ガールズ&パンツァー 恋愛戦車道   作:肉球小隊

96 / 309
ラブが色々とあり得ない事になって観戦エリアまでR-指定に……。


第五十三話   観戦エリアも激戦です

「ねえ、さっきからラブを見てるとやたらドキドキするんだけど気のせいかな~?」

 

 

 試合開始後アンツィオの攻勢に押され続けているAP-Girlsであったが、ここに来て妙な形でスイッチの入ったラブが復活すると反転攻勢に転ずるべく動き出し、得意の格闘戦に持ち込むべく今は閉鎖され広大な空き地となっている新清水火力発電所跡地にアンチョビを引きずり込み、睨み合いの挑発合戦を始めていたのだが、既にラブが彼女の月経が始まる前兆の『フェロモン』の放出を始めていた為になにやらおかしな雰囲気が生まれ始めていた。

 そしてそれはモニターを通して観戦エリアにも伝播しており、本格的にラブと関わり合いを持つようになったのが大洗での一戦以降であり、謂わばまだラブ初心者である大洗の会長さんこと角谷杏は、フェロモン全開モードに突入したラブがモニターに大写しになる度に、まだ免疫が少ないせいかモニター越しでも伝わって来るフェロモンにその場に居る者の中でもいち早く中てられ始めていた。

 

 

「えっとねぇ、初めて()()()()()()()()された時みたいにさ…なんていうかなぁ……こう、この辺りが熱くなるようなじんじんするようなさぁ……」

 

 

 頬を赤らめぽ~っとした表情の杏は寄り添っていたケイの手を取ると、『この辺り』と言いながら自身の下腹部にそっとその手を押し当てた。

 

 

「あ、アンジー!?」

 

 

 その突然すぎる杏の大胆な行動にケイは手を押えられたまま硬直し、その周りの者達も大洗のロリ会長の放った一撃にいとも簡単に粉砕され頭上に見えない白旗を揚げると共に鼻血を噴出していた。

 

 

『お…恐るべし大洗のロリ会長……取り敢えずケイはもげろ!』

 

 

 すっかり中てられてしまっている杏はケイに抱き付くと、じゃれつく子猫のようにグリグリやっていて揺れるツインテに全員ハアハアが止まらない。

 

 

「いやいや、仲よき事は美しき哉と実篤も申しておりますが実に全く名言でありますなぁ♪どうですダージリン殿、ここはひとつ我々も──」

 

「絹代さん!?」

 

 

 まるで何かスポーツにでも誘うかのような、実に溌溂とした口調でダージリンに語り掛ける絹代であるが、よく見ればその瞳は一種の熱病患者のそれでありギラギラと脂ぎっていた。

 今までに見た事のない絹代の様子に思わず腰が引けたダージリンであったが、その腰に回された絹代の腕は振り解こうにも万力のようにダージリンを捉えて離さない。

 

 

「絹代さん?絹代さん!?は、離して下さらない!?な、なんて力なの……ちょっと!あなた達なんですの!その脂ぎったワクテカな好奇の目は!?」

 

 

 杏ほど表面的な変化はないが絹代もしっかりと影響を受けていたようで、日頃厳しく自分を律している知波単の生徒らしくないとも思えるが、これはダージリンが絹代を弄び過ぎて色々と溜め込んでいた結果であり、謂わばダージリンの自業自得であった。

 

 

「ちょ!絹代さんしっかりして下さいまし!」

 

「ハイ、しっかりと捉えて離しませんぞ」

 

『面白い!面白過ぎるぞ絹代ぉ!』

 

 

 予想だにしなかった絹代の暴走にケダモノ達は白昼の被り付きで鼻息も荒い。

 

 

「イヤ!ダメ!離して!絹代さん!?」

 

 

 グイグイとダージリンの唇めがけ絹代が吶喊を敢行し、ダージリンもまた必死で抵抗するがこのスコーンはちょっと簡単には割れそうになく、その攻勢を前に難攻不落を誇る要塞フォートジョージも陥落寸前の処まで追い込まれ、女王ダージリンの目尻に涙が浮かぶ。

