「うひゃあ!ダメだダメだダメだぁ!なんか知らんが全力で逃げろぉ!それから向き変えて応戦!」
AP-Girlsの攻撃を紙一重で躱しつつクルクル回っては反撃を繰り返す豆戦車。
その車上ではテンパったアンチョビが大騒ぎで指示を出し続けている。
バージョンアップを果たし立体化したマカロニを含む罠を幾重にも仕掛けたキルゾーン目指し、アンチョビはあの手この手でAP-Girlsを誘導しているが、躱しているとはいえそれらは全て紙一重の差しかなく見ている者もヒヤヒヤするような展開の連続だ。
「あぁ!またあんなリスキーな事をやってぇ!」
今もまたナポリターンからフルブレーキングで急接近したLove Gunに、20mmのライフル弾を叩き込んだはいいが危うく体当たりで弾き飛ばされそうになり、その危険極まりない接近戦にまほは手に汗握って観戦していた。
『アンチョビが絡むとこの子ホント面白いわ……』
日頃鉄面皮と云ってもいい程感情が顔に出ないまほであったが、最近アンチョビとの仲が一気に進展して以降は、事アンチョビ絡みとなると感情がモロに顔に出て、その変化が面白く仲間達の間では完全にオチの対象になっているのだった。
「もう!危ないじゃないか…気を付けろ安斎ぃ……」
またしてもあわや撃破かという場面にギュッと手を握るまほの表情は、年相応に恋人の身を案じハラハラする少女の顔だ。
『ヤバい!まほがやたら可愛い♡オマエいつからそんなキャラになった!?』
元の顔立ちが凛々しく整いどちらかと云えば目をハートにして見られる側のまほが、瞳を潤ませ恋人を応援する姿は付き合いの長い者達にとっても新鮮であり萌えポイントも高かった。
『この子もこんな顔をするのねぇ……』
『なんとまあ旦那様と出会われた頃の奥様を彷彿とさせるお顔ですこと♪』
しみじみする母と身も蓋もない女中頭、人の想いはそれぞれであった。
「なんか今日一日でウチの命中率相当落ちそうね……」
テンパって大騒ぎをしながらもチョロチョロと逃げ回り飛び来る砲弾を尽く回避する様は、攻撃を加える側からすれば詐欺に等しく世の中舐め切ってるとしか思えなかった。
「い、今のはヤバかったぞおぉぉ!後ちょっとだ頑張れぇ!」
ラブを釣り上げる為とはいえ危機一髪処か危機連発状態で目尻に涙を浮かべたアンチョビは、神憑りの領域でここまでAP-Girlsの攻撃を躱し続けて来た操縦手を激励する。
「不条理だわ……」
冗談のようなふざけた動きでまたしても全弾回避され、今も目の前を右に左にデタラメに逃げ回る豆戦車はまるで走る悪夢のようで、凜々子はトレードマークのツインテを盛大に踊らせて逃げ回るアンチョビの背中を座った目で睨むように見ていた。
「あり得ねぇ…アレを避けるとかあり得ねぇ……」
凜々子のすぐ隣を走るブルー・ハーツ上の夏妃は頭を抱え呻いている。
これまで驚異的な命中率を誇って来たAP-Girlsが、目の前にいるたった1両の豆戦車を撃破する事が出来ず、チーム一のクールビューティーである鈴鹿でさえ虚ろな表情で笑っていた。
「あの子フラッグ車に乗ってる自覚あるのかしら?」
あまりにも馬鹿げた展開にダージリンが少しキレ気味に言うが、おそらく彼女がこの試合の当事者であればこれは確実にキレている場面だろう。
だが確かにアンチョビの暴れっぷりは、ダージリンにフラッグ車に乗っている事を忘れていると言われるのも無理がない程無茶苦茶なのは事実だった。
一般観戦客からすればアクロバットの連続で大いに盛り上がる場面ではあるが、戦車道関係者の視点ではこれは見ているだけで相当に疲れるらしい。
