「束、話を聞こう」
「ちーちゃん、これはヤバイよ」
薄暗い部屋の中、相手が視線を落とすのを、千冬は見逃さなかった。
コミュニケーション能力が欠如し、自分と自分が認める相手以外は全て見下している。それが、この篠ノ之束だ。
だが、その筈の束がヤバイと判断した。それが何を意味するのか。解らない千冬ではない。
「お前がそう言うとは、余程だな」
「まあ、元は大した事無い〝紛い物〟なんだけど、コアを八機取り込んでる。下手したら、二次移行とか三次移行とかじゃすまないよ」
「そうか」
両目を伏せ、千冬は考えを巡らせる。
「束、〝紛い物〟とはなんだ?」
「ちーちゃんは〝フェイクコア〟って知ってる?」
「なんだそれは? フェイク、という事は偽物か?」
「その通り、私が作ったISコアの偽物。凡人にしては、よくやった方かな? だけど、結局はコストが合わなくて計画は破棄。よく稼働出来たよ」
どこか感心したように、束は一枚の写真を眺める。
それには、〝IS喰らい〟と呼ばれる異形が写っていた。
「コアと機体を取り込む事で、その機体の性能とコアの蓄積記憶を学習、その特性を発現。あはは、マジかー」
「束、手はあるか」
「あるよ、あるけど、ちーちゃんでも危ないかもよ?」
「私がやらねば誰がやる? 束、〝フェイクコア〟の情報を寄越せ」
千冬が言うと、束は眼前に一枚のディスプレイを写し出す。
様々な数値やグラフが動き、幾つかの画像が移り変わると、〝フェイクコア〟という題名が出た。
「簡単に概要だけいくよ。ISコアの劣化版で量産はされてない。単純に全ての性能が劣化してるけど、一つ違う事がある」
「なんだそれは?」
「コア人格に一定の法則があるの」
空間投影ディスプレイの題名が、コア人格に替わる。
束はそれを見て、ディスプレイを操作する。
「人格に法則?」
千冬が疑問を口にする。
「うん、フェイクコアのコア人格は、ISコアよりある意味はっきりしててね。主、マスターを強く求めるんだ。その為なら、自分の機能を破壊して作り直す事だってやりかねない」
「だとすると、こいつはマスターを得ているという事か? ……束、これにパイロットが乗っていると?」
千冬が指差す写真に写る〝IS喰らい〟は、確かに機体のサイズで言えば、誰かが搭乗している。だが、千冬はそれを否定する。
「束、これにはパイロットは乗っていない。下半身を見れば一目瞭然だ」
「それには私も同意するよ。写真や映像を解析したけど、これにはパイロットは居ない」
二人の見る〝IS喰らい〟の下半身は、人間が搭乗出来る形状ではなかった。
補強の為か、一部装甲で覆われはしているが、蛸等の軟体生物の様に、数えきれない数のチューブやコードが腰骨から生え、それらが脚の役割を果たし、異様な機動性を持っていた。
そして、それは〝IS喰らい〟にパイロットは居ないとも証明していた。
「上半身に収まっているかと思ったが、こいつの形状では四肢を切断でもしないと入りきらんし、こいつの動きがパイロットの存在を否定している」
「これ、仮に乗ってたら、挽き肉になってるよ」
映像では、明らかに人間では不可能な動きで、攻撃を防ぎ迎撃していた〝IS喰らい〟が、自衛隊所属のラファールからパイロットを引き剥がし、機体を一呑みにしていた。
ラファールのパイロットは、呆然とそれを見ているしか出来なかったが、他の打鉄が〝IS喰らい〟に攻撃を仕掛けるが、変質した肩部装甲の一部が弾け、散弾となり打鉄を打撃、装甲を砕かれた一機が副腕で捕捉、助けに入ったもう一機を、上半身を一回転させ腕部を変質させた極厚のブレードで粉砕した。
「近距離はあの散弾とブレード、離れれば高精度の射撃。くくく、モンド・グロッソの再現でもするか?」
「ちーちゃん、やるの?」
「やるさ。どのみち、奴はここに来る。自衛隊の次にISコアがあるのは、この学園だからな」
千冬は懐から煙草を取り出し、不味そうに煙を吐いた。
「不味いな。現役の頃は、どうしてこんなものをやっていたんだか」
「ちーちゃん、ヤニくさーい。で、決戦は学園?」
「いや、学園ではやらん」
不機嫌に煙草を吹かして、千冬は灰皿にそれを忌々しげに押し付ける。
「学園は餌場だ。何故、奴の餌場で戦わねばならん。束、奴の塒を探せ」
「オッケーってか、もう見付けてる。これ」
束がディスプレイを千冬へ向けると、廃棄された研究施設と思わしき場所が写し出されていた。
千冬はそれを見て、束を半ば睨み付ける様にして問うた。
「束、これは何処だ?」
「ほら、一時の開発ラッシュで出来た人工島。その内の一つだよ」
「ふん、また面倒な所に隠れたな」
「多分、フェイクコアの開発研究でもしてたんだろうね。ちょっと調べてみよっか?」
「さっさとやれ」
おお、怖い怖いと、束はへらへらと笑いながら、眼前に浮くディスプレイに付属するキーボードを打鍵していく。
余裕を見せていた束だが、次第に束の顔が険しくなっていく。千冬はその様子を見て、眉をひそめた。
「束、どうした?」
「面白くない。ちーちゃん」
ほぼ投げ捨てる様に、束はディスプレイを千冬に渡す。
明らかに不機嫌、束がこうなる時は大体が身内絡みか、自分が嫌いなタイプに出会した時だ。
千冬は溜め息を吐き、ディスプレイを見た。
「束、これが事実だとしたら」
「〝IS喰らい〟のマスターは厄介だよ」
「……束、機体を用意しろ」
「今からだと、クリスマスになるよ?」
「構わん。……奴を、少しでも早く終わらせてやらねば」
そう言う、千冬が持つディスプレイには、幾条もの亀裂が走っていた。
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クリスマス・キャロルが鳴り響く。
季節は冬だが、クリスマスにはまだ数日早い。
しかし、この部屋では毎日鳴り響いている。
『Silent Night……』
外観からは想像も出来ない程に清潔な室内に、美しい歌声が祝福を歌い上げていた。
『Holy Night ……』
黒い襤褸を纏った均整のとれた彫刻の様な肢体、造形物と見紛うばかりの美貌、それらを兼ね備えた女性が、透明な流線型のケースにしなだれかかり、形の良い唇は静かに穏やかに歌い上げる。
『All’s asleep, one sole light,……』
女性は愛しげにケースを撫でると、ゆっくりと顔を上げる。
すると、肩、肩甲骨の辺りが裂け、鋼鉄の翼が皮膚を捲る様に突き出、脚は解けコードとチューブの群れとなり、見目麗しい顔はバイザーと装甲に変わる。
祝福を歌っていた口は歯形をジグザグに裂け、小柄な人間なら一呑みに出来そうな程に広がった。
『主よ、あなただけが私の全てです』
女性、〝IS喰らい〟はケースに背を向けると、軟体生物の様に脚を這わせ、部屋を出る。
『私があなたを祝福する事を、赦してください』
言い残し、〝IS喰らい〟は新たな獲物を求めて、夜闇に消えた。
主を祝福する歌を、風に流しながら。