軽い少女   作:ふーじん

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・修正報告
内容:第二スキル《心魂奪命拳》の効果概要
修正前:「接触対象のHP・MP・SPを吸収する」
修正後:「接触対象のHP・MP・SPのうち任意の一種を吸収する」
理由:元々修正後の効果の認識でいたが、読み直すと効果説明に齟齬と不足があったため。

今回の修正に併せ、修正箇所の直後に加筆も致しました。
一通り確認した限り、効果の差異によってストーリー展開に変化はありません。
今回の件は今後の戦闘描写に大きく関わるため、より一層の注意を払っていきます。
もし混乱される方がいらっしゃったなら、それは偏に作者の責任です。大変申し訳ありませんでした。


命を奪う神の咒い

 □山茶郷<万景酒家>

 

 海上船団国家グランバロア、大陸と切り離された絶海の島国天地を除く五大国の中で最も広大な国土を有する黄河帝国。

 単純な国土面積で言えばカルディナに軍配が上がるが、あちらはその大半を不毛の砂漠で覆われているために、人が入植可能な土地で比較すれば、やはり黄河こそが最たる大国と言えるだろう。

 積み重ねた歴史の永きも最古を競える黄河であるが、ぞの数ある特色の一つとして()()()()()ことが挙げられる。

 

 なにせカルディナと違い、国土の大半が肥沃にして峻厳なる大自然に覆われた深山幽谷の国である。

 無論のこと秘境、魔境――つまりはセーブポイントの影響範囲から外れる地域――の脅威こそあれど、カルディナの大砂漠のようにそもそもの生存すら許されぬ荒涼の地ではない。

 長い歴史の中で培った魔法技術、または【龍帝】に代表される有力なティアン達。なにより皇帝の治世の下一丸となって協力してきた民草の尽力もあり、黄河の大地は人々の弛まぬ努力によって開拓されてきた。

 故に大地に根ざす大河に寄り添うように、人々の安住の地は程度の差こそあれど黄河の全土に点在し、それらを結ぶ街道は整備され、そこを行き交う人々の止まり木となる町々は発展してきた。

 

 龍都北方から馬車で一日の距離にある山茶郷は、そうして形成された宿場町の一つである。

 帝の坐す龍都に最も近い北の玄関口として、古来より旅人・行商の類を温かく迎え入れ、送り出し。

 彼らへ一時の安寧を提供すると共に代価として様々な産物や金銭を手に入れ、それを元に次なる旅人の仮宿となるべく寝床を整える。

 そうした循環によって成り立ってきた山茶郷は、まさしく北方を旅する人々にとって無くてはならない母なる町であった。

 

 その山茶郷において最大の店舗を構える<万景酒家>は、人々の食事を一手に担う台所である。

 日夜絶えず人々が訪れ、老若男女を問わない客に賑わうこの店は、それ故に当然のことながら様々な騒動にも遭遇してきた。

 

 その最たる例としては、やはり酔客によるいざこざであろう。

 腹を満たす料理と同じくらいに、心を満たす酒もまた提供してきたこの店では、酒席の常として酔った客同士での諍いが絶えない。

 この日もまた、とある客同士が酔った勢いで衝突していた。

 

 店内奥の大座敷でぶつかり合う二人の男。

 それぞれの背後では二人の喧嘩を肴に酒を飲み、あるいは野次を飛ばして賭け事を始めだす。

 こうした光景は人の出入りの激しい宿場町ではしょっちゅうで、殊更酒の入る食堂においては日常茶飯事である。

 周囲の客もあるいは迷惑そうに、あるいは呆れ果て、またあるいは一緒になって野次馬観戦に洒落込み、しかしながらいずれも慣れた様子で真面目に取り合うことはない。

 度が過ぎれば心得たる者の仲裁が入るだろうが、それまでは単なる見世物として場を賑やかすのが常であった。

 

 普段と違っていたのはぶつかり合う男達の装いであろう。

 彼らは慣れた旅人や行商が身に纏う旅装束ではなく、かといってこの町に住まう人の装いでもなく、なんともちぐはぐで統一感の無い奇妙な戦装束であった。

 唯一の共通点は、ぶつかり合う二人、またその周囲で野次を飛ばす彼らの随所に巻かれた紅いバンダナのような飾り付け。

 食堂の一角を占めるある集団の皆が皆、各々の形で全く同じ紅巾を身に着けていた。

 彼らは皆、左手の甲に何らかの刺青――正確には紋章をまた刻んでいる。

 