しかし当事者達にはそんな事を言っている余裕もなく、とにかく互いに相手を倒すべく策を弄し技を繰り出すが、クセのある者同士のぶつかり合いだけにそう簡単に決着が付くものでもなく、結果として普通の試合ではあり得ない場面の連続となっていた。
「うおぉぉぉ!見えて来たぞぉ!おいカルパッチョとぺパロニ!準備はいいか!?」
大揺れの豆戦車上で無線のマイクに向かって叫んだアンチョビの声に、待ってましたと云わんばかりに二人から応答が入る。
『いつでも行けます!』
『やってやるっスよ!』
威勢の良い応答と共に、アンチョビの視界にキルゾーンに向かう緩いS字コーナーが見えて来た。
「よっしゃあぁぁぁ!逃げ切ったぞぉ!タイミング外すなよぉ!」
追尾するAP-Girlsをチラリと振り返ったアンチョビは、その距離がトラップを仕掛けるのにベストな距離なのを確認すると前に向き直りタイミングを計る事に集中した。
そしてL3 ccが緩い右コーナーに飛び込む直前、アンチョビは無線のマイクに向かい声を限りに攻撃の命令を下した。
「今だぁ!」
アンチョビのL3 ccに続きAP-Girlsが右コーナーに突入したその瞬間、進路を塞ぐようにカルパッチョのL3 ccとCV33が街道上に現れた。
「ラブ姉右!」
凜々子の叫びにラブがチラリとそちらに視線を奔らせると、建物の陰からP40が砲をこちらに指向し完全に側背を突かれる形になっていた。
「チッ!左の路地へ!」
重機関銃の掃射を浴びながら瞬時に隊列を一列縦隊に移行すると、AP-GirlsはLove Gunを先頭に左側にある海沿いに伸びる路地へと飛び込んで行った。
「やったぁ成功だぁ!今度は我々が後を追うぞ~!」
「了解ドゥーチェ!」
待ち伏せ部隊の後ろに飛び込みスピンターンで戻って来たアンチョビは、カルパッチョを従え即AP-Girlsを追撃すべく路地に突入して行く。
「ラブ姉完全にハメられたぞ!」
咄嗟にLove Gunの直後のポジションに入ったブルー・ハーツ上で、夏妃は周囲に警戒の視線を巡らせつつ前方を走るラブの背中に叫んだ。
試合前に頭に叩き込んだ地図ではこの道に枝道はなく、その先にあるのは国土交通省管理下の防波堤や岸壁等を整備する際に必要なケーソンを作る施設である、三保ケーソン製作場のみでありそこは海に面した行き止まり、つまりAP-Girlsは完全に袋小路に追い込まれつつあったのだ。
「…何とか手前にある産廃処分場の敷地で反転攻勢に……お見通しか!」
ラブが反撃に転じようと考えたスペースには既にぺパロニの部隊が展開しており背後からの攻撃と合わせて退路は完全に断たれている。
「何とか隙間にねじ込めれば──」
「ラブ姉!」
ぺパロニの部隊の手薄に見える部分にラブが強行突入を画策したその時、その方向からまたしてもP40が現れラブの意図を読み操縦桿を動かし掛けていた香子が悲鳴を上げた。
「え!?何で!?」
背後にいるはずのP40に側面を突かれさすがにラブの頭も真っ白になる。
P40砲塔が旋回しLove Gunを指向し始めたのを見た香子が、咄嗟の判断でやむなく増速して袋小路に向おうとした瞬間にそれは起こった。
海側から吹き込んだ強風がCV33に被せただけの
「え……?」
有り得べからざる光景にラブが硬直する。
ハリボテを被ったCV33の上で砲塔の旋回操作をしていた乗員も、何が起こったのか解らず操作をしていたポーズのままで固まりキョトンとしていた。
『あぁ~!ニセモノだぁ~!』
一拍の時をおいて何が起こったかに気付いたAP-Girlsのメンバー全員が絶叫する。
