ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

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この二人が揃うとみんな苦労するようですねぇ……。


第五十話   周りが大変です

「ふう…酷い目に遭ったなぁ、危うくまたP40を壊すトコだった……」

 

 

 冷や汗を拭いながらアンチョビがまるでリスか何かの小動物のように辺りをキョロキョロとする度に、頭の両側で淡い緑髪をツインテールに形作るトレードマークである黒のリボンもクルクルと回る。

 

 

「まああれでいきなりラブを仕留められるとは私も思ってはいなかったがあの砲撃は一体…あ、あの方向には修理中の夏妃のブルー・ハーツがいたか、って事はアレか、あの砲撃はラブの差し金ってトコか……多分弾着と砲声で距離を読まれたんだろうが全くとんでもない事を平然とやってくるなぁ」

 

 

 ノリと勢いの砲撃でラブ率いるAP-Girlsをかなりの処まで追い詰めていたアンチョビであったが、思いがけぬ逆襲を喰らい大慌てでグラウンドから逃げ出して、今は同じ敷地内のクラブハウスの陰で辺りの様子を落ち着きなく窺っているのだった。

 

 

「とにかく仕切り直しだ…オイ、私はタンケッテに戻るから後は頼むぞ」

 

「了解ですアンチョビ姐さん!」

 

 

 P40の砲塔から這い出したアンチョビは再びL3 ccに乗り込んで行った。

 

 

『あれぇ?ここキャンプ場じゃなくてただの駐車場じゃない……』

 

 

 なんとかカルパッチョの封鎖線の突破に成功し、松並木の間の枝道に飛び込み難を逃れたラブであったが、その逃げ込んだ先が自分の指示と違っていた事に気付いて独り肝を冷やしていた。

 

 

『危な~、道があって良かった…影響はその頃から出てたのね、地図が丸暗記出来てないわ……とにかくここは気持ちを切り替えて試合に集中しなきゃ』

 

 

 幸いAP-Girlsのメンバーはこういう時に細かい事を気にしないので、ラブも小さく溜め息を吐き気持ちを切り替えると今後の対応を考え始めた。

 だがこの時ラブもアンチョビも理由は異なれどテンパってドタバタやっていた結果、互いの距離が極端に近くなっている事まで気が回っておらず、遭遇戦になる可能性まで考えてはいなかった。

 

 

「アレってあの子達気付いてないんじゃないの!?」

 

 

 上空からの映像でもワンフレームで収まる距離にいながら、どう見てもそれに気付かず行動しているように見えるラブとアンチョビをカチューシャは呆れたように見ている。

 クラブハウスの陰で一旦合流すべくぺパロニとカルパッチョに無線で指示を出すアンチョビと、逃げ込んだ先が丸暗記していたはずの地図と違い改めて地図を確認しながら進むラブ、双方とも注意力散漫なままその距離は確実に詰まっていた。

 

 

「ん?珍しいな、ラブのヤツが試合中に地図を見てるぞ」

 

「やはりどこかおかしいようですわね」

 

「普通の事やっておかしいって言われるお姫さまもなんだかなぁ……」

 

 

 まほとダージリンの言っている事の方が普通に考えればおかしい事を英子が指摘するが、その彼女もラブが普通でない事は解っているのでそれ以上の事は言わない。

 そうしている間にもAP-Girlsは民宿などが並ぶ松並木の間を進み、やがてアンチョビのいるグラウンドへと続く枝道の前へと辿り着いた。

 

 

「あ…ここを抜けた方が市街地へ出るの早いわね……」

 

「ちょっとラブ姉!そっちってP40がいるんじゃないの!?」

 

「え~?さすがに千代美もそういつまでも同じ場所にはいないでしょ~?」

 

 

 背後から声を掛けた凜々子に向かい、そんなまさかと笑いながらラブは返した。

 

 

「ホントかなぁ……林檎、緋色、悪いけどいつでも撃てるようにしておいてくれる?」

 