 ケダモノ達がゴクリと生唾を飲み込む音が響き、加給圧最大の鼻息が噴射される。

 レパルスかはたまたプリンス・オブ・ウェールズか、いずれにしても撃沈必至な絹代白昼の大金星を目前に、興奮が最高潮に達した瞬間意外な救いの手がダージリンに差し伸べられた。

 

 

「オイ絹代、今はそれ位にしておけ。厳島の御姫様が仕掛けるぞ……」

 

 

 英子もそれまで面白そうに見ていたものの、視界の隅のモニター内でいよいよ試合が大きく動き出すと見て、破竹の快進撃を続ける絹代に待ったを掛けたのであった。

 絹代の肩に軽く手を掛けた英子は、そのまま形の良い唇を絹代の耳元に添え何かを耳打ちした。

 

 

「それにな、私の今宵の宿は──」

 

 

 漏れ聞こえる言葉の中に何やら不穏なキーワードも聞こえるが、耳打ちされた絹代の表情はみるみるうちに輝くような笑顔になって行った。

 

 

「ほぅ、成る程!畏まりでゴザイマス!」

 

 

 何を言われたのか絹代は爽やかでありながら邪な光を放つ瞳でダージリンに微笑むと、モニターを指差しそれまでの事などなかったかの如く朗らかに語り掛けている。

 

 

「さあダージリン殿、ここからは一瞬たりとも見逃せませんぞ!」

 

「絹代さん!?あ、アナタねぇ!」

 

 

 ダージリンが抗議の声を上げかけるが、不純物一切ナシ純度100%の天然絹代には何を言っても一切通用せず、ダージリンをグイッと抱き寄せたままその縛めも解く事はなくニコニコとしている。

 涙目のままのダージリンがキッした表情で視線を向けた英子の表情は、一見鋭い表情に見えるがよく見れば目は笑い口元も微妙に緩んでいたが、これは果たして現状を面白がっての事なのかそれとも()()()()()()を待ち切れなくての事なのかその判断は微妙な処だ。

 だがこれが公僕として正しい姿かと問われれば否と答える以外はないのだが、周りにはそれを言う勇気を持ち合わせた者は一人もいなかった。

 

 

『この情報、アンチョビに高く売れますわね……』

 

 

 ダージリンの不幸は我が身の幸せなアッサムが、至福の笑みを浮かべながら今も動画の撮影に余念がないみほとエリカにすり寄るとその耳元に裏取引を持ちかけている。

 

 

『ねえ、お二人共今日撮っている動画を私にも転送して下さらない?むろんタダでとは申しませんわ、その見返りとしてお二人には──』

 

 

 アッサムに何やら耳打ちされたみほとエリカが大きく何度も首を縦に振っているが、その目が極めてゲスな色になっている処をみると見返りもロクでもない物である事は容易に想像が付く。

 動き始めた試合を余所に観戦エリアのスタンド上には、止まる事を知らないケダモノ達のどピンク色の欲望が渦巻いている。

 

 

『う~ん…さっきから感じるこの感触はなんだろう……?』

 

 

 火力発電所の跡地に飛び込んですぐからの挑発に続き遂に動き始めた両校だが、今は互いに様子見と牽制するように旋回運動に入っており、どちらもいつ相手の尻に喰らい付くか虎視眈々とそのタイミングを窺っていたが、ちょうど対極の位置で走行風に自分とお揃いのリボンとツインテを躍らせるラブにチラチラと視線を奔らせるアンチョビは、先程ラブと遭遇してから何とも言えない胸の高まりを感じ、その理由が分からず首を捻っていた。

 今もほんの一瞬ラブに視線を送った瞬間にあどけなさと妖艶さの入り混じった表情で微笑まれ、アンチョビの心臓は早鐘を打つように高まり慌てて視線を逸らしていた。

 

 

『何だ何だなんだぁ~!?何だコレ、胸がドキドキするぅ!?む、胸だけじゃなくて……お腹の奥までジンジンするぅ!?何だか急に西住に会いたくなっちゃったぞぉ!?』

 

「……チェ、ドゥーチェ!」

 

 