 彼らの名は<紅巾党>。

 黄河に属するクランの一つであり、地球史実での<黄巾党>を捩って紅いバンダナをトレードマークとする戦闘集団であった。

 

 黄河の北方、龍都にほど近い地域を拠点とするクランであり、その理念は――大して定まった取り決めも無いが――荒くれRPを主とする、一種のなりきりサークルである。

 殺し、強奪、山賊紛いの横行が目立つ彼らだが、幸いにして今のところティアンを毒牙にかけることはなく、その矛先はかろうじて彼らと同じ<マスター>に向けられている。

 

 <マスター>同士で完結するあらゆる出来事において、法律は一切関与しない。

 ティアンに累が及ばぬ限りはたとえその間で如何なる残虐、殺害等が起ころうと、それを取り締まる司法の手は伸ばされない。

 であるからしてティアンも今は対岸の火事として距離を取り、あるいは他人事のように耳を立てるばかりでいる。その根底にはつまるところ、<マスター>への無知と僅かばかりの無関心があった。

 

 一時の騒がしさを除けば、彼らは実に羽振りの良い客であった。

 なにせ<マスター>ときたらその大半が戦闘能力に優れ、戯れのようにモンスターを狩り、頻繁に姿を消す代わりのように盛大に金を落としていく。

 酒食のみならず色の類までも、その不死性に起因する享楽故か、湯水の如く恵みを齎してくれるのだ。

 

 <紅巾党>の面々も、「何か恐ろしげな集団だが、こちらに被害は無いし穏当に毟れる間は毟っておこう」というティアンの思惑と打算によって、多少の狼藉は目溢しされていた。

 乱痴気騒ぎを起こそうとしている今も、店とその他の客に被害が出ない限りは静観しよう。

 物の弾みでたった今給仕の娘が喧嘩に沸く二人の片割れに突き飛ばされ、どこぞの客の料理が散らかったが……それもまぁ良いだろう。

 注文した客には悪いが、無駄になった分の代金は原因となった集団に請求するし、同じものもすぐに作り直す。

 それまではまぁ、件の二人に野次を飛ばすなり、あるいは文句を引っ掛けでもして暇を潰しておいてくれ、と。

 

 ――そうした人々の暗黙は、事情を知らぬ流れ者に打ち砕かれた。

 

「なに人のメシ台無しにしてくれてんだ、テメェ……」

「あン?」

 

 その声は張り合う二人の頭上から響いた。

 互いに胸ぐらを掴み、至近距離で殴り合う二人の頭上――まさしく頭の上に手を置いて逆立つそれ。

 声をかけるその時まで一切感知させぬ身軽さと素早さで、二人の頭を支えに逆立ちするのは、男達の半分程しかない背丈の、極めて小柄な少女だった。

 

 彼女は何が気に障ったのか、尋常ならざる憎悪を二人へ向ける。

 二人は勿論、それを取り巻く周囲の人間、同じクランに属するメンバー達はにわかに理解が及ばず、奇妙な格好で凄む少女を呆けて仰ぎ見る。

 ややもして近くに散らばった料理を認めて、彼女の怒りの源がそこにあることを察して――

 

「死ねやクソが」

「わっ」

 

 ――悪い、と一言の詫びを口にする間もなく、その命を刈り取られた。

 

「!?」

「げ、ゲン……! デ、デスペナぁ!?」

「おいおいおい、マジかよテメェ!?」

 

 少女が触れた二人が光の塵となって消えたのを皮切りに、周囲はこれまでとはまた別の喧騒に満ちた。

 いつも通りの喧嘩騒ぎと思いきや、有無を言わさず命を奪った突然の凶行。

 ティアンと異なり死しても最短三日後には復活する不死の<マスター>といえ、目の前で確かに死んだこと事実に恐慌が奔り、遠巻きに見ていたティアン達がパニックに陥った。

 

「ひ、人殺しだぁああああ!!」

「に、逃げろ逃げろ! <マスター>の争いに巻き込まれるなんて冗談じゃない!?」

 

 ティアンが一目散に逃げ出し、店員も恐れを為して隠れ潜む。

 現場に残されたのは当事者である<紅巾党>の面々と少女――黒猫のみ。

 誰もが若いと越えていっそ幼い少女の蛮行に息を呑み、硬直していた。

 

「テメェら全員お仲間かよ、なら纏めて死ねクソ共」

 

 黒猫は彼ら全員に共通する紅いバンダナを認め、彼らが仲間であることを察して殺意の矛先を彼らにも向けた。

 それは直接喧嘩していた二人をデスペナルティに追い込んだ直後に起きた変化であり、まさしく猫の如く消え逝く二人を踏み台にして跳躍し、やはり音も重さも感じさせず彼らの頭上を跳ね回ってその手で触れると、先に消えた二人の後を追って一人、また一人と消えて(死んで)いく。