「私らいつでもその体制だけど何よ?」

 

 

 イエロー・ハーツの砲手である村瀬林檎(むらせりんご)は、コマンダーキューポラ上の凜々子を見上げ訝しげな声で理由を問う。

 

 

「まだちょっとラブ姉が本調子じゃないのよ……」

 

「やっぱり今日は凜々子が指揮執った方が良くない?」

 

 

 装填手の栗原緋色(くりはらひいろ)が首を傾げながらそう言ったが、凜々子もそれに頷きながらも指揮は最後までラブが執る事を明言した。

 

 

「私もそれは言ったしそうしようとも思ったけどね…でもアンチョビ隊長…千代美さんと現役高校生として戦えるのはおそらくこれが最後だからね……」

 

「そっか……」

 

「うん…それ考えると私もそれ以上は言えないわ。ただね、まだあの通りだから私達が少しでも早めにフォロー入れないとね」

 

「解ったわ」

 

 

 隊列が松並木を横切り狭い枝道を右折すると、緩い坂を一気に下りクラブハウス前に到達する。

 そしてそのクラブハウスの脇に辿り着くまでは、凜々子にもまさかアンチョビがいつまでもそこに留まってはいまいという思いがあったのは事実であり、林檎と緋色に出した指示も決して確証があっての事ではなかった。

 だがしかし、そんなまさかという予想ほど得てして当ったりするという事を、凜々子はこの後直ぐにその身を以って体感する事になる。

 

 

「ん?なんだ……?」

 

「え?なに?」

 

 

 もろに鉢合わせする形で、試合開始後初めて直接顔を合わせるラブとアンチョビ。

 あまりにも馬鹿馬鹿しいエンカウントに香子はLove Gunを急停車させてしまう。

 そして後続の三両も追突ギリギリでどうにか止まる。

 

 

「あ…千代美……」

 

「げ…ラブ……」

 

 

 硬直する二人の間の微妙な沈黙。

 

 

「う、撃てぇ!」

 

 

 その沈黙を破ったのは完全に裏返った妙な声音で発せられた攻撃命令と、命令に対して完全にタイミングのずれた砲撃音であった。

 これを警戒し備えはしていたがそれでもさすがにそれは無いだろうと思っていた事態に直面し、凜々子は激しい脱力感と戦いながら辛うじて攻撃命令を下し、林檎と緋色もどうにか反応し砲撃したが弾はどこか明後日の方向に飛んで行った。

 

 

「うっひゃあ!撤退イヤ反撃…やっぱ撤退だぁ!急げ急げぇ!」

 

 

 大騒ぎで走り出したアンチョビのL3 ccとそれに続くP40とセモヴェンテは、すっ飛び出したと思うとクラブハウスの駐車場をデタラメに走り回っている。

 

 

「この二人、ホント色々あり得ない!ラブ姉!」

 

「あ…!ゴメン、なんかぼ~っとしちゃった……」

 

 

 まさかに事態をいともあっさり引き起こしたラブとアンチョビに、激しい疲労感を覚えつつも凜々子が上げたヒス気味な声にラブも慌てて返事をした。

 

 

「えっと、追撃開始……かな?」

 

 

 それでいいのか尋ねるように命令を下すラブの視線の先を、アンチョビの乗るタンケッテが走り回っているがそれは回避行動というより単に右往左往しているだけに見えた。

 

 

「あっはっはっはっはっ!コレよコレ!懐かしい展開だわ♪見て見て!ああやってドタバタやってる千代美ちゃんて可愛いわよね~♡」

 

 

 モニターには突如始まったショートコントのような状況が映っており、英子は隣に座るまほの背中をバシバシ叩きながら馬鹿受けしている。

 まほは迷惑そうな顔をしているが英子に何も言えず、ただ嵐が過ぎ去るのを待つように耐えていたのだが、そこに絹代が極めて漢前(おとこまえ)で天然ジゴロな助け船を出し英子を諌めてくれた。

 

 

