この素晴らしい世界にアンサンブルを!   作:青年T

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秘密の店にようこそ

 冬将軍と出会った翌日から、彼からの依頼のための準備を始めた。

 アクアが俺に頼んでいた冷蔵庫は、雪精を解放したために中止・・・とはならず、彼女が冬将軍の前で解放したのとは別に隠し持っていた雪精があったのだ。とはいえあのやり取りの後でそれを使う気にもなれず、その雪精は解放し、無難に冷気系の魔法を使う方針で設計する事となった・・・城を建ててからの予定だが。

 一、二日では終わらないであろう作業の間の食料や寝袋、衣類にカイロ(魔道具の一種としてこの世界にもあった。日本のものより一回り大きめだが使用時間の長さを考えると一長一短か)なんかも準備し、図案を書くためにいくらか紙も買っておきたい。品質にさえこだわらなければ日本とそう値段の差はない。

 今日は依頼を早めに切り上げたから、午後は時間が余っている。今回の報酬は合計210万エリス、そこから借金返済のために110万引いた余りを山分けし、俺の手元には20万がある。予算としても十分だ。俺はこれから商店街へ足を運ぶことにした。

 

 ────────────────────

 

 そして商店街。たまたま近くを通る事になった酒屋の前に、見覚えのある人影があった。

 楽天家で酒飲みの女神アクア・・・ではない。今朝、例の謎の気配がする店にいた店員の人だ。買い出しだろうか?

 

「あら?あなた、今朝の・・・」

 

 彼女もこちらに気づいたようだ。俺は手を振ってそれに応える。

 

「・・・せっかくですし、店の方でお話しますか?私としても、店の客が増えるのは嬉しいですし・・・」

 

 今はまだ何も買い物をしていないため、重い荷物なんかは無い。せっかくだしこの誘いに乗ってみてもいいだろう。俺は彼女に付いていくことにした。

 

 その道中、彼女は俺にいくつかの質問をしてきた。曰く、女性関係とかはあるのか、嫌いなものはあるか、宗教についてどう思うか、と全体として見ると妙な質問だった。

 もしや彼女は()()()()商売をしているのか。そっち系の知り合いはおろか、そういう話題ができる知り合いも君咲学院ではいなかった。そういった人達を受け入れられない訳ではないが、どうにも面食らう。ちなみに質問の答えはそれぞれ「恋人いない。知り合いいる」「他人を傷つけて何とも思わない奴ら」「好きにすればいい・・・・・・迷惑はかけずに」だ。

 

 そうして店に着いた時、彼女はこちらを向いて言った。

 

「実は、この店は会員制・・・という訳ではないのですが、サービスの都合上、一部の方々には出来れば来店を控えていただきたいのですが・・・どうやらあなたは大丈夫そうですね・・・あ、最後に一つだけ聞きます。ここにとって不適切な相手から情報を求められた場合、この店についての情報を秘匿していただけるでしょうか?」

「不適切な相手?」

「説明を受ければ分かります・・・それで、どうでしょう?」

「出来ます」

 

 その言葉に彼女は納得したように頷き、俺を店内へ案内した。

 

「それでは、いらっしゃいませ。こちら、飲食と一夜の夢を提供する店、『黒猫の尻尾』です」

 

 中にいた店員は全員が美女あるいは美少女といって差し支えない容姿をしている。来客はパッと見たところ全員が男だ。今が昼下がりの時間帯なのもあって人数は少ないが、その多くが手元の用紙に真剣な顔で何かを書き込んでいる。

 俺達は空いていた席に座り、話を始めた。

 

「あなたの想像していたようなお店とは違いましたか?」

 ―――何と言うか・・・思ってたよりお淑やか?なお店ですね。

「ふふっ、表情に出るタイプなんですね・・・まず初めに言っておきますが、当店で働いている私達は人間ではありません。サキュバスなんです」

 ―――ええっ!?こんなところに下級とはいえ悪魔の群れが!?

