「……先生。何を心配しているかわからないけど、あんたにはそれなりに感謝してるんだよ」
言うだけ言って踵を返すゼロ。
前々からそうだ。要件が済んだことが直感的にわかるのか、話が終わったとたんにゼロはどこかへ行きたがる。今は黒霧のところに戻って死柄木たちのいるアジトに戻るのだろうか。
かなりあのアジトが気に入っていたようだから、とオール・フォー・ワンは納得した。
「やはりわからないなぁ……」
脳無を見せても、彼がスカウトしてきたチンピラがその材料であることを告げても、ゼロの心拍にほとんど乱れはなかった。
弔のように喜ぶでもなく、かといって完全に興味がなかったわけでもなく。淡々と事実を飲み込んだ、という感じだ。
反対に個性を奪うかのような発言をしてみれば、ゼロにしてはありえないほどの即答ぶり。明確な拒絶を示した。
オール・フォー・ワンを恐れているのか、そうでないのか。さっぱりわからない。
よくふらふらと出かけていき、行き先は答えない。
ヒーローたちと通じていたり、もしくはヒーローたちのような性質をゼロが持っているのであれば、脳無を見てほとんど無反応なんてことはないだろう。
まあゼロがヒーローたちと通じていないことはわかっている。ただの試しだ。
そうだとしても勝手な行動されても困る、そういう意図で少しばかり脅しをかけたつもりだったけれど、返ってきたのは先ほどの言葉。
「感謝している」などと。
「そんなかわいげがあるようには、まったく見えないね」
彼はにぃ、と不気味に笑みを浮かべた。
* * *
死柄木さんと話すときに注意している点がいくつかある。
まず顔面についている手には絶対に触らない。それについて話をふったりしない。
原作を読んだ感じ、彼にとっての地雷であるのは間違いないからだ。自ら踏み抜きに行く勇気はない。
次に「オールマイトすごい」とか「なんでオールマイトを嫌っているの?」みたいな反応や会話をしない。
これも同様だ。ヒーロー全般を嫌っている死柄木さんの考えを否定するつもりはない。それによって本気で殺されたくはない。
『先生』に念押し、というか脅しをされたので、いろいろと開き直ることにした。
原作でUSJ事件のあとも、なんだか死柄木さんも黒霧さんも悠々自適に生活していたではないか。日々神経をすり減らすような、そういう生活じゃないなら問題ないじゃないか。うん、問題ないはずだ。
死柄木さんも、上記の点を注意してあんまり神経を逆なでしないようにすれば普通に会話が成り立つし、今までの反動のせいかある程度妥協してくれる。素晴らしいことじゃないか。
「おとなしくなりましたね」
「やっと礼儀を覚えたか」
相変わらずやる気はないけど。
みたいな会話をされていたけどスル―だ。
――――そんなわけで季節はあっという間に過ぎ。
暑さが和らいだと思ったらすぐに木枯らしが吹きはじめ。ついには初雪の予報まで出始める季節。
クリスマスで街がイルミネーションで飾られたと思ったら、年末の総決算に忙しそうなサラリーマンに、数々のセール。
学生たちも冬休みに入ったせいで、昼間でも人は多そうだ。
でも俺のやることは変わらない。
バーでの昼寝に飽きれば、外に出てみようかなという気持ちになるし、ファストフードのバーガー類は妙に食べたくなる時がある。
そういう時は新作のハンバーガーとホットコーヒーを購入して爆豪君の観察のために公園に赴いたりする。
ハンバーガーを胃袋に収め、冬の割にはいい天気の日に日向ぼっこをしていれば、爆豪君がやってきた。
「よう、爆豪君」
「……バーガー野郎」
俺を見たとき少し目を見開いた。今日ここにくるのは久々だからな。少し珍しかったのかもしれない。
普段通りトレーニングをもくもくとすすめ、ある程度時間が経ったあたりで休憩を取り始める。