 

 事ここに至り彼らやようやく今自分達が屠られようとしている事実を認識し、臨戦態勢を取った。

 相手が子供だからといって容赦はできない。否、あれは子供の皮を被った化物だという恐怖が俄に過ぎり、それを振り払うように誰もが全霊で武器を振るった。

 

 彼らは荒くれロールを主体とする集団であるように、皆が何らかの戦闘職をメインとする戦士達である。

 <Infinite Dendrogram>発売間もない時期ながら既に幾つかの戦闘系下級職をマスターしている者もおり、その戦闘力は現時点においては折り紙付き。

 また普段からパーティを組み連携した戦闘に手慣れていることもあって、最初の数人こそ不意打ちじみた一撃で殺られてしまったものの、相手が如何な凶暴な小娘とて一人であるなら遠からず返り討ちにできる――はずだった。

 

「《心魂奪命拳》」

 

 その目論見は黒猫が発動したスキルによって打ち砕かれる。

 彼らをデスペナルティに追い込む直接の元凶こそは、「接触対象のHP・MP・SPのうち任意の一種を吸収する」【奪命神咒 ヒダルガミ】第二の固有スキル、《心魂奪命拳》。

 今はHPに限定されたその妖拳が、対象が限定されるが故に《心魂奪命圏》以上の出力を以て敵のHPを瞬時にして根こそぎ奪い尽くす。

 しかし彼らがその魔の手を振り払えず、為す術もなく死へ追い込まれてしまうのは、他ならぬ黒猫の体捌きこそにあった。

 

 単純に――速くて巧いのだ。【名軽業師】黒猫の、その一挙手一投足が。

 

 まるで何もかもが見えているように、剣撃、殴打、魔法攻撃の全てが、紙一重で避けられる。

 それは極々単純な生来の才能(センススキル)によるものであり、彼女の取得した如何なる戦闘職のアシストが働いた結果ではない。

 真っ当な、システム的な戦闘技能で言えば、現状取得しているジョブの全てを戦闘職で埋めた<紅巾党>の彼らに軍配が上がるはずが、ただ黒猫の才能のみを理由に覆される。

 

 ある者は《看破》で黒猫のステータスを見破り、直接戦闘に寄与するジョブが【拳士】しか無いことに驚愕を露わにした。

 剰え世間一般的には単なる芸人職でしかない【高位軽業師】、如何な上級職とはいえ戦闘職と比べるべくもない非戦闘職をメインにしている遥か年下の小娘に圧倒されているという事実に現実を疑った。

 

 しかし如何に目の前の現実を疑おうとも、起こる事実は変わらない。

 一人、また一人とその小さな手で触れられる度死へ誘われ、二〇はいたメンバーが今や五名にまで数を減らした。

 本来であれば【ヒダルガミ】の第一の固有スキル――()()()()()()()()()の《心魂奪命圏》によって、こうして悠長に一人ずつ殺す手間も掛けず、一度に纏めて屠れているのだが……この場でそれを使ってはティアンまでも巻き添えにしてしまうという()()が、今の黒猫にもかろうじて残っていた。

 《心魂奪命拳》を用いて一人ずつ殺すのはそうした()()によるものだったが――同時に()()()()という感情の発露でもある。

 

 なぜ黒猫がここまで怒り狂うのか。

 彼女ならぬ彼らの身では理解が及ぶまい。傍から見れば報復にしても過剰にすぎる殺戮である。

 しかし黒猫にとって己の食事を――命を奪われることは、その元凶の命を奪うに足る当然の論理であった。

 何故ならば己が<エンブリオ>の特性こそ黒猫にとって最大の――――

 

「そこまでじゃ黒猫! 拳を収めよ!!」

 

 そしていよいよ最後の一人を屠ろうという瞬間になって、場を一喝する大音声が響き渡った。

 その発生源はティアンで唯一この場に残った老爺、福々とした体格の王大人である。

 黒猫と共に店を訪れ、一連の凶行の始終を目撃していた老人が、恐れ知らずにも殺意の狂猫を叱責した。

 

「…………」

「そこまでじゃよ、ヘイや。如何な<マスター>同士の殺し合いとて、これ以上は見過ごせぬ。のうヘイよ、わしは獄に繋がれた御主を見とうないぞ?」

 