 ラブフェロモンに中てられ自分が欲情している事に気付かぬアンチョビは、密集して傍を走行する豆戦車からカルパッチョが声を掛けている事に直ぐには反応出来なかった。

 

 

「お、おぅ!何だカルパッチョ!?」

 

 

 やっと気付いたアンチョビがカルパッチョに目をやると、そこには色っぽく頬を朱に染め熱っぽい瞳で見詰めて来るカルパッチョがいた。

 

 

「おわっ!?何だどうしたぁ!?」

 

「あ、あの…何だか解らないけどドキドキが止まらなくってどうしましょう?」

 

「どうしましょう?ってオマエ──」

 

「姐さ~ん♪アンチョビ姐さ~ん♡」

 

「ってぺパロニまで何だ!?」

 

「いやあ、何かさっきから急にドキドキしちまって@Φ☆●(ピ─)したくて堪らないっス♡」

 

「う゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~!こ、このバカモノぉ!試合中に何を言っておるのだぁ!」

 

 

 カルパッチョ相手に返答に困っていたアンチョビに今度はぺパロニが呼び掛けて来たが、彼女が振り向くなりド直球で放送に乗れば即放送中止処か、試合そのものまで中止になりかねない事を言い出したので、焦ったアンチョビは絶叫でそれを打ち消そうと必死だった。

 ゼェゼェと荒い呼吸のアンチョビが猛烈な嫌な予感に囚われてキョロキョロと周りを見回すと、顔の見える者達は全員危険なTifosi(熱病患者)のような目をしている。

 

 

「お、オマエら一体どうしたというのだぁ!しっかり試合に集中せんかぁ!そんな腑抜けた事でどうする!?もしこの調子で負けたりしたら一週間パスタ抜きにするぞぉ!」

 

 

 これはさすがアンツィオと云うべきか、まるで強力な媚薬のようなラブのフェロモンで色ボケになり掛けていた処に、アンチョビの一週間パスタ抜きの声が轟くとみるみる正気を取り戻し取り敢えずは戦列が崩壊する事は回避出来た。

 

 

「全く何だったのだ…でも私も……ええい私までこんな事でどうする!?」

 

 

 アンチョビは両の頬を力一杯叩くと目尻に涙を浮かべたまま、ラブを睨み付け隊列の先鋒であるCV33の群れに突撃命令を下した。

 

 

「行け猟犬共ぉ!突撃だぁ!assalto!」

 

 

 蹴飛ばされたような勢いで加速を開始したCV33は、AP-Girlsのどてっ腹を食い破るべく巴を描くように旋回運動から高速で斜めに斬り込んで行く。

 そしてそれを迎え撃つべくAP-Girlsも対角から斬り込み始め、真っ向から激突する体勢に持ち込んで行きスタンドの観戦客も一斉に身を乗り出し歓声もひと際大きくなる。

 

 

「おいで千代美、本物を味あわせてあげるわ♪…ミクスチャー・ショット行くわよピンクとブラックは榴弾を、それ以外は徹甲弾を装填せよ!Hey Girls!……Let's Rock 'n' Roll!」

 

 

 Love Gunの車載スピーカーからAP-Girlsのデビュー曲の激しいイントロが流れ始め、それと同時にAP-Girlsの少女達が鋭い好戦的な目付きに豹変する。

 

 

「来た…いよいよやる気か……」

 

「そのようですわね……」

 

 

 ラブが歌う時は怖い時、サンダース戦の際にみほが言った言葉が全員の脳裏に浮かぶ。

 歌う事でタイミングを合わせるピンポイント同時砲撃は、やられた者には強烈な恐怖心を残し見た者には強い警戒心を植え付けていた。

 今再び彼女達の前で歌い始めたAP-Girlsに、観戦エリアの全ての耳目が集中している。

 そしてラブはそれが解っているのか腕を組むと胸をそびやかしているので、例え大写しにされずともいつも以上に誇張されたたわわなアハト・アハトが、荒れ路面な事もあり盛大にバルンバルンに揺さぶられ踊っているのがよく解った。

 

 

「その…あれは絶対ワザとだよな……?」

 

「全くあの乳娘ときたら…重要なのはサイズじゃないですわ……」

 

 

