軽い少女   作:ふーじん

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リアルチートとかのタグが必要かどうか迷います。
デンドロ原作にはそういうキャラが多いから、いらないかなとも考えたりもしますが。

追記:
 感想ほしーなーこないかなーって思ってたら、感想受付設定間違ってた。
 今まで機会を無駄にしていた悲しみに打ちひしがれながらそっと解除……(


黄河伝説 "神童"黒猫、軽業デビュー

 □龍都宮前広場 <黄龍雑技団>天幕

 

 龍都の朝は早く、朝霧も晴れぬ早朝から各種市場は陣幕を張り、商材を並べる。

 黄河帝国首都の広場は数多くの露店でごった返し、古くから土地に根を張る大店もまたその活気に応じるようにして門戸を開いていく。

 軒先を飾る数々の看板は魔法を伴って風を吹かせ、匂いを撒き、あるいは耳目を集めて誘い込む。

 ここは龍都宮前の大広場。遠景に皇帝の座す王宮を臨む帝国の一つの顔。

 その一角、一際異彩を放つ巨大な天幕に人々が代るがわる出入りし賑わいを見せていた。

 

 その天幕は<黄龍雑技団>なる軽業師集団の本拠地。

 号に"龍"の一字を関するそれは、この黄河において極めて重大な意義を伴う。

 此処こそは黄河に起源を発する【軽業師】の一大名門。皇室も行幸する老舗雑技団の天幕であった。

 

 団員達が忙しなく舞台の用意に走り回るのを監督するのは一座の長、黄刃華。

 その横に並んで同じく団員達を見守る、刃華とは打って変わって丸々とした体躯の老爺、大店の隠居王大人。

 厳しい眼差しで一座を見張る刃華とは対照的に、王大人の眼差しは孫を見るが如き好々爺のそれである。

 彼は物忙しさに駆け回る彼らの一挙手一投足がさも面白げとばかりに眼尻を垂れ下げ、鯰のような髭を扱いた。

 

「ほほほ、わかいもんの動く姿はええのう。わしの枯れた肌が潤うようぢゃ」

「本音を言えば、王大人。このような舞台裏など客人方にはお見せしたくないのですがね」

「固いことを言うない、刃華や。未熟も練達も、併せて愉しむからこその醍醐味ぢゃて。あれらひよっこどもの中からいつ鷹が生まれるかと思えば、老い先短い余生の足しになるぢゃろうての」

「お戯れを……」

 

 この老爺、王大人。黄刃華とは彼が乳飲み子であった頃からの旧知であった。

 それというのも黄の祖父、先代【雑技王】黄刃烏こそ王大人と苦楽を共にした竹馬の友であり、彼が起した<黄龍雑技団>は王大人にしてみれば親しい友の子も同然である。

 ひいては彼の後を継ぎ、今代団長を担う刃華は王大人にとって孫も同じく、主客の垣根を越えて親しい間柄であった。

 最も、一座を預かる団長として一線を引く刃華にとり、彼のそうした優しさ、あるいは馴れ馴れしさは、些か素直に受け取り難いものであったが。

 

「ところでひよっこと言えば、最近になって新しい顔が加わったという専らの噂ぢゃの」

「耳の早いことで。まだ七日と経ってもおりませんが」

「伝承に曰しめる<マスター>ともなれば、誰もが平然とはおられぬのぢゃて。突如として数多姿を現した<マスター>の存在。天下はまさに一大事ぢゃ」

「……ですな」

 

 刃華は眉間に寄せる皺を深め、王大人は好々爺然とした――しかし変わらぬ眼力の目付きで一拍の間を置いた。

 <マスター>――かつての三強時代、今なお"神"と崇拝される先々代龍帝と鎬を削った【猫神】と同類の、この世ならざる超越者たちの出現に彼らティアンの思うところは多い。

 

「酔狂にも【軽業師】の門戸を叩く者が現れたと聞いて、高官は興味を示しておったよ。何故だか知らんが、彼らの多くは妙に戦いたがるからのう」

「あれがたまたま迷い込んできたとき、誘いをかけたのはこの私です。なぜだか妙に、勘が騒ぎましてね」

「ほう……御主の目に適ったのかの?」

「試しに動きを見ましたが……あれは逸材です。些か性格に難はありますがね、あれを本当の天稟と言うのでしょう」

 

 そう称賛を口にする刃華の顔は、言葉とは裏腹にやや苦いものだった。

 

