跳躍し横付けしたLove Gunの砲塔に一気に飛び移った。

 凜々子がいなくなったイエローハーツのコマンダーキューポラからは通信手の寧のオレンジ頭がひょっこりと顔を出し、凜々子に代わり周囲への警戒に当たっている。

 

 

「ラブ姉」

 

「凜々子、その…ごめんなさい……もう大丈夫…だから……」

 

「少し落ち着こうかラブ姉」

 

「……」

 

 

 凜々子は砲塔に腰を下ろすとまだ何処かオロオロとしているラブを抱き寄せ、子供をあやすようにその背中を軽く叩いてやった。

 

 

「大丈夫よ、この処色々とあり過ぎて気持ちが追い付かないだけ。ラブ姉だって普通の女の子なんだものそんな事もあるわ…ん?…ちょっとゴメンね……」

 

「え……?」

 

 

 凜々子は突然抱き寄せていたラブの首筋から胸元にかけ、その筋の通った高い鼻を這わせた。

 

 

「まあ♡」

 

「は?え?凜々子君は何を……?」

 

「Wow!」

 

 

 その艶めかしくも美しい光景に観戦エリアでも黄色い歓声が上がっている。

 

 

「り、凜々子……?」

 

「ねえラブ姉……何日目?」

 

「え?何が…あ!いや…だってまだ……」

 

「それでか…ラブ姉不順だもんね……」

 

「ウソ…なんで……?」

 

「まだ始まってないんだ…でも少し影響が出始めてるのよ。それで今日は朝から色々とおかしかったのね、納得行った…誤算だったわ、何日早いのかしら?でもその様子だと酷くなるのは明後日辺りからだとは思うけど無理はダメよ?辛くなってるなら今日は私がこのまま指揮を執るけど?」

 

 

 女性特有の苦しみ……ラブの場合はその成長の良過ぎる肢体のせいなのか周期がとにかく無茶苦茶であり本人ですら兆候が掴めない事が多々あり、その分苦労も多いようだ。

 

 

「……大丈夫、お願いだから私にやらせて。モヤモヤの理由が分かれば自分でも対処出来るから」

 

「ホントに?辛かったら何時でも代わるから直ぐに言うのよ」

 

「うん、でもこの試合だけは何としても最後までやりたいの!お願い!」

 

「解ったわ、でも絶対無理はしない事、いいわね?」

 

「ありがとう凜々子…でもなんで…‥?」

 

「ん?あぁ、そうね……敢えて言うなら血の匂いかな?私が敏感なのは知ってるでしょ?」

 

「ウソ……」

 

 

 ラブは凜々子の言った事に驚き呆然とした表情になるが、凜々子の方は特に気にした様子もなく砲塔のサイドハッチからLove Gunの車内を覗き込むと、車内のメンバー達に声を掛けた。

 

 

「まあそういう訳だからみんなもフォロー宜しくね、私達も全力でバックアップするから」

 

 

 ラブの突然の変調も、理由が分かり安堵の表情浮かべるLove Gunのメンバー達。

 凜々子は彼女達を安心させると立ち上がりラブを落ち着かせるようにその頬にキスをして、再び軽やかに跳躍し愛機であるイエロー・ハーツに戻って行った。

 

 

「お疲れ凜々子……」

 

 

 戻った凜々子に寧は短く一言そう言うと、本来の役目に戻るべくするりと車内に消えて行った。

 

 

『やっぱりラブ姉の場合服用している薬の影響も大きいんだろうな…本人が把握出来ないなんて辛すぎるわ……それにしても今一番の問題は愛ね、この事も含めて色々はっきりさせないとダメだわ』

 

 

 コマンダーキューポラに収まった凜々子が再び指揮を執り始めたラブの姿を見ながらそんな事を考えていると、突如上がった夏妃の怒声にその思考を中断された。

 

 

「クソったれ!やっぱりさっきのでやられてやがった!」

 

「夏妃!言葉使い!」

 

 

 あまりに汚い言葉使いにその思考を中断された凜々子が条件反射で叱責の言葉を投げつけると、夏妃も怯む事なく怒鳴り返す。

 

 

「うるせぇ!さっきの攻撃で転輪と履帯がやられてんだよ!」

 

 

 見れば夏妃もブルー・ハーツの通信手である涼音結衣(すずねゆい)にコマンダーキューポラを任せ、自ら足回りの点検を行っていたようだ。

 

 

「えぇ!なんですってぇ!?」

 

「アタイらは隊列の中間にいて一番身動き取れなくて砲火が集中してたからな…まあ白旗揚がらなかっただけでも御の字ってヤツだわな」

 

