軽い少女   作:ふーじん

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突然の削除、申し訳ありませんでした。
思うところあって手直しに踏み切り、リメイクを再投稿することと相成りました。
前後編に分かれていたのを一話に統合し、後半部分を大きく加筆修正しております。
読者の皆様には大変なご迷惑をおかけしますが、もしよろしければ新たな短編をご覧いただければ幸いです。


……新キャラだの原作キャラだの出したのにあまりにも扱いが酷すぎた!
数日経って振り返ると妥協妥協の嵐でクソだなと個人的に思ったのでいろいろ変更!
新キャラ紹介や原作キャラをリスペクトするなら戦闘シーンのひとつでも必要だろうと何故当時の私は考えられなかったのか。
とにもかくにもゼタさんの扱いに不満が残りっぱなしだったのでリメイクです!
これでスッキリして新章を書けるってもんだぜ!

・修正報告
ゼタの攻撃を食らった直後の描写を加筆。
文字通り高火力をくらったんだから装備が燃えてないとおかしいよなぁ?
ということでその後のグラタンは全裸です。重要ですね。


死の少女たち

 □■レジェンダリア北部・アルター王国国境地帯

 

 

 草木も寝静まる暗い夜更けの森を、独り悠々と歩く影がいた。

 得体の知れないエレメンタルやアンデッド、その他無数の脅威のモンスター達が活発に動き出す時間帯を出歩く者は、このレジェンダリアにおいて大きく二つに分類される。

 即ち、途方もない愚か者か、それら脅威を歯牙にもかけない圧倒的強者か。

 

「~~♪」

 

 上機嫌に鼻歌を口ずさみながら無防備を晒して歩く()()は後者であった。

 僅かに漏れ出る月明かりに照らされる青白い肌。その全身は一見華奢で、胸元を扇情に彩る黒のビキニと、過剰なまでに際どいラインを描くホットパンツ。

 その上から奇妙な質感の艶を放つフードパーカーを被った装いはあまりにも無防備で、とても夜のレジェンダリアを出歩けるようなものではない。

 にもかかわらず彼女の足取りは軽やかで、自分の庭を歩くが如く、迷いすらなく一直線に目的地へと向かっていた。

 

「さてさて、お嬢はもう知ってるっすかねぇ。世間様にとっては取るに足らない出来事、けれどお嬢にとってはビッグニュース。大人気なくも目の敵にしてた悪党が、まさかまさかひよっこ以下の下級<マスター>に仕留められるなんて、ねぇ? あの時以上に荒れそうなモンだけど、それはそれでレアなお嬢の姿が見られるから良し、と」

 

 独り言にしては饒舌に、連れもいないのに楽しげな調子を崩さない女。

 秘境の夜に響く弾んだ声は却って不気味さを増し、返す言葉も無く静寂に溶ける。

 

 否、一つだけ反応があった。

 それは小規模の群れを為して徘徊する夜行性の魔蟲種だった。

 喰らいつき、侵入し、神経系に寄生して獲物を生きたまま苗床にする一等悪質な類のモンスター。

 危険種にも指定されるそれが女の声に反応して飛翔し、その柔肌に向かい――

 

「おっと、おやつ発見」

 

 ――呆気なく右手に捕らわれ、そのまま()へと放り込まれた。

 バリボリと下品にこだまする咀嚼音。力ない悲鳴は薄い唇に遮られ、そのまま女の腹の中へと嚥下される。

 

「ふぅむ……硬い殻の内に潜むほのかなクリーミィ。例えるならそう、栗に似てるっすねー」

 

 言ってぺろりと舌を伸ばして唇を舐める女。

 懐からメモとペンを取り出し、その所感を書き加える。

 それは女に取ってのグルメレポートで、そのラインナップは常識的な料理から始まり、美食で知られる高級素材、有毒食材、果てには到底食用に適さないゲテモノ以下の劇物が無秩序に並ぶ。

 その末尾に今しがた捕食した危険種指定の魔蟲を載せ、「美味かった」とコメントを併記する。なお大半のラインナップに同様のコメントが見られ、更に言うと今食べた魔蟲はれっきとした有毒生物であった。

 

 小腹を満たして上機嫌を増した女がおもむろに顔を上げる。

 そして何気ない素振りで、右手に捕まえた魔蟲の残りを差し出して言った。

 

「あ、そちらもお一ついかがっすか?」

「拒否。断固として拒否します」

 

 差し出された右手の向こうから、虚空を破って包帯姿が現れた。

 

 

 ◆◇

 

 