だがしかし既に時は遅く反撃可能なポイントは通過し後は袋小路に飛び込むしかなかった。
「うひゃひゃひゃひゃ~♪バレた!あっさりバレたぁ!チョビ子大ピンチ~!」
突然のコントのような展開に辺りが静まり返る中杏が膝を叩き大笑いする声がこだまし、モニターの中を固まったアンチョビを乗せた豆戦車が通過して行った。
「まさかマカロニが立体になってるとは思わなかったわ……」
今までタイミング良く表れ虚を突いて来たP40が全てハリボテだったと悟ったラブは、そのハリボテにまんまと騙され続けていた事に呆然とした表情で呟いていた。
「ラブ姉前!」
香子の叫びで視線を前に向けると、直ぐ目の前には立入禁止と国有施設の赤書きの文字の看板が目を惹く鉄骨とネット製の扉が迫っていた。
「美衣子榴弾装填!」
「いいの!?」
「構わない!ここは交戦禁止エリアになってないわ!」
「……装填完了!」
「よし!瑠伽撃て!」
間髪入れずに瑠伽が砲撃を敢行し立ち塞がる門扉を吹き飛ばすと、それに続き5両のⅢ号J型がケーソン製作場に雪崩れ込んで行く。
『アンチョビ姐さん……』
「…いやぺパロニ、あれはお前のせいじゃない気にするな。それよりあっちの仕込は大丈夫か?」
『はいバッチリ待ち伏せの態勢で配置してます!』
「ならいい、お前達も付いて来い!」
『了解っス!』
さすがのぺパロニもこの事態には目が点になっていたが、自然相手の事なのでアンチョビもぺパロニを責める事はなく、ラブを追い詰めるべくぺパロニの部隊も追撃に加えた。
「どうするラブ姉!?」
「どうするも何もここで反撃するしかないわよね……」
「ラブ姉やられたわ、アレ見てよ」
指示を仰いだ凜々子に続き鈴鹿が顎で示した先、三保ケーソン製作場の敷地の最深部には3両のセモヴェンテがAP-Girlsを迎え撃つべく配されていた。
ラブ達はサッカーコート程の広さはあるが逃げ道のない空間に追い込まれた事になり、背後からアンチョビ達も迫り挟撃体制の只中に押し込まれつつあった。
「セモヴェンテ3両でやっぱりP40の姿はナシ…よっぽど壊したくないのねぇ……」
おそらく朝のように見えない位置から砲撃位はして来るであろうが、やっと直ったP40を壊さないよう気を使いながら運用するアンチョビの苦労を慮ったラブは腕を組み苦笑している。
「ホラ、来たよ!」
「解ってる…隊列を解くよ!各車独自の判断で生き残る事を最優先に行動せよ!」
一見無責任極まりない指示に聞こえるが、個々のサバイバル能力が飛び抜けて高いAP-Girlsに限ってはこの指示も決して無責任なものではないだろう。
「フン、やはりバラけたか…まあそう来るだろうな、だがこちらは予定通りに行くだけだ」
散開して単騎駆けを始めたAP-Girlsに、アンチョビはお見通しだとばかりに鼻を鳴らした。
そして振り上げた指揮用鞭をラブに向け振り降ろすと、自身も彼女を包囲殲滅せんと動き出す。
「ここかなり厄介だわ…完全にドゥーチェにやられたわね!」
凜々子がセモヴェンテからの砲撃を躱しカウンターで撃ち返しながら悪態を吐く。
広さ的には隣にあるサッカーコートよりは広いものの、その中央部にはケーソンを運搬する台船が入ると思われるドックがあり、更に台船にケーソンを積み込む為の台座と移動用の溝がある為に実質動き回れるスペースは然程広くはなかった。
「紗英!溝に気を付けて!うっかりはまったら一発で終わりよ!」
「豆戦車が飛び越えて行くからその気にさせられてヤバいわ……」
イエロー・ハーツ操縦手の紗英は、纏わりついて来る豆戦車に手を焼きつつ懸命に飛び来る砲弾を回避し続けているが、その額には玉の汗が浮かんでいる。