確か雄英高校の入試日程は二月の下旬。あとちょうど二か月程度で入試か。
今はその追い込みといったところだろう。
「……なあ、知ってっか?」
不意に爆豪君に問いかけられる。でも主語がないとわからないぞ。
「何を?」
「この公園、そろそろ取り潰されるらしい」
「そうなのか?」
それは知らなかった。
まる一年この公園で暇を潰していたから、なんとなくもの寂しい気持ちだ。人気が少なくて俺としては都合がよかったのだが。
「もともとガキが事故ったとかで遊具が禁止されてたんだ。近隣の小学校ではここの公園の使用禁止令もでてる」
そういえばそういう話もあったな。
だから爆豪君はここを有効活用していたというわけか。
「そうだったんだ。知らなかった。まあここも古いしな」
「……年明けには入るのも禁止になるらしい」
「テープ引かれるってことか?」
「たぶんな」
「ふうん……ここ便利だったんだけどな。となると、爆豪君どうするんだ? トレーニング」
横目で尋ねれば、なんてことないように、
「場所はまだある。それこそお前とよく遭遇したとこがな」
「そういえばそうだったな」
ちょうど一年前、驚きの遭遇率を打ち立てていたころ。お互いに遭遇しないようにとの配慮が裏目に出て、いろんなところで会いまくった。共通点は人気がすくなく、広い場所であるということだ。
もともと爆豪君のトレーニングに都合がいい場所で出くわしていたのだから、場所には困ってなかったのだろう。この公園が一番都合がよかっただけで。
「すごい遭遇率だったなあ」
「てめえがうろちょろしなきゃよかったんだよ」
「そのままそっくりお返しするわ」
人に責任押し付けんの、よくないよ。
「お前はどうすんだよ。また別の場所にすんのか」
「あー……」
どうしようか。うん。でも決めた。
「もう用もないのに外でんのやめることにする。寒いし」
「……は?」
「この公園がなくなるなら、ちょうどいい。いい加減家出もやめろって言われたしな」
『もう来ない』、そう宣言する。
家出は止めろ、そういわれたことは嘘じゃない。家出ではないが、『先生』にあまり外をうろつかないで死柄木弔のサポートをしてほしい、などと言われた以上、無視はできない。正直命令と一緒だろ、やってられない。
「そういうわけで爆豪君とも会えなくなるな……いい暇つぶしだったのに」
「誰が暇つぶしだ!」
「君の個性、派手で面白かった」
「面白がるな、見せもんじゃねえんだよ!」
不満だとか怒りを顔全体で表現しているさまは年相応だ。それにしても目の吊り上がりかたはちょっと怖いけどな。
思い返せば、爆豪君とあってちょうど一年だ。
予想外に忙しかったような、忙しくなかったような一年だった。スカウトしたりチンピラとやりあったり、死柄木さんに殺されかかったりショッピングモール行ったり。半分以上物騒な思い出だな。
俺としてはこのまま原作が始まらず、のんきな日々をそのまま享受していきたい。
でも時間が止まることはない以上、それは無理な話だ。俺は俺のやりたいことを、やれるようにやっていくだけ。
隣のベンチに座っていた爆豪君はしばらく無言だった。
しきりにペットボトルの水を口に含み嚥下する、というのを繰り返している。そんなに喉が渇いていたのだろうか。消費量、半端ないけど。
変だな。普段の落ち着きはどこへ行ったんだろう。
しかし唐突にアクションをおこした。
傍らに置いてあった背負うタイプのショルダーバッグからスマートフォンを取り出す。
おお。普段使っているのを見たことがないから新鮮だ。そりゃ爆豪君も今時の中学生だ、スマートフォンくらい持っているだろう。
そのスマートフォンを操作しながら、こちらに視線をやった。
「お前のケータイ、貸せよ」
「なんで?」
「察しろよクソバーガー野郎!」
全然察せない。一体何の意図が?