 死んだような目でまほが呟くとイラっとした表情のダージリンがそれに応じているが、その表情は何処か矜持を保つのに必死なように見えてしまう。

 

 

「いやあ、ラブのたわわは私らどんぐり小隊の隊員には、これ以上はない乳ハラ(ハラスメント)だねぇ」

 

『ぶっ!乳ハラ!?』

 

 

 ロリ会長から飛び出した今まで仲間内では出た事のない斬新な表現に全員が一斉に噴き出したが、杏が必死に寄せて上げての仕草をして見せると、今度は鼻からひと筋赤いモノを滴らせている。

 そして再び皆が首の後ろをトントンする中、カチューシャだけが複雑な表情で自分の胸元を覗き込んでいたが、その様子を杏は見逃してはいなかった。

 

 

「カっちゃんもどんぐり小隊に入隊するかい?」

 

「だから誰がカっちゃんよ!?」

 

『ぶふぉっ!』

 

 

 カチューシャが加わったどんぐり小隊をリアルに想像してしまった一同が、一斉にカチューシャから目を逸らし肩を小刻みに揺らしている。

 

 

「後で入隊申込書を送って頂けますか?」

 

「の、ノンナ!?」

 

『あぁ!?止め刺しにいったぁ!?』

 

「アンタ達纏めて粛正してやるぅ!」

 

 

 涙目のカチューシャが得意のセリフを叫ぶ中堪え切れずに全員ゲラゲラ笑っていたが、ひと足早く立ち直ったケイは目をハートにしてロリ会長を自身のたわわの谷間に埋めていた。

 

 

「Non!アンジーはそのままがいいのよ♡」

 

「うひゃあ♪」

 

『バカップルに付ける薬ナシ!』

 

 

 大騒ぎで馬鹿の限りを尽くす集団だが、これで戦譜はちゃんと作成しているから恐ろしい。

 

 

「Spara!」

 

 

 正面からAP-Girlsと対峙するも豆戦車に怯えは一切見られず一気にその距離を詰めて行く。

 そして比較的フラットではあるがすっかり荒れ果てた発電所跡地の路面に臆する事もなく、それまでのアスファルト路面の時と遜色のないカニ走りで一瞬で二手に分かれると、AP-Girlsの隊列の両側面に8mm重機関銃を一斉に掃射して行く。

 車体の両側を硬質な金属音がたて続けに叩いて行くがその程度でラブが動じる事はなく、見る者が恐怖を覚える程に美しくも恐ろしい笑みを浮かべそのまま間を突き進む。

 やはりラブが隊列の先頭に立ち指揮を執ると隊の動きがまるで違って見える。

 それは午前中に急遽指揮を執った凜々子のレベルが低いという訳ではなく、彼女の指揮能力は全国大会常連のトップチームでも通用するレベルといっても過言ではない。

 これはやはりラブがさすが現役高校生にして家元という事なのであろう。

 CV33による機銃掃射の洗礼に続き正面にはセモヴェンテが築く壁が迫り、その主砲が一斉にLove Gunに向け火を噴こうとしたその瞬間AP-Girlsのシャウトと共に、Love Gunとイエロー・ハーツとブルーハーツの3両が中央に陣取るセモヴェンテに向け徹甲弾を叩きつけた。

 セモヴェンテの正面装甲を抜く事は叶わなかったが、衝撃で挙動を乱し僚車と接触すると隊列が乱れ背後にいるアンチョビのL3 ccの姿が露わになった。

 そしてそのチャンスを逃す事なくブラック・ハーツとピンク・ハーツが同時にアンチョビ目掛け榴弾を撃ち出すとL3 ccの足元を抉り、その爆発の衝撃で浮き上がったアンチョビのL3 ccは片輪走行で斜行するとラブの目の前を過ぎって行った。

 

 

「うっひゃあぁぁぁ────!」

 

 

 ドップラー効果で悲鳴を残しアンチョビが視界から消えて行く。

 クスッと笑ったラブはチラリと視界から消えたアンチョビを振り返ると、アンチョビに聞こえる訳ではないが短く語り掛けるように独りごちる。

 

 

「千代美、こんなアレンジもあるのよ♪」

 

