□【名軽業師】黒猫
「この…………バッカモォン!!」
「みぎゃあっ!?」
プッツンしてやらかした直後、騒ぎを聞きつけたヤンのおっちゃんに拳骨を食らった。
痛みは無いけど信じらんねーほどの衝撃が全身を駆け抜ける。
顔を真赤にして鼻息荒くしたおっちゃんは、今まで見たことがない程に怒っていた。
「本当に……少し目を離した隙になんということを……。まがりなりにも大人の護衛として就いているのに、自ら騒動を招くような真似をするなど……! 如何に貴様が子供といえ恥を知れ! 現状を弁えろ!!」
「悪かったじゃんよ……」
脳天を擦りながら詫びの言葉を口にする。
膨れ上がった頭がおっちゃんの怒りの強さを表していた。
「大人は貴様に甘いから大して取り沙汰さなかっただろうがな、貴様のやったことは人道を外れた獣のそれだ! たかだか料理の一つや二つを台無しにされたところで、手を上げるだけならまだしも殺しにかかる奴があるかっ!!」
「た、たかだかじゃねーもん!!」
聞き捨てならない文言に口答えするが、おっちゃんの拳骨が再び落とされる。
同じところを二度もぶたれて、腫れがますます酷くなった。
「だとしてもだ! 貴様の行いを聞くにお前にとって看過できぬ事情があったのだろう……しかし、だからといってあまりにも
「わ、わかってるよ……」
「いいや分かってない! 分かっていれば大勢の人がいる中であのような真似をするものか。……理解しているのか? 一歩間違えればティアンをも死なせてしまっていたのかもしれんのだぞ!?」
「っ……」
その言葉にさすがのあたしも言葉に詰まった。
あの時、半分我を忘れながらも
だから店にいた他の人間には一切影響を及ぼしてないし、直接巻き込むことはなかったけれど……騒動から逃げる途中で、少なからず怪我をしたやつも中にはいる。
そうでなくともあの喧嘩騒ぎでみんな飯食う時間を台無しにされたわけだから……台無しにされてキレたあたしがそれだと、本末転倒だ。
それはかなり、かっこつかねー。
完全にブーメランじゃんよ。それにあたしの攻撃に巻き込まないとは言ったけど、ひょっとしたらあいつらが応戦する中で流れ弾が当たってたかもしれなかった。
そう考えると、間違っても楽観視なんて出来っこない。発端となったのはあいつらだけど、そこに火を付けて油を注いだのは、完全にあたしだ。
「ごめんなさい……」
「……………………はああぁぁぁ、まったく。<マスター>には常識知らずが多いと聞くが、お前は極めつけだな。いや、そもそも発端となった<マスター>の一団もだが……まぁいい。幸いにして、他の人命に害は無かった。大人の取り成しもあって、かろうじて指名手配には至るまい」
指名手配。
その言葉の持つ意味は<マスター>にとって――この<
詳細は知らないけれど、指名手配によって国に居場所がなくなった<マスター>は、何処とも知れない<監獄>へと隔離されてしまうのだという。
数は少ないながらも既に何件かそうした例は起きていて、<監獄>送りにされるような<マスター>の罪状はティアンに対する殺人や強盗といった重いものばかりだ。
刑期も数年どころか数十年に至ることがほとんどで、それは実質七大国への復帰が絶たれることと同義。
それはつまり、今後この世界で起こり得る様々なイベント、シナリオへの干渉が閉ざされたことを意味し、およそゲーマーにとって最悪の刑罰だろう。
今更ながら事の危うさを思い知らされて、さすがのあたしも肩身が狭い心地だった。
「大人は寛大な御方ゆえ面と向かって口にはすまいが、此度の騒ぎで大人が被った損害は貴様が考えている以上に重いものだ。損壊した店舗の修繕費、店員と客への賠償、信頼回復のための根回し……ざっと挙げるだけでもこれだけの手間が掛かっている。時間も金も、労力までも大きく関わるものだ。本来であればクエストを遂行している場合ではない。大人でなければ果たしてどうなっていたことか……」
おっちゃんが例を挙げるたびに体の中がキリキリ痛むような感覚を覚える。
だけどそれは、実際に後処理に回るじーちゃんやおっちゃん達はもっと感じていることだろう。
しでかした事に対する責任を持てないあたしの未熟が、完全にあたしから反論の余地を奪っていた。
あたしらしくもなく、借りてきた猫みたいにだんまりを決め込む羽目になっていた。
「……流石のお前も存分に堪えたようだな。二度と同じ失態はするんじゃないぞ、わかったな?」
「…………うん」
