街の外れにある丘の上には共同墓地がある。お金の無い者や身寄りの無い者がまとめて埋葬されている場所だ。この世界の人間でない俺や和真も、この街で死ねば骨はここに行くのだろう。
そして今回受けたクエストは、そこに現れるゾンビメーカーというアンデッドモンスターの討伐だ。
この世界の埋葬方法は土葬なのだが、ゾンビメーカーはその中でも質の良い死体にとり憑く悪霊のモンスターで、二、三体程のゾンビを手下として生み出し、使役するらしい。
アンデッドモンスターとしては弱い部類らしく、ある程度は連携を取れる仲間がいれば駆け出しにも倒せるモンスターだというから大丈夫だろう。
そのゾンビメーカーは夜にならないと現れないという話だが、今はまだ夕方だ。俺達はバーベキューをしながら、日が暮れてアンデッドが湧き出すのを待っているのだ。
バーベキュー自体は何も語るような事件も無く終わり、しかしまだゾンビメーカーが出現しないので、和真は初級魔法でインスタントコーヒーを作り始めた。水を作る『クリエイト・ウォーター』も火種を生み出す『ティンダー』も便利に見える。《初級魔法》を取っておくべきだっただろうか?
しかし彼は『クリエイト・アース』の使い方が分からないらしく、めぐみんに尋ねていた。自分の技能が分からないというのも場合によっては致命的な気もするが、冒険者カードの弊害、とでもいうべきなのか。
ちなみに『クリエイト・アース』の土は畑に使用すると良い作物が獲れる、いわゆる肥料の類らしい。まあそれを聞いて和真を馬鹿にしたアクアに、『ウインドブレス』と組み合わせた砂ぼこりが炸裂したが。
しかし君咲学院にいた砂賀さんなら『クリエイト・アース』のために初級魔法を覚えそうだ。彼女は基本的に常識人だが君咲学院を『緑の楽園』にする事を理想とし、校内の目立たない場所から少しずつ苔等の植物を増やしていっていたのを俺は知っている。まあ俺がいなくとも、園芸部の廃部を恐れていた彼女が人々の意識の変化も無しにテロ紛いの行動はしないだろうが。
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「・・・冷えてきたわね。ねえ、引き受けたクエストってゾンビメーカー討伐よね?私、そんな小物じゃなくて大物のアンデッドが出そうな予感がするんですけど」
もうそろそろ月が中点にかかろうかという頃、アクアが唐突にそんな事を言い出した。
俺にはモンスターの気配もアンデッドの気配も分からないが、そんなに危険そうな気配なのだろうか。
「クエストの内容と齟齬があれば、違約金とはならない筈・・・無理なら帰るか?」
もし俺達では敵わないような強力なモンスターが出てきたなら、最低限の情報だけで退却してもかまないのだが。
「嫌よ!アンデッドモンスターの、それも強力な奴を見過ごすなんてできないわ!リッチーだろうがドラゴンゾンビだろうがこの私が華麗に浄化してやるわよ!」
リッチーはノーライフキングとも言い、禁呪により人間をやめた強大な魔法使いであり、強力な攻撃魔法だけでなく様々な状態異常も使いこなす凶悪モンスターだ。そしてドラゴンゾンビは文字通りにドラゴンのゾンビで、肉体こそ腐っているがそのパワーは未だ壮絶、生前の魔力も健在ながら腐敗や呪いを駆使する凶悪モンスターであり、どちらもアンデッドどころかモンスター全体でもその恐ろしさは群を抜いていると聞く。流石にドラゴンゾンビをゾンビメーカーと見間違えるようなバカはいないと思うが、なんにせよ今のアクアが勝てなそうであれば退却するべきだろう。その時はアクアを取り押さえなければならないだろうが仕方ない。
「そんなフラグみたいな事言うなって・・・お、敵感知に反応が・・・って、多くね?」
「ゾンビメーカーは取り巻きにゾンビを召喚するモンスターだからな。一体しか反応が無い方がおかしいぞ」
「でも召喚するのは二、三体だけって聞いたぞ?これ十体くらいはいると思うんだが」
そんなにいるのか・・・これは本当に気をつけるべきか。俺はアクアの方にも気を配ることにしよう。
「・・・あれ?ゾンビメーカー・・・ではない・・・気が・・・するのですが・・・」
めぐみんの不安気な言葉に、アクアの勘が当たっていた事を察する。