 現れた包帯姿の声には強い抵抗の意思と警戒があった。

 悍ましい見た目の魔蟲を忌避すらなく食った女への嫌悪。

 そして当たり前のように己の隠蔽を見破った女の諸能力への警戒。

 その上でどこの集落からも離れた()()()ですらない外地で、おそらくは目的地を同じくしているという奇遇。

 どれ一つ取っても包帯姿にとって最大限の警戒に値する状況。

 当然のことながら、包帯姿はいつでも女を始末できるよう臨戦態勢を維持していた。

 

 一方で女は、そんな相手の不審を知ってか知らずか、けらけらと軽薄な笑みを湛えながらぷらぷらと手を振る。

 

「そぉんな露骨にドン引きしないでほしいっすよ、【盗賊王】。言ってみただけっすー」

「誰何。私の名を知るあなたは何者ですか?」

「容姿不明の【魂売】と違って、アンタは有名人っすからねー。アタシも【咎追】の端くれ、場末だろうと【手配書】見れば一発っす」

「警告。返答をはぐらかすのであれば、あなたを始末します」

 

 包帯姿――【盗賊王】ゼタは、女の振る舞いに不快感を抱く、敵意と共に警告を発した。

 ゼタの勘気を被ったと気づいた女は大げさな身振りで肩を竦める。

 

「おお、こわ。名うての<超級>様に睨まれたんじゃ、これ以上のおふざけもできないっすね。アタシのことはグラたんって呼んでほしいっすよ」

「成程。――グラたん?」

 

 多分に曖昧なニュアンスを含んだ名乗りが、ゼタにはどのように伝わったのかは判然としない。

 しかしゼタは、聞いた名を心中で何度か反芻し……やがて思い当たる節があった。

 

「確認。あなたは【屍鬼姫(グール・プリンセス)】グラタンですか?」

「んー、親しみが足りてないっすねぇ。まぁでも正解っすよ、お見事!」

 

 女――【屍鬼姫】グラタンは、ニイと笑って答えた。

 口の端に指を引っ掛け、乱杭歯を覗かせて笑みを形作る。その牙は奇妙な輝きを放ち、獰猛に研ぎ澄まされていた。

 

 その返答に、ゼタは包帯で隠した表情で小さく驚愕した。

 次いで首肯し、この場で遭遇した理由に納得する。

 

「納得。あの【死将軍】の盟友であれば納得できます」

「そういうアンタは多分お嬢の勧誘っすね? <IF>が指名手配された<超級>を正規メンバーとしてスカウトしてるってのは界隈じゃあ有名っす」

「肯定。否定する理由も無いので肯定します」

「でも目的はさーっぱりなんすよねぇ……こっそり教えてくれたりは?」

「拒否。その質問への回答は拒否します」

「ま、そうっすよね。――ああ、別にスカウトを邪魔するつもりは無いっすよ? だからその殺る気満々な気配はやめるっす。何なら道案内も請け負うっすからぁ」

 

 言葉とは裏腹にへらへらと薄ら笑いを貼り付けたままのグラタンに、ゼタは暫し黙考する。

 そして、取り立てて敵対する理由も無ければ、ここで始末して得られる利も無いと結論し戦意を解いた。

 勿論、警戒姿勢に変わりは無いが。

 

「受諾。彼女の居場所を熟知するあなたが道案内してくれるのであれば、否やはありません」

「おーけーおーけー、んじゃ互いに不戦協定ってことでいいっすね? 着いた途端用済みとばかりにアンブッシュはNGっすよ?」

「同意。あなたの方から反故にしない限りは、同意します」

「あはは、まっさかぁ。アタシだって勝ち目のない相手は嫌っす、命が惜しいっすからねー」

(欺瞞。その言葉のどこまでが本心やら……)

 

 ゼタは据わった目を先導するグラタンの背に向けながら、彼女の異名の一つ、"悪食"を思い浮かべながら歩みを再開した。

 

 

 ◆◇

 

 

「マジでここまでボコォってなって、アンデッドじゃなきゃマジで死んでたっすね! 人馬種族のアレときたら別格で、巨人種でもなきゃ――」

(早計。彼女の案内に従ったのは早まったかもしれません……)

 

 【屍鬼姫】グラタンに同行して早くもゼタは後悔し始めていた。

 グラタンは軽薄な印象そのままにとかく喋り好きで――その内容は、聞くに堪えない下ネタが大半を占めていた。

 やれ人馬種族の逸物は見た目通り馬並みだの、レジェンダリアの種族の具合はどうだのと、品性の欠片も無い下事情のオンパレード。

 聞けば彼女は完全なる個人的趣味で【娼妓】の真似事――所謂()()()()というやつだ――に耽っており、赤裸々な実体験を交えたトークはゼタの精神を着実に削っていった。