「しかしながら如何にも<マスター>らしいというのか、雲を掴むような女子(おなご)でしてな。常識が通用せず、難儀ばかりさせられます」

「ほう、ほほう! そうか、御主に手を焼かせるやんちゃぶりか! ほほほ、それは愉しみぢゃの。えぇ、刃華や?」

「今日の前座を飾るのがそいつです。あとでご紹介いたし――」

 

「あっれー? だんちょーさんがサボってお喋りしてんじゃんね」

 

 呟く刃華の言葉を遮って、頭上から降りかかる間の抜けた声が響いた。

 見上げれば、巨大な天幕の遥か上の梁に脚を引っ掛け、髪を垂らして見下ろす少女の姿があった。

 

「――黒猫(ヘイマオ)! そんなところで何をしている!? とっとと降りてこい!」

「ちょっとした肩慣らしじゃんね。よいしょ、っと」

 

 目を剥いて怒鳴りつける刃華の檄を、柳に風と受け流して少女、黒猫は。

 驚くほど軽い身のこなしで天井の梁を伝ってするすると降りてくると、壁を蹴って宙返りを放ち、重さを感じさせぬ足取りで二人の前に立った。

 

「――どーよ? これって百点じゃんね!」

「本番でも無いのに命綱無しに危ないマネするんじゃあない!!」

「いっっってぇええええじゃんよ!?」

 

 得意げに胸を張る黒猫の脳天に、刃華の強烈な拳が突き立った。

 名の通りまさしく猫の如き身のこなしで降り立った少女。その左手には<マスター>の証たる紋章が淡く光る。

 王大人は、「これが噂の<マスター>か」と理解し、そして一連の仕草で垣間見えた表情に、「成程、刃華が手を焼くわけだ」と得心した。

 その名の如く、猫の如き奔放さであった。真面目な人間ほど手を焼かされる生物として、猫ほどに自由な命もあるまい。

 しかしだからこそ、逸材であることがよく分かる少女であった。

 

「ほほほ、大した跳ねっ返りぢゃの。こりゃ有望だわい、しっかり手綱を握っておくんぢゃぞ? え、刃華や」

「まったく見苦しいところを……申し訳ありません、これが先に言っていた新人、黒猫と申します」

「ん? 誰じゃんねこのじーさん」

「お前は頭を下げんか馬鹿者!!」

「ぐえぇ」

 

 いっそ無礼な程に物怖じしないこの態度。しかし老練した熟達たる王大人の勘気に触れるほどではない。

 齢は、おそらくは十にも届いていないだろう。その幼さを思えば、小生意気も却って可愛げがあるというものだった。

 

「この御方は一座の後援者である王氏だ。我が一座にとっても賓客にあたる、くれぐれも失礼の無いようにするんだぞ」

「黒猫じゃんよ。ちょっと前からここで世話になってんだ。今日の前座はあたしが務めるから楽しみにしとくといいぜ!」

「その物言いが失礼だと言うのだ馬鹿者!!」

「ぐえぇっ!?」

 

 再びゲンコツ。痺れるような衝撃が脳天から爪先まで響き渡る。

 頭を抱えて蹲る黒猫に、弟子の非礼を平身低頭詫びる刃華。

 まるで親子のような二人のやりとりに、王大人は堪らず呵々大笑するのだった。

 

「まことに、まことに申し訳ありません王大人! 甚だ無礼であるとは承知の上ですが、どうか物知らぬ童子のやること。何卒ご寛恕いただきたく……」

「ほほほ、よいよい。元より芸人は常道を敢えて踏み外してこそ、モノを言うは人格より技よ」

「はっ……」

「黒猫とやら、元気なのはよいが……」

 

 大笑して、頬肉に細められていた両目の片方をぎょろりと剥いて言った。

 

「――技あってこその芸の道じゃ。ゆめ忘れるでないぞ」

 

 言い放った一言は、先までの好々爺然とした丸さとは無縁の、冷たく棘のあるものだった。

 年季を積み重ねたがゆえの老獪が言の葉に乗せられて黒猫を射抜く。その一瞥だけで肝の冷える、気迫の乗った一言だった。

 刃華は直接向けられたのでもないのに顔を青くして低頭する。彼の人となりをしり、これが優しい忠告であることを察していても震え上がる思いだ。

 彼にとって王大人は、既に亡い肉親に代わり、まさしく父と言える存在である。その父に諭されるバツの悪さを噛み締めながら、無礼を働いた黒猫の頭を抑えて下げさせようとした。

 しかし黒猫はその手をするりと逃れ、厳しい目を向ける王大人にきょとんとした目を返し、数瞬の後に悪戯っぽく笑った。

 

