これでリテイク完了となります。
お騒がせして申し訳ありませんでした。引き続き拙作をお楽しみください。
□黄河最西端
黄河・カルディナ交易の窓口であるその都市は今、またとない景気に沸きに沸いていた。
それというのも先日龍都で執り行われた【雑技王】の初公演。そこで告知された大巡業の西部開催地として選ばれたからに他ならない。
巡業の話が持ち上がったのは初公演よりも二ヶ月ほど前。今代【雑技王】襲名から間もなく内々に通達され、黄河四方の候補地では熾烈な誘致合戦が繰り広げられていた。
ある一定以上の年代の帝国民にとって、【雑技王】の名は非常に大きい意味を持つ。
彼らの多くがその青春時代にかの人物の絶技を目にし、その極芸に熱狂した思い出が強く焼き付いているからだ。
その座を受け継いだ人物による興行ならば果たしてどれほどのものだろうと、名を知る人々は心躍らせていた。
一方でそうした感情的な話を抜きにしても、世に二人といない大名人による興行でどれほどの資本が動くかを考えれば、その絶好の商機を座して見過ごすなど目敏い者には決して許されないことである。
動員される人員、必要とされる物資、大人数の観光客。
あらゆる好条件が揃った一大イベントでどれほどの利益が見込めることか。
もし一座の誘致に成功したならば、その都市の好景気は約束されたも同然とあって、各主要都市では有力者たちによる暗闘がしばし続いた。
そうした紆余曲折を経て開催に到った今日、すでに南・東・北で興行を終えた一座は、最後の開催地となる西部に向けて移動を開始している。
そして西の興行開催地こそが、カルディナとの交易窓口でもあるこの都市であった。
都市は既にお祭り騒ぎとなってかつてない賑わいを見せていた。
建ち並ぶ家々はカラフルに彩られ、祭囃子に太鼓の音が昼も夜もなく響き渡る。
黄河の各地からは熱心な芸能ファンが、隣接するカルディナからはイベントを聞き付けた富豪たちが数多く流入し、それを狙ったバザールが軒を連ねて観光客を呼び込んでいた。
その中にはフットワークの軽い<マスター>も多く紛れている。
彼もまたその一人。砂埃にすすきれた旅装を纏い、はしゃぐ少女を伴って露店がどこまでも並ぶ大通りを歩く男の名は、カフカ。
カルディナは賭博都市ヘルマイネから遥々ここまでやってきた一介の【大賭博師】である。
「あっちぃ……砂漠に近いからかまだ暑いな、ここは。祭りの熱気もあって余計に暑い……」
「ねぇねぇダーリン、あそこにお饅頭の屋台があるのだわ! あそこにはりんご飴、向こうにはいろんな形の綿あめまで! いっぱいいっぱいあるのだわ!」
「ああ、ああ、わかった。買ってやるから、そうはしゃぐな。おっさんにハイテンションは辛いんだ……」
砂漠地帯の酷暑を引きずったカフカの袖を引いて目を輝かせているのは彼の<エンブリオ>。
カフカとは対照的に綺羅びやかな衣装を身に纏う豪奢な装いの
期待に満ちた眼差しをカフカに向けて強請るのは偏に彼女の食癖による。
彼女もまた他のメイデンや人型に近い<エンブリオ>のように、他者に買い与えられたものしか食べないという奇妙な食癖を持っていた。
つまるところ彼にとってはとても世話の焼けるお姫様に他ならず、彼女の望むままに屋台の端から貢いでいった。
「とっても美味しい! ……わけじゃなくて普通だけど、醍醐味だわ! 味は普通でもここの空気で美味しく思えるのね! これぞお祭りの醍醐味なのだわ!」
「そりゃよかった。クソ暑い中遠路遥々訪れた甲斐があったってもんだ」
返事が投げやりになったのも無理はない。
そもそも彼が黄河に訪れたのは、どこで噂を聞き付けたのか是が非でも興行を見に行きたいとパンドーラが駄々をこねにこねたのが理由だった。
一度決めたら絶対に譲らない彼女のわがまま放題は今に始まったことではないが、それでも国を越えるほどのわがままは稀である。
さりとてそれを嗜めるでもなく言うことを聞いてしまうカフカもまた、自分の<エンブリオ>に甘すぎるのは確かだった。
「だってだって、ダーリンったらずっとカジノに入り浸りだったもの。わたし退屈で退屈で仕方なかったのだわ! いい加減キラキラした部屋は飽き飽きなのだわ!」
「だからってわざわざ砂漠を出なくても……あー、ついさっきセーブしちまった。帰りがめんどくせー……」
「もう! ダーリンったら台無しなのだわ! せっかくのお祭りなんだから、ちゃんとわたしをエスコートして可愛がるべきなのだわ!!」
「わかった、わかったから……とりあえずあれだ、先に宿を取っちまおう。いい加減涼みたい……」
「当然スイートがいいのだわ! ゴージャスでオリエンタルなお部屋が最高よ!」