「ならばよし。説教は終わりだ。店主にも謝っておけ。殺しなどと物騒なことが起こりはしたが……<マスター>相手に留まっていたから最悪は免れている。誠心誠意頭を下げて、手伝いでもするのだな」
「うん、わかった」
そう言うとおっちゃんは、じーちゃんがしてくれたようにあたしの頭を撫で回して背中を押した。
初めは堅物でいけ好かない大人だと思ってたけど、こんな時でも切り捨てずあたしを叱ってくれたおっちゃんは、やっぱり良い人なんだと心の底から思えた。
◇
結果として店主のおっちゃんはあたしの謝罪を受け入れてくれた。
あたしが子供だからというのもあるだろうが、喧嘩の相手があたしよりも一回り以上上の男ばかりということもあって、<マスター>同士の諍いという前提の上でややあたしに同情的だったのが救いだった。
あのときあいつらの内の二人の喧嘩に突き飛ばされたねーちゃんが、あたしの料理が台無しになったことが原因ということを説明してくれたのも大きい。
今度あいつらがやってきたらぼったくってやると冗談交じりに笑い飛ばした店主のおっちゃんの顔は、言葉とは裏腹に獰猛だった。
そして何か手伝いをと申し出たところ、じーちゃんから話を聞いていたおっちゃんが、「なら芸をやって客引きをやってくれ」と言ってきた。
あたしが【名軽業師】であることを見込んで、大きな町以外ではそうそう見れない雑技を大道芸として演じてくれ、と。
「勿論タダ働きになるがな」と豪快に笑ったおっちゃんにあたしは快諾し、衣装を変えて小道具を持ち出し、店先で大道芸を披露することと相成った。
その結果は上々といったところだろう。
あの騒ぎを覚えている客への配慮として、あの時着ていた平服から派手な舞台装束に変えたのと、顔を隠すための覆面を着けたのが上手いことカムフラージュになってくれた。
この覆面は龍都で別の雑技団でクエストを受けたときに教えてもらった"変面"に使うもので、向こうとしては「やれるものならやってみろ」という魂胆から一度見せてもらった芸なんだけど、生憎あたしは一目で覚えちゃったもんだから一種の隠し札にしていた。
人前で披露するのがこれが初めてだ。BGMを流す魔道具に合わせて舞い、リズムに乗せて次々と覆面を一瞬で変えれば、道行く人々も思わず足を止めて釘付けになる。
その合間合間に<万景酒家>の宣伝も挟めば、芸が一段落したタイミングで小腹を空かせた客が店へなだれ込むという寸法だ。
果たしてその目論見は的中し、つい先日の騒動など忘れたように客が殺到し、あたしが初めて店へ入ったとき以上の喧騒を取り戻した<万景酒家>があった。
お客さんからの評判は言うまでもないが、じーちゃんとおっちゃんがあたしの芸に目ン玉ひん剥いてたのが驚きだった。
曰く"変面"はあの一座にとっては秘奥中の秘奥ということで、門外不出の演目だとのことだが、真似できてしまったものは仕方ないじゃんね。
あたしがそう言うとじーちゃんは大笑して「盗み盗まれこそ芸の道、切磋琢磨の本懐よ」と言ったので、きっと問題は無いのだろう。
こっそりタネを教えてくれとも言われたが、それは丁重にお断りした。あたしだって芸人の端くれ、飯の種をむざむざくれてやるつもりはないじゃんね。そう言うとじーちゃんは一段とまた笑っていたけど。
そうして三日間店先で芸を披露していると、店の名とあたしの存在は瞬く間に評判となった。
三日というのは、最初は一日だけのつもりだったのが、思わぬ反響を呼んで引き止める声が強くなり、店側の要望と、それを面白がったじーちゃんの意向もあって更に一日、そしたらまた引き止められて更に一日、と引き伸ばしにされてきた結果だ。
当初想定していた以上の客数と賑わいに、タダ働きだと言っていた店主のおっちゃんが意見を翻して、芸を披露している間の食事は全部タダで食わせてくれるとの申し出があった。
しかもおかわり自由、なんでも好きなのを食えと言ってくれたから、あたしも言葉に甘えてこの三日間で粗方制覇してやった。おかげで胃袋が空く暇が無い。
中にはサインをくれという意見もあって、それは店からも同様だった。あたしは初めてのサインに慣れない手付きで色紙に名前を書くと、それは店で一番目立つカウンターの梁へと飾られた。
正直、すげー嬉しい。あたしの失態を芸で挽回して、それが認められたというなによりの証だから。
この三日間、あたしはリアルの都合も忘れて芸の披露に夢中になり、<万景酒家>の招き猫を演じていた。