「あたしを見縊ってもらっちゃ困るじゃんね。精々驚かせてやろうじゃん」

 

 三度、刃華の渾身の拳骨が脳天に直撃した。

 

 

 ◇

 

 

 結局その後は刃華の平謝りと懲りない黒猫の自由奔放に終わって、日が頂点に昇る頃には準備も整い、演劇の幕は上げられた。

 舞台袖から壇上へと一座の長たる刃華が登り、この場へ参じた観客の皆々への謝辞を述べ、小気味よい口調で演目の名を並べ立てていく。

 といっても集った客数はまばらであり、満員御礼には程遠い。年に数度の大舞台ならともかく、此度は次代を担う新星達のお披露目会とも言うべき中規模以下の取り組みだ。自然観客は余程に熱心なファンか、あるいは暇を持て余して何の気無しに暖簾を潜った浮遊客に限られる。

 

「御旧友の誼といえ、なにもこのような場までもご観覧なさらずともよかったのでは?」

 

 団長の口上を冷めた目で見やりながら、そう不満を口にしたのは王大人の付き人であった。

 今や隠居となって日々を悠々と過ごす王大人の身辺を世話する身分であり、長年を共にしてきた壮年の男である。

 齢は刃華と同じ頃であろう。そうであるが故に<黄龍雑技団>を数ある芸人集団の一つとしか見ておらず、その視線には隠しもしない侮りがあった。

 

 それも無理からぬことではある。

 <黄龍雑技団>が真なる名門であったのは今よりも遥か数十年の昔。先々代団長が現役であった頃の話である。

 あらゆる【軽業師】の頂点に立つ【雑技王】であり、その技の冴えを以て時の皇帝に"龍"の一字を冠することさえ許された黄刃烏氏が没して後、その跡目を継ぐ次なる【雑技王】は未だ現れず、今や<黄龍雑技団>の名は有象無象の中に埋没しつつあった。

 口さがない者は「"龍"の名を返上すべきではないか」とも嘯き、一座に、ひいては団長たる黄刃華を取り巻く状況は暗い。

 かつての栄光を知らぬ彼としては、如何な友誼のためとはいえ落ち目の一座を後援し、あまつさえ直々に観覧にまで足を運ぶ主人の酔狂に思うところがあった。

 

「他に有名どころはありましょう。ましてや主役でもない新人どもの()()()()など……」

「ほほほ、酔狂……気まぐれ……大いに結構! 御主はまだ若いから分からぬだろうが、若き新芽に直接触れる瑞々しさはなかなかどうして、得も言えぬものぢゃぞ?」

 

 そう飄々と嘯く王大人の真意は、彼には悟れない。それがまた悔しくもあり、彼の関心を買う一座への敵愾心にもなっていた。

 普段は忠犬さながらの誠実を見せる彼は、そうであるがゆえに偏見が拭えない。それを自覚できるのがまた殊更に憎らしかった。

 

 そんな不平不満をこれ以上は溢さず呑み込んで、いよいよ舞台の幕が上がる。

 鳴り響く囃子の音と共に刃華は舞台袖へと引っ込み、前座の開始を高らかに告げた。

 

 告げて、しゃんと鈴を鳴らして舞い降りたのは、頭上に椀を乗せた少女であった。

 

 派手な彩色の道服を着こなし、長々と垂らした袖に裾を引き摺って跳ね回る少女は、多くの聴衆の色眼鏡を裏切ってしなやかに、水の流れるが如く流麗に淀みなく五体を舞わす。

 雑技に舞は付き物であるが、それは【踊子】の演じるそれとは違い、単に目を楽しませるための振り付けの延長に過ぎない。熟達した【踊子】が漂わす惹き付けるような魅了は存在し得ないが、しかしその女児の魅せる"舞"は、早くも眠たげだった観客が目を見張って食い入る程に美しく、蠱惑的であった。

 

「ほう……」

 

 王大人の嘆息が付き人に届いた。同じく感嘆のため息が小さくあちこちから漏れ聞こえる。

 始まって僅か十分にも満たない短い舞で、早くも虜となったかのように目を細める者もいる。

 しゃん、しゃんと鈴の音に併せて足を弾ませ、不意打つように舞台袖から飛び出した珠を一瞥もせず受け取って、一つ、二つ、三つ――十もの珠を軽々と手の上で遊ばせた。

 それらがなぞる複雑な軌道にも一瞥をくれず、女児の表情は終始楽しげでにこやかに、自らに注視する観客の顔ひとつひとつを覗き込み、猫のような目を細めて笑う。

 