 四半刻もする頃にはゼタもすっかり辟易し、「ひょっとして"悪食"の異名はそういう意味なのだろうか」と邪推すらする始末。

 当然ながらゼタの反応もおざなりで、半ばどころか九割方無視を決め込んでいたのだが、グラタンの方はそんな様子もお構いなしに、一方的なマシンガントークをぶちかましていた。

 

(風聞。レジェンダリアの<マスター>は変人揃いと聞きますが、彼女のような人格が基準であるなら困ります。……【死将軍】もそうではない、と言い切れないのも、また困りもの)

 

 【死将軍】アリス・イン・デッドランド。<Infinite Dendrogram>でも屈指の死霊術の使い手。

 曰く万を超える亡者を支配し、保有する戦力の数は世界中を見てもトップクラス。

 しかし一方で酷く偏屈な人物としても知られており、彼女の実態を知る人間は片手で足りる程とも聞く。

 

 その彼女が指名手配されたのはデンドロ時間においておよそ一年前。

 レジェンダリア南部から海路に乗り出して東進し、その航海の途中でグランバロアの海賊船団と遭遇。

 一悶着を経て海戦に発展し船団を返り討ちにするもそれ以上の東進を阻まれレジェンダリアに帰還。

 その時に船団側に強いた損害が巨額に及んだことでグランバロアにおいて指名手配されたが、諸事情によって本拠地であるレジェンダリアでの指名手配を免れ、今も"監獄"送りにならずにいる――

 

(疑問。何故彼女は、突如海路からの東進を企てたのでしょうか)

 

 勢いを増していくグラタンの下ネタトークから逃れるように、ゼタは思考を深めていく。

 発端となった東進の動機については今尚明らかとなっていない。目的すらも定かではなく、アリス側も少なくない戦力を失う羽目になったことから、その出来事は各種方面で今も様々な憶測が交わされている。

 元より風聞のよろしくなかった彼女の悪名は一連の出来事を以て尚のこと高まり、今では<IF>の耳にも入り、こうしてゼタが勧誘に赴くきっかけにもなっていた。

 

「質問。【死将軍】についてあなたへ質問があります」

「んを?」

「動機。彼女が指名手配されるきっかけとなった、東進の動機です」

 

 対象の情報を知っておいて損はないだろうと考え、都合良くも同道している、事情に通じている可能性が高いグラタンへと、ゼタは素直に質問を投げかけることにした。

 するとグラタンはきょとんと目を丸くしてから、さっきまでの薄ら笑いとは違う、堪えるような笑みを浮かべてから心底おかしそうに答えた。

 

「あー、あれっすか! あれね、あちこちいろんな風に言われてるっすけど、実際はしょーもない理由っすよ」

「…………」

「黄河のお友達に会いに行こうとしたんっすよ、無理矢理ね。相手は【雑技王(キング・オブ・アクロバット)】って言うんすけど」

「…………何故?」

 

 何故、そこでその名が出るのか。

 思いもよらない人物の名が出てきたことに、ゼタは隠した表情の裏で驚愕を大きくした。

 

 【雑技王(キング・オブ・アクロバット)】。

 黄河が誇る<超級>三人衆の一角。

 今でこそ黄河を代表する名は<黄河四霊>に置き換わっているが、それまでは彼ら三人が<黄河三奇拳>として名を馳せていた。

 

 "人間台風(ヒューマノイドタイフーン)"、"星砕"――"星拳"の異名を持つ【撃神(ジ・インパクト)】ステラ・ザ・デストラクト。

 "最高記録(レコードホルダー)"、"武仙"――"超拳"の異名を持つ【超練体士(オーヴァー・エンハンサー)GA.LVER(ガルヴァー)

 "殺戮雑技(スクリーミング・ショウ)"、"黒竜"――"妖拳"の異名を持つ【雑技王(キング・オブ・アクロバット)】黒猫。

 

 かつて黄河を襲った<イレギュラー>と対峙し、これを降した三人の名は、黄河の顔を<黄河四霊>に譲った今でも広く知れ渡っている。

 内【撃神】と【超練体士】の二人は世界中を飛び回っているため各地での目撃情報もあるが、【雑技王】についてはゼタの知る限り過去に黄河を出た記録は無い。

 少なくとも<Infinite Dendrogram>内において、【死将軍】と【雑技王】に接点はありえない……はずだった。

 

