□【雑技王】黒猫
少し湿っぽくなった巡業開始初日から三週間が経って、あたしは既に三箇所での興行を終えていた。
特にこれといったトラブルも無く、道中も事前に雇用を取り決めていた信頼できる腕利きのおかげで平穏無事で、つい先日最後の興行地に到着したばかり。
先に開催した興行の噂が先行していたのか、この都市では到着するなり歓迎の声が待ち受けていて、ほくほく顔の役人が催す宴に招待された。
あたしはそのへん興味ねーし関わるつもりもないから大人からの又聞きになるけど、やっぱりデカいイベントが起きれば現場はかなり儲かるらしい。
一座のトップのだんちょーと、今回の巡業を企画して根回ししたじーちゃん。そしてイベントの顔であるあたしは都市のお偉いさん直々に歓待された。
しょーじき、こういう形でヨイショされてもあんまり嬉しくない。
あたしが最高に気持ちよくなれるのは演じ切ったあとの拍手喝采で、お金やら利権やらの生臭い話と打算で褒められても、ぶっちゃけ鬱陶しい。
だからそういう面倒事はいつもどおり大人たちに任せてずらりと並んだご馳走を攻略していると、ぬっと大きな影が差してあたしに声をかけてきた。
「黒猫くん! 【雑技王】襲名おめでとう!!」
「……ガル兄?」
振り向いて見上げた相手は、久々に顔を合わせたガル兄ことGA.LVERだった。
相変わらずメリケン節全開なマッチョスタイルは見間違えようもない。
「HAHAHA! そう呼ばれるのも久しぶりだね、覚えていてくれてよかったよ!」
「ガル兄くらいキャラ濃いとそうそう忘れらんねーじゃんよ。とりまありがとね、こんなとこで顔見知りに会えるなんて思ってなかったじゃんね」
「僕も<DIN>の速報で名前を見つけたときは驚いたよ。でも不思議は無いね、キミならいつか【雑技王】になれると信じていたとも! 僕はてんでダメだったからね!!」
ガル兄との付き合いはあたしがまだ【名軽業師】だった頃、じーちゃんと一緒に出かけた武者修行時代に西方支部で知り合ったのがきっかけだった。
その頃からガル兄はいろんなジョブを渡り歩いていたことで有名で、ちょうどあたしが支部にいたときに【軽業師】になりにきたのが縁で何度か指導したことがあった。
けれどまぁガル兄が自分で言ったように、ガル兄の【軽業師】としてのセンスはあんまりよろしくなく、ぶっちゃけて言うと才能が無かった。
レベルだけはガル兄の<エンブリオ>のおかげであっという間に上がったけど、肝心の中身がそれに伴ってなくて、ガル兄は早々に【軽業師】をやめて別のジョブに就くことになったっけ。
まぁ【軽業師】ってマイナーな上に戦闘職じゃないし、練習もちょーハードだからね。
おかげで今でもあたし以外に軽業師系統に就いた<マスター>ってほとんど見ないし、いたとしてもガル兄みたいにすぐやめちゃう。
とはいえガル兄自身は人付き合いも良くてつるんでて楽しかったから、その後も何度か一緒に遊んで、パーティ組んでレベリングとかもやったっけな。
そんなこんな一座の西方支部を離れるまではよく顔を合わせていたから、あたしにとっても親しいフレンドの一人というわけじゃんね。
「ところでガル兄はなんでこんなとこにいんの? 一応ここ、関係者以外通れなかったと思うんだけど」
「それは勿論、僕も関係者だからさ!」
「マジで? まさかガル兄、お役所関係? でもそんな柄じゃなかったじゃんね」
「一から話せば長くなるんだけど……ああ、ちょうどいいところに。師匠ー!」
あたしが訝しむと、ガル兄はいつの間にかじーちゃんたちに混ざって話し込んでた知らないじーちゃんに声をかけた。
呼び声にそのじーちゃんが振り向くと、輪を離れてずんずんとこちらに近づいてくる。
ガル兄ほどじゃないけど大柄な体格。相当に歳食ってそうなのにそこらの腕利きよりはずっと腕が立ちそうな獰猛な気配。