「ごめん…私がもうワンテンポ早く指揮執ってれば……」

 

「凜々子のせいじゃねえよ、これはまあクジ引きみてぇなもんだ」

 

 

 夏妃はサバサバした口調でそう言うが凜々子は自責の念で唇を噛締めている。

 

 

「とにかくアタイらはこれを修理しない事にはこれ以上動けねぇ、だからオマエ達は先行してアタイらが戻るまで粘ってくれ。これ以上ここで仲良く固まってたらそれこそいい的だからみんなで待ってるってのはナシだ。とにかく先行して戦え、その方がAP-Girlsは生存率が高いからな」

 

「解ったわ……」

 

「大丈夫だ、ざっと見ただけだが転輪は単純に交換すれば済むレベルだし、履帯の方もひとコマ代えるだけだから大して時間は掛からねぇ、直ぐに追い付くからそれまではオマエらでラブ姉の事は頼んだぞ……お~い!ラブ姉!」

 

 

 そこまで言うと夏妃は踵を返しラブに状況を伝えるべく走り去って行った。

 

 

「どうやら再び厳島殿が指揮を執られるようですな…うん?鷹塔殿のブルー・ハーツ、何か問題が発生したようですが一体なんでしょうな……」

 

 

 再び動き出したAP-Girlsにモニター越しに戦況を見守る者達も一度はホッとしたのだが、ブルーハーツのみをその場に残し進発したのを見てトラブルが発生していた事を知るのであった。

 

 

「予備の転輪と履帯を降ろしている処を見ると足回りをやられていたか……」

 

 

 絹代に続き口を開いたまほであったが、お気に入りの夏妃の危機とあってその表情は実に不安そうで、もしそれをアンチョビに見られていればまたお尻を抓られるのは確実だ。

 

 

『コイツも懲りてねぇ……』

 

 

 大洗での一件を知る者は白い目をまほに向け、みほとエリカに至ってはしっかりと録画しているがまほは全くそれに気付いていなかった。

 

 

「まあ賢明な判断ね、あのまま一緒に留まっても共倒れになるだけよ!」

 

「尤もこの砂浜もそちらに行くよう仕向けられていたのは明らかですから、この先どれだけトラップが用意されている事やら……」

 

 

 カチューシャとノンナは互いの言う事に頷きあい、アンチョビがどの程度の罠を仕掛けているかを地図を片手に予想している。

 

 

「それにしてもさっきまでのラブの様子、ありゃあ一体どういう訳だ?」

 

「Dunno…さあ?解らないわ」

 

 

 観戦者にとっては謎を孕んだまま再び試合は動き始めた。

 

 

『みんなごめんなさい…もう大丈夫だからもう一度指揮を執らせて下さい……』

 

 

 無線機からまだいつものような覇気のないラブの声が聴こえて来る。

 

 

「大丈夫よ、切り替えて行こう」

 

「そうね、夏妃もすぐ戻るわ」

 

 

 鈴鹿と凜々子が即座にそう返しフォローするが、ラブが聴きたいであろう愛は沈黙したまま何も語らず、例えそれがいつもの事であっても今のラブには堪えるのかもしれなかった。

 

 

「…ありがとう……全車右側面のみに意識を集中して奇襲に備えてね!」

 

 

 海岸沿いに進んでいる為海側は気にする必要がなく、松並木とボート小屋などが続く右側の監視を強化するよう促した。

 

 

「それと岬の突端までは直ぐに反撃しちゃダメよ、迂闊に撃てば背後の水族館に当って即失格になるからね、後もう少しだけ慎重に進もう!」

 

 

 自身の気持ちの立て直しを図るようにラブは声に力を籠め指示を出した。

 

 

「どうだ?AP-Girlsの動きに変化はないか?」

 

『それが姐さん、ブルー・ハーツの姿がありませんでした!さっき徒歩で斥候出したんで直ぐに解ると思いますが……』

 

「ナニ!?まだ撃破判定は出ておらんよな?それとも別行動か……?」

 

 

 海岸沿いのボート小屋に潜ませた偵察部隊に状況を確認したアンチョビは、ブルー・ハーツの姿がないとの報告に気色ばんで声を上げた。

 

 

『ああ、今戻りました……砂浜に逃げ込んで直ぐの所で転輪と履帯の修理をしてるそうです!』

 

「そうかやったか♪ご苦労!部隊に戻って次に備えろ!」

 

『了解!』

 

「う~ん、そうかぁ…あれでいきなり有効打が出たかぁ……やっぱり色々引き摺ってるかなぁ?」

 

 