「所謂リアフレっすね。なんでもすれ違って開始地点別になったらしくて、今の今まで会えないまま。その鬱憤が募り募って無茶な東進に乗り出したってのが実情っす。まぁ陸路よりは多少マシっちゃマシっすけど、ぶっちゃけ無謀っすよねー。虎の子のお手製【ゴーストシップ】すら轟沈して踏んだり蹴ったりって荒れてたっすから。いやーこわいこわい」

「友人。現実側での知人同士なら、納得もできます。得心しました」

 

 あの【死将軍】に友人がいたのか、という感想は呑み込んだ。

 なにせアンデッドとしか口を利かないと噂される人物だ。漏れ聞く人物評もお世辞にも真っ当とは言えず、悪の死霊術師そのもののような相手である。

 レジェンダリア有数の戦力として期待されながらも交友は絶無な【死将軍】。その裏事情に予想以上に通じていたことにも驚いたが、成程彼女の盟友であるという情報に偽りは無かったらしい。

 【屍鬼姫】――己の種族をアンデッドに変える複合系超級職であることが、事情に明るい理由の大半であることが察せた。

 

「お嬢はオトモダチにご執心っすからねー。勧誘もまぁ、あんま期待しないほうがいいっすよ? アタシとしてもお嬢が<IF>入りしたら、まー寂しいっすからねー」

「確認。あなたは<超級>ではありませんね?」

「残念ながら違うっすー。あー、アタシのほうは結構キョーミあるんすけどねー」

 

 これを勧誘せずに済んだ、とゼタは心底安堵した。

 気質的には<IF>向きと思え、もし彼女が入団のための条件を満たしていたなら、クランとしての利から見て勧誘しない理由は無かっただろう。

 

「ま、話は好きにするといいっす。アタシは所詮お嬢の金魚のフン、おこぼれ狙いの"腐肉喰らい(スカベンジャー)"っすからね。お偉方のオハナシは雲の上でどうぞっすー」

「…………」

 

 "頂点捕食者"の異名も同時に持つ彼女は、そう自嘲気に言った。

 彼女の素性を知る者にとって、その言葉はあまりに欺瞞に満ちていた。

 

 

 ◆◇

 

 

「っと、見えたっすねー。あれがお嬢の今の根城っす。ここ一年はずーっとあそこで穴熊決め込んでるっすよ」

 

 そうグラタンが指し示した先には、深夜の森に浮かび上がるように聳える白亜の砦があった。

 意匠は然程凝ってもいない簡素な外観だったが、その周囲は昏く淀み、毒々しい煙を吐き出している。まさしくそれは腐り、溶け切った森の土壌だったものが放つ毒煙であり、砦を遠景に望むここからでも悪臭が鼻を衝いた。

 

 ゼタは堪らず包帯の内で顔を顰め、そっと<エンブリオ>を起動して周囲の風向きを変えた。

 グラタンのほうは慣れているのか、はたまた【屍鬼姫】の特性によるアンデッド化で無効化されているのか、なんら変わった様子を見せていない。

 むしろゼタの気配を敏感に察して、グラタンはますますからかうような笑みを深めてみせた。

 

「くひひ、ご器用なことっすねー。ウチらは長いことアンデッドやってっから、そのへん生身はデリケートだってことすっかり忘れてたっす。いやぁ失敬失敬」

「……無用。無用な心配です」

 

 終始張り付いた薄っぺらな笑みにゼタは内心不快を露わにしながら、遮るように言葉を重ねる。

 どうにも好きになれない手合だ――そもそも好悪の別に然程の興味も無いゼタではあるが、それでも不愉快に思う感情はある。

 もしこれが目的としている人物に近しいほぼ唯一の人物であり、案内役でさえなかったなら、最初に絡まれた時点で始末していただろう。

 目的の成否はどうあれ、用件を済ませたなら早々に離れようと決心しながら、ゼタは気持ち歩調を早めながら砦へ向かって――

 

「!」

「――流石に反応が速ェっすねぇ!」

 

 ――首筋を食い千切ろうとしていたグラタンの()を躱した。

 

 ガキン、と鋼と鋼が打ち合うような音を響かせ、グラタンの口が閉じられる。

 初撃が躱されるや否や四足で跳ね、蜥蜴のように手近な大木に貼り付いたグラタンが、その唇から不釣り合いな程に長い舌を垂れ流しながら、獰猛な笑みでゼタを睨めつけていた。

 

(敵対……理由はわかりませんが、そうであるなら容赦の必要はありませんね。目的地も見えています、用済みでしょう)

 