おっかない目付きの三白眼をギロリと向けると、獣の唸るような嗄れ声で言った。
「よう、お嬢ちゃんが噂の【雑技王】か?」
「人に尋ねるときはまず自分から名乗るべきじゃんよ」
見下ろすじーちゃんにそう言い返すと、じーちゃんは泣く子もチビるような表情であたしを睨みつける。
だけどそれで怯むようなあたしじゃない。真っ向から睨み返してやると、しばらくしてからぷっとじーちゃんが吹き出して、虎髭を歪ませて牙を剥くように笑った。
「クッ、ククク……確かに俺が悪かったわな。俺は
「パオってーと、ワンじーちゃん?」
今更だけどじーちゃんの名前は
見るからに縁起のいい名前のおかげでよい商いができたとは、じーちゃん十八番の思い出話だったり。
ともあれじーちゃんの知り合いならあたしも無碍にはできない。警戒を解いて改めて見上げると、フーじーちゃんはぐしゃぐしゃとあたしの頭を乱暴に撫でた。
この撫で方……悪いじーちゃんではない。おっかないとは思うけど。
「あ、ひょっとしてじーちゃんが言ってた古い知り合い? 先代じーちゃんともつるんでたっていう」
「おう、俺がそのジジイよ。お前さんのことはパオからの手紙と……そこのデカブツから聞いてるぜ」
「そーいやさっきガル兄、じーちゃんのこと師匠って言ってたけど……」
「おう、そいつは俺の不肖の弟子よ」
「ガル兄、不肖なん?」
「うーん、素直に頷くには癪だけど、否定するには師弟関係が邪魔をする……板挟みだね!!」
どうやら二人が親しい間柄なのは間違いないらしい。
だけど一体なんの師弟関係だろ? そう思っていると今度はワンじーちゃんが合流してきて、フーじーちゃんの背中を親しげにドンと叩いた。
「これ、フー! 儂の紹介も無しにヘイと親しくするんじゃないぞい! おぬしの乱暴さが伝染ったらどうする」
「このチミっ子がそんなタマかよ。いい胆力してやがるぜ、こいつは。先に出会ってりゃこいつを俺の弟子にしてただろうよ」
「師匠! それでは僕の立場が無いのですが、師匠!!」
じゃれ合う二人は本当に仲良さそうで、じーちゃんもいくらか若返ったような気配で笑い合っていた。
ガル兄もそう抗議してはいるものの、顔は楽しそうにニヤけてる。
どうやら師弟関係は良好のようで、あたしとじーちゃんがそうなように、二人も随分親しいようだった。
「……っと、積もる話するにはここはちと面倒かね。おいパオ、それに嬢ちゃん、よければウチの道場に来るかい?」
「ほっ、それもそうぢゃな。あとの話は刃華がおれば十分ぢゃろうて、ここはこやつの言葉に甘えておくとしようかの」
もちろんあたしにも拒む理由なんてどこにもなく、話し込む他の大人たちを他所にフーじーちゃんの道場へ繰り出すのだった。
◇
「つまりじーちゃんとこの人間が警備責任者ってこと?」
「だな。正確にはこいつの名義だが……俺はもう一線を退いてるからな」
案内された先はこの街でも一段広い敷地のどデカい道場だった。
看板には<竜心館>の名前が掲げられ、たくさんの使用人に出迎えられて応接室まで案内された。
そこで女中さんが運んできたお茶を一服しながら尋ねた中に今の話があった。
「まさかガル兄が【超練体士】になってたとは思わなかったじゃんよ。オマケに<超級>にまでなってたとか、マジびっくりじゃんね」
「ほんにほんに。こやつにおぬしのような弟子がおったとは初耳ぢゃて。見るからに雄々しい、それにフーと違って品位がある。おぬしには勿体無い弟子ぢゃの? フー」
「恐縮です! しかし今の立場は偏に師のお心遣いあってのこと。僕も師の顔に泥を塗らないよう努めていくつもりです、何卒よろしくお願いします!」
そう言って深々と頭を下げたガル兄には、以前までにはなかった貫禄というか風格というか、溢れるほどの覇気に満ちていた。