 

 AP-Girlsは隊列を乱す事なくL3 ccを退けると、その直後には一瞬スモークを焚き散開してP40に的を絞らせず最初の激突はラブに軍配が上がったようである。

 ラブがミクスチャー・ショットと呼んだ徹甲弾と榴弾の混合使用による時間差攻撃は、直接戦っているアンチョビのみならず観戦エリアにいる者達にも大きな衝撃をもたらしていた。

 

 

「ちょっとぉ!何よ今のは!?」

 

 

 思わず立ち上がりカチューシャが叫ぶように言ったが、すぐにそれに答えられる者はおらずそれ程に驚きが大きかった。

 

 

「まあちょっと考えりゃあの姫さんの事だから、攻撃パターンの二つや三つ用意してても不思議はないわなぁ……あ、絹代、お前あまり驚いてないとこ見るとコレも知ってたな?」

 

「さて?それはどうでしょう?」

 

 

 英子はラブならそれ位は用意しているであろう事は当然と考えたようだが、それでもさすがに驚きで目を丸くしていた。

 しかしその様子からどうやら絹代が全てを知っているであろう事に思い至り、カマを掛けてみたが当の絹代はわざとらしくとぼけるばかりだった。

 そしてその絹代に腰をがっしりホールドされ、徐々に伝わる肌の温もりに半ば蕩けて試合を観戦していたダージリンだったが、今のAP-Girlsの攻撃と英子と絹代のやり取りですっかり意識は覚醒して、今は柳に風と英子の追及をかわす絹代の横顔を少々険しい目付きで見詰めていた。

 ふと気付けばいつの間にかすっかり自分が夢中になっていた長い黒髪も麗しい大和撫子。

 今目の前にいるのは、果して本当に自分の知る吶喊馬鹿の天然少女なのであろうか?

 そんな疑問が急速にダージリンの胸の中で鎌首をもたげ始め、警鐘を打ち鳴らし始めていた。

 絹代は危険だ、根拠はないがそんな思いが頭の中で渦巻き、この6連戦が終わり落ち着いた段階で絹代率いる知波単と一戦交える必要があるとダージリンは密かに心に決めるのであった。

 

 

「あぁビックリしたぞぉ!ラブのヤツめ、やっぱりまだ隠してる手があったかぁ!」

 

 

 横転寸前の片輪走行で暫く走る破目になったアンチョビは、何度も走行中の豆戦車から転げ落ちそうになりながらどうにか耐え切りやっと着地して今は涙目で冷や汗を拭っている。

 どうにか隊列を組み直し周りを見回せば、何事もなかったようにAP-GirlsもLove Gunを先頭に隊列を組み直しており、ラブの面白そうな表情からするとどうやらテンパって騒いでいたアンチョビを見て楽しんでいたようだ。

 その表情からそれを察したアンチョビもカチンと来たらしく、怒りのバッテンをこめかみに浮かべると再び突撃命令を下し部隊は増速しAP-Girlsへの追撃を開始した。

 

 

「見てろよぉ~!アンツィオ(ウチ)だってワンパターンじゃないんだからなぁ~!」

 

 

 セモヴェンテの直ぐ後ろをテールトゥノーズ状態で走行するL3 ccのハッチから身を乗り出したアンチョビは、無線で檄を飛ばすように指示を出し始めた。

 

 

「いいかぁ!次の攻撃はversione quattro(バージョン4)で行くぞぉ!」

 

「マジっスか姐さん!?」

 

「ああマジだ!意表を突くのにはこれが一番だからなぁ!」

 

「了解っス!」

 

 

 互いに牽制しつつもタイミングを計りAP-Girlsの正面に回り込んだアンチョビは、先鋒のCV33からその連絡が入るや迷う事なく突撃命令を下した。

 

 

「いよぉ~し行けぇ!assalto!」

 

 

 突撃命令が下るやアンツィオの隊列はAP-Girls目掛け一直線に突っ込んで行く。

 しかし今回はCV33は分散する事なくラブから見て右側面を一列縦隊のまま、カニ走りで機銃掃射を浴びせながら駆け抜けて行く。

 

 

「……!?」

 

 