 何故、と問うまでもなくゼタは迎撃を開始した。

 元より犯罪者として各国から追われる身。命を狙われる理由など枚挙に暇がなく、常に身を危険に晒されているような立場だ。

 当然不意打ちなど常に警戒しているし、仲間でもない<マスター>を傍に置いて、ゼタが油断しているはずもなかった。

 

 そもそもゼタが把握しているグラタンのプロフィールでは、彼女は生粋のP()K()K()

 PKや犯罪者のティアンを積極的に狩る<マスター>としてかつては名を馳せており、【死将軍】の走狗に甘んじているのも、グランバロアに指名手配された彼女をグラタンが狙い、返り討ちに遭った結果である。

 

 とはいえ、善良なプレイヤーというわけでもない。

 寧ろ人物評としては限りなくブラックな紙一重の立場である。

 なぜなら彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()としても有名であり、犯罪者だけを標的にすることで辛うじて手配を免れているような人物だ。

 そして彼女が悪人だけを狙うのも、()()()()()()()()()()()()()でしかなく、故に彼女は"悪食"の異名で知られている。

 

 悪を貪る同じ穴の貉。

 レジェンダリア一のゲテモノ喰い。

 悪が恐れる"頂点捕食者"にして、その腐れた身魂を余さず喰らい尽くす"死肉漁り"。

 

 グラタンは、フィジカルに特化した【屍鬼姫】の身体能力を以て縦横無尽に跳ねた。

 宛ら四足獣の如く、完全に地の利を心得た動きでゼタを翻弄せんと跳ね回る。

 その動きは軽々と超音速に達し、AGI特化職である【盗賊王】のゼタと同格の領域に身を置いていた。

 

(【屍鬼姫】。屍人(レブナント)系統と捕食者(プレデター)系統の複合超級職。東方の僵尸系統と同じく耐久面に優れますが、それよりも攻撃性で勝る。複合職として言えば【尸解仙】の西方版とでも言うべきでしょうか)

 

 ゼタは冷静に分析しながら攻撃に応じる。

 圧縮空気による防護膜を展開するゼタに対し、グラタンの戦闘スタイルは直截的な白兵近接型。

 生半可な攻撃では破ることすら不可能な空気の壁を、しかしグラタンの手足は強引に突き破ろうと迫る。

 防護膜で減衰しているとはいえ、まともに食らえばゼタの耐久力では少なくないダメージは必至。故に迎撃の空気砲がグラタンを押し返すが、堪えた様子も無く飛び跳ねると、虚実交えた動きの中から再び強烈な一撃をゼタへ見舞おうとする。

 

 HP、STR、ENDの三種に長けた【屍鬼姫】のステータス補正ならば、たとえ徒手であろうとそれくらいの芸当は可能だ。

 類似職である西方の【尸解仙】と違って魔法職を複合していない分、より純粋にフィジカルに特化した【屍鬼姫】のHPは優に八〇万に達し、STRは一万を大きく超え、ENDに至っては<エンブリオ>による補正も相俟って二万強にまで上る。

 代わりにその他のステータスは低水準で、特にMPなどは【尸解仙】と比べれば無いに等しい。

 また【尸解仙】と違ってアンデッド特有の弱点も残ったままなため、知識さえあればその耐久を乗り越える手段は幾らでもある。

 結果として【屍鬼姫】は戦闘職の中でも特に相性に左右されやすいジョブであり、一方ゼタにはその弱みを突く手段が幾らでも――それこそ無数にあった。

 

(ジョブらしからぬAGIの高さは<エンブリオ>による補正でしょう。比較的鈍足なことが弱みでもあるその特徴を補うステータス補正は優秀ですが、しかし私の敵ではない)

 

 ゼタは一通りの分析を終えると、最早脅威ではないと判断して早々に終わらせようと動いた。

 幾度目かのグラタンの肉薄。それを防護膜で防ぎ、空気砲で押し返し、再びグラタンが動こうとしたタイミングでその進路へ圧縮空気の壁を置いて牽制すると、方向転換しようとした()()を隙として捉え固有スキルを発動する。

 

「《コードⅠ:フォーミング》、《コードⅣ:アーティラリィ》」

「おっほぉ、強烈ゥ!」

 

 それまでの牽制とは違い、固有スキルによる砲弾は桁違いの攻撃性能を誇る。

 全周囲から放たれた空気弾は【屍鬼姫】のENDをしてその肉を穿ち、まずは四肢に風穴を空けて動きを殺した。

 ほとんど部位欠損に近い状態ながら余裕を崩さないのは、偏に種族がアンデッドと化しているからだろう。

 肉体的なダメージや欠損の影響が少ないアンデッドには、生者ならば有効であろう症状も軽傷に過ぎない。

 当然それはゼタも心得ており、続けざまにスキルを行使した。

 