というか、
「俺、ケータイ持ってない」
「は? 今時ケータイ持ってないのか?」
なんか物凄く驚かれた。
切れ気味、というよりは素直な驚きであるらしい。
彼は知らないけど、俺はスマートフォンなどの携帯電話を持っていない。住所不定の未成年がどうやって買えるんだ。ヴィラン連合ではいまのところ個人の通信機器類を導入していないし。
「SNSどころかケータイもねえとか……パソコンは?」
パソコンは……あるにはあるけれど、俺個人の所有物じゃない。勝手に使ってもたぶん怒られないが、それを爆豪君にいうことはできない。
「持ってない」
「……はー」
「なんだその非常識な人を見たみたいな反応」
「じゃあ家の固定電話は」
「ない」
当然ない。
というか今の質問でようやく爆豪君の質問の意図がわかった。
俺の電話番号とか、メールアドレスとかを聞きたかったんだな。場合によっちゃ某簡易メールサービスのアプリのID。
ひらたく言って、俺の連絡先ってやつだ。
なんだ。俺の連絡先、知りたかったのか。
一年もあってて一度も聞かれなかったから興味がないのだと思ってたけど、そうでもなかったらしい。
爆豪君は俺の連絡先が一つもないことにしばらく茫然とした後、少し考えてからバックからメモ帳とボールペンを取り出した。そこにさらさらと何かを書きつけ、最後に自分の名前をでかでかと署名する。
そのページを切り取り、俺の鼻先に突き付けた。
「なんだこれ」
「見りゃわかんだろが!」
「確かに」
爆豪君のメールアドレスと、携帯電話の番号だ。爆豪勝己。右側に跳ね上がった力強い字。文字からも性格がにじみ出てるなあ。
「ケータイ買ったら、連絡する」
そういうことだろう。紙をじっと見ながらそういえば、満足そうに鼻を鳴らすのがわかった。
「で?」
「で、って?」
なんかさっきから爆豪君の質問がわけわからないものが多いな。これで何回目の聞き返しだ? 連絡先をポケットにしまいつつ尋ねれば、ついに爆豪君の沸点を越えたらしい。
「さっきっから鈍いなお前! 名前だよ! 俺は書いただろ、お前も書けや!!」
顔面にメモ帳投げつけられた。ついでにボールペンが飛んでくる。
「危ないな」
ボールペンはさすがに危ない。そっちは空中でキャッチしたがメモ帳は顔面で受け止めることとなった。
「大体なあ、わりと長く会ってて名前知らねえっておかしいだろうがよ! てめえは俺の名前知ってんのによ!」
「それは爆豪君が有名人になったのが悪い」
「なりたくてなったわけじゃねえよ!」
「ヘドロ事件」
「その口閉じろや……!」
BOOM!と威嚇のように片手から爆発が出たのでさすがにその件は黙ることにした。
それに爆豪君のいうことももっともである。
ふつうは自分から名乗ってもおかしくない。
「でも爆豪君が今の今まで聞かなかったせいでもあると思うぞ」
そういいながら、名前を書きつけていく。
「うっせ。本名書けよ」
「なんでわざわざ念押しした?」
「くだらねえこと書いたら殺す」
「物騒だな」
ぴら、とメモ帳とボールペンを返却する。
メモ帳に書かれた俺の名前を見た爆豪君は眉間にしわを寄せた。いまいち読み方がわからなかったのかもしれない。
二度目の人生での、本当の名前。あんまり名乗ったことはないし、死柄木さんたちには妙な呼び方をされているせいでいまいち自分の名前と思いきれていない節があるが、これはこの世界での俺の本名だ。
「
「———は、ずいぶん天気の良さそうな名前だな」
「……まあな」
それから、気が済んだのか爆豪君は勢いよく立ち上がった。
後半のトレーニングに入ったのだろう。
はたから見ても好調で、手ごろな敵でもいれば嬉々として爆破しまくっていることだろう。何よりである。
帰り際に。
「じゃあ、頑張れよ。受験」
「言われなくても!」
うてば響くように帰ってくる自信に満ちた言葉。
別に言う必要もないのだけれど、思わず言いたくなる。
「爆豪君なら雄英、余裕で受かるよ。ずっと見てた俺が保証する」
一瞬真顔になった彼は、にやりと口角あげて笑った。
「あったり前だろ。お前じゃ届かないとこまでいってやる」
「ああ。頑張れ」
本当にさすがだ。年下とは思えない。
ひらりと手を振って彼は迷うことなく歩みだす。
これでしばらくは会えなくなるけれど、彼はきっと俺のような人間を気にすることなく自分の道を突っ走っていくんだろう。それがいい。
俺も戻ろう。爆豪君が行った道の反対側を行く。
――――アジトに戻る前、適当なコンビニエンスストアのゴミ箱に、爆豪君の連絡のメモを捨てた。
読めないように、念入りに粉々に割いてから。
次会うときは、きっと俺はヴィランだろうから。
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嬉しくて本日二話投稿です。
誤字・脱字報告ほんとうにありがとうございます。
すごく助かります。
これからもよろしくお願いします。