 結果が出ているのは嬉しい反面、昨日からのラブの様子を考えると難しい顔になったアンチョビは、果してこのまま続けてもいいものかと考え込んでしまう。

 

 

「いかん、まただ…試合に集中せねば……どんな状況にあってもラブは勝ちに来る、少しでも油断や慢心があればやられるのは私の方だ…こちらape regina、ape operaia uno及びape operaia dueは状況を知らせ。AP-Girlsは間もなく真崎に到達するぞ、迎撃態勢は整っているか?」

 

『こちらape operaia uno、ゴルフ場の待ち伏せ準備完了っス!』

 

「よ~し、巧く受け流せよぉ、そこから中に入り込まれたらやっかいだからな!それとセモヴェンテは合流したか?」

 

『任せて下さいっス!セモヴェンテももう来てるっスよ!』

 

『こちらape operaia due、外海海水浴場封鎖完了。セモヴェンテも合流済みです』

 

「了解だ、こちらも準備は整っている。上手い事AP-Girlsを真崎灯台に足止めしてくれよ~」

 

『了解!』

 

 

 ぺパロニとカルパッチョを操り次々と策を仕掛けるアンチョビだが、試合開始直後からP40と共に彼女自身は姿を見せてはいなかった。

 ここでも何やら策を弄しているらしく、AP-Girlsはその包囲網にはまりつつあるようだ。

 

 

「千代美いない…千代美は何処……?」

 

 

 周囲に警戒の視線を巡らせるようでいてその実アンチョビを探しているラブは、求める相手が直ぐ傍にいない事をその肌で感じ取っていた。

 警戒しつつゆっくりと進む隊列はもう間もなくぺパロニの待ち伏せする半島の突端にあるパークゴルフ場に近付きつつある。

 

 

「何を狙っているの?いつ仕掛けて来るつもり……?」

 

 

 ラブが警戒心を最大感度まで上げる中、果たしてアンチョビは何処に行方を晦ませているのか?

 

 

「あれ…?P40があんな所に……」

 

 

 モニターの分割画面の一つに映るその姿に気が付いたみほは、その居場所に違和感を覚え呟くように言ったが、その声はエリカの耳に届いており彼女も直ぐに手元の地図で照合を始めた。

 

 

「地元サッカーチームの三保グラウンド…みほグラウンド……みほ~!」

 

「エリカさん!」

 

『エリカ…もちつけ……』

 

 

 三保に反応してしまったエリカはそっとしておく事にして、一同一斉に地図を確認しながらモニターを見れば、確かにP40はフィールドのど真ん中、それもセンターサークル内に両隣りにセモヴェンテとL3ccを従え居座っていた。

 

 

「うん?安斎がP40に乗っているのか……何をする気だ?」

 

「何をする気って戦車に乗ったらやる事は一つではなくて?」

 

「それはそうだが……」

 

 

 まほの呟きにそう返したダージリンは興味深げにモニターを見つめている。

 P40の車上、砲手と兼任の車長席に収まったアンチョビは不敵な笑みを浮かべ、空の向こうへ視線を向け無線に耳を傾けその時が来るのを待っていた。

 

 

「やっと来たか…オメェら解ってるな!?行き過ぎた処で上手く追い立てるんだぞ!」

 

『了解!』

 

 

 ゴルフ場の茂みに潜むL3ccの車内でぺパロニは、接近して来るAP-Girlsが行き過ぎる瞬間を今か今かと待ち侘びている。

 

 

「後少し…もうちょっと……」

 

 

 ぺパロニ達の潜む側のみに警戒を集中させたLove Gunが、目の前を通過する瞬間ラブと目が合ったような気がしてドキリとしたが、幸い念入りに施した擬装に気付かれる事はなかった。

 そして最後尾のピンク・ハーツがぺパロニの前を通過する。

 

 

「Spara!ピンクハーツの後方に火線を集中しろ!」

 

 

 セモヴェンテを軸とした火力でAP-Girlsの退路を断つべく、ぺパロニは最後尾のピンク・ハーツの直ぐ後ろに火力を集中させ前に進むしかない状況を作りだす。

 

 

「こちらape operaia uno!奇襲成功!直ぐにape operaia dueの視界に顔を出すぜ!」

 

『こちらape operaia due了解!』

 

 

 ぺパロニの言う通り半島の突端を急加速で回った4両のⅢ号J型の姿は、無線交信の直後に外海海水浴場で待ち受けるカルパッチョの視界に飛び込んで来た。

 

 

「Spara!AP-Girlsを波打ち際まで追い込んで!」

 

 