自信満々な素振りは以前からあったけれど、その実けっこー繊細で人一倍強がりだったことを知ってるあたしは、ガル兄にもいい出会いがあったのだとすぐにわかった。
あたしがじーちゃんたちと出会えたように、ガル兄もフーじーちゃんと良い人間関係を育めたということなんだろーね。
「差し当たって皆さんが滞在なさる間は、当道場の師範代たちを指揮につけ、高弟たちで四人一組の小隊を組んで全体の警備に当たります。師範代は皆カンスト済み、高弟たちも上級職に就いた腕利きたちです。<マスター>からも有志が集まって警邏に当たってくれまして、僕は公演中に賓客の警護に当たる予定です」
「ほほう、錚々たる面子ぢゃな。それほどの戦力、龍都でもそうは揃えられぬだろうて。よく育み、よく鍛えておられるようぢゃな、がるばぁ殿」
「恐縮です。ああ、僕のことはガルとお呼びください。黄河の方には慣れぬ発音でしょうから、どうぞお気兼ねなく」
「ほほほ、では頼りにさせてもらうぞい、ガル殿」
「はっ!」
ガル兄の佇まいは大したもので、本人の体格もあって随分と頼りがいがあるように見えた。
言い切る本人の実力はどれほどのものだろうと気になって《看破》で覗いてみるけど……
「ガル兄さぁ、いまレベルいくつ?」
「うん? こないだ二〇〇〇を越えたところだよ」
「うっわマジかぁ……ガル兄の<エンブリオ>、やっぱヤバいことになってんね」
《看破》のスキルレベルを十分に上げてるあたしでも、碌な数字が見えずにガル兄のステータスは不明瞭だった。
そしてガル兄の性格的に偽装系スキルを使うことも考えにくく、レベル差によってスキルが通用しにくいのだろうなとは考えてたけど、まさかそこまで開きがあったとは思わなかった。
「フーじーちゃん、お目が高いねほんと。まだ上級のうちからガル兄に目をかけるなんてさ」
「僕にとっては大恩ある師匠だとも!」
「よせやい、こっ恥ずかしい」
あたしもガル兄の<エンブリオ>のことは以前から聞いていた。
獲得経験値増幅に特化したガル兄の【ヘラクレス】のことは、当時いろんな意味で有名だったから。
なにせ当時はまだ<超級エンブリオ>どころか超級職すらほとんど見られなかった時期だ。
上級職までしかいなかった頃、レベリング効率は良くてもカンストで頭打ちになったあとは持ち腐れにしかならないガル兄はほとんどティアンと変わらない者として<マスター>からは低く見られていた。
それも仕方ないけどね。なんせスキルとステータス補正が<エンブリオ>の華だから、いくら経験値を稼ぎやすくてもキャップが掛かってるうちは多少のスタートダッシュにしかならないし。
だけどガル兄の【ヘラクレス】が当時の方向性を保ったまま<超級エンブリオ>になって、レベル上限の存在しない超級職に就けたのなら……メインジョブのレベルだけで二〇〇〇オーバーとかいう暴力も頷ける。
レベルを上げて物理で殴ればいいって、昔そんなクソゲーがあったらしいけれど、ガル兄はまさにそれだ。
そのガル兄が直接警護してくれるのなら、これ以上の安全は無いと言っても過言ではないだろう。
正直あたしでも真っ向勝負で今のガル兄に勝てるかわかんないし。なんせHPとかMPとか、伏せ字でもなんかおかしい桁数見えてたしね。
純粋に地力が強いやつは相性良くないんだよなぁ……だからといって負けるつもりもないケド、物事には限度があるってことで、ガル兄は例外指定。
「でもフーじーちゃんも強いじゃんね絶対。今まで見てきたティアンではトップレベルに強そう。さすがに【龍帝】サマには劣るけど」
「あの御方と比べられちゃ誰も敵わねぇよ! しかし、【龍帝】ね……その名に然程燃えなくなったのは、俺も老いたということかね」
どこかしんみりした表情で呟いたじーちゃんに首を傾げると、ワンじーちゃんが懐かしむように言った。