「お前さっきキラキラしたのは飽きたって言ったじゃねぇか……」
「それとこれとは全然違う話なのだわ!」
そんな騒がしい二人組だが、今のお祭り騒ぎの中では特に珍しい風景でもない。
周囲を見渡せばあちらこちらで同じようにはしゃぎまわる人々や、<エンブリオ>や人化したテイムモンスターらしき人型を連れて仲睦まじくする組み合わせが見受けられる。
貢物を食べ歩きながらそれらを見渡したパンドーラの思考に過ぎったのは、そうした賑わいへの関心ではなく、見知らぬ人間が数多行き交うにも関わらずカルディナと比べて随分と治安が良いことだった。
「向こうと比べてとってもお行儀がいいのだわ。スリも詐欺師も全然見かけないし、ヘルマイネとはまるで違うのだわ!」
「そりゃあ各国のマフィアが裏で鎬を削る向こうと違って、こっちは<竜心館>の睨みが利いてるからな。粗相をすれば門弟が飛んできてあっという間にお縄だ」
「りゅーしんかん?」
「【練体士】のメッカだよ。あらゆる前衛職のお供として大人気な練体士系統の総本山。トップは"
「つまりダーリンじゃ絶対に悪さできないのだわ!」
「うるせぇよ。……まぁそれも昔の話で、今じゃある<マスター>にその座が移ってるんだがな」
「ある<マスター>って?」
「それは……」
続けようとした言葉を遮るように轟音が路地から響いた。
道行く人々が驚いて音の方向を注視する先には、素性の知れないティアンが女性を拘束して首筋に刃物を突きつけている。
凶器を握る腕には嘲笑う悪魔の刺青。
「……ああ、<レブナント・ネスト>の下っ端か。ほんとどこにでも湧きやがるな、あいつら」
「いつまで経っても学習しないおバカさんたちなのだわ! でもダーリンじゃあのチンピラすら取り押さえられないのだからおあいこなのだわ!」
「お前さっきからすげー辛辣じゃね? なんか怒らせるようなことした?」
「そんなことないのだわ! とってもとっても愛してるのだわ、ダーリン!!」
「お、おう……ならいいんだけどよ……」
チクチクと突き刺すような棘はともかく、パンドーラの言う通りカフカではチンピラ一人にすら太刀打ちできない。
LUCに特化した【大賭博師】のステータスでは、たとえ<エンブリオ>のステータス補正があったとしても下級の前衛職にすら戦闘能力は劣る。更に言えばカフカの<エンブリオ>は戦闘にはまったく向かない。
チンピラも最低限の戦闘職には就いているのだろう、人質となった女性は為す術もなく泣き喚き、周囲も手出ししかねて見守るしかなかった。
少しすれば騒ぎを聞き付けた<竜心館>の門弟が駆けつけるだろうが、果たしてそれまでに女性が無事とも限らない。
そんなことをつらつら無責任に考えながら動向を静観していた。
しかし彼が数回目のまばたきを無意識で行った瞬間、目にも留まらぬ何かが駆け抜け、チンピラが殴り飛ばされて気絶し、人質の女性は安全地帯へと避難させられていた。
「そこまでだ! ――というにはワンテンポ遅かったかな?」
風のように駆け抜けたのは、一目にはとても俊敏そうには見えない見上げるほどの巨漢だった。
縦にも太く、横にも太い。シルエットだけ見れば肥満体のように見える体は、その実極限まで詰め込まれた筋骨の隆起。
彫りの深い顔立ちに金髪碧眼。帯を締めた道着がはち切れそうなまでの筋肉を覗かせた男の姿を認めると、周囲は堰を切ったようにワッと沸いて歓声を上げた。
「ガルさん! よかった、駆けつけてくれて……」
「この子は大丈夫だよ! ガルさんのおかげで怪我一つないさ!」
「まったくいきなり因縁をつけたかと思ったら刃物を取り出して……どこのチンピラだか知らないがとんでもないヤツだよ」
「HAHAHAHA!! 無事だったならよかった! それじゃあ僕はコイツを引き渡してくるよ。みんな、祭りを楽しんでいってね!!」
そう言い残してチンピラを連れて飛び去っていった巨漢を見送り、周囲は先刻以上の賑わいを取り戻した。
まるでアメリカン・コミックスのような光景にパンドーラは目を丸くし、傍らのカフカに尋ねる。
「嵐のように去っていったのだわ……あのアメコミみたいなメリケン男子は一体何だったのかしら……」
「さっき言いかけた<マスター>だよ。先代から【超練体士】を受け継いだ、世にも稀な<超級>の一人――」
カフカはいつの間にか取り出していた煙草を咥え、深く息を吸ってから煙を吐いた。
悪党どもが一等恐れる正義漢。その五体で悪を木っ端微塵に打ち砕く正義の使者。
「――"武仙"のGA.LVER。それこそ、ヒーローみたいなやつさ」
カフカは身を縮こまらせるようにしてその名を呟いた。
To be continued