 一瞬ラブの表情に困惑の色が浮かぶが直ぐ目の前にはセモヴェンテが迫っており、ラブも瞬時に頭を切り替えそちらに意識を集中する。

 そして先程同様タイミングを歌で読みながら砲撃を加えようとしたその瞬間、最後尾で止めを刺す為に控えているはずのP40からの砲撃を受け、セモヴェンテに対する攻撃タイミングを外された。

 

 

「今だぁ!」

 

 

 その砲撃を合図としてアンチョビが命令を下すとセモヴェンテがCV33に続きAP-Girlsの右側面を通過する直前に、3両のL3 ccはセモヴェンテの影に隠れたままナポリターンを敢行しラブに気付かれる事なく後ろ向きになり、バックで走りながらすれ違う瞬間に備えている。

 そして接触ギリギリの距離で一気にアンチョビとラブがすれ違い、その瞬間振り返ったラブがアンチョビの意図に気付き驚きで大きく目を見開くと、照準を覗き込むアンチョビはしてやったりとばかりにニヤリと笑い攻撃命令を下した。

 

 

「いよぉ~し!Spara!」

 

 

 3両のL3 ccの20mm対戦車ライフルが一斉に火を噴き、右翼最後尾にいた鈴鹿のブラック・ハーツの無防備な背中に火線が集中し、連射で叩き込まれた20mmの硬質な矢尻が砲塔背面を連続して打ち据える。

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 突然の背後からの衝撃に常にクールな鈴鹿が珍しく短く悲鳴を上げる。

 砲塔背面に集中砲火を受けたブラック・ハーツは砲塔その物には被害を受けなかったものの、ゲペックカステン(荷物箱)を根こそぎ吹き飛ばされ収納されていた工具を始め、長期戦に備えた食糧が入ったクーラーボックスなどをぶちまけてしまった。

 

 

「鈴鹿!?」

 

「だ、大丈夫……ゲペックカステンを持って行かれただけよ!」

 

 

 すれ違いざまの一撃で致命傷こそ与えられなかったが手応えを得たアンチョビは、ニカっと笑うと拳を握りしめ素直に喜びを爆発させていた。

 

 

「ぃやったぁ~!成功だぁ~!タンケッテ最強ぉ~!」

 

 

 アンチョビが喜びの感情を爆発させた瞬間、観戦エリアで戦況を見守る観戦客達もその衝撃的な光景に騒然となり、まほを始め居並ぶ強豪校の猛者達は暫く言葉を失っていた。

 

 

「さすがよ!さすがだわ千代美ちゃん♪オイ西住の!見たか?見たよなぁ!?」

 

「みみみみ見ましたから……」

 

 

 テンション爆上げな英子がまほの首を掴み左右に激しく揺さぶるので、まほはろくに返事も出来ず首振り人形状態で揺さぶり続けられている。

 

 

「敷島殿、敷島殿!…やれやれ、仕方ありませんなぁ……」

 

 

 ガクガクと白目状態で首を揺さぶられるまほに助け船を出した絹代であったがテンションMAXな英子はその程度では止まるはずもなく、得意のへにょりと眉を下げた困り顔になった絹代はまさに仕方ないといった表情でエイヤっとばかりに一切躊躇する事なく英子のとんでもない場所に手を突っ込むと、何やらもぞもぞと激しく謎の手捌きを披露しつつ改めて英子に声を掛けた。

 

 

「敷島殿、どうかもうそれ位で!このままでは西住殿の姉上が昇天してしまいます故!」

 

「あふん♡お?おお絹代……あぁ、スマンな、つい嬉しくて自分が押えられなくなってしまったわ。それにしても絹代、また一段と腕を上げたようであるな」

 

「はっ!ダージリン殿に随分と鍛えられました故に!」

 

「きっ、絹代さん!?」

 

 

 またしてもさり気なく天然少女絹代が落っことした特大の爆弾に、俄かに色めき立ち鼻の穴を膨らませ耳をダンボにした一同の視線が集中すると、絶望的な表情になったダージリンは静かに力なく頽れて行くのだった。

 

 

「はっはっはっ、そうかそうか、そうであったか」

 

