捕まりたくない、ヴィラン人生   作:サラミファイア

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5話「ゼロの個性」

異形型はたいてい基礎体力が高い。ただのパンチであろうと、プロボクサーレベルの力があることも珍しくない。

まったく、超人世界は素の力が高くて嫌になるよ。

もし攻撃が当たったら、どこかに怪我を負うことは必至だ。

 

だから個性を発動する。

個性が発現した当初はその個性に馴染みがなく、発動のためには体の正面に両手を上げるとか、右の手のひらを相手に向かって広げるなどのモーションが必要だった。よく映画や漫画などで登場人物たちが異能力を使うとき、わかりやすい動きがあるのと同じ感じだ。

まあ、この世界では『個性』と簡単に表現されているが実質超能力と等しい。前世の物差しで言えば『非常識』なそれを使うのにはどうしても心理的な壁があった。

 

 

けれどさすがにこの個性とも十年以上の付き合いだ。もはやモーションは必要なく、自分の意思一つで個性を発動できる。

 

 

目の前の異形型のヴィランは上半身が筋骨隆々な見た目通り、パンチを得意とする個性のようだった。彼が大きく右腕を振りかぶり俺の顔面に拳を叩き込もうとした瞬間、

 

ガチィンッと硬質の壁にぶつかったような音が響く。

 

「なっ!?」

 

何を驚いているんだか。

 

「何するんだよ、急に」

「なっ、壁? お前の個性か!?」

 

ただ棒立ちで殴られるのを待っているようなガキもそうそういないだろう。

個性とわかったら多少の心構えができたのか、正面の男は俺の背後に立つ男に向かってあごをしゃくる。

 

 

「バリアみてえな個性らしいな。二人同時に、防げるかっ!?」

 

本当に好戦的だ。

犬歯をむき出しにして狂気的な笑みを浮かべ、ますますヴィランらしい顔つきだ。やってられない。

前後二人同時に襲い掛かって俺の個性を攻略するつもりらしいが、そう簡単に攻略されたら俺は今まで生き残ってはいない。死柄木さんにとっくに殺されていただろう。

 

 

「他人のパーソナルスペースにそう簡単に入ってくるなよ。お前ら、他人に不用意に踏み込んで友達出来なかったタイプだろ?」

 

 

イメージとしては自分自身を覆う膜。パーソナルスペースが他人に視認できないように、俺のその膜は無色透明でできている。

 

俺に悪意を抱くもの。俺に危害を与えようとするもの。俺が不快に感じるもの。俺が拒否するもの。

人・もの・現象問わず、俺の領域に入るものはみな、俺の好みで心地よいものでなければならない。

 

自分の領域を快適にしたいのは誰でも同じはずだ。だから自分個人の部屋を持ちたがるし、その部屋を自分の好みのインテリアでそろえようとするし、他人を簡単には入れようとしない。

 

 

それが俺の個性。『パーソナルスペース』。

自分の領域(パーソナルスペース)を快適にする力。

 

 

自分の領域下で殴られて痛みを抱くなんてありえない。そう俺は思う。考える。信じ込む。

だから、個性を発動しているとき俺への攻撃はすべて通らない。

 

こういう性質はバリアとそう変わらないだろう。だから初見ではみんな俺の個性を無色透明なバリアを張るものだと勘違いする。

だが、バリアと本質的に違う点がある。

 

 

「ぐっ、堅えっ!!」

 

殴りかかってきた二人は悪意を持って俺に攻撃し、個性はそれを感知する。そして本能的に反射的に、俺は彼らを敵だと認識して警戒せざるを得ない。

 

瞬間、俺のパーソナルスペースは爆発的に拡大する。

 

 

「え?」

「な」

 

ここがビルとビルの隙間の狭いところだったから、彼らにとっては不運だった。

 

たいていの人間は自分が警戒心を抱いた人間に対してはパーソナルスペースが大きくなるものだ。強面の人間と目が合ったときに反射的に後ずさりしてしまうように、包丁を持った人間から逃げ出すように、恐れるものから距離を取ろうとするのは動物として当然のこと。

 

それが今適用される。

彼らは俺に悪意を向けている。俺の有り金を奪おうとし、あまつさえ殴ろうとしてきた。

だから俺は彼らと距離をとりたい。

近づきたくない。

 

