軽い少女   作:ふーじん

26 / 31
後書きも長くなってしまいました。


<イレギュラー>

 □市街地・大通り

 

 歓声に沸く大通りの空から飛来したそれは、明らかに街に目掛けて落下しようとしていた。

 肉眼でも容易に全容を把握できるほどの大きさのそれが亜音速で迫る。

 一〇〇は下らない隕石群が大気との摩擦熱で燃え盛りながら、その物量と質量の暴力を大地に叩きつけんと殺到する光景に、場は一転して恐慌に陥り叫喚を呼んだ。

 

「迎撃します。GA.LVERさん!」

「避難誘導の指示は出した! 僕も出るぞ!!」

 

 行列を乱して混雑に喘ぐ観衆の中からステラが飛び出す。

 跳躍の勢いを上乗せした運動エネルギーで増幅して隕石の迫る上空に躍り出ると、虚空に鉄拳を突き出し、鉄脚で薙ぐ。

 それによって生まれた大気の流動は【星震撃 テュポーン】による莫大な運動エネルギーの後押しを受けて暴風の弾丸となり、飛来する隕石の幾つかを打ち砕いた。

 

 GA.LVERも同様に純粋な脚力で上空に飛び出すと、その勢いのまま拳を直接隕石に繰り出し粉砕。

 散りゆく欠片を一瞬の足場にして踏み込むと次の隕石に接敵し粉砕、それを繰り返しての肉弾戦で迎撃していく。

 

(ん? ……これは)

 

 GA.LVERはその最中、目に映った光景にある推測を立てるもひとまずは排除を優先する。

 やがて足場となる破片も足りなくなると《練技・大鵬翼》で翼を得て翔び、並外れたAGIとENDに物を言わせて常人には不可能な加速度と軌道で殲滅を図っていった。

 

 両者ともに尋常ならざる動きでの迅速な対応。

 しかしたった二人では物量に差がありすぎ、如何な<超級>の二人とはいえ処理するにも限度があった。

 純粋な個人戦闘型であるGA.LVERは言わずもがなだが、ステラもまた場所が市街地故に全力を封ぜざるを得ないのが重く響く。

 やろうと思えば隕石群を一掃する程度は序の口だが……それをしてしまえば逆にステラの手によって市街地は壊滅してしまうだろう。

 ともすれば隕石群以上の被害を齎して。それでは本末転倒も甚だしい。

 

 だが二人が真っ先に行動したことで他の人間にも状況を考慮する余地を一時与え、その結果遅れて遠距離攻撃の可能な<マスター>達が迎撃戦に加わった。

 数々の攻性魔法にミサイルや熱線、光線。空戦に長けたガードナーやテイムモンスター。

 二〇名余りの戦闘型<マスター>による攻撃が隕石群に向けて殺到するも……足りない。

 純粋に物質としての強度が高い隕石は攻撃を集中させてようやく破壊可能といった具合で、飛来する隕石の量に対し殲滅力が著しく欠けていた。

 

「おいおいおいアルマゲドンかよ……いくらなんでも限度があるだろう!?」

「ヤバい、処理が追いつかない! 単純に人手が足りないのもそうだけど、避難しきれてない市街地だってのがマズすぎる!」

「破壊しようにもここだと巻き添えにしちまうよぉ!?」

 

 ステラの懸念は何も彼女だけのものではなかった。

 迎撃に加わった<マスター>の何人かも同様の理由で全力を出せないでいる。

 とかく圧倒的な物量を相手に有利を取れる手段というのは周囲への影響も大きくなる傾向にあり、街と住民を顧みる彼らだからこそ、打てぬ一手に臍を噛む思いだった。

 

「すまない! ひょっとしたらなのだけど――」

「……あれ? ちょっとまって、ええと……」

「なんだ! なんか策があるのか!?」

「そうじゃないんだけど、これ……」

 