だけどいつまでもそうしてはいられない。
三日目の夜が更け、そろそろ此処を発たねばという楊のおっちゃんの提言もあって、この日を最後に芸納めとし、四日目を丸一日休息にあてたあと、五日目に此処を発つことが決められた。
その予定を店に告げると、店主のおっちゃんのみならず店員のみんながそれを惜しんでくれて、一段と豪華な飯を用意してくれた。
特にあの騒ぎで恐れられていたあたしがこうも受け入れられると、ようやく許されたような気がして、かき込む飯の量も増えるというものだった。
此処の人達は優しくて豪快だ。あたしに好きなだけ飯を食わせてくれるし、なにより褒めてくれるし叱ってくれる。
すっかりこの町が好きになってしまったあたしは、いつかまた必ず此処へ訪れて芸を披露することを約束すると、店のおっちゃん達はそれを待っていると言ってくれた。
あたしの、このゲームでの目的の一つに此処を再び訪ねること――黄河中を旅することが加わった瞬間だった。
◇
そうして三日が過ぎ、四日目の朝。
既に芸納めの看板が立ち、告知が渡ったにも関わらず店は相変わらずの繁盛を見せていた。
あたしの芸がもう見れないことを惜しむ声があるのが誇らしくて、隠れてその様子を眺めるのがなんとも楽しい。
芸人としてのあたしは覆面をつけっぱなしで素顔を隠していたから、騒ぎの当事者があたしだってことは知られてないけど、でも素顔隠して芸を披露したあたしが今更ノコノコ出ていくのも無粋に思えたから、こうして陰から様子を見守るに留めている。
……なんつーか、あたし。
あの騒ぎを機に親しい大人からガチで叱られたせいで、ここ数日すげーおとなしかったじゃんね。
自分で言うのもなんだけど、この優等生誰よって感じで。あっちゃんに知られたら爆笑必至だわ。
こんな野良猫みたいにこそこそ様子を窺うなんて、ちょっと前までのあたしならぜってーありえないことじゃんよ。
なんつーのかな、初めて人の役に立った実感があるっていうか。
柄にもなくセンチメンタルな感傷に耽るあたしがいる。
つかさぁ、振り返るとガチの説教がすげー心に刺さってたんだけど。マジでゲームの範疇越えてんじゃんね。
ゲーム……ゲームかぁ。間違いなくゲームだけどさ、その実情を深く考え出すと頭ン中グルグルしだすわ。
そんなことを考えながら店先を眺めていると、見慣れない人間が現れたのに気付いた。
気に留めてしまったのは黄河のティアンに珍しい、正統派西洋人っぽい白人の、金髪碧眼のねーちゃんだったからだけど、それ以上に
というのもお嬢様っぽい顔立ちや髪型(ギブソンタックって言うんだっけな)もだけど、その両腕が問題だった。
袖から剥き出しになった両腕が、余すことなく鋼に覆われている。
いや、鋼そのものが腕になったというべきか。つまるところ細っこい見た目に反して仰々しい鋼の義肢が、明らかに堅気ではないことを示していた。
よくよく見ればその義肢の左腕部分、その甲には紋章らしきものが刻まれている。その特徴を持つものはこのデンドロにおいて一つきり。すなわち<マスター>だ。
「あら? ここで芸が見られると聞いていたのですが……いませんね? 今日はもう店仕舞いかしら」
店先をうろちょろしているそのねーちゃんは、どうも芸を目当てにやってきたようだった。
置かれた看板にも気づかず、あちこち見回ったり、見当違いの場所を覗き込んだり、かなりズレた印象の天然さんだ。
あたしが芸を披露したのは三日だけ。だけどそれだけあれば近隣に噂が届くのもおかしくはないだろう。それを聞きつけた物好きな<マスター>がわざわざ足を運んできたということなのだろうけど、こればかりはご愁傷様じゃんね。
「芸は昨日で終わりじゃんよ、ねーちゃん。一足遅かったね」
「あら、そうなんですか? 評判だったからせめて一目でも見ておきたかったのですけれど……」
見かねて声をかければ、ねーちゃんはとぼけた表情であたしを見下ろした。
ねーちゃんの背丈は小柄なあたしと比べて頭二つ分程高い。だけど間近で見上げた顔は抱いた印象通りのお嬢様で、ゴツい腕が無ければお忍びの御令嬢と言ってもおかしくなさそうな雰囲気だった。
ねーちゃんは困ったようにうんうんと唸って、次いであたしの顔を見てパッと表情を変えた。
そして探しものを見つけたと言わんばかりの明るい顔で、両手を組んで笑う。
「
「あん?」
そう言い放った言葉の指すところは、あたしが件の芸人であることを見抜いたという前提のもので。
