軽い少女   作:ふーじん

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決着

 □山茶郷近郊・<紅巾党>アジト跡地

 

 第二幕を切って落としたのは、先の一幕と同じステラの拳。

 同様に局地的な嵐を伴う不可視の弾丸、しかし巻き込んだ土埃で浮き彫りになって肉薄するのを、黒猫は余裕を以て横に――同時に前進も果たしつつ躱す。

 

 ――()()()()()()()()()()()()

 

 蓄積・強化された運動エネルギーによる風圧打撃。

 確かに避けたはずのそれが一転して己の後背を突いた仕掛けは、何の事はない運動エネルギーの操作によるもの。

 その風圧に込められたエネルギーが一部を方向転換に回され、慣性を振り切って踵を返したのだ。

 

 完全なる不意打ち。一方向だけに進むものという思い込みを破る一打。

 しかし一度放ったエネルギーの遠隔操作はロスが大きいのか、炸裂した衝撃は直接打ち込まれる一打と比べるべくもなく貧弱極まり、完全無防備な背中を打たれて尚も黒猫のHPの減少は微量。

 ENDと防御力が共に最低限でしかない黒猫すらも一撃で葬るには足りず、結果として黒猫の疾走を阻むには至らない。

 《心魂奪命圏》によるHPドレインで即座に回復する。

 

「《星震脚》!!」

 

 ならばと迎え撃った二の矢はステラの踏み込み。

 脚で大地を打つと同時に激震が奔り、土中を伝播した衝撃が黒猫の足元で炸裂し即席の地雷と化す。

 土塊と木の根を木っ端微塵に砕いて噴き上がる地表。まともに食らえば黒猫のENDでは四肢を欠くには至らずとも【骨折】に陥るは必至の地対地爆撃を、しかし炸裂直前の微震を察知した黒猫の機転で跳躍を選択、その効果圏内から逃れる。

 

(速い! ヘイさんの動きに応じて仕掛けたのでは無為!)

 

 力強い踏み込みにより生じた衝撃によって周囲一帯の対象を極短時間【拘束】する《震脚》のスキル。

 それが【テュポーン】のエネルギー操作によって強力な対地制圧攻撃と化すも、並外れた直感とAGIを持つ黒猫の前にはあまりにも鈍重。

 並の使い手ならばただ一歩の踏み込みで大多数を制圧できる一撃が容易く避けられたことにステラは驚愕し、ついで歓喜を露わにした。

 こちらが一手を繰り出す間に、敵は一步も二歩も詰め、その問答無用の魔の手を伸ばしてくるが、その脅威すらも心底痛快とステラは更なる一手を繰り出す。

 

 己で繰り出した攻撃の残滓から運動エネルギーを回収し、手近にあった砦の残骸を蹴り砕く。

 己の前に投げ出される礫の数々。それらを片端から両拳で殴り付けエネルギーを付与し、方向性を指定されたそれらは外部からの推進力を得て黒猫へと殺到する。

 それらは一つ一つが自壊の一歩手前までエネルギーを内包した、大気とは比べるべくもない大質量の弾丸だ。

 接触すれば解放されたエネルギーが内側から石の礫を砕き、炸裂した破片が対象を切り刻む即席の炸裂手榴弾でもある。

 

 それらがゆうに一〇。

 現在のステラが一息に放てる最大数で、それぞれがショットガンの如き撃発で黒猫を真正面から迎え撃つ。

 ある程度の耐久力があればダメージそのものは容易に軽減可能な風圧打撃とは違い、確かな重さと硬さを有した運動エネルギーの塊はそれだけで既に必殺の境地。

 ましてや職分上ENDなど望むべくも無い黒猫にとって、万が一にも掠りすら許されぬ魔弾であった。

 

「ん? 前準備がいる分さっきのよりヨユーじゃんね!」

「臆しもしませんか……っ!」

 

 元よりそんな万が一など、黒猫にはありえなかったのだが。

 どこにでもある大気を放つのとは違い、飛翔に適する大きさまで蹴り砕く一手間を要した魔弾の隙は大きい。

 当たり前のように魔弾を避け、また一步己に肉薄した黒猫に舌を巻く。

 大抵の相手はステラが初手で見せた火力に怯え、真っ先に距離を置こうとしたものだが、黒猫には彼らのように歩を退ける様子は見当たらない。

 それどころかいよいよ互いの手が触れ合う距離にまで近づいたのを見て、ステラは最早小技は不要と理解した。

 

「お望み通り殴り合おうぜ、メスゴリラ」

「そう言ってまた背後を取るのですか?」

 

 嘯く黒猫に、皮肉を返すステラ。

 そうは言うものの、この段になって黒猫がそのような小手先を弄するとも、ステラは思わなかった。

 

 伸ばされる魔の手に集う不穏は色濃い。これを己の<エンブリオ>でない生身部分に触れさせるのはダメだ――と、本能が警鐘を鳴らす。

 かといって先の攻防のようにエネルギー放出による無動作回避で距離を置くのも、今となっては浪費でしかない。

 

 ならば己が取るべき行動は、なんとしても鋼の四肢――【テュポーン】でそれを防ぎ、一瞬の接触を見極めて蓄積エネルギーを最大放出、即応衝撃(インパクトカウンター)によって接触部分からダメージを与える他に無い。

 幸いにして黒猫の耐久力は脆弱、最大チャージには程遠い現状でも仕留めるには充分!