「弱点」

「んあ?」

「アンデッドの弱点は火属性に聖属性と相場が決まっています――()()

 

 極限まで酸素濃度の高まった空間。

 それを外界と隔絶させる真空断層結界。

 見えざる密室空間にグラタンを閉じ込め、ゼタがパチリと指を鳴らした。

 

「ッ、ゴァ――――!?」

「火葬。アンデッド相手ならば、この手に限ります」

 

 瞬間、炎上。

 大気操作で作り出した火種が空間内を一瞬にして燃え上がらせ、グラタンを火刑に処した。

 常人ならばそれだけで致死量に至る超濃度酸素空間。それを燃料とし、また狭い空間で燃え盛る炎は超高温に達し、ただでさえ火属性に弱いグラタンを舐め尽くしていく。

 たとえ【救命のブローチ】を装備していたとしても、持続する高温による継続ダメージで早々に砕け散るだろう。

 必殺スキルを用いた()()()と比べれば相当に温い火力ではあるが、<超級>でもない火属性弱点持ち相手ならば十分に過ぎる。

 

(【死将軍】の手駒を処理してしまいましたが、やむを得ませんね。これで交渉が不利となるならば、それも良いでしょう。元より期待を強くしていたわけでもない。本格的な敵対は、現状では避けたいところですが……)

 

 そう黙考に入り、グラタンから僅かに意識を逸らした瞬間。

 再び無自覚の危険を悟り、ゼタは全力でその場を飛び退いた。

 

「――ほんっと~に、反応が速ぇこと!」

 

 初撃と同じように、牙を打ち鳴らしたグラタンがいた。

 

「あー、あんだけの大ダメージを食らったのは久々っすねぇ! いやぁさすが<超級>サマはお強い! 間違いなくトップ3の難敵っすよぉ」

「……驚愕。間違いなく、焼き尽くしたと思ったのですが」

 

 ゼタは、初めて驚愕を露わにした。

 耐久型とはいえ絶対の弱点を突き、間違いなく仕留めたと思っていた相手が()()で再び相対している。

 焼却の前段階として潰した手足も元通りに、一切のダメージを負った素振りも無く、グラタンは目を爛々と輝かせたまま笑みを深める。

 唯一装備品だけは熱量に耐え切れず尽く焼却され、今のグラタンは一糸纏わぬ無防備を晒していたが、それを気にする様子も見せていない。

 

(まるでエミリーのような……いえ、アレほどの理不尽とは思えません。彼女の蘇生とは違って、おそらくは高速再生の類。推察できるステータス補正から考えて、間違いなくリソースを必要とするはず。とはいえそのためのリソースはどこから……)

 

 無論ゼタのほうもたかだか全裸如きで動揺するはずもなく、思考が目まぐるしく駆け巡る。

 油断は一切無かったが、より脅威度を引き上げ己を睨めつけるゼタへ、グラタンは何の痛痒も見せず、これ見よがしに五体を晒してみせる。

 

「へぇへぇ、間違いなく手足はほとんどもがれたっすし、全身焼き尽くされたっすねぇ……()()()()()()ってだけなんすけど、またまたグラたんのドッキリ大成功!!」

「…………」

「みんな同じ表情(かお)をするんっすよねぇ。「やったか!?」みたいなフリって今どき生存フラグもいいとこっす。……ああ、でも」

 

 グラタンは、自ら指先で口の端を引き裂き、文字通り()()()()()()()()()()を浮かべて牙を剥き出して言った。

 

「――そろそろ、オナカが空いてきたっすねぇ」

「……上等。であるならば、今度こそ確実に仕留めるまで」

 

 血の滴る口から舌を垂れ流しながら笑みを深めたグラタンに、ゼタは今度こそ必殺を決意した。

 

「あっははは、アンタもなかなか強いっすけど、ウチのお嬢ほど()()()じゃないっすねぇ! お嬢相手と違って()()()()()()んだからすげぇ楽っす! 楽しいっすよ!!」

 

 いい加減耳障りなグラタンの口を全身諸共焼き尽くすべく、ゼタは《天空絶対統制圏(ウラノス)》を発動しようとして――――

 

「――ッ!」

「ゲェッ、これは――!?」

 

 己の右腕が腐り果てていくのを察して全力で距離を取った。

 一方グラタンは全身を硬直させ身動きが取れないでいる。

 

(【腐敗】? いえ、これは単なる状態異常ではない……【亡者化進行】状態!? 既存には無い状態異常――まさか!)

