□<竜心館>敷地内
両者の激突は周囲の予測を外れて静かに始まった。
しかしそれは互いに様子見に徹したからではない。寧ろその逆、両方とも初手から渾身の一撃を相手へ繰り出し、その拳を互いの急所へ突き立てていた。
「ふむ……成程」
「随分と響くねぇッ!!」
しかしてその結果は奇妙不可解。
AGIとSTRが共に二万を超えるGA.LVERの豪腕はステラと皮一枚の距離でピタリと受け止められ、代わりに彼女の鉄拳を無防備な鳩尾へ受けていた。
だがGA.LVERに堪えた様子は無く、体内を駆け巡る《発勁》にも似た浸透衝撃が臓器に深刻な傷痍系状態異常を齎そうとするのを、《
ダメージにして二万は下らない内部破壊攻撃も、本来数値からして桁違いのENDの割合強化と肉体変質による物理耐性強化、そして『ジョブレベル×一〇の即時固定値回復』によってかすり傷でしかなかった。
そしてその交錯で察する。
両者にとって眼前の相手こそ、過去類を見ない強敵であると。
「成程、信じ難いほどの手練。生身でわたくしの一撃を耐えた者など、ドライフの【獣王】以外にはいなかったのですが……少々自信を失くしますね」
「とんでもない相手にまで喧嘩を売ってるね! バトルジャンキーというやつかな、困るね全く!!」
嘯くGA.LVERだったが、しかしその表情はまたとない強敵を前に破顔していた。
彼もまた規格外に身を置く故に全力を発揮する機会に恵まれぬ者。こうして真っ向から殴り合える好敵と相対することに否応無く高揚する。
しかし今の一撃で致命的な相性上の不利を悟り、また本来の目的もあってなんとかこの状況を切り抜けられないかを考え始めていた。
その逡巡を隙と捉えたステラが文字通り弾丸の如く肉薄し、鉄の両拳を再度GA.LVERへ見舞う。
既に《看破》でステラのステータスがEND特化であることを確認していたGA.LVERだが、その一連の動きの速さは超音速反応を可能とするGA.LVERを確かに捉えていた。
しかしながら狙いは甘く、肉薄した全身と振り抜かれた豪腕が風を裂いて嵐を巻き起こしたことから、それが自前の速度ではないことを見抜く。
砲身内で爆圧を受けて加速を得る銃弾のように、外部からの干渉によって得た一撃の速さと、先刻の不可解な防御能力を比較して、彼は早々にそのからくりを見破った。
「運動エネルギー操作か! 成程、物理殺しにも程があるね! かの"物理最強"にも挑めるわけだ!!」
「流石に地力が違いすぎて敗走しましたが、得難い経験だったと自負しております。しかし【獣王】といい貴方といい、尽く手の内を見破ってくれますね」
「少し考えればわかることだとも!」
(…………)
GA.LVERの何気ない一言が観客に紛れていた黒猫を傷つけていたことはさておき。
彼がステラをただならぬ相手と感じていたように、彼女もまたGA.LVERをこのままでは到底打倒し得ない相手として考えていた。
(単純な浸透打撃では削りきれない、ですね……どういう理屈かステータスを把握できませんが、HPの消耗も傷痍系状態異常を負った様子も無い……。となると、全身を砕くべきですが……)
ちらと周囲を見渡し、これでは到底実行できそうにないと判断する。
十把一絡げの手合ならともかく、これほどの相手を文字通り
ステラの目的はあくまでGA.LVER個人であって、それ以外に累を及ぼすつもりは毛頭なかった。
普段PKや犯罪者集団へするように広域殲滅手段を取らず、白兵戦に徹しているのもそれが理由である。
「師範と、互角!? もう七八手も打ち合ってるのに一歩も引いてない……」
「どんな命知らずかと思ったら、とんでもねぇな。これが<マスター>か……」
そんな二人を目にして周囲から感嘆の声が響く。
超越した戦闘者同士の尋常ならざる応酬。この場に集った武術の心得ある門下生たちは彼らが信じる最強と互角に渡り合う佳人を見て呟いた。
当初の無礼に覚えた怒りもどこへやら、天女の如き美貌で巨獣もかくやとばかりの暴虐を振るうステラに、ただ武人として敬意を抱くしかない。
敬愛する師範と畏敬すべき挑戦者。期せずして執り行われた超級激突にて拮抗する両者を讃える観客の声に、しかしステラは内心で忸怩たる思いがあった。