 ステラは集中を深め、黒猫の一挙手一投足を注視し――全霊を一瞬の攻防に傾けて迎撃態勢を取った。

 

 迫る黒猫。

 伸ばされる右手。

 その手に宿る力場。

 それはいよいよステラに肉薄し、今触れ合わんとして――

 

「ッ――――!?」

 

 ――瞬間、最大の警鐘にステラは咄嗟に後退った。

 

 後退はあり得ないと断じておきながらの、最大出力無動作回避。

 コマ落としのように同じ姿勢のまま、十歩も後退ったステラは、己の取った行動を自分で信じられぬとばかりに見開いた目で自他を見遣る。

 

 十歩先で右手を空振った黒猫は、そんなステラに対し。

 呆気にとられたような表情を一瞬見せて、次の瞬間には三日月のように大きく口角を歪ませ。

 

()()()()?」

「くっ……!」

 

 凝り固まった闇の如き()()()()()を開いて嗤った。

 悔しげなステラの一息は、大言壮語を吐いておきながら言を翻して後退を選んだ己への無様と恥か。

 

 掌だけで黒猫の身の丈ほどもある巨大な手が別の生き物のように蠢く姿は、さながら大蜘蛛のよう。

 だらりと下げた黒猫の腕の先で這うように動く指が、触れた地面を片端から枯らして殺していた。

 

「もしかしてと思って、ぶっつけ本番で試してみたけど……成程ね。()()()()使()()()もできんだね」

(――第三のスキル……?)

 

 黒猫の呟きが意味するところを解せず、ステラは黒猫の隠し札を疑った。

 しかし直感がそれは違うと告げている。ステラも考慮に上げはしたが、その通りだろうと判断した。

 

 これまでに幾度となく見せられた簒奪の魔の手。

 広域に展開される結界と比較して効力が高い分接触を要されるそれが己との相性が悪いと判断し、その中間――中距離簒奪手段として覚えたのを発動したのかと思ったが、しかし固有とするにはあまりに無駄が多い。

 方向性の違いはあれどいずれも強力な固有能力を覚える<エンブリオ>のスキルとしては、あまりに中途半端にすぎる。

 

 とはいえ千差万別な<エンブリオ>のこと。

 そういう例もあるのかと肯定した上で、ではこの土壇場で<エンブリオ>が進化し、新たなスキルを覚えたのかと言えば……そうではない。

 この戦闘で彼我の<エンブリオ>の到達形態は同格であることをステラは既に察しており、もし片方が一足先に進化したのであれば、必ず出力差が出るはずだ。

 互いに第三形態の<下級>位階にある以上、片方が進化――第四形態、<上級>の領域に至ったのであれば、それだけで決着をつけるには充分すぎる。

 まがりなりにもこうして回避し、面食らいはしたものの戦闘継続が選択肢にある以上、それだけはあり得ない。

 

 ならば何が……?

 そう考えようとしたとき、ステラはふとした違和感に気付いた。

 

「! 結界が……」

「ま、バレるじゃんね。さすがに広げたままは無理か」

 

 これまで維持され続け、微弱ながらも少しずつ己のHP等を削り取っていた結界の気配が無いことを察知し――ステラは前後の推移を振り返り、ようやく把握した。

 

「成程、先の結界が今はその手、と……そういうわけですね」

「名付けて《心魂奪命圏・鬼ノ手》、ってとこカナー。密度が増した分、触れるとヤバイぜ?」

 

 言って黒猫は巨大な異形の手――彼女の言うところの《心魂奪命圏・鬼ノ手》を振るった。

 振るわれる腕の先、風を裂く鬼ノ手が()()()、鞭のように撓って薙ぎ払われる。

 非実体の闇が凝縮した鬼ノ手は点在する砦の残骸に引っ掛かることもなく、しかしその軌道上にあった木々――生物範疇に属する植物の命を奪い、枯死させて。

 触れる端から簒奪し尽し、音もなく猛然とステラを襲う。

 

