原作重要人物に出会ってしまった。
爆豪勝己。個性は『爆破』。手からニトロのような汗を出して爆発させる個性である。
超がつくほどの負けず嫌いで圧倒的勝利を目指す才能マン。
主人公の幼馴染であり、少しひねくれたライバルである。
これがあの爆豪君か……なんだか思っていたよりも幼い。原作より前らしいな。
つんつんと逆立った髪の毛も吊り上がった両目もおおよそ漫画の通り。原作での身長を推察することはできないが、俺よりも少し低いくらいだろう。
でもこちらを物凄く睨みつけてくるその視線は、犯罪者である俺よりもずっとヴィランに見える。
「……いや、別に」
「だったら見んじゃねえよ」
「じゃあここで個性なんて発動するなよ」
「ああ"?」
おっと素が出てしまった。
ここは公園だ。いくら寂れているとはいえ、というか俺以外人がいないとはいえ個性の発動は禁止されている。
思ったことが思わず飛び出てしまった。恐ろしく睨みつけてくる爆豪君を見るに、どうやら言われたくない言葉であったらしい。まったく、悪い事やっている自覚があるならもうちょっと控えめにしてほしいものだ。
喧嘩するつもりはない。方針転換することにする。
「……個性のトレーニングでもしてるのか? いつもここで?」
「だったらなんだよ。後から来たのはテメエの方だからな」
「ふうん。そりゃ悪かった」
……そういえば、こいつもヒーロー候補生だったな。
はあ、と息を吐けば白く空気に溶けていく。
死柄木さんにはヒーロー候補生とかプロのヒーローとかの情報を拾ってこいだとか言われたが、そんなものめんどくさいと蹴ってきた直後である。
若干上司の指令をスル―する罪悪感だとかを感じないでもないが、原作の重要人物につっかかる気分にはなれない。
そばに置いておいたハンバーガー類のごみを入れた紙袋をつかみ立ち上がる。
「まあ……、頑張れよ」
近づかないのが身のためだろ。
しかしまあ驚いた。まさか原作の登場人物に出会ってしまうとは。
でももうしばらく会うことはないだろ。
―――と思ったのだが。
BOOM!!
「……」
相変わらずやってるなあ……。
同じ公園だったらもしかしてまた爆豪君と遭遇してしまうかもしれないと思ったので、別の公園だとか河川敷だとかに移動してそこで現実逃避の睡眠をしていたのだが、
「またてめえか?!」
「どっちかというと俺の台詞だ」
驚きの頻度で爆豪君と遭遇する。
爆豪君の個性を考えれば人のいるところで自由自在にぶっ飛ばすことはできないだろう。自然人気が少ないところに限られる。ヴィランである俺が人目につく場所にいきづらい以上、爆豪君がトレーニングするときの場所とかぶってしまうというわけだ。
それにしてもかぶりすぎじゃないか? もう十回以上あってるぞ。
俺が現実逃避の睡眠をとっているときに、爆豪君は何時のまにか現れているのだ。
向こうからすれば場所を変えてもベンチで寝ている不審な奴というイメージだろう。俺も気を遣って場所を変えているというのに、向こうも向こうで変えているのかばったり出くわしてしまうというわけだ。
最初は遭遇するたびに場所を変えていたのだが、いい加減面倒になったので開き直って爆豪君を見物することにした。
見んじゃねえ!とたびたび怒られるがもはやスルーだ。死柄木さんに比べれば怖くないしな。
いくら睨みがきつかろうとまだガキ。恐れることは何もない。
爆発音がして、目が覚める。
最近気づいたのだが、俺はどうやら彼がトレーニングを始めてからある程度時間が経ってから目がさめているようだ。多少の爆音なら俺は目が覚めない。
よく眠れるよな、自分で言うのもなんだが。
「はあ、ハアッ」
爆豪君は今日も俺が寝ている間に頑張って爆破のトレーニングをしていたようだ。息を切らして疲れている。
もう一月も半ばで、東京じゃかなり寒い時期だ。吐く息は白いが、爆豪君のトレーニングはかなり厳しいのかやはり薄着で、汗もかいている。制服だと見とがめられるからか、シンプルな私服である。
対照的に、俺はきちんとコートを着込んでマフラーも着用している。寝ている間に冷め切ったコーヒーをすすっていれば、爆豪君はいい加減自分を見る視線になれたのか、俺を気にすることはない。
間近で見ていればわかるが、本当に爆豪君は才能に満ちている。手のひらからしか爆発が出てこない点はまあ彼の弱点と言えなくもないが、機動力に長けているし一度攻撃が当たれば怪我は免れない。
これがそう時をかけずに
ふわああ、あくびが出てしまう。爆豪君の爆発によって起こされてしまうけど、正直に言えばもうちょっと眠りたい。
不意に絶えず続いていた爆発音が途絶えた。
爆豪君も休憩だろうか?