(互角……ですか。純粋な格闘家とわたくしが伍すると。……嬉しくもあり、悔しくもありますね)
そもそも互角と称されることそのものが本来は大いなる間違いなのだ。
運動エネルギーを制するステラの<超級エンブリオ>【星震撃 テュポーン】は、物理法則に則る限りおよそ絶対有利を誇る、GA.LVERが言った通りの
防御にあっては敵の攻撃に籠められた運動エネルギーを喰らって無為とし、攻撃にあっては鋼の四肢を莫大な運動エネルギーで超音速で繰り出し砕く。
無論ただ超越的な加速で殴るだけが能ではない。
接触した四肢から伝播する運動エネルギーが対象の体内を掻き乱す一撃は、即ちその全てが必殺。
まして
ステラの攻撃を素面で耐えたのは規格外のステータスを誇る【獣王】以外には無かったのを、目の前の男は見事に耐え切ってみせたのだ。
(本当に素晴らしい。わたくしの《
ステラは素直に称賛した。
対個人戦術に限定されてはいるが、その範疇内での全力をこうも見事に捌き切る相手はかつてなかった。
ただ規格外のステータスで圧倒する【獣王】とも違う、高水準のステータスを誇りながらも技巧によって凌ぐGA.LVERに、彼女たちへ向けたものとはまた違う心底からの敬意を覚える。
(尋常の打ち合いでは千日手。ならば抗う余地も無く全身を微塵に砕く他にありませんが……対象を彼個人に留めるには少しばかり速すぎます。AGIもENDも同等に桁違い……流石に【獣王】には遥かに劣りますが、それでも次点を行くレベル。……練体士系統はわたくしも下級職をサブで取っていますが、これほどのステータスの伸びはとてもではないですが望めないはず。【超練体士】も特化型ではないはずですが……となると、レベル? 《看破》が通じないのもレベル差のせい……でしょうか。そうなると厄介ですね、ますます千日手です)
一方でステラもまた己がGA.LVERと互角に持ち込まれている理由に感付き始めていた。
そうなると今しがた自分で思考したように、この膠着状態を打破するには自身の大技を繰り出すしかない。
しかしそれではまず間違いなく周囲も巻き込み、かといって仕切り直すには少しばかり気恥ずかしい。
さてどうしたものかとステラは思案し、その間もGA.LVERと息をつかせぬ超高速格闘戦を繰り広げ――
「ッ!!」
「ぬっ……」
――その足元を掬うようにして伸びていた
咄嗟に運動エネルギーを制御して体勢を立て直し最大限の警戒を敷くも、その背中にそっと小さな感触が置かれ……そのMPを根刮ぎにされた。
(いつの間に!? わたくしの背後を取れる程の身のこなしと気配絶ち……いえ、この感触は……まさか)
致命的な隙をGA.LVERは突かなかった。ステラの頭蓋を狙っていた拳は寸前で止められ様子見に移る。
スキル発動に要するMPを奪われ愕然とするステラの背後から、嘲るような軽い声が投げかけられた。
「これ以上暴れるなら今度はHPまで喰っちまうぜ? わかったらおとなしくお縄につきやがれメスゴリラ」
「……よもやここで貴方に会えるとは。思ってもいませんでしたよ、ヘイさん」
その声に観念したようにステラは拳を収め、その場に跪いて振り向かないまま答えた。
それに背後の下手人――黒猫は、呆れたやら驚いたやら、なんとも言えない表情を浮かべて。
「バトルジャンキーもTPOを弁えろって話だよ、ボケ!」
ステラの背中を思いっきり蹴飛ばしたのだった。
◇
□【雑技王】黒猫
「まずはご迷惑をおかけしたことをお詫び致します。まことに申し訳ございませんでした」
「おう、そういうセリフは神妙そうに言えよ。なに晴れ晴れとしてんだコラ」
「客観的な謝罪要件と主観的な満足は別ですので」
「おもしれーなこの嬢ちゃん」
「師匠……」
ヤムチャ視点でDB戦闘を繰り広げていた二人の内、よーく見知ったメスゴリラを張っ倒したあと、応接室に場所を移してそいつ……ステラがそう謝罪した。
とはいうもののメスゴリラの顔は満面の笑顔で、一人だけ充実しまくってるのがすげー癪じゃんね。
フーじーちゃんは面白そうにゲラゲラ笑ってるけど、こいつあのままだとノリで一線越えて大惨事だったのわかってる?