 制止に立ち止まり、振り返った黒猫の瞳は暗く昏く濁っていた。

 相対すれば意を呑まれること必至なその鬼気こそは、発端が彼女にとってこの上ない引鉄であったことの証左。

 対峙していた<紅巾党>唯一の生き残りも、一転して隙だらけの彼女をしかし追撃しようとも思えず、今はただかろうじて命を拾った幸運を噛み締めるが如く震えていた。

 

「…………」

「ひ、ひぃっ!?」

 

 その彼も、黒猫の一瞥で脇目も振らずに逃げ出したが。

 その背を今度は追うこともせず、黒猫は沈黙を保ったままトボトボと王に歩み寄る。

 俯かせた頭の上には酷く追い詰められたような余裕の無さを漂わせ、王と視線を合わせられないまま所在なさげに口を閉ざす。

 その頭に、王は静かに掌を乗せ……。

 

「ほれ、悪さをしたあとに言うことがあるじゃろう?」

「……………………ごめんなさい」

 

 ゆっくりと撫でるうちに、ぼそりと黒猫が言葉を漏らした。

 そこには普段の軽々しい様子は無く、バツが悪そうに言葉に詰まるただの少女だけがある。

 

「……完全に、やりすぎた。……じーちゃんにメーワクかけちゃった」

「迷惑したのはわしだけかの?」

「…………他の客にもメーワクかけた。あたしがみんなの食いモン台無しにしちゃった……」

「うむ、何が悪いかきちんとわかっておるの。ならばこの後やることもわかるな?」

「……メーワクかけたみんなに、あやまる」

 

 黒猫がぽつりとそう言うと、王はそこでようやく笑みを浮かべた。

 頭を撫でる手の力を強め、すっかりしょげてしまった黒猫を慰める。

 黒猫はされるがままに身を任せて、暫くしてから顔を上げた。

 

「ほれ、散らかした分は片付けんとの。わしは店の者に事情を話して、ちょいと()()してくるわい」

「……ごめんなじーちゃん、仕事なのにメーワクかけて」

「よいよい、ここの店主とは知らぬ仲でもないでな。ちょいと喧嘩騒ぎが大きくなりすぎただけのことよ。……他の人間に累が及んでおったらさすがのわしも為す術が無かったがの、物で収まったなら余程でない限りは()()で丸く収まるもんぢゃ」

 

 そう言って親指と人差指で輪を作って見せた王に、黒猫がニヤリと笑って。

 

「それ、金持ちの理屈じゃんね」

「だってわし、金持ちぢゃもーん」

 

 おどけた風に笑ってみせた王は、すっかり元の好々爺だった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ■???

 

 一連の騒動が終わった後、唯一生き残った<紅巾党>の男は、息急き切って平野を駆けた。

 たまたま酔いの回りが過ぎてくだらない喧嘩に至っただけの宴席。それを散々にぶち壊した悪魔のような子供の凶行。

 その恐怖を振り切るように店を出、町を出て――平野を駆け抜け、山中に分け入り、一目散にアジトを目指す。

 街道脇の小山、その中腹に打ち棄てられた廃墟を乱暴に片付けただけの根城に踏み入って、そこでようやく彼は平静を取り戻した。

 

「はっ、はっ、はっ……な、なんなんだよ、ほんとに……! いくらなんでも、ありえねぇだろあんなの……。なんで、あそこまで……」

 

 そして思い返すのは自分以外のメンバーを皆殺しにした悪魔の子供。

 状況的に、自分達が彼女の料理を台無しにしてしまったことがそもそもの原因であったことは認識しているものの、だからといってこうも無残に報復される謂れもない理不尽を噛み締め身震いする。

 必死に逃げて距離を置いた今でこそいくらかマシにはなってきているが……それでもなお、振り返ればあの()()()が伸びてきているような気がして、己を掻き抱く腕を振り払えない。

 

 徒党を組んでからこれまで、様々なモンスターや<マスター>と交戦してきたが、そのいずれとも異なる剥き出しの殺意と敵意に、会敵した時間は僅かながらも心は既に折れかけていた。

 二〇を超えるメンバーがああも一方的に……幼い見た目の女児にいいように屠られるなど、誰が想像し得よう。

 あれが本当に見た目通りの人物であるという確証は無いし、あまりに隔絶した力量から中身はアバターとは別物だろうという憶測があったが、そんな些事がどうでもいいほどに恐ろしい。(無論、真実はアバターの見た目通り齢十にも満たないお子様であったが)

 

「おうおう、どうしたんだンな湿気たツラしやがって。なぁにがあったぁ?」

「お、おやぶぅん……!」

 