「これはストレス溜まるわ……」
指揮をする凜々子もまた額の汗を拭いながら周囲を見渡し状況把握に余念がない。
各車の車長も逃げ回るだけではなくすれ違いざまなどにアイコンタクトを交わし、瞬間的な連携で反撃を行ない何度か豆戦車を引っ繰り返しているが、ここでもやはり致命傷を与えられずしぶとく復活して来るので、一向に戦果らしい戦果が上がらないのであった。
12月ともなれば日の入りも早くもう間もなく夕焼けも見られるような時間になるが、ここまで両校未だリタイアする車両を出しておらず、昔を知る者達はひしひしと過去の悪夢の再現を予感し始めているのかその表情に焦りが滲み始めていた。
「Sigh……また二人してガス欠弾切れお替り延長戦とか言うんじゃないでしょうね~?」
組んだ脚に頬杖を突いたケイが何処か投げやり気味に言う。
「そんな事を言うのはお止しなさい…現実になるわよ……」
窘めるようなもの言いのダージリンもその目が座っている。
「あれ全車白旗装置故障してんじゃないの!?」
この期に及んで未だ一本も揚がらぬ白旗に、カチューシャがいよいよ本格的にキレ始めた。
両校共に一発も被弾していない車両はおらず、アンチョビが必死に温存しているP40でさえも午前中に夏妃の長距離砲撃を喰らいあちこちに凹みを作っていた。
これだけのドタバタ劇を演じておきながら、ただの1両も戦線離脱していないとなればカチューシャがキレるのも無理はないかもしれない。
「う~ん、もしそうなった場合審判団が補給を認めるどうかだなぁ…市街地を封鎖しての試合だからその辺の判断がどうなるか。後日再試合と言われてもスケジュール的に厳しいだろうしなぁ……」
まほが腕組みして首を捻ると、自分達の卒業までの残り時間を考え一様に難しい顔になった。
カチューシャもまたノーゲームとなった自分達の試合の後、ラブが気に病まぬよう再戦の機会はあると言ってはみたが、正直時間的に厳しいであろう事は解っている。
彼女達にはもう残り時間はあまりないのだ。
皆が少し湿っぽい気持ちになった瞬間、遂にLove Gunの放った一撃がアンチョビのL3 ccに直撃しコマのように回った後にこの日二度目の横転を喫したのであった。
いよいよ決着が付いたかと会場が色めき立ったが、横転した豆戦車から転がり出て来たアンチョビが再び飛び蹴りをいれるといとも簡単に復活し何事もなかったように走り出した。
「だから何で飛び蹴り入れただけであんな簡単に元に戻るのよ!?」
「さあ?何かコツがあるんじゃなくて?」
「そんな昔のテレビじゃるまいし……」
最早お笑い芸人の鉄板ネタのようなキレるカチューシャと皮肉を言うダージリンの流れにまほが一応ツッコミを入れるが、固まったパソコンにチョップを入れてエリカに怒られた事もあるまほにはあまりそれを言う資格はない。
「うはぁ!今のもヤバかった……やっぱりラブ相手は一瞬でも気が抜けん!」
肉薄するAP-Girlsを躱し応射しながらアンチョビもラブの隙を窺うが、この乱戦状態にあってもさすがにラブがそう簡単に隙を見せる事はない。
それどころか今のように恐ろしいまでの嗅覚で一瞬の隙を見い出し一撃を放って来る。
アンチョビとしても油断していた訳ではないし実際隙と云う程の隙でもなかったのだが、ラブは見事にそこを突いておりもしコンマ秒単位で回避指示が遅れていたら撃破されていただろう。
「何でアレ喰らって平気なのよ……」
「……」
瑠伽のぼやきにさすがのラブも返す言葉がない。
