一人、少年が首を傾げた。
少年の名前は織斑一夏、世界初の男性IS操縦者であり、かの世界最強織斑千冬の弟でもある。
世界中を騒がせたその彼は、久し振りに学園食堂がざわついていると感じていた。普段も賑やかな食堂だが、今日は賑やかというよりは、静かにざわついている。
「お、なんだ、なにかあったのか?」
「あ、織斑君。知らない?」
「今日はニュース見てないんだ」
「ああ、じゃあ、ほら」
クラスメイトでも情報通で知られている生徒に問い掛けると、コーヒーカップを片手に食堂備え付けのテレビを指し示す。
『では〝IS喰らい〟がまた現れたという事ですね?』
『はい』
『昨年末に現れて以来、各地に出没。今年の中頃に姿を消し、死亡説まで流れましたが、ここ自衛隊が保有するIS部隊の演習場に出没し、自衛隊所属のISを三機、捕食したという事です』
一夏は驚愕に目を見開き、コーヒーカップを傾けている生徒に振り返る。
生徒はゆったりとした態度で、カップに満たされている珈琲の香りを楽しみ、一度カップを置いた。
「織斑君も知ってるね?」
「ああ、大騒ぎになったからなぁ」
「おや、落ち着いてるね?」
「いや、話に追い付けてないだけだ」
「そうだね。では、更に話を加速しよう。追い付き給え」
そう言って、カップの横に置いてあった小皿から、長細い長方形の包みを手に取り、その包みを半分破き口に挟んだ。
「チョコレートは珈琲とよく合うね」
「お、おう?」
「さて、糖分とカフェインを摂取したし、アクセルを踏むよ? 今回喰われたのは、自衛隊所属の打鉄二機にラファール一機、パイロットに死傷者無し、ああ、怪我人は要るが軽い打撲で済んでいるから、安心してよ。まあ、これは〝IS喰らい〟の共通だね。喰われた三機はコアを喪失、まあ、私が聞いた話だと、コアは喰われてないけど、機体の装備を喰われたとかを加えると、自衛隊IS部隊は八割喰われたという事になるね」
「早い早いって、八割!?」
「そう、八割」
生徒は口に噛んだチョコレートを歯で折ると、湯気の立つ珈琲を口に含む。
機嫌良さげな鼻唄を少し、生徒は己の着いているテーブルの向かいの席を指差す。座れ、という事なのだろう。
一夏が座ると、生徒は話を続けた。
「これにより、自衛隊の部隊は事実上半壊。まあ、ここで織斑君が気付いているかは知らないけど、私はある事実を君に教えよう。まあ、聞いてくれ給えよ。〝IS喰らい〟は今回を含めて八機のISを喰っている。恐らく最初とされる打鉄二機はパイロット無しで無抵抗だったが、後の六機はパイロット有り、それも自衛隊や他国家代表候補生、所謂腕利き。さあ、織斑君、気付いたかな? ふむ、続けよう。私はさっきの話で〝IS喰らい〟の絶対の共通を言ったよ? そう、〝IS喰らい〟人死にを出さない。さあ、これが何を意味するのかな?」
「なにって、えーと?」
「はい、残念。いいかい、織斑君、情報は水物、痛むのは早い。さっきの君は落第どころか退学レベルだよ。まあ、いいね。さて、何を意味するのかという話だが、君は代表候補生達と戦って、無傷で勝てる?」
「あ」
一夏が気付き、生徒はカップの残りを飲み干して、代わりの珈琲を淹れにいく。
そして、珈琲を注いだカップを二つ持ち帰り、一つを一夏の前に置いた。
「気付いた、気付いたね。気付いていないとは言わせない。私は事実を以て現実から逃げる事は許さないからね。私の信条は置こう。そう、〝IS喰らい〟は腕利きを相手にほぼ無傷で相手を制圧し、機体を捕食している。そして、そしてだ。それが意味する事は、〝IS喰らい〟は腕利きのパイロットの操るISという超兵器を、いとも簡単に制圧してのける圧倒的存在だという事さ」
「だとしたら、〝IS喰らい〟の目的はなんなんだ?」
「さあ?」
生徒は残ったチョコレートを口に放り込み咀嚼、熱い珈琲でそれを喉へ流し、一夏を見る。
「まあ、その顔はやめてくれ給え。まず第一に、〝IS喰らい〟の目的どころか、今は奴が何故ISを喰らうのかすら解らない。というか、気付いたかな?」
「何にだよ?」
「ふむ、捕食、捕食、捕食。そう捕食だよ。仮に〝IS喰らい〟が機械だとすると、機械は捕食行動、つまり食事を行うかな? 仮に生物だとすると、何故機械を捕食する? 鉄分や他科学成分しか含んでいない、生命維持に欠かせない有機物を含んでいない機械だよ。さあ、何故かな?」
「何故って……」
「まあ、これはニュース等々で言われている捕食が、文字通りの意味ならという話だ。ただ、コアや装備を奪っているだけで、その有り様が捕食の様に見えるから、とか言われたらそれまでさ」
湯気の立つ珈琲を一口啜る。
そして、一夏の顔を見て言った。
「ああ、大騒ぎになるだろうけど、〝IS喰らい〟も今年にはお縄になるだろうね」
「へ? なんで?」
「織斑君、織斑君、〝IS喰らい〟は何を喰らった? そう、ISだ。世界の軍事バランス、その一翼を担う数の限られた超兵器、それを奴は八機保有している。たった一機の配備に国が騒ぐものを、八機だ。世界は〝IS喰らい〟を最悪のテロリストと認定した。〝IS喰らい〟討伐の役目は、各国ヴァルキリークラスか、織斑先生、ブリュンヒルデクラスになる」
「そうか」
「そうさ。それが最善、下手な戦力投入より全力の戦力投入、不確定な存在は最強の一手で潰すに限る」
「そうだよな」
「そうさ。あと、これは私見な疑問だ。何故、〝IS喰らい〟はISコアを喰らうのか? そして、〝IS喰らい〟は何を求めて喰らうのか? あと、もう一つ」
一拍置いて、生徒はテーブルにあった伝票を片手に立ち上がる。一夏はせめて自分の分は払おうと、財布を取り出そうとするが、生徒はそれを手で制した。
「気にしない、気にしない。これは一人寂しく珈琲を飲んでいた、私の話に付き合ってくれたサービスさ。そう、心ばかりのサーヴィス。そして最後の一つ、どうして〝IS喰らい〟が現れると、クリスマス・キャロルの〝Silent Night〟が聞こえるんだろうね? それも、とても美しい歌声だという」
切れ長の目を一度伏せ、生徒は支払いへと向かう。
一夏はその背を見送り、テレビを見ながら余った珈琲を飲んだ。
「誰か、大切な誰かに聞いてほしい? いや、祝福したいのかな?」
それを見た生徒の呟きは、誰にも聞こえなかった。