めぐみんの視線を追えば、青く光る円形の魔法陣、そしてそれを作ったと思われる黒ローブの人影、さらに取り巻きらしきゾンビが何体か見える。暗くてよく分からないが、確かに和真が言ったように10体近くはいそうだ。
「突っ込むか?ゾンビメーカーじゃなかったとしても、こんな時間に墓場にいる以上、アンデッドに違いないだろう。なら、アークプリーストのアクアがいれば問題無い」
ダクネスは少し好戦的過ぎる気がするが、言ってる事には一理ある。さて、アクアの様子は・・・
「あーーーーーっ!丁度リッチーが出てきたわね!あの不届き者を成敗してやるわ!」
さっきのはフラグという奴だったか。
リッチーの恐ろしさは前述した通りだが、まさかこんな所にいたとは。
そしてその恐ろしいリッチーはというと、
「や、やめやめ、やめてええええええ!誰なの⁉いきなり現れて、なぜ私の魔法陣を壊そうとするの⁉やめて、やめてください!」
「うっさい、黙りなさいアンデッド!どうせこの妖しげな魔法陣でロクでもない事企んでるんでしょ、なによ、こんな物!こんな物!!」
ぐりぐりと魔法陣を踏みにじるアクアの腰に涙目でしがみついていた。
取り巻きらしきアンデッドは、それに対し何をするでもなくただ眺めている。
しかしさっき砂賀さんの事を思い出していたせいか、あのリッチーの女性が砂賀さんの同類に見えてきた。声についてはむしろ夢路さん似だが・・・するとそんな彼女の想いを踏みにじるアクアは瀬川先輩か。
「やめてー!やめてー!!この魔法陣は、未だ成仏できない迷える魂達を、天に還してあげるための物です!ほら!たくさんの魂達が魔法陣から天に昇って行くでしょう⁉」
普通に良い奴じゃないか。
彼女の言う通り、青い人魂らしきものが魔法陣の光と共に天へと昇って行くのが見える。
「リッチーのくせに生意気よ!そんな善行はアークプリーストのこの私がやるから、あんたは引っ込んでなさい!見てなさい、そんなちんたらやってないで、この共同墓地ごとまとめて浄化してあげるわ!」
どっちが凶悪モンスターなのか。このシーンを切り抜いて第三者に見せたなら、大半は黒ローブの方を人類の味方だと判断するだろう。
「『ターンアンデッド』ー!」
墓場全体を覆う程の強さの白い光がアクアから放たれる。
それを浴びたゾンビや人魂達は、掻き消える様にその姿を消していった。
それは黒ローブの聖人リッチーも例外ではなく。
「きゃー!か、身体が消えるっ⁉止めて止めて、私の身体が無くなっちゃう!!成仏しちゃうっ!」
「あはははははは、愚かなるリッチーよ!自然の摂理に反する存在、神の意に背くアンデッドよさあ、私の力で欠片も残さず・・・」
―――ちょっぷ。
「あだぁっ⁉あんた何してくれてんのよいきなり!せっかくリッチーという凶悪モンスターを討伐して、私の経験値も大量ゲットってところだったのに!」
凶暴なアークプリーストを俺が押さえている間に、和真がリッチーに話しかける。
彼女はアクアの言う通りリッチーらしく、名前はウィズというそうだ。そして彼女には迷える魂達の話を聞くことができ、天に還れない魂が多く彷徨っているここを定期的に訪れ、さっきの魔法陣で成仏させているらしい。
「それは立派な事だし善い行いだとは思うんだが・・・アクアじゃないが、そんな事はこの街のプリーストとかに任せておけばいいんじゃないか?」
俺も思った事を和真が尋ねてくれた。リッチーが話に聞く通りの強さなら倒されはしないだろうが、わざわざ人里に来てひっそりと儀式をする必要は・・・・・・まさか、
「そ、その・・・この街のプリーストさん達は、拝金主義・・・いえその、お金が無い人達は後回し・・・といいますか、その・・・、あの・・・」
ああ、やっぱり。
「つまり、この街のプリーストは金儲け優先の奴がほとんどで、こんな金の無い連中が埋葬されてる共同墓地なんて、供養どころか寄りつきもしないって事か?」
「え・・・えと、そ、そうです・・・」
「・・・・・・クソ共が」
全員の視線が俺へと集中する。
確かに俺は二度の生のどちらにおいても、良く言えばもの静か、普通に言えば何も喋らないタイプなのは理解しているが、その俺がこんな風に怒りを露わにするのは予想外だったのか。