「敷島殿、そんなに叩かれては西住隊長の珠の肌に傷が付いてしまいますのでもうそれ位で」

 

「お?おう、そうかすまんかった」

 

『ヤダ…この子カッコいい…‥♡』

 

 

 全員がキュンとなった雌の顔で絹代を見つめ、当の絹代は涼しい顔でそれに気付いてはいなかったのだが、腕に絡み付きイキそうな表情のダージリンにはへにょりと眉を下げ対応に苦慮していた。

 

 

「いやしかし実に懐かしい……お前達も散々経験しただろう?」

 

 

 英子の指摘にラブと対戦経験のある者達は、過去を思い出し一瞬にしてゲンナリとした顔になる。

 ラブが取った突飛な作戦や行動の結果、今のような喜劇的状況が頻発しそれにより恥をかいた経験を全員が有しており、誰一人英子のようには笑えなかった。

 

 

『う゛あ゛ぁ゛~!ぺパロニ!カルパッチョ!今何処にいる~!?』

 

 

 無線からアンチョビの完全にテンパった叫びがダダ漏れで響き、思わず顔をしかめたカルパッチョはマイクに向かい逆にアンチョビの居所を問い質した。

 

 

「ドゥーチェこそ何処にいるんですか!?私達は合流してAP-Girlsの追跡を始めたばかりです」

 

『カウンターの砲撃喰らってグラウンドから撤退した後、クラブハウス脇で様子を窺ってたらラブが来ちゃったんだよ!』

 

「えぇ!?まだそんな所にいたんですか!?」

 

『だって仕方ないだろぉ!最初に攻撃された場所だから安全だと思ったんだよ!』

 

「もぉ~!何やってるんですか!?今そっちに向かってますからサッサと逃げて下さい!」

 

『イヤ、そうは言っても反撃を…うっひゃあ!』

 

 

 アンチョビの悲鳴と同時に砲声と爆発音が辺りに響く。

 カルパッチョ達も既に後一つ角を曲がれば視界にクラブハウスが見える場所まで近付いている。

 

 

「ドゥーチェ!?」

 

 

 無線に応答はないが乾いた硬質な連射音が聴こえるので、どうやらまだやられずに逆襲を試みているようである事は解るが、如何せんタンケッテではⅢ号の主砲であっても直撃を喰らわずとも当たれば只では済まないので、カルパッチョは再度無線でアンチョビに呼び掛け続けた。

 

 

「ドゥーチェ!ドゥーチェ!今からセモヴェンテにクラブハウスを砲撃させます!AP-Girlsが怯んだ隙にそこから脱出して下さい!流れ弾に当たらないように気を付けて!」

 

 

 カルパッチョが無線のトークボタンから指を離したが相変わらず応答はなく、代わりに対戦車ライフルと聞き慣れたセモヴェンテとP40、更にAP-GirlsのⅢ号の砲声が轟いている。

 

 

「ドゥーチェ!」

 

『わ、解ったぁ!』

 

 

 再度その名を呼びもう一度とと思った瞬間無線から引っ繰り返ったアンチョビの声が響いた。

 

 

「良かった!それじゃあいいですね!?…セモヴェンテ前へ出て!」

 

 

 ハッチから身を乗り出し大きく身振りも交えて背後のセモヴェンテに指示を出したカルパッチョは、追い抜き様のセモヴェンテの車長に向かい手をメガホンにして更に指示を出した。

 

 

「角を曲がったら目測で構わないから即砲撃を開始して!」

 

 

 セモヴェンテの車長は片手を上げ了解の合図とすると、車内に戻り攻撃態勢に入った。

 ろくに速度を落とさず狭い枝道に飛び込み引っ掛けたガードレールを容易く引っぺがしたセモヴェンテは、カルパッチョの指示通り曲がるのとほぼ同時に砲撃を開始し、距離が近い事もあったが見事初弾をクラブハウスの建屋にダイレクトヒットさせる事に成功した。

