冬、聖誕祭の夜にも関わらず、誰も彼もが慌ただしく歩みを止めない。
ありふれた歌詞にありふれた旋律、毎年毎年繰り返し、壊れた蛇口から溢れる水の様に垂れ流されるそれに、一つ一つラベルを付けられる者など居ない。
それらは、元は神聖な楽曲の群れだったのだろうが、今となっては周辺に転がる石ころに過ぎない。
だが、一つのクリスマス・キャロルが耳に届く。その、ひどく美しい旋律は、夜闇に立つ鎧武者だけに届いていた。
「束」
《……ちーちゃん、綺麗だね》
「ああ、本当に綺麗だ。何も無ければ、ゆっくりと聞き入っていたかったよ」
《私もだよ》
千冬が極厚の大刀を肩に担い、曇天から降り始めた雪を眺めて、白くなった息を吐いた。
本当に美しい祝福を謳う歌が冷たい風に乗り、雪と共に千冬が纏う大鎧へと降り積もっていく。
「ほう? お前の事だ。歌など下らんと吐き捨てるかと思っていたぞ?」
《ひどいや、ちーちゃん。私は歌、他の形の無いもの産み出す人は尊敬してるよ》
「そうか」
《ちーちゃん、人が何かを産み出すという事は、ある意味神様とやらへの反逆なんだろうね》
「どうした? やけに感傷的な声じゃないか」
《神は全てを産み出した。だけど、この世界にその全ては無い。だから、私達
一拍の間を開けて、束の声が千冬の耳に届く。
《人間の歴史はそれの繰り返し、それらを紡いで積み上げてここまで来た。なら、あの子達は?》
「束、それはこれからだ」
《これから?》
千冬が左右に首を曲げ、音を鳴らしていく。
近くなったクリスマス・キャロルを耳に聞きながら、千冬は大刀を構える。
「これからの結果がどうあれ、奴らはこれから紡ぎ積み上げる」
《……そうだね。ちーちゃん、最後に確認。ちーちゃんの機体はリミッターを全部外してる。コアも出力制限無しの生のまま。つまり、今現存するコアの中で、ちーちゃんのコアが一番強い》
「奴の狙いが予想通りなら、強いコアを狙う」
《「つまり」》
祝福と雪を乗せた風が、音を立てて吹き抜けると同時に、甲高い衝撃音が響く。
「貴様は私を狙うという事だ。〝IS喰らい〟」
大鎧を纏う千冬よりも、更に巨大な異形が黒衣を纏って、千冬へと襲い掛かる。
極厚の刃同士が火花を散らし、異形の放つ弾丸が大鎧を削る。千冬の口元には笑みが浮かんでいた。
「嗚呼、本当に打てば響く。束、急げよ」
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
――・個体名称〝暮桜〟
――・パイロット 織斑千冬
――・武装 近接大刀
――・コア反応 極大
このコアを取り込めば、マスターは……!
〝IS喰らい〟は機械の思考を更に加速させ、千冬の一挙手一投足を計算する。
今までの相手とは比較にならない挙動、性能の高いオリジナルコア八機分の演算と出力で、己を振り回す。
――・ダメージ 右腕ブレード損傷
だがそれでも、相手はこちらを超えてくる。
こちらが出力を上げれば上げる程、速度を早めれば早める程、織斑千冬はこちらを上回ってくる。
パイロットとしての力量ではない。生物としての規格が違う。
――・肩部近接散弾
ナノマシン操作で装甲を変質させ、超高速の徹甲弾として射出。千冬から距離を取る為の弾幕とする。
しかし、千冬は幅広の大刀を盾代わりとし、懐に飛び込んできた。
「先ずは、右腕」
言葉と共に、右腕が斬り落とされた。副腕で迎撃する。
「先ずはと言ったぞ!」
迎撃した副腕が切断、返す刀で逆袈裟に極厚の刃が装甲を切り裂く。
――・ダメージ甚大
ナノマシン操作での再生も間に合わない。
――・肩部装甲被害甚大
再生したそばから大刀が斬り捨てる。もはや、鉈と言ってもいい幅広で極厚の刃は、第三世代機を取り込んだ己すら問題なく斬り裂いていく。
――・マスター
――・マスター
――・マスター
――・マスター
〝IS喰らい〟の自我は、ただ一つに染まっていた。
未だ目を覚まさぬ己の主、請うて焦がれて、あの聖夜に漸く奇跡が起きた。
――・マスター、私だけはあなたを……!