 

 爽快とかその類の形容詞しか付けようがない豪快さで笑い飛ばす英子と、只々生真面目に受け答えをする絹代とその二人に一撃で撃破されたダージリン。

 

 

『恐るべし知波単…恐るべし天然……』

 

 

 ワクテカから一転、憐憫の目でダージリンを見る一同であった。

 

 

「いやしかし真面目な話セモヴェンテの影で180度ターンをしておいて、すれ違いざまに背後に集中砲火を浴びせるとは発想もそれを実行する度胸も大したものだ。あれだけ接近していれば前だって満足に見えないだろうにトップスピードで走り回った挙句にあのアクロバットだ、いくら固定砲身の車両が殆どで苦肉の策とはいえ隊全体でアンツィオ程の操縦技術を持つ学校もそうはあるまい。並の学校処か強豪でも、あのハイスピードで翻弄して蜂の一刺しに喰われる可能性は充分にあるだろう」

 

 

 キリっと引き締まった上総の大猪の顔に戻った英子が述べた感想に、その強豪校の隊長達の表情に俄かに緊張が奔り、これは卒業までに一度アンツィオと手合せの必要があると考えるのであった。

 

 

「あぁん♡でもやっぱり千代美ちゃんは凄いわぁ!これは後でいっぱい可愛がってあげなきゃ♪」

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」

 

 

 鬼敷島の表情で寸評を口にしたと思いきや、突如千代美ちゃん大好きな英子姉さんの顔になった英子がその身をくねらせると、隣のまほが再び絶望的な呻き声を上げる。

 身を乗り出し英子の寸評に耳を傾けていた者達は、英子の突然変わり身に危うくそのままスタンドから転げ落ちそうになっていた。

 

 

『なんかこの人会う度に人格の入れ替わりが激しくなってる気が……』

 

 

 英子に死んだような視線が集中しているが、当人は全く気にした様子はなかった。

 

 

「よぉ~し!行ける、行けるぞぉ~!今はノリと勢いで押す時だぁ!」

 

 

 今の攻撃の成功とその有効性にすっかり気を良くしたアンチョビが雄叫びを上げた。

 AP-Girls側も衝撃から立ち直り隊列を維持し、再び双方が互いに隙を窺い旋回をしている。

 だがその後もノリと勢いの戦闘が続き計四回程互いに隊列を組んだまま斬り結んだのだが、双方共に小傷は増える一方なのに致命傷を与える事が出来ず、相手のフラッグ車を討ち取る処かこれだけやり合いながら未だに白旗を揚げる車両がただの1両も出ていなかった。

 アンツィオの豆戦車は少なくとも五両は横転していたはずで、しかもそのうちの1両はアンチョビの騎乗するL3 ccであったのだが、横転し転がり落ちた瞬間には飛び蹴りで車体を元に戻し止めを刺される前に戦線復帰して見る者を呆れさせていた。

 その一方でAP-Girlsもまた豆戦車に蜂の巣にされ、Love Gunも一度セモヴェンテの3両の同時砲撃を喰らいながらも生き延びており観戦している一般客などはもう訳が解らなくなっている。

 

 

「ちょっとぉ!こんだけ派手にやり合って白旗が一本も揚がらないってどういう事よ!」

 

 

 やはりこの試合は長くなる、そんな予感が頭に浮かんだカチューシャが軽くキレた。

 他の者達も同様の予感に囚われているが、既にカチューシャのようにキレる元気はなかった。

 

 

「まあ確かに詐欺のような試合なのは確かですわね…尤もこの展開は散々中学時代に見た気もしますけど私の思い過ごしかしら……?」

 

 

 投げやり気味にそう言ったダージリンの目は座っており、その顔にはもうウンザリと書いてある。

 

 

「Hey!ラブが仕切り直しをするみたいよ!」

 

 

 ケイの指摘通りAP-Girlsが一斉にピンクのスモークを焚くと、一斉に火力発電所の跡地から離脱を図る姿がモニターに映っている。

 どうやら一呼吸吐くつもりだろうか、アンツィオの追撃を阻む為にスモークの量も多かった。

 

 

「ドゥーチェ!」

 