 吹き飛ぶ破片にAP-Girlsの注意が逸れた一瞬の隙を突き、アンチョビはセモヴェンテとP40にAP-Girlsよろしくスモークを焚かせると転がるように逃げて行った。

 ラブもまた増援の到着に即撤退を判断すると、カルパッチョ達が雪崩れ込んで来る前にアンチョビを追う形でグラウンドの敷地から離脱していた。

 試合開始早々のプールを使った奇襲に始まりたった今繰り広げた遭遇戦に至るまで、これだけドタバタやりながら未だ両軍共に白旗を揚げる車両が出ていない詐欺のような展開に、観戦者はただ呆気に取られ口をポカンと開けてモニターを見つめている。

 

 

「ええと…今のが第2ラウンドになるのかなぁ……?」

 

「さあ……どうかしらね?」

 

 

 みほとエリカは顔を見合わせ首を捻る。

 同期の者達はどうかと見れば、全員が疲れた顔をして帰りたそうにしていた。

 彼女達はここに至って思い出したのだ、この二人が戦うとその試合は必ず長引くと、そしてそれは見ているだけでも疲れる馬鹿試合になる事をやっと思い出したのだ。

 

 

『アカン…これ長くなるヤツやん……』

 

 

 いっそ頃合いを見て帰ってしまおうか?彼女達の頭の中をそんな考えがフッと過ぎった時、まるでそれを見透かしていたかのようなタイミングで、笠女給養員学科とアンツィオ共同の混成出前部隊が現れたと思うと、それぞれの好みに合わせたコーヒーや紅茶等をサーブし始めた。

 

 

『うぅ…これ飲んじゃったら帰れないよね……』

 

 

 互いに交わす無言の視線は皆一様にそう語り、同時にあなたからどうぞと牽制し合っている。

 全員まるで水盃を交わすような心境で、手元の器に視線を落としたその時。

 

 

「皆さんどうされました?冷める前にお召し上がり下さいな♪」

 

「おぉ!木幡殿ではありませんか♪」

 

「お久し振りで御座います絹代お姉様♪」

 

『絹代お姉様ぁ!?』

 

 

 混成出前部隊と共に現れた声の主は笠女のたわわな美少女生徒会長木幡結依(こはたゆい)その人であったが、彼女が現れるとまず朗らかに声を掛けたのは意外にも絹代であり、その絹代を結依の方もお姉様呼びするので一同一斉に素っ頓狂な声を上げてしまう。

 但し若干一名絹代の隣に座っている紅茶女だけは目が座り、絡めていた腕に力が籠りギリギリと締め上げ始め絹代の顔に苦悶の色が浮かぶ。

 

 

「アダダダダ…ですからダージリン殿、いきなり間接を極めないで頂きた……くっ!」

 

「毎度毎度話が進まないからいい加減になさい!」

 

 

 再びダージリンの後頭部にアッサムのローファーが容赦なく炸裂し、嫉妬の関節技から解放された絹代が腕をさすりながら先程同様にアッサムに礼を言った。

 

 

『どんだけ嫉妬深いんだこの格言女は……』

 

 

 むくれて頬を膨らますダージリンと必死にフォローを入れる絹代の姿を可笑しそうに見ていた結依であったが、ダージリンがへそを曲げたまま元に戻らないのでそっと助け船を出す。

 

 

「ダージリン隊長、笠女にとって西隊長はいわば救世主ですので単に皆慕っているんですよ。そしてそれはダージリン隊長も同じ事、私達にとって大事な()()()ですわ♡」

 

 

 にっこりと微笑む結依に()()()と呼ばれたダージリンは、サンダース戦の間中結依に翻弄されたメグミを思い出し寒気を感じたようでやっと正気を取り戻したらしい。

 

 

「そうそう、私は厳島隊長とアンチョビ隊長からの伝言を伝えに来たんでしたわ」

 

『伝言?』

 

「ええ、伝言です。笠女とアンツィオで今回の試合限定コラボランチを提供するので是非試して欲しいとお二方から皆様に伝えるよう言付かってまいりました」

 