「くっ……流石にこれに触れては!」

「どうせなら当たってくれよ! アンタでどんだけ削れるのかキョーミあるからさぁ!!」

 

 それは言うなれば、闇属性魔法の性質に似ていた。

 生物範疇にないオブジェクトには一切の影響を与えず、しかして命ある生物に対しては致死の猛毒そのものであるそれ。

 非実体であるが故に物理的な防護は意味を為さず、物理的作用でないが故に【テュポーン】によるエネルギー奪取も通じない。

 一方で半径数百メートルにも渡る広域に展開されていた結界が、巨大といえそれまでとは比べるべくもない小規模体積に集中したそれは――同格のステラをして抵抗を望めない高出力。

 例えるなら水を流すホースの口を潰すようなものだ。出力に対して小規模な出口が、結果として高圧を生むように、一点に集中したエネルギーがステラを四方八方から襲う。

 

 そう、四方八方。全周囲から。

 左右から伸びる鬼ノ手のみならず、伸ばされた闇の腕から枝分かれするように更なる鬼ノ手が伸びて、枝分かれして。

 物理的な作用を持たないが故に理屈の上では無尽蔵に増やせる鬼ノ手が、ステラの退路を塞いでいった。

 

(ん……流石にこれ以上はキッツいかな。制御も甘いし、無駄な手がけっこーあんねコレ。見た目のインパクトはあるけど効率考えるならもっと少なくていいじゃんね)

 

 一方で黒猫は表面こそ余裕を見せているものの、その内心は困難を極める制御に処理の殆どを回し煮え立つ思考が止まらない。

 とてもではないが満足なフットワークに割く余力も無く、足を止めて鬼ノ手の制御に努める以外になかった。

 

(《心魂奪命拳》を見て、「範囲狭めて効果高まるなら普段の結界でもできんじゃね?」とは思ってたけど、まさかほんとにできるとは思わなかったじゃんね。テリトリー全般が昔読んだパパの漫画のアレっぽいなーって……普段が"円"ならこれは"凝"かな?)

 

 養父の趣味である漫画コレクションの一つ、生命エネルギーをオーラとして操り、固有の能力にして戦う往年の名作を思い出し、黒猫は笑う。

 初めて<Infinite Dendrogram>を遊んだ際、まるでゲームか漫画のようだと驚いたものだが、こうして本来ゲームとは無関係な漫画の理屈を体現している今、黒猫のテンションは大きく上がっていた。

 

 駆け出し間もない頃の【亜竜狂熊】との戦いは別として、黒猫にとって戦いとは、どれも全力を尽くすには足りない温いものばかりだった。

 いかなるモンスターも<マスター>も、己の動きについてくることは敵わず、誰もが己の領域に収まるか、あるいは触れるだけで敢え無く死に逝く雑魚ばかり。

 直截的な殺傷に長けた<エンブリオ>の力があるといえ、ビルド的には非戦闘系でしかない自分に専門家である戦闘職達が為す術もなく散っていく様は、いつからか戦いそのものへの意欲を奪っていた。

 

 言ってしまえば黒猫にとって戦いとは()()であった。

 <Infinite Dendrogram>がMMORPGであるからレベルを上げるという前提があり、その目的を果たすための手段として経験値稼ぎがある。

 言い換えればそれは現実で生きていく上で当たり前に摂る食事行為がそのまま置き換わっただけであり、【ヒダルガミ】の性質もあってその認識はより強固なものとなっていた。

 ()()()()()()()()()という原初の欲求をそのまま形にしたように、【奪命神咒 ヒダルガミ】は生まれたから。

 

 だから黒猫は戦わない。

 弱敵は己の飢えを満たす獲物でしかないし、強敵はそもそも戦う必要が無い。

 レベル上げのための戦いはただの趣味で、そこに「戦うことが楽しい」とか「勝利の誉れ」などという意識も実は無い。単純にレベルが上がるとゲーム的に有利だから嬉しい、それだけ。

 メインに非戦闘職の軽業師系統を置いたのも、そうした戦いへの無関心から来ている部分がほとんどだ。

 

 ところが今宵、己に戦いを挑んできた(ステラ)は、戦いが心底楽しくて堪らないといった表情(カオ)をしている。

 己の一挙手一投足をつぶさに観察し、模倣し。すごい、おもしろい、と真っ向から称賛する。

 果てはその礼だと言うように隠すこと無く全力を尽くして、挑んでいる。

 数少ない同格が、飾ることなく、まっすぐに。

 

(うん……こう言うと癪だけど、コイツとの戦いは()()()()

 

 それは黒猫にとっても()()()と思えた。

 ひねくれた性根がそれを素直に言わせないが、この戦いで初めて黒猫は「頑張ってみよう」と思えたのだ。

 