 カルパッチョの攻撃命令と共にこちらもセモヴェンテを中心にLove Gunの前方に集中砲火を浴びせ始め、背後のぺパロニの部隊からの攻撃と合わせAP-Girlsは徐々に波打ち際に追い詰められて行く。

 反撃を試みるもポジション的に圧倒的に不利であり、段々と身動きが取り難くなり始めているが、今はイエローとブラックとピンクの3両でフラッグ車であるLove Gunを守るべく、覆い被さるように盾として必死に防戦に努めていた。

 

 

「迂闊だった…これは読めたはず……!」

 

 

 至近弾に揺さぶられながらラブはギリギリと歯噛みをする。

 流れ弾が半島の先に立つ小さな灯台を吹き飛ばし、コンクリートの破片が降り注ぎ水柱が無数に上がる中AP-Girlsはいよいよこれ以上下がれない所まで追い詰められた。

 

 

「アンチョビ姐さん今っス!」

 

 

 突如頃合いよしといった感じでぺパロニが無線に向かって叫んだ。

 サッカーグラウンドに乗り入れたP40の砲手席でその声を待ち続けていたアンチョビは、瞑目していた目を大きく見開き攻撃命令を下す。

 

 

「Spara!」

 

 

 自らが砲撃を行なうP40と隣に並ぶセモヴェンテの主砲が同時に火を噴く。

 

 

「なに!?」

 

 

 突如降り注いだ至近弾が砂浜に大穴を開け、飛び散った砂が車体を叩く。

 

 

「75㎜!?…P40……千代美か!」

 

 

 ラブがそう判断する間にも続けて砲弾は飛来し、幸い損害は出ていないが直撃弾も出始めて脚を止められた今致命弾を浴びるのも時間の問題となりつつあった。

 

 

「P40だけじゃない…一体何処から……」

 

 

 逃げ場のない場所で前後からの挟撃と頭上からの攻撃に晒される中、ラブは飛来する砲弾の弾着と微かに聴こえる砲撃音の誤差に集中する。

 

 

「距離はある…でもそれ程遠くはない…約800m……そうか、そういう事か……」

 

 

 ラブの目付きが変わる、その表情は超長距離予測射撃をする時に見せるそれとなっている。

 アンチョビの目論見を見抜いたらしいラブは、即座にそれに対応すべく頭を切り替えると彼女を見つけ出す事に全神経を集中していた。

 

 

「この方角でこの飛距離…最適なのは……そう、そこね、そこが最適よね…見付けたわ千代美……でもこの状況ではこちらからの反撃は無理…あぁ、この手があるか……」

 

 

 傍で見ていたとすれば寒気すら覚えるような微笑を浮かべたラブは、通信手の花楓にブルー・ハーツを呼び出させると車長である夏妃に繋がせた。

 

 

「まだ修理は終わんねぇぜ、やっとダメージ受けた転輪外せた処だ!」

 

『ああ、修理は焦らなくていいわ、それより支援要請よ』

 

 

 夏妃達の耳にも砲撃音は届いており、作業の手は一層速めていたがまだ今暫く時間は掛かる。

 しかしラブはそれを急かす事はなく、動けぬブルーハーツに支援を求めて来た。

 だがそれを聞いた夏妃の方も、そのラブの声音から彼女が今スイッチが入った状態である事を悟り無駄口を叩く事もなくその声に従う。

 

 

「解った、それでアタイは何すりゃいいんだ?」

 

『今から私が指定する座標に榴弾を連射で叩き込んで欲しいの』

 

「了解だ」

 

『うん、お願いね…座標はね──』

 

 

 夏妃は指定された座標を地図と照らし合わせ攻撃ポイントを特定した。

 

 

「成る程、サッカーのグラウンドか…約400mってトコだな、ラブ姉直ぐ初めていいのか?」

 

『ええお願い、こっちへの砲撃が止んだら私達も即脱出を図るわ』

 

「了解!」

 

 

 夏妃が通信を終える頃には装填手の葉山栞(はやましおり)と砲手の剣崎奏音(けんざきかのん)は砲塔に戻って砲撃に備えていた。

 

 

「よしやるぞ!奏音、砲塔右旋回90度!距離約400m!栞、連続装填用意!弾種榴弾!」

 

 

 コンビネーション抜群の二人がテキパキと砲撃準備を進めて行く。

 

 

「前後左右に微調整を入れつつ連射するぞ!初弾装填!撃てぇ!」

 

 

 ブルー・ハーツの長砲身50㎜がまるで自動装填のような速さでたて続けに火を噴く。

 あり得ぬ速さで撃ち出された榴弾は計5発、それは観客席がどよめく程の連射速度であった。

 

 