『…帰れない…いや、帰るなって事ね……』

 

 

 にっこりをパワーアップさせた結依を前に長い一日になる事を全員揃って覚悟した処で、空気読めない&読まない事には定評がある知波単コンビが定評通りに空気を読まず、実に良い笑顔で結依が託されて来た伝言に無邪気にはしゃいでいた。

 

 

「いやあ、先日御招待頂いた晩餐の宴も素晴らしい物でしたから楽しみですなぁ♪」

 

「千代美ちゃんの所のイタリアンも絶品だぞ♪」

 

「ほう、それは増々楽しみでありますなぁ」

 

『空気読めよ……』

 

 

 豪快に笑う知波単ズに、さすがに全員ちょっとイラっとするのであった。

 

 

「姐さんもアホっスねぇ、あんなトコにいりゃ出くわすに決まってるじゃないっスか~」

 

「オマエにだけは言われたくないわ!」

 

 

 偶発的とは言い難い遭遇戦から辛くも脱出したアンチョビは、今は逃げ込んだ地元大学の付属高校が所有する硬式野球の練習グラウンドに全部隊を一旦集結させ、再度奇襲を仕掛ける為に部隊の再編成を行なっていたが、ぺパロニでも解るレベルの失態を犯した事をそのぺパロニに指摘され言い返したのだが顔が赤い処を見ると本人も相当恥ずかしいと見える。

 

 

「と…とにかくだな、白旗が取れないまでもブルー・ハーツにダメージを与えられただけでも充分御の字だ。例え修理しても応急処置に過ぎないから元通りという訳には行かんだろうからな!幸いまだマカロニの正体もバレておらんから状況次第でまた仕掛けるぞ、何しろタフな連中だからな、少しづつ確実に戦力を削ぎ落とすんだ。勿論タイミング次第で行けるとなればラブに直接仕掛けるのもアリだ、臨機応変に動けるよう常に状況の観察を怠るなよ!」

 

「それでドゥーチェ、例のアレはいつ頃仕掛けますか?」

 

「ん?あぁ、まだ早いだろうな…何しろまだ序盤と言ってもいい時間帯だから向こうも元気だしな、仕掛けるにしてももう少し相手が消耗してからの方がいいだろう」

 

「了解です…それではまだ暫くはマカロニを絡めた奇襲を続行でいいですか?」

 

「うん、まだもう少しはそれで行けるだろう。ただやり過ぎは禁物だから気を付けろ……ってオイ、ぺパロニ…オマエ一体ナニするつもりだ?」

 

 

 アンチョビがそう注意している目の前で、話半分しか聞いていなかったらしいぺパロニが予備のP40のハリボテを組み立てようとしている。

 

 

「え~?そんな事も判んないんっスかぁ~?P40並べてラブ姐さんビビらせてやるんっスよ~」

 

「このどアホ!そんな事したら一発でバレるだろうがぁ!大洗戦の時と同じギャグやる気か!?」

 

 

 ぺパロニをどやし付け肩で息をするアンチョビは、他の隊員に命じぺパロニから予備のハリボテを取り上げると頭を掻き毟りながら喚くように改めて命令を下した。

 

 

「いいか!?連絡を密にして、同じタイミングで同時にマカロニを出すようなヘマはするんじゃないぞ!もしやらかしたらその時は私が卒業するまでオヤツはない物と思え!」

 

 

 目線でカルパッチョが予備のハリボテを片付けるよう促すと、隊員達もヤバいといった顔をしてそそくさとぺパロニが広げかけた予備のハリボテを片付けにかかった。

 

 

「も…ヤダ……」

 

 

 大きく肩を落としアンチョビが溜め息を吐くと、それに合わせトレードマークのリボンも力なく萎れて行くように見える。

 

 

「後もうちょっと回せ…よしストップ!そのまま待て!今ピン打ち込むから!」

 

 