「フーのやつは昔、『俺が【龍帝】を越えて最強になってやらぁ!』と豪語していた恐れ知らずでの、あちこち旅しては黄河の腕自慢に片っ端から手合わせを申し込んでおったんぢゃ。決闘にも籍を置いてて……最高記録はたしかいくつぢゃったかの?」
「決闘ランキング二位。当時はまだ先代【龍帝】だったかね。それに決闘の質も今とは比べ物にならない程低い。もう自慢にもなりゃしねぇ昔話さ」
「そうぢゃったそうぢゃった。"
はえー、すっげぇ。
ティアンで決闘ランキング第二位とかマジモンの凄腕じゃんね。
今の第二位ってーと迅羽だし、他のトップランカーは<輝麗愚民軍>の五支将が有名だ。
……<輝麗愚民軍>といえば、むかーしぶっ殺した<紅巾党>の連中も今はそこの配下だっけ。
オーナーのアッシマンが輝麗にガチ恋してドルオタになってたのを見たときは流石に草生えたじゃんよ。
「ところで"人竜"って?」
「あー……、まぁ、あれだ。若気の至りってやつだがよ……そういう伝承があるんだよ、【練体士】にはな。かつてこの黄河を支配していた古龍、それに人が近づくための道のひとつが【練体士】を極めた果てにある。練技と武法を極めたなら、人の身から龍へ転じることができる……ってな。それに肖ってたのを知った民衆が付けた異名だ」
「ほへー」
「俺はそれを信じて【練体士】に身を投じて【超練体士】になって……先代【龍帝】に挑み続けて、最終的にはレベル一〇五四まではいったが、そこで頭打ちだ。流石にもう体にガタが来て無理はできそうにねぇ。ま、寿命ってやつだな」
「ふーん……それで、龍になれそうな感じはあったん?」
「さて……どうだかな。おいガル、どうだ?」
面白がるような笑みのフーじーちゃんに尋ねられたガル兄は、神妙な顔をして答えた。
「まったくの出任せではないでしょう」
「……だとよ。気になったら、こいつに聞け。俺に聞くよりかはずっと見えるモンがあるだろうよ」
「ふーん、そっか。ならガル兄、楽しみにしてるじゃんよ!」
「HAHAHA!! ……まぁ、その機会があればね!!」
その後お喋りは夜更けまで続き、気づけば戻るには遅い時間になっていた。
そしてその日は道場に一泊することとなり、あたしはそのまま寝床についた。
数日すれば開催される最終公演、それに向けて英気を養うように……。
◇◇◇
……そう思って、ぐっすりすやすや眠った翌日の朝。
たっぷり昼近くまで寝ていい気分で目覚めようとのそのそ起き上がったところに、突然轟音が鳴り響いた。
慌てて飛び起き駆け込めば門前には人だかり。何事かと集まった使用人たちが見守る中、その視線の先にはまるで場違いな女の姿。
欧州貴族めいた洋装のそいつは、亀裂を刻んだ石畳の上で居並ぶ門下生たちを前に悠然と立っていた。
「失礼。【超練体士】殿はご在宅でしょうか」
「……【超練体士】なら僕だけど、キミは一体どちら様かな?」
進み出たガル兄を見上げると、そいつは興味深そうに観察してから……満足そうに笑みを浮かべる。
見た目は清楚ながら、浮かべた笑みは剣呑そのもの。隠しきれない獰猛さが全身から滲み出て、その好戦性を表していた。
「稀なる強者の噂を聞き付け、是非とも一手立ち会いたく。ご安心を、如何なる結果でも看板は奪いません。ただ尋常なる立ち会いのみを所望します」
その言葉に門下生たちが一気に殺気立つのをどこ吹く風と受け流し、そいつはガル兄だけを視界に認めて構えを取る。
打ち鳴らした両拳からは肉のそれではなく、重い鋼の音が響き渡った。
「――わたくしの名は【撃神】ステラ・ザ・デストラクト。人呼んで"人間台風"。さあ、いざ尋常に」
「――初日から早々慌ただしいことだねッッ!!」
周囲が唖然として、じーちゃん二人が心底楽しそうに笑い転げる中、二人は激突した。
……ていうかあれ、やっぱりメスゴリラじゃん。
To be continued
余談ですが作者もFF14ではゴリラです(白並感)