 恐怖のあまり蹲って嗚咽も漏らし出した彼だが、その背中に別の男の気遣う声が届いた。

 如何にも男らしい、しわがれ、酒焼けした胴間声に振り返れば、そこにはその声音に似つかわしい筋骨隆々とした偉丈夫が立っていた。

 

 逃げ帰った男に"親分"と呼ばれたその男は、可愛い子分がズタボロになってしがみついてくるのを受け止め(ついで鼻を噛みだした彼をぶん殴っていたが)、何があったのかを問うた。

 彼は、事の次第をつぶさに報告し、自分達を襲った悪魔の子供の恐ろしさを青褪める顔で必死に語る。

 対する親分――<紅巾党>オーナー【大軍師(グレイト・ウォーリーダー)】アッシマンは、対照的に笑みを深めて興味を持ったようだった。

 

「へえへえ、芸人の小娘一人にお前以外がなぁ……? そりゃまたなんとも、とんでもねぇ話じゃねぇかぁ」

「すいやせん親分……オレにはどうにもできませんでした……。まるですばしっこくて、一方的にやられて……」

「なに、なぁに、気にすんなぁ……。相手は俺達と同じ<マスター>さ、そういうこともあるだろう。ガキも大人も関係無ぇ、ゲームの強い弱いなんざありふれたことさ……お前が気に病むことじゃあない」

 

 詫びる男の心中には、むざむざ仲間を喪わせてしまった後ろめたさがあった。

 しかしアッシマンはそうした彼の弱みを見透かし、だが抉るような真似はせず心底気遣わしげに、優しく囁く。

 

「だが、だぁがぁ……ケジメはつけにゃあなんねぇ。やられたらやり返す、自分の納得行くまでなぁ。そうだろう?」

「う、うっす……! 相手が子供でも、容赦はできません……ただその、オレ一人だけではとてもじゃないですが……」

 

 アッシマンに諭され、僅かながらにいつもの調子を取り戻す男だが、しかし直接報復することを考えると途端に及び腰になる。

 アッシマンはそれも当然と鷹揚に頷いて許すと、彼の意図するところを察して言葉を繋げた。

 

「俺達は同じクラン、徒党を組んでやってるんだ。つまりは兄弟……俺達は家族だぁ。家族がやられたんだ、家族皆でやり返すのが筋さぁ。え、そうだろう?」

「うっす! だから親分、お願いします!!」

 

 兄弟、家族と沁み入るように囁き諭し、男の目に光が戻る。

 アッシマンは、立ち直った愛すべき子分に目を細めて、ゆっくり頷いたあとに宣言した。

 

「よし、よぅっし……ならやるこたぁ決まったなぁ。やられた連中のデスペナが明け次第乗り込むぞぉ。件のガキはしっかり見張っとけぇ? トンズラこかれちゃあ興醒めだからなぁ……おうセンセ、話は聞いてたなぁ?」

「よくわかりませんが、仕返しですね? 良いでしょう。あなた方を蹴散らしてみせた悪魔の子供、興味があります」

 

 アッシマンの言葉に、更に奥から応答が届く。

 それはしわがれ粘着くようなアッシマンの声とは異なり、涼やかな色気に満ちた女の声だった。

 

 暗がりから現れ出たのは、息絶えた熊を担いだ金髪碧眼の女。

 熊――かつて黒猫が迅羽と共に仕留めた【亜竜狂熊(デミドラグベアー)】の巨体を軽々と持ち上げ、事も無げに投げ捨てる。

 その亡骸は生前の隆々たる筋骨が跡形もなく、投げ出された地面にへばりつくように形を崩した。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「わたくしと打ち合える猛者であることを期待したいですね。とても楽しみです」

 

 女は鋼の両腕を打ち鳴らし、報復に沸く彼らとは別の笑みを浮かべた。

 

 




おちゃらけモードでは「~ぢゃ」で、
本気・真面目モードでは「~じゃ」な王大人。
主人公最大の幸運は、人間関係に恵まれていることだと思います。

そしてまたも捏造したジョブの登場。
前回の話もそうですが、SW2.0を始めとしたTRPGのクラスなんかは、流用するのにちょうどよくて助かります。

それはそれとして先々代龍帝様のお名前が判明しましたね。
……雑技団が冠する名前と同じじゃねーか、不敬ってレベルじゃないぞオイ!
んー……まぁその、なんだ。元が黄っていう姓のティアンが称号として龍の名を下賜されただけだし、龍帝様とは別口だからいける……いける?(不安げ)
予定してる展開的には問題無いっちゃあ問題無いのですが……うーん。
とりあえずこのままいきます。龍帝様ごめんなさい!

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