 アンチョビがガックリと肩を落としていた頃、三保内浜海水浴場の手前、水上バスの桟橋近くでダメージを受けた転輪と履帯の交換を行なっていたブルー・ハーツであったが、作業も漸く履帯を繋ぐ処まで来てもう間もなく戦列に復帰出来るようだ。

 

 

「よし!終わった!結衣、ラブ姉に連絡だ!合流ポイントを聞いといてくれ!」

 

「あいよ!」

 

 

 夏妃はラブに即連絡すべく通信手の涼音結衣(すずねゆい)に指示を出す。

 無事戦列に復帰出来るとあってブルー・ハーツのメンバー達の表情も明るく、まほなどはお気に入りの夏妃の笑顔がモニターに大写しになった瞬間条件反射でデレて再び白い目で見られていた。

 

 

「あ、()()ちゃんだ~♪」

 

『え?()()ちゃん!?』

 

 

 全員の視線が一斉に笠女生徒会長木幡結依に集中する。

 

 

「ん?あぁ、私と結衣ちゃんは名前が一文字違いなんですよね。だからという訳じゃないですけど私達と~っても仲がいいんですよ~♡」

 

 

 仲良く密着して戯れるたわわを即座に想像したケダモノ達の様子に何を妄想しているか直ぐに察した結依は、意味有り気に笑いながらひらひらと手を振った。

 

 

「いやですわ、私達はそんな関係じゃありませんよ~♪だって私にはメグミお姉さまがいますから♡それに結衣ちゃんだって…おっと、これ以上アイドルの個人情報は口外出来ません」

 

『あざとい…何てあざとい()なの……』

 

「さてそれでは後程ランチをお届けに参りますのでお楽しみに♪」

 

 

 余裕でケダモノ達を手玉に取った結依は軽やかに笑いながら立ち去って行った。

 

 

「あ、ブルー・ハーツが動き出したよ!」

 

 

 みほが指差す先には息を吹き返したブルー・ハーツが、砂浜に履帯痕を刻み付けながら前進する姿が映し出されており、その様子からは特に問題があるようには見えなかった。

 

 

「Wow!夏妃のブルー・ハーツって愛を除けばAP-Girlsの中でも小柄な子が揃ってるじゃない!?それを考えるとこの短時間で転輪と履帯を交換したのは驚異的よ、しかも途中で援護射撃までやってダイレクトヒットさせてたじゃない!」

 

「あの子ら見てるとわたしゃ色々自信を無くすよ……」

 

「Non!アンジーはそのままがいいのよ♡」

 

「ありがとよおケイ♡」

 

『もげろこのバカップルが……』

 

 

 観戦スタンドの騒ぎを余所に、ブルー・ハーツの復帰と共に再び試合は動き始める。

 

 

「あ!ソコだそこを左に曲がれ!」

 

「ここをかよ?なんかゲート閉まってるけどいいのか?」

 

「かまわねぇからぶち破っちまえ、ここから入るのが一番近いからな」

 

 

 ブルー・ハーツ操縦手の海藤稲穂(かいどういなほ)は一応夏妃に確認すると、返って来た答えにその後は全く躊躇する事なくネットフェンスの華奢なゲートを、夏妃に言われた通りぶち破って松林の中にブルーハーツを乗り入れて行った。

 

 

「夏妃!」

 

 

 クラブハウス周辺での遭遇戦後、ラブは部隊をサッカーグラウンド近くのキャンプ場内の松林に潜伏させると各車の被害状況の確認を行っていた。

 何しろ試合序盤にして嘗てない程に被弾していた為に、夏妃と合流し再度打って出る前に問題点を洗い出してクリアしておきたかったのだ。

 幸いにして重大な損害は出てはいなかったが、今回はらしくない程に傷だらけになっていた。

 そしてあらかた点検を終えた処に夏妃のブルー・ハーツが現れ、その姿を見た瞬間ラブは顔を輝かせて駆け寄って行った。

 

 

「わりぃ、待たせたな…ってうわぁ!」

 