 

 ステータスを確認したゼタは顔を跳ね上げ、彼方にあった砦を探した。

 しかしあれほど異彩を放っていた巨大建造物は今や影も形も無く、毒沼だけが爪痕のように残っている。

 そして代わりに上空から、二人の間へ遮るように影が飛び降り声が響いた。

 

『――双方、矛を収めよ。これ以上の狼藉は敵対と看做す――と我が君は仰せである』

「…………」

 

 全身黒の喪服めいた戦装束。

 表情を隠すベールハット。

 右手の長剣をゼタへ、左手の短杖をグラタンへ。巨大な棺を背負って矛先を向ける小さな影。

 左肩に双頭の烏を止まらせ、右の首が背後を向いて名を告げたその<超級>の名こそは――

 

『控えよ。【死将軍】アリス・イン・デッドランド様の御前である』

「…………」

 

 レジェンダリアが誇る最強戦力が一柱。

 "死亡遊戯(コープスパーティー)"アリス・イン・デッドランド、その人であった。

 

 

 ◆◇

 

 

『【盗賊王】ゼタ。貴様の目的は把握している。大方我が君の<IF>への勧誘であろう』

「…………」

 

 一瞬にして場を制した少女の言葉を、肩に止まって異形の烏が代弁する。

 ゼタは戦闘継続の不利益を理解しつつ、しかし戦闘態勢だけは解かずにいつでも応戦できる姿勢を維持したまま聞きに徹した。

 

『<IF>の活動目的はともかく、行動理念は我らも理解している。貴様らが指名手配された<超級>を集め、何らかの目標を為そうとしていることは我が君も推察していた。条件を満たす者の希少性、世間に認識されている我が君の風評、保有戦力の大なることが<IF>の利益に成り得ることも自覚し、あるいは勧誘もあり得るのではないかと想定していた』

「…………」

 

 朗々と語る烏の言は、自意識過剰でもなんでもない。

 それだけの価値を<IF>はアリスに認め、叶うならば仲間に引き入れたいと考えていたからだ。

 彼女の有する力の全てが有益そのもの。世界屈指の死霊使いにしてアンデッドクリエイター。

 スキルの熟達が最難関であることでも知られる《軍団》系スキルをも極め、かの【魔将軍】にすら匹敵する常駐戦力を誇る彼女の力は、<IF>としても大いに認めるところだ。

 

 また、伝え聞く彼女の気質も素晴らしい。

 所謂"世界派"、"遊戯派"といった思想の違いに頓着が無く、ティアンの命にも斟酌する様子を見せない彼女のあり方は、<IF>に引き入れても全く損なわれることなく実力を発揮できるだろうとの見込みもあり、特にラスカルが熱心に考えていた。

 ゼタとしてもその考えに異論は無く、皇国へ向かう道程でわざわざ寄る価値があると認めていた。

 

 故に、過不足無く自己の価値を把握していた烏の代弁に、ゼタはやや期待を大きくしたが……

 

『その上で結論を述べよう。貴様らの期待には応えられない――と我が君は仰せである』

「……理由。何故、とお伺いしても?」

『それよりも優先すべき事情がある。恩師の仇を討つまでは此処を離れるつもりはない――と我が君は仰せである』

 

 恩師。よもや【死将軍】の口から(といっても代弁だが)そのような言葉を聞けるとは。

 ゼタは予想だにしなかった理由に思わず思考を硬直させた。

 

『態々遠方より我が君を訪ねた客人へ断りを入れる以上、説明しておくが道理であろう。――我が君は現在、一年前に古巣であった<死霊術師ギルド>を襲撃し、師を弑した上、秘蔵の古文書を奪った()()()なる【大死霊】を警戒中である』

 

 またも思いがけない、ゼタの価値観で言えばあまりに取るに足らない理由が紡がれた。

 そして語られた人物の名は、ごく最近話題になってゼタの耳にも届いており、その内容を彼女は把握していないらしいことを意外に思っていた。

 またそう思う以上に、()()()()()()()()()()()()()()とゼタは考えた。

 それほどに件の人物が轟かせた悪名は現地では広く、また悍ましい。

 一方で()()()()()()()()()()を討伐に向かうでもなく<超級>が警戒し、こんな場所に一年も拠点を築いていた理由を、ゼタは理解できなかった。

 

『貴様の疑念は理解できる。……が、より相応しい末路を迎えさせるため――と我が君は仰せである』

「……納得」

 