 一度地上に戻ったGA.LVERがある推測を報告しようとしたところを、観測能力に長けた水晶球型<エンブリオ>を監視していた<マスター>が声を上げて遮った。

 もはや一刻の猶予も無い状況の中聞こえた声に、周囲の<マスター>が一斉に視線を向ける。

 無数の視線に一瞬竦むも進み出たその<マスター>は、おっかなびっくり言葉を続けた。

 

「あたしの<エンブリオ>……【ヘリオス】って言うんですけど。それを見てたら、ほら。攻撃のエフェクトで見えなかったけど、よく見たら破壊された隕石は砕けるんじゃなくて……」

「……、これは……!」

 

 その<マスター>が【ヘリオス】と呼んだ水晶球に直前の映像を投影してみせると、彼らの攻勢によって迎撃された隕石は砕けるだけに留まらず――そのまま()()()と化しているのが確認できた。

 その現象が指し示すのは、ある一つの事実。即ち飛来してくる隕石は自然現象や地属性に属する魔法で生み出された物体(オブジェクト)ではなく……。

 

「やっぱり! 見間違いじゃなかった、これは……!」

()()()()()か! 遠すぎる上に早かったから気づかなかった!!」

「よく見たら名前も出てる! ……ええと、【セル・バァン】?」

 

 この中で唯一生身で直接殴りかかったGA.LVERだけが先んじて確認できていた事実。

 頭上に浮かぶ名前表示は、人間範疇外生物――即ちモンスターの特徴に他ならなかった。

 【セル・バァン】という名の隕石型モンスター。前代未聞ではあるが、ありえないとは言えない。

 

「エレメンタルか……? いやでもモンスターだってわかったところでどうすんだよ!? もうすぐそこまで来てるんだぞ!」

「そ、そんなこと言われてもぉ……」

 

 期待に沸いて一転、それが何の意味も無い情報だったことに周囲が紛糾する。

 報告を上げた<マスター>もすっかり萎縮して縮こまり、打開策の見えない現状に誰もが諦めかけた中……ステラは、【ヘリオス】の<マスター>の前に進み出た。

 

「素晴らしい報せですよ。貴方のお名前を聞かせていただいても?」

「えっ? ええと、<DIN>所属特派員のおてんとです。……うわっ、ひょっとして"人間台風"!?」

「おてんとさん、ですね。よろしい、では貴方は引き続き周囲の観測をお願いします。何か気づいた点があれば、どんなに些細なことでも報告してください。いいですね?」

「はっ、はいぃ~~!」

 

 ステラの脳裏には一筋の光明が見えていた。

 ふと視線を寄越せば、GA.LVERも同様の結論に達しているらしい。

 二人は合わせて頷くと、そのまま大口を開き。

 

「ヘイさんッ、聞こえてますか!!?」

「アレは全部モンスターだ!! つまりキミの――」

 

 虚空に向けて声を張り上げ、先刻までパレードを舞い遊んでいた【雑技王】の名を呼び。

 

「――おう、聞こえてるじゃんよ」

 

 その呼び声に応え、彼らの頭上に少女が現れ。

 

「相手がモンスターなら――()()()()()()! あたしの敵じゃないじゃんね!!」

 

 舞台衣装を振り乱して大仰に腕を広げ、天を仰ぎながら――

 

「《心魂奪命圏――天之闇戸》!!」

 

 ――スキルの宣言と同時、()()()()()()()()()()()()()

 

 天地を別つ闇の帳で、地表は一瞬で夕闇のように暗がりに沈む。

 闇を境に空模様は灰色に染まり、接近する隕石群が放つ燃焼光も遮られる。

 

 しかし物理的な防護が期待できないことが明らかなそれに、誰もが訝り不安そうに空を見上げる中で、ついに隕石は地表間近に迫って――黒猫の張った闇に触れた瞬間、光の塵となって霧散した。

 