こいつ清楚なフリして闘争本能の塊よ? つってもそれ知ってるのあたしだけか、外面いいのも考えものじゃんよ。
「差し当たってはこちらをお納めください。破壊してしまった石畳の修繕費と迷惑料です、一〇〇〇万リルございます」
「え、なにそれ。いつも持ち歩いてんの?」
「わたくしの都合で一方的に戦いを仕掛ける以上当然の代価です。結果如何によらずお支払いしています。渡る世間も金次第とはよく言ったものですね」
ふふん、とドヤ顔っぽい雰囲気のゴリラ。……いややっぱゴリラだけだとガル兄とこいつとで要素被るな。訂正、メスゴリラ。
つーか微妙にそれ違うし、ていうか露骨に示談に持ち込むって逆に無礼じゃね? いいのじーちゃん?
「ていうか【獣王】にも律儀に払ったのかよ」
「当然です。しかし御本人にはともかく、彼女の<エンブリオ>には随分嫌われてしまいました。とても残念です」
「そのままくたばっとけばよかったのに。なんで生きてんの?」
寧ろよくトドメを刺されなかったと感心するところ? しらねー。
「ま、他に怪我人も出てないし受け取っておくかね。これで沙汰は終いだ、いいなガル」
「僕は構いませんけどね、当事者の目の前で堂々とお金で解決しないでくれるかな!?」
「これでは足りませんでしたか? ……確かに貴方との仕合は一〇〇〇万リル以上の価値があります、わたくしが吝嗇なだけでしたね。では、加えてこちらをお納めください」
「そういうことじゃないんだけどなぁ!?」
「うし、じゃあお前さんもウチの客人だ。ま、ゆっくりしていきな」
「ではお言葉に甘えさせていただきましょう」
「師匠ー!?」
「ワロス」
追加でもう一〇〇〇万リル受け取ったフーじーちゃん、ほくほく顔である。
ツッコミが冴え渡るガル兄が苦労人属性ってはっきり分かんだね。
「つーかおまえ、なにしに来たんじゃんよ? ガル兄と喧嘩したいだけだったらとっとと帰れよ、ここはゴリラの住む場所じゃねーぞ」
「人間です。そしてGA.LVERさんとの仕合はあくまで余録で本命は別です。というわけでヘイさん、こちらをどうぞ」
そういってステラが【アイテムボックス】から取り出したのは、開店祝いとかでよく見る花輪だった。
見た感じどれも希少な高級花で、台座には『Congratulations!』のキラキラした文字。
……けれど超デカい。三メートルくらいある。しかも全部本物の花だから匂いもすごい。つーかすげー邪魔なんだけど。
「一応聞くけと、これなに?」
「ヘイさんが【雑技王】を襲名したと聞きご用意しました。どうぞ」
「どうぞじゃねーよ、邪魔だよバーカ!」
「では【アイテムボックス】に入れておきますので、後程是非」
「……まぁ祝辞には感謝しとく、ありがと」
まぁお祝いには違いないから、受け取ってはおく。
でも自室にはいらないから、あとでだんちょーのとこに置いておこうっと。
「うし、じゃあ貰うもんも貰ったから帰っていいぞ。ゴリラは森へおかえり」
「ファンタズマゴリラさんとも立ち合いを所望したのですが、生憎引き受けていただけませんでした。無理強いするにも立場ある方でしたのでとても残念です」
「えっ、なにその面白ネーム」
「レジェンダリアでお会いしました。紳士的な方でしたよ」