フラッグ戦は例え味方が1両もやられていなくとも、フラッグ車が倒れればそこで試合は終わる。
だがこの試合ではアンチョビの騎乗するフラッグ車が二度も横転する事態になっているにも拘らず、未だ白旗が揚がらず遂には陽の傾く時間となりこのままでは夜戦に突入する可能性も高かった。
「この状態がいつまでも続くようじゃガス欠と弾切れの心配しなきゃいけないよ!」
ドリフトで軌道をそらし対戦車ライフル弾が致命傷を与えて来るのを防いだ香子が、一瞬ラブに振り返った後に叫び声で指摘した。
彼女もまた大汗を掻いており、それが過去最高の仕事量である事を如実に物語っている。
人もマシンもじわじわと限界点に近付きつつあり、それは限界まで膨らんだ風船がちょっとした刺激で破裂するのと同じように弾ける時は一瞬で終わる領域に達するのも時間の問題に見える。
「それは千代美達も同じだけど見てると意外に無駄弾撃ってないのよね、参考にした全国大会の映像と比べてもアンツィオは凄いレベルアップしているわ」
例え体調不良であっても相手を見る目は曇っておらず、ラブは細かな部分まで実によく見ている。
「……!左にスライド!」
そして今も自分に向けれた殺気のようなものを感じ取り、咄嗟に香子に指示を出すと即座にそれに反応した香子が言われた通りにLove Gunを振り回すと、元の軌道で進めば確実に直撃を受けた場所に弾着と同時に火球が開いた。
「あれも厄介ね……」
ラブが額の汗を拭い砲弾が飛来したであろう方向の空を見上げる。
アンチョビはまたしてもP40を離れた場所に配し、散発的にではあるが想定したポイントにLove Gunを追いこんでは砲撃を行なわせその機動力を確実に奪っていた。
「しかもさっきから微妙に砲撃位置変えてるでしょ?初弾と入射角が違うわ」
「みたいね、午前中のアレで学習したみたいよ」
瑠伽の砲手らしい指摘にラブも厄介そうな口調で答える。
「いずれにしてもこのままじゃジリ貧よ、何とかここから脱出しないと分が悪すぎるわ!ここの微妙な広さって私達には狭いけど豆戦車には丁度いいのよ…それっ!……ああもう!」
カウンターを当て肉薄していたCv33蹴っ飛ばして横転させたが、例の如く即復活する姿に操縦手の香子は思わず操縦桿を手のひらで引っ叩いた。
「これはキリがないわ…脱出したいのは山々だけど、ああも出入り口を固められちゃあね……」
Love Gunで門を吹き飛ばした唯一の出入り口は常に何両かの豆戦車が守りを固め、例えそこで撃破されてもそれで出入り口を封鎖出来るので、この場合に限り守備側が有利になっていた。
「ねえ、奥側のフェンスぶち破ればお隣のマリーナとの間の砂浜に飛び降りられない!?」
めげる事なく操縦桿を握り続ける香子が、ドーナッツランニングで襲い掛かろうとした豆戦車達を威嚇する片手間に、頭の中の地図を確認しながらラブに自分の脱出プランを示す。
「やっぱそれしかないか…解ったやってみよう……花楓、各車に伝達お願いね」
「ん、了解」
通信手の花楓がラブが即座に纏めた作戦プランを無線で伝達すると、ブルー・ハーツのみが別行動を取ると応答して来た。
「夏妃?」
『ラブ姉、ブルーハーツはもう飛べる程の
『夏妃!』
『おっと凜々子、残るのはアタイらだけだその方が生存率は断然上がる。おめぇだって解ってんだろ?大丈夫だ、直ぐ合流するからそっちを頼む』
『……解った』
『てな訳だ、あんま考えてる時間はないはずだからサッサと行ってくれ』
無線から響く夏妃の声にラブも一瞬唇を噛んだが、脱出作戦を実行すべく即行動に出た。