思わぬ反応に呆気に取られたあたしを、想像以上の機敏さでその腕が掴み上げるのを気付くのに遅れた。
「突然の訪問申し訳ありません。わたくし、貴女に用があって訪ねさせていただきましたの」
「用って……なにさ?」
鋼の右腕であたしの襟首を掴み、猫をそうするように持ち上げるねーちゃん。
今は《軽業》もオフにしたまま、本来の体重が掛かっているのを……まるで紙人形でも摘むように軽々と。
無理矢理視線を合わせられあたしに用があると言ったねーちゃんの顔には、あたしをどうこうしてやろうという害意は一切見えなかった。
「ええと、確か……親分さんが言うには「四日前の借りを返す」とのことですが、ご存知でしょうか?」
「…………………………………………ああ、そういうことかよ」
成程ね……あのときの連中の手先ってことか。
あたしの飯を台無しにしてくれたクソ野郎共――っと、あたしはちゃんと反省したんだった――もとい、<マスター>集団のお仲間か。
確かに、向こうからすればたかだか料理一つで命を奪われたんだ。理不尽に思って報復を考えてもおかしくはねぇわな。こっちの時間で三日以上経ってるから、あのときデスペナった連中も復帰してるだろうし。
「アンタの顔は見てねぇんだけど?」
「わたくしも人伝に聞いただけですので……ああ、申し遅れました。わたくし、今はクラン<紅巾党>の食客を務めさせていただいているステラ・ザ・デストラクトと申します」
おっかねぇネームしてんね、おたく。
それに<紅巾党>か……名前からして三国志の捩りだろうけど、そんな名前を付けるってことは、
思ってた以上にめんどくせぇ連中に絡まれたじゃんね。いや自業自得っちゃそうなんだけどさ。
「親分さんからは「是非お礼がしたい」とのことで、貴女をお連れするよう言われていますの。まことに勝手で恐縮ですが、御同行願えますでしょうか?」
「…………なーねーちゃん、お礼がしたいってどういう意味だと思う?」
「? 御持て成しをするのではないのですか?」
あ、ダメだこのねーちゃん。ド天然だ。
言ってる言葉に裏も表も無くて、根っこのところでなんか勘違いしてる顔だコレ。
「御持て成しした後に、わたくしと試合っていただけると聞いているので、大変申し訳ありませんがご遠慮はなさらぬようお願い申し上げますね」
「ひょっとしてねーちゃん、河原で殴り合ったら友達になれるとか思っているタイプ?」
「まぁ♪ ジャパンの少年漫画ですね! わたくし、そういうのとっても素敵だと思います!」
どういう思考回路してんだコイツ。世間知らずというか、浮世離れしてるにも程があんじゃんよ。
とはいえこの手を振り解けそうにないし、このねーちゃんはともかく親分さんとやらはガチであたしを狙ってるっぽいし、こりゃ否とは言えないじゃんね。
にしても食客か……。てことはつまり、このねーちゃんは<紅巾党>の正式メンバーってわけじゃないんだろけど、さにあらん。こんな天然を抱えるなんて、クランとしちゃちょっと難しいだろうし仕方ないじゃんね。
なんつーか……お嬢様のツラして中身は猛獣みたいな、そんな第六感がビンビンしてるじゃんよ。
「では参りましょうか。少々飛ばしますのでご注意くださいね」
「その前にこの持ち方はやめてほしいんだけど」
「……まぁ! これは気付かず申し訳ありません。それでは失礼しますね」
襟首を掴み上げるのに抗議したら、なぜか今度は横抱きにされた。
所謂お姫様抱っこってやつだ。別にそれに特別なイメージ抱いてるわけじゃないけど、だからってこういう持ち方を選ぶあたりこのねーちゃんどっかおかしい。
普通おんぶとかでいいだろ。なんで無駄に男前なんだこいつ。
そうしてあたしを横抱きにしたねーちゃんは膝を曲げると――そのまま天高く
ただのジャンプで高空へ躍り出て、ひとっ飛びで町を越え、平野を越え、丘を越えて小山へ踏み入る。
一歩一歩が凄まじい跳躍力を発揮して、じーちゃんの竜車なんて目じゃない速さで駆けた。
その様子からこのねーちゃんが、少なくともあたしと同格以上の使い手であることを察する。
一目であたしが件の芸人だってことに気付いたのも、おそらくは《看破》のスキルによるものだろう。
それはつまり、このねーちゃんが根っからの
そうしてあたしは、クラン<紅巾党>の根城へ招かれた。
ギブソンタックというのは、ガルパンでダー様がしていた髪型のことらしいです。
ああいうイギリス淑女っぽい髪型っていいですよね。とても品があって好きです。