 

「———俺に、近づくな」

 

もともと俺を中心に半径1メートルほどだったパーソナルスペース。それが俺の意思で倍以上に広がる。

 

拡大された俺のパーソナルスペースを覆う膜は、チンピラたちを押し出す。俺から強制的に距離をとらせようとする。俺が動かない以上、俺から無理やり離れてもらうしかないからだ。

 

物凄い勢いで押し出されたチンピラたちは、

 

「うっ、があああ!?」

「な、なんじゃこりゃあっ!?」

 

 

ドゴォッ、と鈍い音を立ててビルの壁に激突する。

もともとビルの隙間は4メートル幅くらいしかない。俺の個性の幅が半径2メートル以上になればもう彼らは個性と壁に挟まれ動けない。

両手両足を広げ、まるで十字架にかけられているかのよう。ただし彼らが全身を支えているのは両手足ではなく、体の前面からのしかかる俺の個性による圧力だ。

 

二人がぶつかったビルの壁には亀裂のようなひび割れが走り、個性を維持し続ければピシッ、ピシッと傷は深くなっていく。

 

全身をプレスされかのように壁に押しあて続けられば、体のどこかはめきめきと壊れていくはずだ。そしていずれ痛みをこらえきれなくなって気を失う。

だがまだ二人の意識がある。まだ、反撃してくるかもしれない。

 

「こんなっ、こんなガキに俺がぁぁぁあ!!」

「ぐああああ!!」

 

個性の発動を止めるわけにはいかない。

 

 

「あああああっ! も、もうやめっ!!」

「が、げ……!」

 

あ、気絶した。

 

そう確認できたので個性を解除する。

圧力から解放された二人の体は、まるで木の人形かのように地べたに崩れ落ちた。糸が切れた操り人形ってこんな感じのことを言うのかもしれないな。

 

近寄って二人の体をよく見てみれば、ビルの壁に直接強打した背中には大きな擦傷があり血がにじんでいた。骨も何本かぼきっと折れてしまったかもしれない。気絶した際の顔面がなんかもう、見るからに恐ろしい事が起こりましたと語っているように見えるな。鼻血とか涙とか、異形型の顔つきと相まってこっちが恐怖を抱くくらいだ。

 

 

でもまあ、殺してないみたいでよかった。治癒なんて個性も存在するこの世界、これくらいの怪我なら入院してそう時間もたたずに回復することができるだろう。

 

ビルの方は……ダーツの的みたいなひび割れができているが……まあ、ヴィラン同士の小競り合いが起こったということで。ここでこいつらが俺に絡んできたのが悪い。

 

 

 

 

 

 

さて。それでは物色といこう。

怪我は放置だ。見つけた人がきっと救急車くらいは呼んでくれるだろう。たぶん。そこで公共機関の治療を受けるといいと思う。

チンピラの片方は遭遇したときからウエストポーチが妙に膨らんでいた。

多分ここだろうな。……あたりだ。

 

出るわ出るわ。男物女物問わず財布がたくさん出てきた。適当に中身を空けていけば、免許証が入っている財布も多数見受けられる。確認せずともわかるが、当然この二人のチンピラの顔写真入りのものはない。

 

恐喝して奪い取ったんだろうな。現金が抜かれていないところを見れば今日……というかこの数時間のうちに行われた犯行であるらしい。

ヒーローは駆けつけてこなかったのか? まあここにいない以上なんでもいい。

 

 

ぱちっと両手を合わせて一応挨拶。誰だか知りませんが、被害者の皆様、現金いくらかいただいていきますね!