「奥側のスペースに突入したら全車榴弾の同時砲撃で広めにフェンスを吹き飛ばすよ!砲撃後は反時計回りでスペースを一周して二列縦隊で斜めに脱出口に飛び込むからね!」
『了解!』
敷地を対角に走る事で助走距離を稼ぎ尚且つ二列縦隊で的を絞らせ難くするラブのプランを再確認する声に一斉に応答が返ると、AP-Girlsは死中に活路を見い出すべくLove Gunを先頭にセモヴェンテが陣取るスペースに突入して行く。
「ああん?アイツら一体何をやる気だぁ?」
少しづつ時間は掛かるものの確実にAP-Girlsの体力を削ぎ落としていたアンチョビは、突如それまでとは違う明確な意思を持った行動に移ったAP-Girlsを訝しむ声を上げた。
その疑問を抱くアンチョビの前で、AP-Girlsが一斉にセモヴェンテが待ち受ける敷地の奥に向かい突撃を開始すると、隣りのマリーナとの仕切りになるフェンスを榴弾の一斉砲撃で吹き飛ばした。
そしてそのまま渦を巻くように反時計回りで旋回しながら二列縦隊を形成し、フェンスを吹き飛ばした方向へ一気に加速し突っ込み始めた。
「あ!マズイ!ラブが逃げるぞぉ!」
ここでラブの目論見に気付いたアンチョビが脱出を阻止すべく指示を出したが、最後尾にいたブルーハーツのみが隊列に加わらずアンチョビ達への妨害行動に転じていた。
「クっ!夏妃か!?あぁ!しまったぁ!」
アンチョビが夏妃に気を取られたその隙に、増速したラブ達は次々にケーソン製作場の敷地からジャンプで飛び出し脱出して行くのだった。
「クッソぉ~!追え~!あ!セモヴェンテは無茶するんじゃないぞ~!」
ドタバタやりながらもとかく無茶をしがちな部下達に釘を射し、こんな処で貴重な戦力を失う事のないよう神経を使うアンチョビはやはり同世代一の苦労人であろう。
「あ!姐さんブルー・ハーツが!」
AP-Girlsの脱出劇で生じた一瞬の隙を突き、夏妃のブルー・ハーツもスモークを焚いて豆戦車達の目を晦ますとまんまと突入口から脱出を果たしていた。
「ええいそっちに構うな!今はラブを追うのが最優先だぁ!我に続けぇ~!」
アンチョビが指揮用鞭を振るい真っ先にAP-Girlsが開けた脱出口に飛び込むと、それに続き我も我もと豆戦車達が飛び出して行くが、その光景は必死に親の後を追う小鴨を思わせた。
『う~ん仕留めきれなかったかぁ…でも夏妃が付いて行かなかったのは間違いなく足回りに問題を抱えている証拠だろう。うん、ちょっと慌てて追い掛けちゃったけどここで焦ったら負けだ、私達がラブを追い詰めているのは間違いないんだ、後もう少しの辛抱だからここは慎重に行こう……それにしてもコイツらも強くなったなぁ、対戦車ライフルも使える事が分かったしこれなら私が卒業した後も心配なさそうだ!』
再び追撃態勢に入ったアンチョビは高ぶった気持ちが少し落ち着くと状況の分析を始め、ふと周りを見回すと共にラブを追って激走する部下達が、AP-Girlsを相手に互角以上に戦えるようになっていた事に驚き、同時に誇らしく思え自分のやって来た事が無駄ではなかったと喜びを噛締めるのであった。
「ちょっと…コレってホントに延長戦になるんじゃないのぉ!?」
いよいよ夕暮れ時となり、薄っすらと夕焼けを瞳に映したカチューシャは涙目になっている。
誰もがいよいよ大詰め、さすがにこれで決着が付くだろうと思っていた。
だがここでも彼女達の予想と期待はいともあっさりと裏切られ、更に恐るべき事にこれ程の乱戦を演じたにも拘わらず白旗が一本も揚がらなかった。
「う~ん、さすがにこれだけやり合って一本も白旗が揚がってないのが信じられんなぁ……」
「まあ…覚悟はしていましたけど……」