 薄く張られた黒猫の闇。

 超々広域展開型の《心魂奪命圏》によってHP・MP・SPを貪り尽くされ、復活の余地なく次々と消滅していく。

 対象がオブジェクトだったなら決して成し得なかった防衛戦略。対生命にて無類の強さを誇る<超級エンブリオ>、【奪命神咒 ヒダルガミ】だからこそ可能な荒業だった。

 

「うっし、ぶっちゃけここまで広げたの初めてだから不安だったけど、出力足りてたみたいで一安心じゃんね!」

「……頼りはしましたがよく射程が足りましたね。というよりはよくぞ処理し切れたと申しますか」

「空間認識能力を上げるアクセとかつけてっからね。それに生き物とか避ける必要無かったしよゆーよゆー。射程もまぁこんくらいならヘーキじゃんね」

 

 人や建物が無い上空とはいえ、都市全域を知覚するまで拡張された空間認識能力。

 そして認識した空間の隅々まで余すことなく領域を引き伸ばすだけの制御能力。

 同じテリトリー系列にも属する<エンブリオ>を持つステラだからこそ、それを易々と行使してしまえるその才覚に戦慄する。

 あるいは異常性とすら呼ぶべきか。

 たとえ同条件であろうとも果たして他にどれほどの者が同じ真似をできるだろうか。ステラには到底想像がつかなかった。

 

「あーでも全部が全部弾けるってわけにもいかないか。引き延ばした分結界の層が薄いからやっぱいくつか抜けて……あれ、でも見た目より着地の被害あんま無いじゃんね?」

「あれがモンスターである理由でしょうか。単なる隕石落下による破壊攻撃でなかったのは幸いです」

「だけどのんびりともしてられないぞ! ……あれは、ゴーレム!」

 

 黒猫の簒奪結界を抜けた幾つかの隕石は、地表への着弾寸前にその勢いを減じて……着弾地点の範囲数メートルを陥没させる程度で落着する。

 しかしそれだけで終わるはずもなく、地面に半ば埋没した直径約二〇メートルの隕石はそこから砕け――周囲の瓦礫を取り込んで五メートル程の歪な人型を取った。

 一つの隕石から実に数十もの瓦礫の人形。さながら卵から孵化したカマキリの幼虫のように、しかしそれとは比べ物にならない脅威を以て進軍する。

 

 GA.LVERの言った通りそれはまさにゴーレム。

 頭上に【セル・バァン】の名前表示を浮かべたそれらは、避難できていない人間を明確に認識し……その命を摘み取ろうと腕を振りかぶった。

 

『GO・GO・GO』

「させるものかよ!」

 

 GA.LVERは超音速で接敵し、【セル・バァン】が拳を振り下ろすよりも先に殴りかかった。

 超常のステータスで繰り出された拳は生身であるにも関わらず瓦礫の集積体であるボディを貫き、再生の余地なく木っ端微塵に打ち砕く。

 

「よっし地上なら――ってかってぇ!? なんだこいつ、硬すぎんぞ!?」

「見た目通り耐久特化かよ……つーかこれどういうモンスターだよマジで」

「たぶん……《眷属生成》だと思う。でも普通のモンスターよりレベルが桁違いすぎる……耐久だけなら純竜クラスはあるよ!?」

 

 一撃で仕留めたGA.LVERの姿を見て続いた<マスター>達だが、思わぬ強度にたたらを踏む。

 彼らのほとんどは未カンストの所謂エンジョイプレイヤーだが、それでも最低限上級職のひとつを育て切る程度の実力はある。一般的なティアンと比較すれば雲泥の戦闘力と言えるだろう。

 しかしその彼らをして歯が立たず、ダメージを通せたのは攻撃力に秀でた一部の<マスター>だけという事実に思わぬ苦戦を強いられていた。

 