 が、続く言葉で理解できた。成程、()()()()()()()

 件の【大死霊】も、知らなかったことだろうとはいえ、随分な相手を敵に回したものだ。

 沈黙を貫いて、従者に代弁させてはいるが――余程腹に据えかねているらしいとゼタは察し、これ以上の勧誘交渉は無駄だと判断した。

 

 ――死霊術を極めた者にとって、単なる死は何ら逃避になり得ない。

 

「決裂。現時点でこれ以上の交渉は無為であると判断します。また敵対する意義も理由も見出だせない以上、私はこのままこの場を去りましょう」

『御理解いただき感謝する。双方にとって賢明な判断である――と我が君は御喜びである』

「保留。しかし完全に芽が無いわけでもないようなので、勧誘を一旦保留とします。……そしてひとつだけ忠告させていただきます。あなたがご執心のメイズ某ですが、彼は――」

 

 そしてゼタは再び会ったときにアリスの印象を良くしておこうと考え、少しだけ恩を売っておくことにした。

 彼女が勘違いしたままの事の詳細、件の人物の末路について説明しようと言葉を続け……

 

「ちょちょちょ、それはアタシの役目っす! そうそう、それを伝えたくてここまで来たんっすよ!」

 

 それまでアリスの()()で口を閉ざされていたグラタンが、どうにか自由を取り戻してゼタの言葉を遮って叫ぶようにして言った。

 

「やっこさん、王国のルーキーに返り討ちに遭ってくたばったらしいんすよぉ! お嬢ってば完全に出遅れちまってるっす!」

 

 その暴露にアリスは、初めて動きを見せ。

 

「――――へぇ」

 

 従者に代弁させるでもなく、底冷えするような声音で呟いた。

 

 

 ◇◆

 

 

 やがて夜が明ける頃。

 一台の馬車が北へと進路を向け、一つの影が更に北へ向かって翔んだ。

 国境地帯に築かれていた砦は一夜にして消え、ただ毒沼だけが爪痕として残される。

 

 少女の形をした()を二つ乗せた馬車は、北へ北へと真っ直ぐに――動乱の火消えやらぬ"決闘都市"へ。

 死の少女たちは、巨悪を倒したという聖なる騎士の少年のもとへと向かった。

 

 

 ――その邂逅の是非は、今はまだわからない。

 

 

 To be continued

 

 

 




・【屍鬼姫(グール・プリンセス)】グラタン
【死将軍】アリス・イン・デッドランドのフレンド。
ジョブ特性によってアンデッド化している。
ハードなプレイが大好きなクソビッチ。そして悪食(いろんな意味で)。
準<超級>だが間違いなく強い。

・【屍鬼姫】
グラタンのメインジョブ。屍人系統と捕食者系統の複合超級職。
屍人系統は【屍人(レブナント)】→【不死者(ノスフェラトゥ)】→【不死王(キング・オブ・ノスフェラトゥ)】と続く、僵尸の西方版といったところ。
捕食者系統は【捕食者(プレデター)】→【上位捕食者(ハイ・プレデター)】→【???】と続き、今では殆どロスト気味の系統。レジェンダリアの少数部族に伝わっていたが、その部族の特性が特性なので半ば自然淘汰的に排除された。
尸解仙と違ってアンデッドの弱点は残ったままだが、フィジカル面で勝る。
勿論オリジナル設定。

・【盗賊王】ゼタ
原作本編からゲスト出演。時系列的には皇国へ向かう直前くらい。
台詞回しが独特なので、扱いきれているか少し不安。
はやくイラストで見たい。

・【死将軍】アリス・イン・デッドランド
ちょろっと登場。スタイリッシュ意識な出番。
長剣短杖の変則二刀流に無数の配下。そして<エンブリオ>によるデバフ空間が彼女の戦闘スタイル。
実は近接も将軍系統にしてはかなり達者な方。
死霊術のアレンジも手がけ、凄まじく芸達者な部類。
これでも天災児なのです。

・<黄河三奇拳>
ついでのように内訳公開。
今回初公開の三人目は別作「我は彼の奴隷なり」天地編にて登場予定。
ちなみに【雑技王】→【撃神】→【超練体士】→【雑技王】の三竦みなパワーバランス。
有利側は八割優位を取れる。そして全員飛べる。

・<イレギュラー>
<黄河三奇拳>が有名になったきっかけの事件。
いつか短編として書きます。
典型的な条件特化型だった模様。もし迅羽さんが居合わせてたら速攻で仕留められてた。
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