まじかよすげーなレジェンダリア。やっぱあいつら未来に生きてんな。
……あ、そういやあっちゃんも同類だったわ。
「んんん!! 僕も立場ある身分なんだけどなぁ!!」
「師匠権限で控訴却下だ」
「ホームなのに圧倒的アウェー感!?」
「そんなことよりも」
「そんなことって流された……」
「折角の友の晴れ舞台です。是非とも見物させていただきますよ。カルディナでも大変話題になっていましたので、ここでの興行はきっと一番の大盛況ですよヘイさん」
「おまえらちょっとおもしろすぎない?」
もう完全にノリがダチじゃん。
てゆーかわかった、フーじーちゃんってば昔自分がそんなだったから破天荒なやつが大好きなのね。
むしろそういう意味ではガル兄、よくじーちゃんの弟子が務まってんな。気苦労多そう。
「さらっと友達認定されたのはさておき、そういうことなら無碍にできないじゃんね。まー精々あたしの美技に酔うじゃんよ」
「しかし困ったことにチケットがありません」
「事前に買っとけや!!」
「ありがとうございます」
とぼけたメスゴリラに招待チケットを叩きつける。
一応あたしの方でも親しい人間を誘えるようにいくらかチケットを渡されていたのだ。
つってもこれが最後の一枚だったから、ほんとに変なとこで運がいいやつじゃんよ。
「あー……久々に会っても相変わらずだし、つかれた」
「本当はヘイさんとも仕合たいのですが……」
「今やろうとしたら本気で殺す。あたしが勝ち越してんの忘れんじゃねーぞ」
「ふふふ……そういうと思ったので、巡業が終わった後また日を改めてお伺いしますね」
「喧嘩吹っかけてくるのをやめろって言ってんだよ」
最後に殺りあったのはお互いにまだ第六形態の頃だったけど、それでもあたしが勝ち越してるからな。
あたしの【ヒダルガミ】も結局通常スキルは《心魂奪命圏》と《心魂奪命拳》だけで、第三形態からの進化はスキル強化に走ってったから、今ではほとんどノーリスクでこいつ相手には殺れるし。
ぶっちゃけ苦戦度合いで言えば初遭遇のときが一番だったけど、如何せんこいつは懲りないからめんどい。
最近は他所に出てってくれてたおかげで平和だったのに、変なタイミングで帰ってきやがって。しかもしばらく居着く気満々だし。
「つーかさ、どーせ暇してんならガル兄と一緒に警護してくれよ。Wゴリラでガード力も二倍じゃん?」
「黒猫くん、もしかしなくても僕のことゴリラって思ってる!?」
「まぁ、いいでしょう。ヘイさんへの詫び料代わりに務めさせていただきます。そしてゴリラ呼ばわりは心外です、彼らはとても繊細な生き物ですよ。ゴリラに失礼です」
つまり自分が暴力的な人間ってこと自白してんじゃねーか。
あとガル兄が見た目筋肉ゴリラなのは周知の事実なので今更じゃんね。
「ところで今気づいたけど、ワンじーちゃんは?」
「ん? あいつならとっくに商談とかで出てるぜ。お前さんもそろそろ出たほうがいいんじゃねぇか?」
「……げ、もうこんな時間じゃん。完全に時間無駄にした、ていうか昼飯もまだだし。まぁいいや、行きながら適当に食おっと」
「早速仕事ですね。お供しましょう」
「うーん……釈然としない!!」
そういうわけであたしは二人を引き連れ街に出たのだった。