「ていうかそれをワンパンで仕留めたあのメリケンマッチョなにもんだよ……、オー○マイト?」

「確かに似てるけど。……つーかアンタえらく古い漫画知ってんな」

「……えっ、なにこの合計レベル。えっ、バグ?」

「うーん、余裕が出てきたようで何よりだけどね! おしゃべりよりは討伐に専念してほしいな!!」

 

 ステータスの看破に特化した<エンブリオ>を持つ<マスター>がGA.LVERを看て目を疑う。

 合計レベル二〇〇〇オーバーという前代未聞の領域に加え、DEXとLUC以外の全ステータスが特化型超級職を軽く超える数値に愕然とし、レベルの暴力を以て一撃のもと敵を粉砕していくGA.LVERに理解を手放す。

 そんな周囲を他所に困り顔を浮かべながらも撃退を続けるGA.LVER。

 

「数が多いですね。あの隕石がもし全て落ちていたかと思うと……流石に脅威を覚えます。現状だけ見れば典型的な広域制圧型のそれですが、……しかし脆い」

 

 一方別の戦場でそう感想を述べながら鉄拳を繰り出しているのはステラ。

 接触と同時に浸透衝撃を繰り出され粉塵と化す【セル・バァン】には目もくれず鎧袖一触。

 同じ戦場にて他の【セル・バァン】と対峙する<マスター>達は、そんなステラを畏怖の目で見遣り、同じ相手に悪戦苦闘する自分との力量差に慄いた。

 

「脆いってウッソだろお前」

「完全に二重の○みだコレ。あれガチで実現できるのか……」

「いやゲームだからこれ。まぁそれでもちょっとワケわかんないけど!」

「流石は"人間台風"……よく似た別人かと思ったけど、まさかの御本人」

「でも台風要素無くね?」

「俺カルディナで見たことあるけど、マジでシャレにならんから」

「口よりも手を動かしなさい」

「イエス、マム!」

 

 隔絶した力量差など、ある程度この世界に触れている<マスター>なら味わっていた。

 割り切って身近な<マスター>と臨時パーティーを組むと、力を合わせて眼前の【セル・バァン】に立ち向かう。

 それをステラは見送り、続けて敵を蹂躙していった。

 

 ◇

 

「じーちゃん! だんちょー! それにみんなは!?」

 

 空に簒奪結界を張った後、黒猫は親しい人間を探して飛んでいた。

 通りすがり際に人々を襲う【セル・バァン】を《心魂奪命拳》の一撫でで殺し回りながら、探し人を求めて駆け抜ける。

 逃げ惑う人々が右往左往して混雑する頭上を飛び回り、避難誘導に声を張り上げる<竜心館>の面々の中に一座の人間が混じっているのを見つけるとそこに降り立つ。

 

「黒猫! お前のおかげで助かったぞ!」

「それよりも他のみんなは!? それにじーちゃんたちも!」

「一座の人間は無事だ、パレードで固まってたのが功を奏したな……、団長は誘導の指揮を執ってる! ただ、王大人は……」

「おう、来たかネコ娘」

 

 視線を彷徨わせた団員の背後から、砂埃に塗れた虎頂道が姿を現す。

 傷だらけの握り拳から彼も【セル・バァン】の討伐に出ていたのだと察せた。

 

 彼は億劫そうに何かを背負いながら近づき、黒猫の前にそれを差し出す。

 それは、身体中から血を流して気を失った……王宝満に他ならなかった。

 

「じーちゃん……!?」

「安心しろい、無事だぜ。……今はまだ、な。早いとこ回復させにゃあぶねぇが……」

「~~~~~ッ! ……クソッ!」

 

 《看破》で見た宝満の現在HPは三割を切っていた。

 全身を裂傷と打撲で傷つき、【出血】や【骨折】の傷痍系状態異常で今も少しずつHPを減らしている。

 応急手当によりかろうじて命を繋いではいるが……頂道の言う通り一刻も早く治療しなければその命は無いだろう。

 そうでなくともこの状態が長引けば……如何なる後遺症が残るとも限らない。

 