だが俺はそんな風に、他者の苦しみを見て見ぬ振りできるような奴は大嫌いだ。他人を自身の地位や権力のための駒としか見ない。そんな奴を見ると反吐が出る。
「わ、私は、最近この辺りに来たばっかりだから、この現状を知らなかっただけだからね?私、悪くないわよね・・・?」
ならお前は許す。だが他のプリースト達はどうだか。
「ええと!ウィズ・・・さん、だよな。あの、ゾンビを呼び起こすのはどうにかならないか?俺達がここに来たのって、ゾンビメーカーを討伐してくれってクエストを受けたからなんだが・・・」
「あ・・・そうでしたか・・・その、呼び起こしている訳じゃなく、私がここに来ると、まだ形が残っている死体は私の魔力に反応して勝手に目覚めちゃうんです・・・その、私としてはこの墓場に埋葬される人達が、迷わず天に還ってくれれば、ここに来る理由も無くなるんですが・・・・・・・・えっと、どうしましょう?」
このままウィズが浄化を続けていればまたクエストは貼られるだろう。冒険者カードがある以上、討伐していないゾンビメーカーを討伐した、と言い張る事はできないが、アークプリーストが討伐に失敗したアンデッドとなればどれだけ警戒されるか。アクアの冒険者登録の時、その桁外れのステータスにギルドは大騒ぎだったから、強さもある程度は認知されているかもしれない。
そうなれば王都辺りから凄腕冒険者か騎士団か、とにかく強い戦力を呼びつけて全力でウィズを討伐しにかかるかもしれない。それでどちらが勝つにしろ、見るからに心優しいウィズにとって喜ばしい結果にはならないだろう。
「・・・なら、共同墓地の浄化をクエストとして貼り出せばいいのではないか?それなら人も集まるだろうし、駆け出しプリーストには浄化の練習にもなる」
ダクネスがそう提案する。欲の皮の突っ張った奴らに金を払わなければならないというのは癪だが、まあ仕方ないだろう。
「・・・・・・すれば?」
「あの、私は魔道具店を営んでいるのですが、そこが赤字で・・・できればあまりお金はかけたくないんです」
「聖、顔が怖いぞ・・・そんなに金を払いたくないなら・・・・アクア、お前やるか?」
「しょうがないわねー。確かにそういうのは私の役目だし、定期的にここの浄化をすれば問題無いのね?睡眠時間が無くなったりするのは嫌だけど、リッチーがやるよりは私の方が良いに決まってるわ!」
成程、アクアにやらせるのか。これで墓場を彷徨う魂が救われるといいのだが。
「・・・そういえば、さっきウィズが魔道具店って言ってたが、仮にも強力モンスターなんだったら、こう、ダンジョンの最深部とかにいるもんじゃないのか?」
「ダンジョン内部は生活が不便ですから、目的も無いのにわざわざ住もうとは思いませんよ。特に私は友人からの頼みで、とある目的のための資金を集めなければならないんです・・・あ、これ、お店の住所です」
・・・まあ、それもそうだが・・・しかしこの住所、アクセルの街だな。街に強大なモンスターがいるって大丈夫なのだろうか・・・・・・まあウィズさんなら大丈夫か。
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結局、ゾンビメーカーを討伐していないせいでクエスト失敗になったのに気づいたのは、街の正門が見えてきたころだった。
家の転校生君は下衆・・・というか、深い目的も無く人を傷つけられるような人間が嫌いです。人が人を傷つけること自体はままある事と割り切れるのですが、それを惰性で行ってしまうような人は受け入れにくい、という感じです。
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君咲学院2-C所属。若緑色のショートカットにシャギーが入った感じの髪。
園芸部部長で、大体作中で書いた通り。基本的に苦労人、常識人ポジションだが、植物と会話したり、しばしば問題視されるレベルの緑化運動を行ったりする。
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君咲学院2-B所属。茶髪のセミロング。CV:堀江由衣。
保健委員会に所属する
主人公の事を愛している。超マジでございます。