全てが予想の斜め上な展開にまほもさすがに歯切れが悪く、ダージリンの物言いも虚勢を張るような上に顔色も冴えなくなっていた。
三人だけではない、この場にいる全員がこの事態に言葉を失っていたのだ。
「まずいわね…大分陽が傾いて来たわ……」
奇跡の脱出劇で無事ケーソン製作場から逃げ出す事は出来たが、そのまま追撃を受け続け夏妃のブルー・ハーツとも合流も果たせず反撃に転じるタイミングも掴めずにいた。
殿で追い縋るアンツィオの豆戦車達を往なしながら、鈴鹿は空を見上げ彼女達にとって重大かつ深刻な局面を迎えつつある事に独り眉を顰めていた。
夕暮れ時、健常な人間であっても運転中に事故を起こし易い魔の時間帯であるが、右目がほぼ失明状態にあるラブにとって、これ以降は倍増では済まない程負担が掛かる時間帯に突入するのだ。
「これ以上長引くならせめてもう少し明るい市街地に出ないとダメね、こんな灯りの少ない海沿いじゃラブ姉に掛かる負担が大き過ぎる……」
砲塔を後ろに向け機銃で豆戦車達を牽制していた鈴鹿は、無線ではなく携帯のメールでLove Gunの直ぐ後ろを走るイエローハーツの凜々子とコンタクトを取った。
凜々子もまた鈴鹿同様陽が傾きつつある事でラブの視力面の不利が深刻化する事は理解しており、万が一試合が夜戦に突入した場合の手立てを二人はメールで確認しあった。
通常であれば副長である愛を中心に動くのが筋であるが、ラブとの関係で少し意地になっている今の愛には、その任は負担が大きいと判断した鈴鹿は凜々子とのみ連携する判断を下していた。
非情と思われるかもしれないが、この判断力こそがAP-Girlsの強さでもあるのだ。
交代要員もいない25人のメンバーとたった5両のⅢ号J型戦車のみで戦う彼女達には、常に迅速且つ的確な判断力が求められ、それが高いスキルと併せ持って初めてあのハイレベルなパフォーマンスが実現されるのである。
現状の愛もパフォーマンス自体は何も低下しておらず、これまでも自分の役割は十二分に果たしていて普通に戦うだけであれば何も問題はなかった。
だが、例えそれが極小さな問題であったとしてもそれを見過ごせば、チーム全体が精密機械のように機能するAP-Girlsにとってはそれがとんでもない致命傷になる可能性があるのだ。
故に彼女達は時として冷酷とも取れる判断を下す事があるが、それは全てチームが生き残る為であり思考錯誤の中互いに納得した上で作り上げたシステムであった。
鈴鹿が凜々子とのメールでのやり取りを終えた頃、それを待っていたかのようなタイミングで別行動を取っていたブルー・ハーツの夏妃の声が無線から響いた。
『こちらブルー・ハーツ夏妃だ!ラブ姉今どの辺にいる!?』
「夏妃!無事だったのね!」
『ああ、問題ねぇよ。後ろにセモヴェンテが3両付いて来てるが大した事じゃねぇ』
アンチョビの判断で安全策を取ったセモヴェンテ3両は結果として夏妃のブルー・ハーツを追撃する形となり、三角定規フォーメーションを組みブルー・ハーツに喰らい付こうと必死だった。
「こっちはもうじき半島の先っちょよ!そっちは大丈夫なの!?」
『ああ、小っこい豆戦車相手にするよりこっちの方が遥かに楽だ』
前後左右にチョロチョロと纏わり付く豆戦車に比べ的としても大きい分、セモヴェンテの方が実際相手にするには断然楽だと夏妃は感じているようだ。
「そう……それで何処で合流する?」
『それなんだけどな、まだ暫くは合流しない事にしたわ』
「え?なんで?」
ラブの顔に困惑の色が浮かぶ。