「アイツらから逃げそびれたガキを庇ってな。らしくもねぇ真似しやがって、俺ぁもう歳だってのに冷や汗かかせやがる。……何匹か屠ってみたが、なんとかギリギリってとこだ。そう大して役には立てねぇぞ」

「……結局これ、なんだと思う? ンなのぜってーおかしいじゃんよ」

「決まってるだろ。<厳冬山脈>でもあるまいに空からモンスターがわんさか降ってくるわけがねぇ。<マスター>の仕業にしたってもう少しやりようがあるだろ。……となりゃあ残る可能性はひとつ」

「それって、ひょっとしなくても……」

「み、み、み、みつけたぁあああああ!!?」

 

 溜息と共に隕石の飛来してきた空を見仰ぐ頂道を遮るように大声が響いた。

 他の者が地上に降り立った瓦礫の尖兵を駆逐していく中、周囲の観測に注力していたおてんとが拡声アイテム越しに悲鳴のような声を上げる。

 同時に発動された彼女の必殺スキルによって虚空にヘリオスが観測した記録映像が投影され、他の<マスター>達は戦いながらもそれを見上げた。

 

「こ、これ! たぶんこれのはず! でも、これって……!?」

 

 果たしてそこに映し出されていたものとは――

 

 

 ◇◆◇

 

 □■黄河・カルディナ国境地帯

 

 時は少し遡る。

 

 公演日の前日午後。

 必殺スキルの使用のために街を離れたカフカ達は、場所を西の国境地帯付近の山岳へ移していた。

 街とは山一つを挟んだ、どの主要街道からも外れた人気の無い荒野である。

 西を見渡せば視線の先に砂漠との境界線が見える不毛の地に何故場所を移したかと言えば、一言で言えば()()だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 カフカとパンドーラにとってもある意味で制御の利かないその特性故に、人里への被害を避けてわざわざここまでやってきた次第である。

 より正確に言えば人目につきたくない、というのも本音だったが。

 ともあれ十分に離れたと判断したカフカはそこで足を止め、紋章に戻っていたパンドーラを呼び出した。(パンドーラは自力で長距離を歩くのを厭っていた)

 

「よし。やってくれお姫様」

「承ったのだわ! それじゃあどうぞお楽しみあそばせ? めくるめく()()()()()()()()()――!!」

 

 呼び出されたパンドーラは意気揚々とそう謳い、光と共に姿を変えていく。

 少女の身体が歪に大きく膨れ上がり、そのシルエットは明らかに人体からかけ離れていった。

 

 やがて光の収まった先に鎮座していたのは――箱。

 一〇立方メートル程の豪華絢爛な装飾が施された、それ自体が宝物のような宝箱だった。

 蓋にあたる部分の前面には横並びに一〇の小窓が開き、そこには様々な絵柄がランダムに表示されている。

 思わせぶりに箱の側面に備え付けられた巨大なレバーと合わせれば、それが何であるかは最早一目瞭然だろう。

 

 それは超巨大な宝箱の形をした――()()()()()()()()だった。

 

「ヒュゥ♪ 相変わらずイカしたボディだぜパンドーラ! いつ見ても惚れ惚れするってもんだ!!」

『さぁさぁお楽しみはこれからよ! リソースは十分に貯まっているのだわ! 単発? 一〇連? それとも……思い切って一〇〇連チャレンジでもしてみるかしら!? わたしはいつでもオッケーなのだわ!!』

「決まってるだろ? 当然――初手必殺スキルだァ!!」

『了解よダーリン! 月に一度の出血大サービス、一回こっきりの運否天賦! とくと堪能するといいのだわ!!』

 

 共に気分は絶好調に達した二人は、勢いも高らかに声を合わせ。

 