……いや、違うな。
寂れた公園の真ん中、爆豪君は膝をついていた。息が荒いのは最初からだが、どうやら立ち上がれないらしい。
ポケットに手を突っ込んだまま爆豪君を眺めていれば、どさりと上体が崩れた。
さすがにこれを、そのままにしておくのはまずいか。こっちの気分が悪い。
鞄から未開封のミネラルウォーターのボトルを取り出す。背負っていた鞄はベンチに置きっぱなしにして、爆豪君に近寄る。
「飲みな。脱水症状を起こしてるんだろ」
冬の乾燥した空気の中で、水分補給もせずに長時間汗をかくほど運動を続けていれば、気づかぬうちに陥っているなんてよくある話だ。爆豪君みたいな体力があるやつが立ち上がれないなんて、よほど強いめまいを起こしているんだろう。
「っ……るせえ、」
「いらないのか」
「いらねえっ!」
「本当に?」
「いらねえっつったらいらねえ!」
意固地になる爆豪君だが、頭に手をあて、こっちをにらむ様も活力がない。
「そう。じゃあ救急車呼ぶしかないな」
「っ、おい!」
「水飲めば治るんじゃないのか。正しい判断をすべきだろ」
ぽい、とボトルを落とせばしぶしぶといった様子だったが、ペットボトルを受け取りキャップを開けて一気に飲み干した。ごくごくと喉を鳴らし、妙に美味そうである。
はあとため息をついてめまいを抑えている様子で、「ベンチ座って休めば?」と踵を返せば普段の勝気はどこへやら、おぼつかない足取りでベンチに腰掛けた。
特に会話もなく、ぼうっとしていれば爆豪君の呼吸も落ち着いてきた。見る限り病院に行く必要もないだろう。これ以上の手助けは不要。
「じゃあな」
バーガー類のごみをぐしゃっと丸める。
近くにゴミ箱あっただろうか。前いた公園ならゴミ箱があったからそこに捨てることができたのだが。
「!」
不意にゴミがひったくられた。なんだ。
見れば隣のベンチに座っていた爆豪君が手を伸ばして、俺のゴミを奪い取っていた。ボッと手のひらから出した爆破によって紙ごみは一気に燃え上がり、灰となって消えていく。……なんだ、俺のゴミを燃やして消してくれたのか。微妙にいいやつか。それとも、
「助けられたわけじゃ、ねえからな!!」
「……おう」
驚くほど意固地だ。素直に礼が言えればもっと生きやすいだろうに。
いや、礼を言えないから爆豪君なのか。
それから、
「よう、爆破君」
「いっつもそこにいんな、バーガー野郎」
お互い本名は口にしていないせいで、妙なあだ名で呼び合うこととなった。わかりゃいいだろ、と大雑把な性格だったせいで俺はバーガー野郎と呼ばれている。正直に言えばそんなにバーガー類が好きなわけじゃないんだが。
あちらこちらを転々としていた俺たちだったが、結局俺と爆豪君が初めてあった公園で固定されることになった。
俺が先に寝ていて、あとから爆豪君がやってきて個性のトレーニングをしている。
毎度毎度飽きねえな。
俺の前で倒れそうになったのが少しトラウマなのか、休憩を取り水分補給もするようになった爆破君、もとい爆豪君。この休憩中、お互い暇なのか時折会話するようにもなった。ま、取り留めのないものだが。
「ふうん。ヒーロー志望か。やっぱり雄英か?」
「当たり前だ。ヒーローで一番つったら雄英だろ。俺はそこで、一番になってやる」
「トップ高だしな」
ぎらりと歯をむき出しにして笑っている。
向上心たくましい。その分だけの努力もしている。それこその結果を出しているということ。
「そういや、今いくつだ? 中学生なんだよな」
「中二だ」
「つーことは、入試まで丸一年ってとこか」
この瞬間、今がどの時点が判明した。
原作が始まったのは主人公、
そして、ヴィラン連合が襲ってくるのは、主人公たちが雄英高校に入学した、一年後。