「構わん、今は追わんでいい!それより今のうちに損害の方を確認して直せる所は直しておけ!」

 

 

 攻める時は攻めるが引く時は引く、ノリと勢いとは言いながら緩急を付けるのも上手かった。

 

 

「それと少し何か腹に入れておくのも忘れるなよ!まだ先は長いぞぉ!飯バテなんぞしたら洒落にならんからなぁ!お~いぺパロニ!おやつの用意をして手の空いた者から食わせてやれ!」

 

「姐さん了解っス!」

 

 

 この辺の気配りもアンチョビが慕われる理由のひとつであるのは間違いないだろう。

 モニターには嬉々とした表情で切り分けてあるフォカッチャを配り歩くぺパロニの姿が映っており、ちょうど戦闘が途切れ小腹の空いた観戦客が出店に買い物に向かう姿も目立ち始めた。

 

 

「フム、手に汗握る展開でエキサイトしたせいか小腹が減ったな。どれ、千代美ちゃんの処の出店でピザでも買って来るか……お前達も同じ物でよいか?」

 

 

 英子がスタンドを見回すと、一同キョトンとした顔になった後こくこくと頷きいそいそとお財布を出し始めたのだが、英子はそれを押し止め財布をしまうように促した。

 

 

「あ~構わん構わん、これ位は奢ってやる。だが荷物持ちが必要だから何人か付いて来てくれ」

 

 

 英子が立ち上がるのに続き当然の如く絹代が立ち上がると、釣られてダージリンとまほが立ち上がり掛けたが、その瞬間にスタンドの裾の方を見ていた英子がまほに妙に歯切れ悪く声を掛けた。

 

 

「あ~、西住…私の記憶違いでなければだな、あそこの千代美ちゃんの処の出店の前にいる黒ずくめの二人連れはもしや…あいや、私の記憶違いならいいのだがな……」

 

 

 日頃の英子らしからぬ歯切れの悪い事この上ないモノ言いにまほは大いに戸惑いながらも、英子の視線を追ってその先にあるアンツィオの出店に目を向けた。

 みほもまた西住と呼ばれた為条件反射でまほ同様に視線を同じ場所に向けており、二人はほぼ同時に英子が指摘しているであろう二人連れに人物に目を留めていた。

 そこには何処から見てもSSの上級将校のような出で立ちの二人連れが、ピザを買うべくアンツィオの出店の行列に並んでおり、怪し過ぎて前後に若干空間が出来て覿面に目立っている。

 

 

『あ゛~!』

 

「何でお母様と菊代さんがここに!?」

 

「んも~!またあんな変な格好で何やってるのよ~!」

 

 

 恥ずかしそうに赤い顔で声を上げた西住姉妹の視線の先、アンツィオの出店の行列のただ中に大洗戦の際と同様の出で立ちで、西住流家元でありまほとみほの母である西住しほと、その西住家に長年仕える女中頭の菊代の姿があった。

 

 

『ぶふぉ!』

 

 

 全員瞬間的にまほとみほから視線をそらしたものの、堪え切れず一斉に噴き出していた。

 まあ大洗での顛末を考えればそこで噴くなと云うのは酷だろう。

 熊本の西住家では呼ばれたとはいえ世話になっている事もあり、腰を上げた英子は表情こそ変わらぬが完全に笑った目で言い訳のように言うのだった。

 

 

「あ~、やはりそうであったか…これはご挨拶をしない訳にはいくまいなぁ……」

 

 

 頭をカキカキしつつスタンドを降り始める英子の後ろにワクテカな表情の絹代とダージリンが続き、更にその後ろにたまにみほが見せるあの鬱な表情になった姉妹がトボトボと着いて行く。

 ここに来てカオスなメンバーが増えこの先観戦スタンドは一体どうなるのか?

 残る者達は顔の筋肉総動員で真面目な表情を取り繕い西住姉妹を見送るのであった。

 

 

 




今回は過去最高に観戦スタンドがおバカさんですね……。
家元と菊代さんも当初は出る予定など欠片もなかったのですが、
千代美ちゃんとラブの試合を見に来ないのはおかしいと急遽出る事になりました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。