『さぁさダーリンもご一緒に!』

「おうよ! せーの――」

 

「『――《この世全てからの贈り物(パンドーラ)》!!』」

 

 必殺スキルの宣言と同時にレバーが倒れ、小窓の絵柄が一斉に縦回転を始めた。

 豪華絢爛な演出とBGMが流れ出し、二人の熱気を最高潮まで盛り上げる。

 左の小窓から順に回転が止まって絵柄が確定するたびカフカが囃し立て、パンドーラの嬌声が響き渡る。

 これこそが彼――【大賭博師】カフカ・アザナエルの<エンブリオ>にして、彼だけに許された世界最高のギャンブルマシーン。

 

 名を【罪宝乙女 パンドーラ】。

 TYPE:キャッスル・アームズ。

 到達形態はⅥ。

 その能力特性は――()()()()()()

 並んだ一〇の小窓の絵柄が確定したなら、宝箱(パンドーラ)から()()()()喚び出される。

 

 何が召喚されるかはカフカはおろかパンドーラにすらわからない。

 それは目も眩むような金銀財宝かもしれないし、この世に二つと無い秘宝(特典武具)かもしれない。

 あるいは極めて希少な激レアモンスターかもしれないし、単独で生態系を脅かす危険生物かもしれない。

 ギリシャ神話におけるパンドラの箱の故事、あるいはそれから連想される数々の説話のように、ありとあらゆる希望と絶望が可能性として存在する()()()()()()()()……それがパンドーラだ。

 

 スキル効果としてカフカのLUCが抽選結果に影響することを知ってはいるが、それが具体的にどう作用しているのかは全く不明。

 しかし進化を重ねるごとに排出される()()のクオリティは確かに上がっていて――第六形態に到達し、自らもレベルをカンストした現在では(臆病な性質だったのかすぐに逃げられはしたが)<UBM>を引き当てた事例もあった。

 

 一定以上のレアアイテムやリルを消費して行使される通常スキルの場合は、BETに見合わぬリターン(ハズレ)を掴まされる可能性もある。

 しかしたった一回の抽選で、ゲーム内時間で一ヶ月ものクールタイムを要する必殺スキルの場合は、その限りではない。

 排出結果に上限は無く――決して爆死(ハズレ)はない。

 さながらリアルでは規制されて久しい往年のソーシャルゲームのガチャのような、月に一度の大盤振る舞い。

 

 ギャンブル中毒のカフカに相応しい<エンブリオ>に固有スキルと言えるだろう。

 そのカフカは残すところあと二枠となった絵柄を注視し、まるで呼吸を忘れたのではないかと見紛うほど興奮に顔を赤くしてその回転を見守っていた。

 

「きた、きた、きた……きたきたきたきたぁああああああ!!! ()()()()()()()()()()()! これは間違いなくきてる! いいぞ、いいぞ、いいぞ……!!」

『あぁん♪ そんなに見つめられちゃ照れるのだわ!』

 

 カフカが興奮するのも無理はなく、現在の抽選結果は過去類を見ない程最高に近い結果を弾き出していた。

 たとえ絵柄に多少のばらつきがあろうとも必殺スキルによる抽選ならば本物のスロットでいうジャックポットに等しい結果を弾き出す【パンドーラ】。

 だけどもしその絵柄が全て同じに揃ったならば――その結果など最早想像もつかない。いっそその瞬間に死んでしまいたいほどの興奮だろう。

 

 過去最大の熱気を立ち昇らせるカフカの目の前でついに最後の小窓の回転が止まろうとする。

 しかしてその結果は――彼の願いが天に通じたかのように、これまでに止まった絵柄と同じものを指し示していた。

 

 そしてより一層派手に鳴らされる極上のファンファーレ。

 カフカは最早形容のつかない表情をしながら両拳を突き上げ、膝から崩れ落ちて声なき絶叫を高々と上げた。

 