 

 コマンダーキューポラから身軽に飛び降りた夏妃に駆け寄ったラブは、愛程ではないが小柄な彼女を有無を言わせず抱き締めると、その愛らしい顔をギュウギュウにたわわの谷間に埋めていた。

 

 

「ごめんね夏妃!私がぼ~っとしてたから大変な思いさせちゃった!」

 

「そういうのいいから!…息出来な……離せって!」

 

 

 荒い息で夏妃がラブを引き剥がすと、今度は後から降りて来たブルー・ハーツのメンバーに視線を向け両手を広げ近寄って行く。

 

 

「私らもいいから!」

 

「いちいちやらんでいい!」

 

「こっち来んな!」

 

けっぱぐんぞ(けっとばすぞ)!」

 

 

 結局全員を一度はたわわの谷間に埋め、頬にキスの雨を降らせるまでラブ暴走は止まらず最後は凜々子に耳を引っ張られて強制的にご褒美タイムは終了した。

 

 

「全く毎度毎度!」

 

「ごめん……」

 

「で?どうにかこうして全車健在だけどこの後はどうするつもり?」

 

 

 凜々子のお説教に続き鈴鹿が当然のようにこれからの行動方針を問う。

 色々と重なった処に体調の問題も重なったせいか、アンチョビの策を警戒するあまり今日のラブは慎重に過ぎ、結果として全てが後手に回りここまで防戦一方な展開になっていた。

 

 

「うん…結局厳島の基本に沿っていつも通りにやるのが一番だと思う……」

 

「そうね、それでいいと思うわ。ただ被弾状況見るとL3 ccの20㎜はやっぱり侮れないわ、何発かかなりヤバかったのがあるから。こうなるとシュルツェン付けておけば良かったとか思っちゃうわね」

 

 

 ラブの示した方針に同意しながらも鈴鹿は注意点を上げ始め、自分の言った後悔先に立たずな事に肩を竦めると、もう一つ気になっていた事を口にした。

 

 

「あと最初の襲撃以降気になってたんだけどP40の神出鬼没ぶり、アレはちょっとおかしくない?」

 

「そうか?でもP40に注意が行くと、その隙を対戦車ライフルで突かれるから厄介だけどな」

 

 

 鈴鹿は違和感を感じ始めていたがまだそれが何であるか確証は得ておらず、夏妃は被害を与えて来そうなL3 ccに意識が行っているようだ。

 

 

「灯台の所で追い詰められた時は、千代美が乗り換えて撃ってたみたいだけどね……」

 

「そっか、アンチョビ隊長の戦車乗りとしてのスキルはどれ位なのかしら?」

 

「今のアンツィオは全て千代美の仕込よ?」

 

「愚問だったわね」

 

 

 苦笑しながら鈴鹿は再出撃に備える為ブラック・ハーツに戻ろうとしたが、そこでLove Gun砲手の瑠伽から待ったがかかり何事かと振り向けばLove Gun砲塔後部のゲペックカステン(荷物箱)から保温バッグを取り出し掲げて見せていた。

 

 

「瑠伽……?」

 

「少し早いんだけどさ、今のうちにお昼にしようよ」

 

 

 気軽な声でそう言いながらも視線はラブに向け、空いた片手はラブ専用のピルケースを収めたベルトポーチに添えられており、それで彼女が何を言いたいか鈴鹿は即座に理解した。

 

 

「そうね、この後は長丁場になりそうだから今のうちに腹ごしらえをするのは悪くないわね」

 

 

 鈴鹿がそう応じ各車ゲペックカステンから保温バッグを取り出しランチタイムに突入した。

 

 

「わ!パニーニじゃない、しかもまだ温かいわ♪」

 

 

 包みを解いたラブはまだ仄かに湯気が上がる程温かいパニーニに歓声を上げた。

 

 

「今日はアンツィオさんと共同で作ったから同じお弁当らしいわよ」

 

「千代美も今頃食べてたりして♪」

 