 

 サキュバスは男性の精気を吸う悪魔だ。その気になれば容易く討伐できる程度の下級悪魔ではあるが―――あるいはそんな下級悪魔だからこそ、男性にとって魅力的な存在である。サキュバスが住み着いた街では結婚率が(いちじる)しく落ち込むと言われ、世の女性達から蛇蝎の如く嫌われる彼女達。人間への影響力でいえばちょっとした中級悪魔にも劣らないかもしれない。

 

「驚きこそすれど敵意は向けない・・・やはりあなたは大丈夫そうですね。まず、私達は人間の女性から敵視されています。理由は・・・その様子だと知ってそうですね。しかし、私達は人間の男性から精気を吸わなければ生きていけません。そこで、戦う力のない私達はこうしてひっそりと、精気を提供してくれる男性の方々に、格安で淫夢を見せるサービスを行っているのです」

 

 なるほど。危険を冒して相手を探しに行くより、相手が向こうから来てくれるシステムを作る方が確かに安全だ。

 そして彼女はテーブルに束で置いてあった紙から一枚を取り、俺に渡しながら続けた。

 

「こちらが当店の淫夢サービスを受けるためのアンケート用紙です。食事をせずにこちらだけ記入するのもOKですよ。店を出る時か会計の際に渡してくださいね?」

 ―――この設定って、随分細かいところまで決められるんですね・・・

「設定ですか?自分の好みのシチュエーションや自分の状態、相手の外見、性格、好感度なんかも、記入していただければしっかり反映されますよ。王様や英雄になって有名な女性を(はべ)らせてもいいですし、身近な方と甘々な時間を過ごすのも大丈夫・・・どうせだから自分が女性の側になってみたい、なんていうのも可能ですね」

 

 へえ~すごい。でも、お高いんでしょう?・・・・・・そう思って料金表を見ると、凄まじいまでの安価でのサービスだった。例えば三時間なら5000エリス・・・そういった店の知識はないが、クオリティも考えるとこの10倍の価格設定でもやっていけるのではないだろうか?

 

「・・・私達にとって、お金は、この街で人として生活していけるだけの分があればそれで十分なんです。後は、ほんのちょっと、お客様の精気を頂くだけですから」

 

 マジか・・・悪魔が清貧という言葉を体現しているとはたまげたな・・・

 

「・・・・・・聖人?」

「や、止めて下さい縁起でもない!」

 

 え?・・・あ、ああ、そういう、価値観なのか。やっちまったかな・・・俺の心無い一言で傷つけちゃったかな・・・・・・

 

「ちょっ、土下座も止めて下さい!そこまで傷ついてませんし、皆さん見てますから!」

 

 む、ならサービスだけ受けてみるか?この価格設定なら一、二回くらいは余裕だし・・・でも仕事に支障とか出ないかな?こう、こびりついた悪魔の気配が不快、とか・・・・・・ん?

 

「悪魔の気配、分かりやすい?」

「・・・人間では、プリースト以外がそういったものを感じる事はまず無いですし、私達くらいの下級悪魔が気配だけでバレる、というのも滅多に無いですね。よほどの高レベルのプリーストに肉薄するくらいでないと・・・本当になんで私達の店から気配を感じたんですか?」

 

 俺にもわからん。しかしその条件だと・・・

 

「隣でアークプリーストが寝てる」

「ああ、馬小屋・・・しかしこんな街にアークプリーストとは、何かの間違いではないのですか?」

「デュラハンの時の水害の・・・」

 

 俺のその一言に、話していた相手のサキュバスは引き攣った様な笑いを浮かべる。流石にこの街に住んでいて()()を知らないという事はないだろう。この表情も納得だ。

 

 しかし彼女の顔に見えるのは『諦め』ではなく『葛藤』。それも引くかどうか、というより進むかどうか、を迷っている・・・気がする。

 やがて何かを決意した顔になり、

 

「・・・・・・こうして一ヶ所に留まって暮らす以上、いずれはこんな事態が起こるとは分かっていました。本来ならここで見切りをつけて他の街にでも移るのが正しいのでしょうが・・・お願いします。あなたに夢を見させて下さい」

 

 ―――それは、

 

「あなたが気にする必要はありません・・・これは私のエゴです。サキュバスである事も、客商売である事も否定できない私の・・・」

 

 悲壮ながらも確かな決意を持った彼女に、俺にはかける言葉が見つからない。

 周りにいた店員達――――十中八九、彼女達全員がサキュバスだろう――――も、彼女を不安気な面持ちで見つめている。

 

「心配はいりません。私はそのプリーストを攻撃しに行くのではありません。ただ私達がこれからもこの街にいられるか、確かめたいだけですから・・・危なくなれば逃げるつもりです」

 

 ・・・・・・・・そうか。それほどに固い決意があるのなら、俺がそれを否定するのは無粋か。

 なら、俺はそれを鈍らせないようにしよう。彼女の望む通りに願おう。一夜の(淫)夢を、彼女に願おう。

 

 ―――でもどんな内容を書こう・・・




 先に書いておきますが、聖の注文内容および見た夢を文字に書き起こすつもりはありません。自分でイメージして下さい。
 それと、作中に出て来たサキュバスの店の店名はオリジナル設定です。

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