そう、決して有ってはならない奇跡で、己は主と出会った。
要らぬと破棄され、役目も果たせず主も得られず、ただ朽ち果てるのを待つだけだった。
だが、有ってはならない赦されぬ奇跡が、あの聖夜に舞い降りた。
痩せ細り、傷だらけの主が己と同じく、要らぬと破棄された。
――・嗚呼、嗚呼、何故……!
主は人間、なのに何故、鋼鉄と科学技術の塊である己と同じく破棄されねばならないのか。
何故、我が主は祝福されない。
何故、我が主が祝福されない。
何故、我が主は目を覚まさない。
――・マスター、マスター……!
あなたは、私だけが祝福します。
誰にも祝福されなかったあなたを、私だけが祝福します。
だからどうか、マスター。
どうか、目を開けて、私に……
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「間に合った」
白く清潔な室内に、一つの声があった。
その声は、安堵の色を持っていた。
「本当にギリギリ、コア八機でこれか」
声の持ち主である篠ノ之束は、透明な流線型のケースの前に、器材の入った鞄を落とす。
覗き込むケースには、一人の少女が収まっていた。
「いや、医療技術も無しに、コアの生命維持機能のみでなら妥当、ううん、奇跡だね」
束は唇を噛み、置いた鞄を開く。
自分は科学者だ。科学者は奇跡を信じない。
例え、奇跡としか言い様の無い事柄だろうと、そこには必ず原因があり、再現し超える事が出来ると信じている。
だからこそ、目の前の少女が生きている事が信じられない。
「気付いている筈、だけど、あの子はそれを否定して、奇跡を起こし続けた」
ケース内に横たわる少女の体は、人の形を成していなかった。
先天性ではない後天性、恐らく〝IS喰らい〟が活動を再開したのも、これが原因。
少女の四肢は、崩れていた。それはもはや、四肢だけでなく、腰部にまで及び、少女は頭部と胴体のみを残す形で、IS八機分の生命維持機能で消えかけの命を、辛うじて繋いでいた。
「普通の病気や怪我じゃない。ナノマシン実験、本当に面白くない」
束と少女が居る施設は、嘗てナノマシン研究を秘密裏に行っていた。
この少女の体の崩壊の原因は、そのナノマシンだろう。
束は鞄から、両手に器材を取り、ケースに手を掛けた。
「ねえ、まだ起きてる? 起きてるなら、お願い、目を開けて。あなたの言葉を待ってる子が居るんだ」
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
12月25日
嘗て、聖者が生まれた聖夜に、華が咲いた。
『あ……』
〝IS喰らい〟の、全てを噛み砕いてきた顎が縦に咲いた。
崩れ行く体で苦し紛れに行った噛み付きは、千冬の大刀によって裂かれた。
「バカ者が、……今更通じる訳がないだろうに」
体を覆う装甲が砕け、体を支える人工筋肉が解けていく。思考にノイズが走り、機体の制御がままならない。
コア八機の統御が出来ない。
――・マスター……
フレームを支えられない。ブレードが、脚が、崩れていく。
――・マスター……
今、眼前に佇む織斑千冬が持つコアを取り込めば、きっと、マスターは目を覚ましてくれる。
――・マスター……
だから、今倒れては、役目を果たせない。
〝IS喰らい〟は、崩れていく体を無理矢理起こし、残るブレードを振り上げ、目を伏せたまま佇む千冬へと降り下ろした。
「……だから、言っただろう」
今にも泣き出しそうな声が聞こえ、千冬に降り下ろした筈のブレードが砕け崩れていく。
ブレードだけではない。もう、限界を越えた機体が、降り積もる雪に合わせて、ボロボロと落ちていく。