 だから今出来る限りを尽くした。

 ふと疑問に思い、どうでもいいと捨て置いた疑念をこの土壇場で検証し、柄でもない努力を発揮しながら己の()()()を追求していく。

 黒猫なりの理屈で己の力に当たりをつけ、直感が導くままに力を絞り、かつて共闘したフレンドの()()()を参考にして。

 そうして出来上がったのがこの巨大な手だ。獲物を絶対に掴み取るという漆黒の意志が形となった闇の手だ。

 果たしてそれは、黒猫の才気が煥発する程に精彩を放ち、追い縋る速さを増して獲物を包囲する。

 

「最早退路は無し……いえ、元より逃走など有り得ぬ性分ではありますが!」

「どうする? レジストに望みをかけて突破してみる?」

「笑止! 事ここに至って己の無事は望みません!!」

 

 さながら蜘蛛の巣の如く張り巡らされた鬼ノ手包囲網。

 あるいは鳥籠の如き決闘空間の中心で、黒猫とステラが対峙する。

 

 触れれば即、死を思わせる鬼ノ手に、しかしステラは望みが絶たれたなどとは毛頭思わず。

 却って心を奮い立たせ、どこまでも晴れやかな笑顔を浮かべて黒猫を射貫く。

 

「たとえ刺し違えようとも――――貴女をこの手で仕留めてみせます!」

「――――上ッ等!!」

 

 ステラは意を言の葉に乗せて放ち、両腕を打ち鳴らした。

 その衝撃に髪留めが外れ、纏められていた金髪が元の長さを露わにする。

 波打つ麦穂の如き艶やかな黄金は、吹き荒れる嵐の奔流に巻かれ逆上がる。

 

 まさしく怒髪天を衝く。

 必ずや目の前の好敵を撃ち倒すという怒涛の意志が、そのまま噴き上がるかのようだった。

 

「――――ッ!」

「ッ――――!」

 

 踏み込みは軽やかに。

 これまで一打で空を割り、一步で大地を震わしていたものとは思えない、いっそ淑やかな程の踏み出しに、しかし全身全霊が込められる。

 

 ステラもまた過去にない強敵、誰よりも身のこなしに長けた好敵を前に極限状態に達し、更なる階梯を歩み始める。

 それはレベルの向上や<エンブリオ>の進化といったシステムではなく、今持ち得る手札への極限理解といった内なる深みに至り、如何にして目前の敵を倒すか、ただその一点のみに集中する。

 

 無為に力を放つことはない。

 吹き荒れる風も、爆ぜる大地も、今このときばかりは不要。

 有象無象を蹴散らすならばともかく、ただ一人の強敵を前にそうした飾りは余分でしかない。

 ただひたすらに、絶対を期して必殺の意志を叩き込むなら、この鋼の拳一つあればいい。

 

 故にステラの足取りは軽く、しかし極限まで効率化された運動エネルギーの放出によって真なる()()を得る。

 ただの一步で音を超え、吐息を交わし合う距離にまで肉薄し、それ以外の全エネルギーを右拳に秘めて。

 それは親しい友と握手を交わすような自然さで、ふんわりと握られた拳が黒猫の胸に置かれる。

 

 銃口は向けられた。

 撃鉄は起こされた。

 引鉄は引き抜かれ。

 弾丸は今放たれる。

 

「我流・星震拳、絶招――――《星拳突き》」

 

 残存する運動エネルギーの全て。

 それが可能な限りの強化を得て。

 小柄な黒猫ただ一人に炸裂する。

 

 

 ――――()()()()()

 

 

「ワリ。――()()()()()()()()()

 

 今このとき、初めて着想と名前を得、この世に生まれでたステラの妙技。

 スキルに依らない技巧の結晶は、しかし黒猫を捉えられない。

 触れれば即死の无二打(二の打ち要らず)、例え古代伝説級金属であろうとも粉砕せしめる筈の、文字通り()()()()

 

 しかしそれは布一枚の差で黒猫に届かず、すり抜けられる。

 続いてのしかかる僅かな重み。ステラの伸ばした腕を足場に、その頭上へ躍り出た黒猫が伸ばすは黒。

 更なる集中と凝縮を得て黒猫の細腕と一体となった鬼ノ手が、ステラの視界を遮るように振り下ろされる。

 

「届か――――」

()()()()()()()

 

 《心魂奪命拳》と《心魂奪命圏・鬼ノ手》。

 共に触れれば即ち死を意味する魔の手、その二重起動が。

 ステラのレジストを突破し、噛み砕くように命を奪う。

 

 ――届かなかった、か。

 

 そんな末期の無念を言い切る猶予すらも許されず。

 代わりに微笑を浮かべたステラが、光の塵と消えた。

 

 

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