悪いが今は金欠なのだ。恐喝の犯人は成り行きとはいえ、俺が倒してあげたんだし報酬としてもらっていっても何の問題もないはずだ。

 

保険証や免許証だのが入った財布そのものはウエストポーチに戻しておく。恐喝の犯人が彼らであることには変わりがないから、救急車で運ばれたあとは普通に捕まればいいと思う。俺に手を上げようとしたのも犯罪だからな。

 

 

 

 

 

千円や五千円、一万円をバランスよく現金で抜き取って自分の財布に移し替える。

うん、予期せぬ収入だ。俺の財布もかなり潤った。好きなだけコーヒーが飲める。

 

 

絡まれるのは面倒だったけれど、これならチャラだ。

俺のこの個性にも短所がいくつかあって、今日みたいにうまくはまって一撃で倒せるなんてことは珍しい。

個性の発動には俺の集中力が必須で、集中力を維持するには当然体力を消費する。失った体力を回復するために妙に眠くなったりするんだが……。

 

今日はついてた。案外今日はいい日だったんだな、たぶん。

 

フードもかぶっていたしこの暗さだ。俺が相手の顔がほとんど認識できないくらいだから彼らも俺の顔なんざいちいち覚えていないだろう。

彼らが何かを言おうが俺が捕まることもない。

 

死柄木さんも機嫌がよければ最高なんだが。

さて、アジトに戻ろう。

 

 

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

過剰防衛、窃盗、器物損害。

ナチュラルに犯罪行為をいくつかこなしてゼロが闇に姿を隠したそのすぐあとに、ビルの隙間から悲鳴が聞こえた、という通報をうけてヒーローたちが駆け付けた。

 

そのヒーローたちは先ほどまでの連続恐喝・暴行事件を起こしている二人組のヴィランを追っているところだった。

何か関連があるはずだ、といち早く駆け付けた彼らが見たものは、大怪我を負って気絶している二人組だった。完全に気を失っておりぴくりとも動かぬ様子に、慌てて彼らは救急車を呼ぶ。

 

 

「彼らは、被害者たちの証言と完全に一致しますね。連続恐喝・暴行事件をおこしたヴィランで間違いないでしょう」

「うむ。ただ……彼らの怪我はいったい……?」

 

 

ビルに刻み込まれた二つの亀裂。

物凄いパワーで殴られるか蹴られるかし、壁にめり込んだということだろうか。

それともまた別の『個性』?

いずれにせよ彼らを止めようとしたものがいたのは確かだ。ヴィランの縄張り争いでもあったのか、ヒーローが倒して突き出せない理由でもあったのか、それは定かではない。

 

まあ本人に聞けばわかる話だ。

警察の取り調べは二人の怪我が治ってから始まることとなった。

 

だから二人のプロヒーローは事件は解決と判断した。その判断を後悔するとしらぬまま。

 

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

 

 

ヘドロ事件から一か月経ち、二か月経ち。

月日がたてば、毎日起こるヴィランたちの犯罪がテレビで報道されるようになり、ヘドロ事件のインパクトはだいぶ薄れてきた。

テレビでなかなか捕まらないヴィラン(同志)たちの犯罪でもクローズアップされれば、ヴィランたちは活気づいてくる。

 

そのおかげか、死柄木さんのスカウトはうまくいっているようだった。

ここらへんは十分だということになり、最近は遠出するようにもなった。

 

 

 

チンピラ二人からお金を頂戴して帰った日あたりから、その現場あたりのヒーローのパトロールが増えたような気がするのはたぶん気のせいではない。

あとでテレビの報道を見たら、連続恐喝・暴行事件の犯人だったというから驚きだ。

 

「こいつら俺が倒しちゃった」

 

という趣旨のことを死柄木さんと黒霧さんの前でこぼせば、

 

「そういうやつらこそスカウトして来いよ」とどつかれた。

 

まあ確かに戦力にはなってくれたかもしれないが、油断してたとはいえ二対一で俺に負けるような連中である。

正直いてもいなくても、という感じだ。

言い訳だが。

 

 

そのことで死柄木さんにちょっと不興を買ってしまったので、それ以来きちんとスカウトでついてこいと言われた時はついていくようにしている。

 

俺の個性は集中力や体力を使い、失った分のそれらは食事、睡眠といった休息で回復される。夜にスカウトに出る以上、なるべく出歩かず昼寝をして、寝だめをすることにした。

医学的には寝だめなんてことしてもあまり意味はないらしいが、気分だ、気分。昼寝って素晴らしい。

 

 

 

その代わり、爆豪君がトレーニングしている公園にはあまり行かなくなった。

もともとそれほど通い詰めていた、というわけでもないがそれにしてもがくんと回数が減った。今頃どうしてるんだろうか、爆豪君。俺の見ないうちに新しい技とかが増えていると少しショックだぞ。