「やっっっっっっっっっっ、……。――――」

『ダーリン? だーりいいいいいいいん!!? 気を失っちゃダメなのだわ!』

 

 興奮のあまりその姿勢のまま意識を手放したカフカをパンドーラが必死に呼び覚ます。

 懸命な声にしばらくの間を置いてようやく再起動を果たすと、カフカはさながら悟りを開いたかのような無色透明の表情を浮かべながら、パンドーラの前に恭しく跪いた。

 

「――ありがとう。その言葉しか見つからない。……俺の人生はこの瞬間のためにあったんだ」

『ダメよダーリン! わたしを置いて逝っちゃうなんて許さないのだわ! ダーリンの人生はわたしを養うためにもあるのだわ!!』

「ああ……そうだな、我が麗しのレディ。喜んで、明日のパレードをエスコートさせてもらうさ」

 

 感動が何十周もして異様なテンションのカフカ。

 ともあれ必殺スキルは確定し、これより待望の排出の瞬間である。

 カフカは跪いた姿勢のまま真摯に両手を合わせて祈り、禁断の箱(【パンドーラ】)の蓋が開くのを待って――

 

『……あれ? あれれれ??』

「どうしたんだい、パンドーラ。そんなに焦らさず早く見せておくれ。もう辛抱堪らんでぶっちゃけほとんどイキそ」

『下ネタはNGなのだわ! ――じゃなくて! なんだかとってもおっきな……だ、ダメェ!? わたしの身体が裂けちゃう~~~~~~~!?』

「…………へ?」

 

 ゆっくりと開こうとする蓋を押し破って、それは現れた。

 一〇立方メートルの【パンドーラ】に対してあまりに巨大な……直径二キロメートル程の球体。

 箱の直上でその巨体が聳える様は、あまりに巨大過ぎて全容を掴みきれないが、その表面を覆う不規則に揺れる斑模様を見てカフカは、「まるで木星の模型みたいだな」と事態を呑み込めないままぼやっとした感想を浮かべた。

 

『――――KYU?』

 

 謎の物体もまた状況が呑み込めていないようで、訝るように声―かは分からないが便宜上それとして扱う―を上げた。

 見た目に反して小動物のように可愛らしい、されど既存のどの生物とも違う奇妙な声を何度か発して、表情を変えるように表面の斑模様が目まぐるしく動き。

 

『KYU! KYU! KYU~~~~♪』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、堰を切ったように歓喜の鳴き声を上げた。

 

 一見して可愛らしいとも思えるその仕草。

 しかしその声を聞いてようやくカフカは、今が絶体絶命の危機であることを思い知り……血の気を失って全身を総毛立たせる。

 

(しくった……!! これはクリティカルじゃねぇ――致命的な、()()()()()だ……!!)

 

 内心でそう叫ぶと同時、カフカはパンドーラを左手の紋章に帰還させて。

 

『KYUUUUUUUUU…………、――――KYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 同じタイミングでソレが鳴き声を長く長く響き渡らせて――浮上した。

 浮上と同時に周囲一帯の地形を削りながら――その跡に巨大クレーターのようなすり鉢状の()()()を残して。

 

 そこにいたカフカがその大破壊に抗えるはずもなく、地形諸共すり潰されてデスペナルティになる。

 あまりに近く、あまりに大きすぎ、あまりに急転した事態のせいで……ソレの頭上に示された名を認識する間も無いまま。

 

 ――ただ、最悪の置き土産を遺して。

 

 

 ◇◆◇

 

 □――

 

 時は戻る。

 誰もが映像を見、その向こうに広がる遥かな空を仰いでいた。

 

「信じ……られない!? これって……こんなのって……」

 

 おてんとが投影した映像越しにソレを視認したある<マスター>が呟く。

 視認対象のステータスを看破することに特化した<エンブリオ>の持ち主であるが故、誰よりも先にその絶望を目撃して、堪らず腰から落ちる。

 