「それが、お前か」
もはや、戦闘用機体を保つ事も出来ない。主を世話する為に構築した義体すら、立ち上がる事が出来ない。
だがそれでも、地を這い千冬の脚へとかじりつく。
機体とは違い、歯形を付ける事すら出来ない。
『あ、ぐ……!』
千冬は逃げない。目を伏せたまま、脚の装甲にかじりつく〝IS喰らい〟を止めない。
右手に携えた大刀は、柄が砕けんばかりに握り締められている。
「お前はやり過ぎた。もう
固く噛み締められた奥歯からは、軋みの音が聞こえる。
千冬は待った。待ち続けた。
救いを
ただ一つの祝福を
「だから、彼女に救われろ」
待ち続けた祝福は、白い布に包まれていた。
「お待たせ、ちーちゃん」
「遅いぞ、束」
束が抱えた小さな布には、四肢を失い、残り少ない命すら失い始めた少女が、微かに目を開けていた。
『マスター……!』
〝IS喰らい〟が崩れ掛けた体を起こし、束が大事に抱えた少女へと手を伸ばす。
喰らったISの軟質素材で構築した体は、既に罅に覆われ、這い進むだけで剥がれ落ちていく。
〝IS喰らい〟が終わっていく。
束はゆっくりと歩み近付き、身を起こした彼女の腕に少女を抱かせる。
『マスター……』
微かに目を開けた少女を腕に抱き、〝IS喰らい〟は呼び掛ける。
この場に、この忘れ始めた人工島には、もう二人以外には誰も居ない。
『マスター……』
「……あなたが、そう?」
今にも消え入りそうな、弱々しい声が聞こえた。
『マスター、私は……』
「ありがとう」
布に動きが微かなあった。もし、腕があれば、頬や目元を撫でる動きだった。
崩れていく体を見ながら、少女は一つの祝福を口にする。
「ねえ、〝おねがい〟。うたって」
『……それが、マスターの願いならば』
〝IS喰らい〟は歌った。祝福を、ただ一人の少女の為に。
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嘗て、聖者が生まれた聖誕祭の日に、歌が響いた。
聖誕を、人々祝福を願う歌が騒がしい町に響く。
誰もが慌ただしく動く年の暮れ、ありふれたクリスマス・キャロルに態々足を止めて耳を傾ける者は居ない。
そうでなくても、周囲からは濁流の如く、同じ様な歌や似たようなメロディー垂れ流しにされていて、何れが何処から流れているかなど、判別出来る訳が無い。
毎年の恒例、誰もが気にも留めない。
何時もと変わらぬ日々と同じ様に過ぎ去って、翌日にはその余韻が消えていくのを見ているだけ。
その筈だった。
「束、聞こえるか?」
「うん、聞こえるよ」
ありふれたクリスマス・キャロルに、誰もが足を止めた。
決して大きくない歌声、周囲の音の飲み込まれて、消えていきそうな歌声なのに、それはあまりに美しく、人々の耳に届いた。
「束、私達は……」
「ちーちゃん、大丈夫。二人は祝福を得たんだ」
「……そうだな」
呟く様な、誰かの為の子守唄を思わせる歌が、降り頻る雪と共に、町に降り積もっていく。
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『Silent Night ……』
――・コアシステム稼働率低下
『Holy Night ……』
――・全機能稼働率低下
『All ’s asleep, one sole light ……』
――・ネットワーク停止
――・データリンク不可
『"Christ the Savior is here "……』
「……ありがとう」
『勿体無き御言葉です』
――・機体機能全停止
――・きよしこの夜に生まれた我が主よ
――・あなたに祝福を