「そうね…今回は観戦エリアで販売してる限定コラボランチも相当凄いらしいわね」

 

「試合の後私達も食べてみたいね~♪」

 

 

 当たり障りのない会話をしつつ、鈴鹿は片手で素早く携帯を操作し何やら送信していた。

 送り先は誰あろう対戦相手であるアンチョビであった。

 今日のラブの状況を考えると、落ち着いた状況でラブに食事を取らせ薬を飲ませておきたい瑠伽の意向を酌んだ鈴鹿は、アンチョビにその旨を連絡する事で他の誰にも知られる事なく一時的な休戦協定を取りつけたのであった。

 勿論鈴鹿もラブの不調は巧妙に伏せてメールを送っており、アンチョビもまた自分達が試合をするとドタバタする上に長丁場になる事が多いのを自覚しているので、鈴鹿からの依頼には快諾の返信を送りアンツィオの隊員達にも英気を養わせる事にした。

 

 

「どうしましたドゥーチェ?」

 

「いや…鈴鹿からメールが来てな……ラブに昼食を取らせて薬も飲ませたいから時間をくれとな」

 

 

 カルパッチョも即言わんとする処を理解して小さく頷いてみせた。

 両校の隊員達がパニーニに舌鼓を打つ姿がモニターに映ると、それが呼び水となり少し早いがコラボランチを売る出店に観戦客が集まり始め、休戦してお昼休み中の試合とは対照的に出店で対応する両校の生徒達は臨戦態勢に突入していた。

 

 

「なんだか凄い事になってるな……」

 

「今までで一番の行列になってるわね!」

 

 

 一時的に空席だらけになっている観戦スタンドを見回し呆気に取られる一同だが、そんな彼女達の所にも結依と混成出前部隊の手で限定コラボランチ弁当が次々と運ばれて来た。

 

 

「限定にするだけあってちょっと頭が追い付かない位豪華なんだが……」

 

「こんなに豪華なもの頂いちゃって宜しいの……?」

 

 

 まほもダージリンも若干顔が青ざめているが、実際それ程に豪華な内容のお弁当に直ぐに手を付けるのは躊躇われるらしく声の方も上ずっている。

 

 

「何も問題ありませんわ、だってあの売れ行きなら黒字確実ですから♪」

 

『さすが厳島……』

 

 

 そう言われてやっと落ち着いて手を付け始めた一同だったが、空気読めない知波単ズの二人だけは既に旺盛な食欲を見せおかわりに取りかかっていた。

 

 

「お、動き出すみたいね」

 

 

 ランチ弁当を平らげ一息ついた頃、遂に両校の戦車隊が動き出し俄かに緊張感も高まって行く。

 朝に比べるとラブも表情が落ち着いて見え、AP-Girlsのメンバー達もやっと安心して戦えると判断したのか彼女達の表情も鋭さを増していた。

 

 

「フム、やっと厳島本来の戦い方をすると見える。さあ千代美ちゃんここからが本番よ」

 

 

 英子が見据えるモニターの中ではAP-Girlsが隊列を解き個別に索敵に動き始め、それで厳島の本来のスタイルである単騎駆けに出た事が解った。

 しかしアンツィオもまたマカロニを展開し策を以ってAP-Girlsを翻弄しようと網を張り始め、こうなればラブとアンチョビの知恵比べになるのは必至であり、英子などは期待に胸を膨らまし目を輝かせモニターに見入っている。

 

 

「敷島殿は嬉しそうですなぁ」

 

「当たり前だ、厳島の御姫様もやっとエンジン掛かったようだしな。さて、面白くなるぞ」

 

 

 絹代の言葉通り好戦的な笑みを浮かべた英子は、身を乗り出すとそう答えた。

 両者の本格的な激突までもう間もなく、秒読みの段階まで迫っている。

 

 

 




次回からは最後までノンストップでドタバタになるのか?
ダー様もこのままネタキャラに終始する事になるのか……。

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