 

 

そういうわけで久々に公園にやってきた。

一応高校生ということになっているので、放課後の時間帯だ。

 

 

日差しがだんだん暑くなってくる季節。

ぼうっとしてればつい、うとうとと眠気が襲ってくる。

 

昨日もスカウトしてきたし……ここは潔く昼寝だ。もう夕方だから夕寝? なんでもいいか。

 

 

 

 

 

 

―――ドスッ。

 

「いて」

 

なんだよ。反射的に口から声が飛び出たわ。

後頭部にじわっと地味に痛みが広がる。

あくびをしつつそばに立っている人を見上げれば、予想通りそこには爆豪君が立っていた。

 

「よう、爆豪君」

 

爆豪君の右手はチョップの形で構えられていて、どうやらそれで一回しばかれたらしい。起こすときも容赦ないな。

 

 

「もっと穏便な起こし方、なかったのか」

「これで十分だろ」

 

へっと口角上げるその笑い方、まったく変わらないなこの人。

 

「人が真面目にトレーニングしてるところをよくもまあスヤスヤと寝やがって」

 

言い捨て隣のベンチに置いてあったらしい鞄からスポーツ飲料を取り出す爆豪君。言われてみればかなりの時間が経っており、普段は目覚める爆音でも起きなかったらしい。まあ昨日も夜遅かったしなあ。無理もないか。

 

 

「最近寝不足だからな……」

 

あ、またあくび。

 

 

「……また家出か?」

 

 

不意にそんなことを言ってくるので、思わず爆豪君の座っている方向を見た。

彼はスポーツ飲料をがぶ飲みしているが、横目でこちらを見ている。

なんだ、どういうつもりだろう。急にそんなこと聞いてくるなんて。

家出というのを彼が覚えている、というのも結構意外だったんだが。

 

 

「いや。最近は家出もほとんどないな……」

「へえ? ここにいるのにか?」

「それは関係ない」

 

いや、真面目に。

 

「そろそろ反抗しすぎるのは止めようかな、と」

 

思った、と呟けば爆豪君の態度が妙に神妙で驚く。

 

 

死柄木さんの言う通りにするのはものすごく面倒だが、最近は向こうも譲歩してくれるようになった。具体的に言えば俺が何も言わなくても他の連中を連れていくようにもなった。

そんなことを婉曲的に表現すれば、爆豪君は「あっそ」と相槌を打った。

 

 

再開した爆豪君のトレーニングはさらに進んでいた。

今練習しているのは、たぶん爆速ターボだろう。手から勢いよく爆発起こし続けて、空を飛ぶように空中に躍り出る。俺の個性じゃどうあがいてもああいう応用の仕方はできないから、つくづく爆破って汎用性の高い個性だよな。

 

 

結局後半のトレーニングはぼうっと観察し続けた。

 

 

 

爆豪君がトレーニングを終えて帰宅しようとするので、合わせてアジトに戻ることにする。

冬よりずっと薄着になった爆豪君のあとに続いて公園を出ようとしたとき、突然爆豪君の歩みが止まった。

 

「? どうした?」

「るっせ、来るんじゃねえ」

 

 

おう、なんか不機嫌そうな声だな。

 

しかしそういわれても。しばらく前のチンピラの件もあるし、なるべく早く戻りたいのだが。

スルーして爆豪君の左側にすっと足を踏み出せば、爆豪君の体で隠れていて見えなかった人物が視界に入った。

 

 

「「あ」」

 

 

「か、かっちゃん」

 

 

その呼び方で確信する。呼ばれた瞬間、隣の爆豪君が露骨に顔をゆがめた。

 

俺や爆豪君よりも小柄な体躯、妙に膨れている黄色いリュックを背負い、どこかおどおどした雰囲気。緑色のぴょんぴょんはねた髪の毛に加えてほほのそばかす。

 

間違いない、というか迂闊だった。

 

爆豪君の言う通り前に出るべきじゃなかったのでは、これは。

 

 

「こ、こんなとこで会うなんて珍しいね……。あれ? その人は……」

 

 

大きな緑色の眼が俺の顔をばっちりみる。

 

主人公、緑谷出久だ。

 

 

 

 

 

 

 




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