つまり原作の開始は次の春。この一年で、俺も身の振り方を決めなければならないな。
取り留めのない会話でも続けていてよかった。俺にとって重要な情報が手に入った。
ま、爆豪君にとっては大した情報でもなかったろうが。
「その入試のために個性を磨くってわけか。熱心だな。こんな公園まで来て」
「簡単に一番とれっとは思ってねえ……でも絶対に、勝つ。……で? お前は?」
「あ、ああ?」
「なんでいつもこんなとこいんだよ。ヒーロー高校なのか」
「ん、ああ……」
何と言ったらいいものか。
「ここにいんのは……家出みたいなもんだ」
「はああ? 家出ぇ?」
「みたいなもんだって言ったろ」
「ガキかよ!」
今のぐさっときた。
といってもあながち間違いじゃない。あの死柄木さんや黒霧さんのいるバーが家だとは思いたくないが、一応アジトで寝泊まりしているのだ。まああそこが家だとは思いたくないが。というか家じゃないが。
パワハラ上司に常に上司の味方であるマスター。あれ、ストライキ起こしても何の問題もなくないか?
「あと、俺はお前の一つ年上だ」
「はぁああ? 俺より年上なのかお前!?」
「そうだ。敬え」
「ざけんな、爆破すんぞ」
「冗談だ」
というか、わかってはいたけど態度が変わる様子はないな。
「で、個性は?」
「何だお前、俺に興味あんのか?」
「ねえよバーガー野郎!!」
あおりやすくて助かるな。敵に個性をばらすつもりはさすがにない。
「ポテト余った。やるよ」
「……おう、ってこれ冷めてんじゃねえか」
「個性であっためろよ。これもトレーニングだ、爆破君」
「えっらそうに……!! ぶっ飛ばすぞ」
「となると俺はなすすべなくぶっ飛ばされるしかないな」
文句を言いながらも律儀にポテトを掌に載せ、小爆発をおこして温めている爆豪君。いくつか黒焦げになったみたいだが、何回か試せば丁度いい温度を見つけられたらしい。ほかほかと温まったポテトをつまんでいる。うまそうだな。
じっと見ていればずいっとその手のひらがこっちに突き出された。
「ありがとう」
一つつまもうとした瞬間、その手が引っ込められた。
なんだよ、どういうつもりだ?
「やらねーよバーガー野郎。レタスでも食ってろ」
「お前……性格が下水みたいだな」
「なっ!?」
驚いた隙にポテトをつまんで口に放り込む。
「くっそ……油断したこのクソ野郎……!」
「うまい」
まだまだ中学生。煽り耐性が低くて助かる。
* * *
「————いつも、どこに行ってるんだ?」
「別に?」
爆豪君と別れた後、適当にふらふらしてからアジトに戻る。
それはあとをつけられていないかの確認でもあるし、単にこの場所に戻りたくないからでもある。たびたび抜け出しているからかそろそろ死柄木さんや黒霧さんも、俺がどうしているか気になり始めたらしい。
「俺は俺で調べものしてるんだ」
真っ赤な嘘だが。
表情は変わらないし、この世界に転生してからの長年の諦念で目も見事に死んでいる。些細な嘘をついたくらいで、彼らに見抜かれることはない。それは『先生』も同じである。
死柄木さんは疑り深いので俺の言葉を真に受けることはないが、深く問いただすこともない。
顔面や首筋にくっついている手首の具合を確かめると、死柄木さんはバーの席を立った。
「行くぞゼロ。盾役があった方がいい」
「……どこに?」
にぃと手のマスクのはしから覗く口元が弧を描く。黒霧さんは無言で個性を発動し、おしゃれなバーに深い影を落とした。
「仲間を集めにさ」
死柄木さんの楽し気な声を聴き、俺の視界は暗闇に飲まれた。
――――人材集めか?
出張ならもっとはやく言ってほしいものだ。
本当にやってられない。