「……これが前座か?」

 

 堪らず唖然と驚愕を口にしたのは付き人であった。

 隣に座る王大人もまた、常の余裕に満ちた笑みを崩し、身を乗り出して観ていた。

 舞い遊び、跳ね回り、張り巡らせた綱を二の足で軽やかに駆け上がって、遥か高みに横たえられた梁に脚を引っ掛けて揺れ動く。

 それら全ての動きの頭上には、乗せたままの椀が傾きもせず鎮座し、まるで糊で貼り付けているのではないかと誰もが疑う程に微動だにしない。

 その疑惑を察したのか、女児は片手で椀を取り外すと、それを珠と同じように手繰らせた。

 それが示すのは、一連の動作は全て女児の身ごなし一つで為された超技術の数々であったという事実である。

 ここに至り、観客の誰もが女児の軽業を認めた。所詮新顔と侮っていた彼らの予想を裏切り、拍手喝采を早くも呼び起こしたのだ。

 

「ほほう! ほほう! なんと素晴らしい、いや愉快痛快! あれは本当に【軽業師】か? とてもそうは思えんぞい!」

「いや、これは……なんともはや……」

 

 王大人の身辺警護をも務める彼は、迫る脅威を識別するための《看破》を当然心得ている。

 レベルにして二〇〇を超える上級でもある彼の目には、女児の能力の全てが詳らかとなり、それ故に愕然とした思いを抑えきれないでいた。

 

 【軽業師】黒猫――そのレベル、四一。

 

 下級職の一つも極めていない未熟も未熟なそのステータス。

 その他《軽業》や《重心移動》、《アクロバット》など主要スキルのレベルも四が並び、《軽業》を除いていずれも【軽業師】の上限に達しておらず、とてもではないがあれほどの動きを可能とするものではない。

 否、所詮ステータスなど大まかな指標に過ぎず、熟練の本質は当人の経験と資質による以上、直接自重に作用する《軽業》以外のスキルは当人のセンスに左右され――

 

「成程、これは天稟じゃ! 刃華め、このような秘蔵っ子を隠しておったとは!」

(天稟……まさしくその通りだ。いっそ惨くすらある……)

 

 つまるところ、女児――黒猫の軽業は。

 ジョブとしての【軽業師】が後押しする以上に、本人の才覚によって成り立っていた。

 まさしく天が与えたもう才覚。これを前座に据えては、後に控える若輩達には酷であろう。

 おそらくは当の刃華でさえ彼女の才覚がこれ程のものとは見抜けていなかったのだろうが、今や舞台は黒猫の独壇場と化していた。

 前座にして舞台を呑み、聴衆を釘付けにした黒猫の演目は、やがて蝙蝠のように吊り下がり、上体を反らせて観客席を見渡した黒猫の笑顔で瞬時静まり返る。

 

「――――♪」

「こ、これか……!?」

 

 黒猫が見渡し、盃で酒を呷りながら眺めていた観客に目を留めて、手に持つそれを指先で招いた。

 己が持つ盃を要求しているのだと遅れて察した観客が戸惑いと共にそれを投げ、不恰好な軌道を描くそれを軽やかに掴み取り。

 

 ――頭上に乗せていた椀を傾け、その中から液体をなみなみと盃に注いで呷った。

 

「なんと……! 今の今まで、水を満たした椀を乗せて演じておったのか!?」

 

 悲鳴のような歓声が上がる。拍手喝采は万雷となりて響き渡る。

 実のところ満たされていたのは黒猫の好む柑橘類を絞ったジュースであったが、それを今の今までそうと悟らせず一滴足りとて溢さず大躍動を演じきった黒猫の絶技、聴衆は皆一様に席を立って手を鳴らした。

 最早場は、完全に黒猫に呑まれ熱狂していた。

 

 誰もが期待せぬまま迎えたお披露目会。

 それは一転して"神童"黒猫の伝説を飾る一幕となり、万雷の喝采を以て聴衆の間に知れ渡ったのである。

 

 

 尤も、その後に控えていた他の演者からすれば、場の熱狂は地獄の呻きに等しかっただろうが。

 綺羅星の如く現れた神童の名は、多くの者にとってその道を閉ざす凶星であった。

 




リアルチート系主人公。
でもデンドロならこれくらい普通に居るから困る。

これで序章は終わりです。
息抜きに無断で始めた別作でしたが、とりあえず書きたかったところまでは書けました。
次回更新からは本編に戻って、少なくともレジェンダリア編が終わるまでこちらは更新しません。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
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