「よぉ~しいいぞぉ~!この調子で攻撃を続けろぉ!」

 

 

 ぺパロニとカルパッチョの両名からの無線誘導を元に、ラブの超長距離予測射撃をアレンジした砲撃でAP-Girlsを追い詰めているアンチョビは、今まさにノリと勢いで攻めに攻めて本人もまた超ノリノリになっていた。

 

 

「行ける…行けるぞぉ~!…ん?ぬわ、ぬわんだあ゛ぁ゛ぁ゛~!?」

 

 

 たて続けに周りに弾着し芝がが沸騰したように吹き上がる。

 

 

「うっひゃあ!」

 

 

 慌ててアンチョビが砲塔内に引っ込んだ直後、砲塔に直撃弾が出てP40は激しく揺さぶられる。

 

 

「な、何で……?バレた!?」

 

 

 テンパってキョロキョロするアンチョビの直上から再び榴弾の雨が降り注ぐ。

 

 

「う゛あ゛ぁ゛ぁ゛~!撤退だ!散開しろ!こんな所でP40を壊す訳にはいか~ん!」

 

 

 アンチョビの命令によりドタバタと散開し呆気なく作戦は頓挫してしまう。

 そしてラブも頭上からの砲撃が止んだ事でブルーハーツが役目を果たした事を知り、ここがチャンスとAP-Girlsに脱出の為の突撃命令を下した。

 

 

「今よ!外海海水浴場側の封鎖線を突破してキャンプ場に飛び込むよ!」

 

 

 アンチョビの砲撃が止まり生じた混乱に乗じ、突撃命令と同時に飛び出したAP-Girlsは一気にカルパッチョの部隊に肉薄すると、直前でお得意のスモークを焚いて相手の視界を奪いそのまま速攻でキャンプ場に飛び込みどうにか壊滅の危機から脱する事が出来たのだった。

 

 

「ラブ姉達脱出出来たって」

 

「そうか…ラブ姉も大分調子が戻ってたみたいだしな……」

 

 

 Love Gunから連絡を受けたブルー・ハーツの通信手、涼音結衣(すずねゆい)から報告を受けた夏妃も大きく一つ息を吐いた。

 

 

「よし!アタイらもさっさと修理を済ませてラブ姉達に合流しよう」

 

 

 夏妃が弾みを付けるよう軽く手を打ち鳴らし、ブルー・ハーツのメンバー達も修理する手を一層速め作業に没頭するのであった。

 

 

「安斎にも驚きだがラブのヤツあんな離れ業までやってのけるとは……」

 

「そうね、あれはちょっと真似出来ませんわ……」

 

 

 まほにそう応じたダージリンの顔色は若干青ざめている。

 ラブが何をやったかは即座に理解出来たが、実際それをやれと云われればとても真似出来ない芸当であり、指示を出したラブと実行した夏妃達の怪物ぶりに寒気すら覚えていた。

 

 

「フム、これもほぼ完成の域に達したようですな、増々お相手した甲斐があるというものですなぁ」

 

 

 腕組みしたまま満足気に頷く絹代を一同ギョッとした目で見ている。

 

 

「絹代さん…あなたラブ相手に一体何をやっていらしたんですの……?」

 

「はて?何と言われましても、日々いっそ痛快なまでにコテンパンにやられていましたからなぁ」

 

 

 もしや本当に馬鹿なのかと疑いたくなる程に、屈託なくカンラカンラと高笑いする絹代を不気味に思いつつも、おそらく今のラブのスペックを一番詳しく知るのは彼女であろう事を確信したダージリンは、ラブに教えを受けた者が急速に成長する事を知っているだけに、絹代もまた恐ろしい成長を遂げている可能性に思い至り聖グロ隊長としては警戒の念を強めるざるをえなかった。

 

 

「とりあえずはこれで第1ラウンド終了って感じかな……?」

 

「そうね…断言は出来ないけどそうだと思うわ……」

 

 

 昔の二人の試合は全く先が読めなかっただけに、みほもエリカも自信なさ気に頷き合う。

 地味な始まりから一転、いよいよ策士の本性を見せ始めたラブとアンチョビに、やはりこの一戦は観戦する自分達も息つく暇も与えられないであろう事に思い至り、昔を知る者達は揃って顔の色を失っている。

 そう、本番はこれからだ……。

 

 

 




エピソードとしては扱いが難しいし解らない事が男ゆえ多いのですが、
こういう事もあるだろうなと敢て取り入れてみました。
しかし凜々子のあの能力は…AP-Girlsみんなああなのか……?
なんかキャラクターが作者が思いもしない方へどんどん育ってます。

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