ラブとしては足回りに不安のあるブルー・ハーツと一刻も早く合流し、皆でフォローしながら反撃に転じるつもりでいたのだ。
『アタイらはこのままP40を探し出して叩くつもりなんだよ。何だかんだでアレは結構厄介な存在だからな。それに後追いのヤツらからその事が伝われば、アンチョビ隊長もかなり動揺するんじゃないか?虎の子のP40が襲撃されれば泡喰ってミスる可能性も上がると思うんだがどうだ?』
「解った…夏妃に任せる……気を付けてね」
『おう!』
夏妃の頼り甲斐のある声を確認してラブは無線交信を終えた。
一方の夏妃も交信終了後に咽頭マイクから手を離すと、ピッタリのタイミングで携帯に鈴鹿からのメールが届いたのであった。
そのメールには鈴鹿と凜々子のやり取りで決まった事が纏められており、その内容を確認した夏妃は携帯をポケットにしまった。
「了解だ…任せたぞ……」
夏妃は暮れかかった空を見上げ呟くようにそう言った。
「よし!アタイらはP40を探し出して叩きのめすぞ!」
「大仕事だな……」
「どこから探す気なんだよ?」
ブルー・ハーツ装填手の
「さっきまで撃ってただろう予測ポイントを起点に捜索を始める。恐らくアンチョビ隊長はラブ姉狙いであの砲撃を続行するはずだ。追手への反撃はしなくていい、栞と奏音は監視に集中してくれ。これだけ暗くなってくれば、砲撃の瞬間の火線で居所が解るはずだ。見逃さないよう気を付けろ!」
『了解』
夏妃の指示を受け栞と奏音の二人は、開け放ったサイドハッチから身を乗り出すと薄暮の空に向け警戒の目を光らせた。
「アレ?あの子ら何やってんだ?」
三角定規フォーメーションを組みブルー・ハーツを追う先頭車のセモヴェンテの車長が、両のサイドハッチから身を晒しキョロキョロしている栞と奏音に気付き首を捻る。
「栞ちゃんと奏音ちゃんだよね、いよいよ弾切れしたんかな?」
「いや…そんな感じには見えないけど何なんだ?」
僚車の二人も不思議がるがその理由には気付いていないようだ。
「何でもいい、とにかく追って仕留めようぜ!」
「でも撃っても全部避けられちゃうってどういう事?」
仕留めると言いつつも当らぬ攻撃に悩むセモヴェンテの乗員達であった。
その頃半島の先端を回ったラブ達は午前中の戦闘で吹き飛んだ灯台を横目に見つつ、砂を蹴立ててアンチョビの追撃を躱しながら激走していた。
「う~んそうだなぁ……よし!このまま三保空港まで全速力で行くよ!」
「え!?ラブ姉!市街地に入った方が反撃し易いんじゃない?」
ラブの視力を考えると、少しでも条件のいい場所に向かいたい凜々子がそれとなく反対する。
「ううん、空港みたいな開けた場所でやり合った方が、千代美もP40を使い易いでしょ?これだけ陽が落ちてるんだもの、発砲すればその火線で夏妃達もP40を発見し易いはずよ!」
『あっちゃ~!こういう時はラブ姉ってホント先までよく読むわ……』
鈴鹿と手筈は整えていたものの、その上を行くラブの思考と行動力に凜々子は舌を巻いていた。
こうなると一刻も早く目的地に到達して作戦を実行するしかなさそうだ。
そしてその後は夏妃に任せるしかなく、凜々子は祈るように呟くしか手がなかった。
『頼むわよ夏妃…一刻も早く見つけ出して叩いてね……』
実質的なラブの活動限界までもういくらも時間は残されていない。
凜々子の願いを乗せた風が松原の間を駆け抜けて行く。
マカロニを最後はどういう形でバレるようにするか(バレるの前提w)悩みましたが、
出来るだけあっけなくしたいとアレコレ考えて結局あんな形でバレました。
戦闘の方は次回でいよいよ決着が付くと思います。(余計な加筆をしなければですが)