 しかしそれは彼だけに限ったことでもなかった。

 彼ほどに情報を見抜けていなくとも、映像越しで尚圧倒的な脅威を纏って彼らの目に映るソレに誰もが絶望する。

 

 ――ソレはまるで()のようだった。

 

 ――ソレは木星の如き外観をして、土星のように無数の小惑星が取り巻いていた。

 

 ――ソレはおよそ誰も見たことがない風景に鎮座し、()()()()()()を見下ろし渦巻いている。

 

「も、目標座標……報告します……! や、約――」

 

 おてんとのヘリオスが算出した座標――地上一〇万メテル。

 

 地球の一般的な認識でいう宇宙との境目に位置する不可侵領域。

 

 そこに鎮座するは直径二キロメテルの――命持つ星。

 

「名前は――【■■■■■■■】。た、対象の脅威度は……」

 

 ソレを看破()()()()()()<マスター>が報告を受け継ぎ、言い淀む。

 誰もが固唾を呑んでその報告を待つ中、彼はほとんど泣きながら言葉を続け。

 

「脅威度は、神話級以上。レベルは――一〇〇オーバー……ああっ、畜生!? なんだってこんなバケモンがこんなとこにいるんだ!?」

 

 絶叫しながら彼は不運を呪った。

 あまりに唐突な常軌を逸した怪物の登場に、今この場に居合わせてしまった不幸を呪う。

 そしてその声を皮切りに――皆、阿鼻叫喚に陥った。

 

 ◆

 

 ソレの名は、()()()

 

 古の昔に封印され、千年の時を越えて今蘇りし()()

 

 不可侵領域を()()し、かつて大陸全土を荒らし回った()()()()()

 

 地属性を極めすぎてしまったエレメンタルの成れの果て。

 

 神話級<UBM>にして――その領域に()()()()()()()<イレギュラー>。

 

 

 ――【大怪遊星 グランドバァン】

 

 

『――KYU?』

 

 

 ソレは纏う絶望に不釣り合いな声を上げ、遥か地上を見下ろした。

 

 

 To be continued

 




やっと出せた(

・余談
【罪宝乙女 パンドーラ】
TYPE:キャッスル・アームズ 到達形態:Ⅵ
能力特性:ランダム召喚
必殺スキル:《この世全てからの贈り物(パンドーラ)
モチーフ:ギリシャ神話における人類最初の女性。あるいは災いそのもの。

(・3・)<ガチャ(身も蓋もない表現)
(・3・)<ギャンブル中毒の<マスター>に生まれたギャンブルしかできない<エンブリオ>
(・3・)<召喚対象の制限や制御が皆無なせいで運次第だがとんでもない結果を引き起こします
(・3・)<今回の場合はよりにもよってというか、ひたすら運が悪かった(あるいは良かった)
(・3・)<多分<超級エンブリオ>になったとしても同じことはほとんどあり得ないだろう致命的すぎるファンブルでした
(・3・)<……そらこんなん予想しろって方が無理案件。ある意味ご都合主義

(・3・)<メイデンとしてのジャイアントキリング要素はどこなの? って話ですが
(・3・)<メイデンが必ずしもジャイアントキリングに特化するとも限らないらしいのでこれは例外
(・3・)<しいて言うなら「運が良ければ全部解決」かもだけど
(・3・)<その運勢を制御できない(する気も無い)のでどうだか……

(・3・)<余談ですがカフカのネーミング理由は「禍福は糾える縄の如し」
(・3・)<リアルの彼は若い頃に全盛を奮ったソシャゲガチャで身を持ち崩した前科あり
(・3・)<……自分の<エンブリオ>に対する想いはあまりに混沌としています
(・3・)<が、それはそれとしてデンドロでは立派なギャンブラーに
(・3・)<ちゃんと世界派ですよ。いのちだいじ(にできるとは言ってない)
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