初心者殺しが地に倒れ伏し、周囲のゴブリン達は恐慌状態になり、散り散りに逃げだした。
「・・・・・・和真!」
和真を見ると、腹から血を流しながらうめき声を上げている。手持ちのポーションだけでは時間稼ぎにしかならないだろう。アクアがこの場にいれば・・・
そうだ、アクアだ!『クリエイト・フリーズホース』でアクアと合流できれば、和真を治療できるかもしれない!アクアは今日は家でゴロゴロしている筈。忙しいという事はないだろう。
だがこんな死にかけでは、魔法で作った馬――フリーズホースでいいか――の揺れにどれだけ耐えられるか・・・和真を置いてアクアを呼びに行くのも危険だ。何かアクアにメッセージを送る手段は・・・
『あの・・・サトシさん』
―――その声はサリスか。何か良い案があるのか?
『下級のインプなら速力だけは出ますし、手紙を持たせればメッセージが送れるのではないかと・・・』
―――それだ!それならフリーズホースを先導させる事もできる。やるなサリス!
『あっ・・・ありがとう、ございます・・・インプなら仕事を探してるのも多いですし、召喚魔法を使えばすぐにでも呼べると思いますが、手紙の送り先がアークプリーストですからね・・・』
俺はまず、荷物の中にあった紙に『サトシからアクアへ』と大きく書き、その裏側に具体的な要件を書く。森で初心者殺しにやられた和真が重傷な事、治療のためにアクアの力が必要な事、インプに先導させたフリーズホースが俺達の元へ連れて行ってくれる事を書いた。アクアがちゃんと読んでくれるといいが・・・
そして悪魔召喚の魔法を使う。一般のインプを召喚するものがベースだが、一度だけ神聖属性の魔法を受け流す効果の結界をインプに付与するように改変している。これなら怒り狂ったアクアが攻撃してきても手紙は届けられるだろう。
「キキキッ!」
現れたインプは、いかにも危険性のなさそうな小さな姿だ。速度だけは出せるらしいが・・・
「この手紙を、近くのアクセルのアクアまで。水色の髪のアークプリースト」
「キキッ!?」
「神聖属性に対する結界は付けた。家の場所は・・・」
家の場所は即興で地図を描いて見せる。この場所も示しているので、最悪この地図もアクアが見ればいけるか?
そして『クリエイト・フリーズホース』を使う。森の中を先導させるために小さめの体にしたが、パワーは見た目ほど弱くない。アクアを乗せて森の入り口までは来れるだろう。
「これも連れて行ってくれ。手紙を届けたら魔界に帰ってそれで契約は終わり。寄り道は禁止」
「キ、キキッ!」
命令を言い終えるや否や、インプはフリーズホース――大きさ的にはロバかもしれないが――を連れ、手紙と地図を手にアクセルへと文字通りに飛んでいった。
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アクセルの街、和真達が住んでいる屋敷にて。
「ふぁあ~・・・よく寝たわ~・・・・・・あれ、カズマさんとサトシさんは?」
「あの二人なら、ゴブリン討伐のクエストに出てたはずですよ。なんでもレベル上げがしたいとか・・・」
アクアとめぐみんは駄弁っていた。
デストロイヤー討伐でありあまる金を手に入れた彼女達には、クエストに出る必要性がない。
めぐみんは日課の爆裂魔法を撃ちに行きたかったが、カズマ、サトシに加えダクネスも不在。アクアも長い昼寝から覚めなかったため、倒れる自分を街まで運ぶあてが無かったのだ。
今日はようやく目覚めたアクアをと一緒にいくか、とめぐみんが決めたところで、何者かが玄関の呼び鈴を鳴らすのが二人の耳に届いた。
「ええー・・・面倒くさいわね・・・・・・めぐみーん、ちょっと応対してきてー・・・」
「しょうがないですね・・・それじゃあ後で日課の一日一爆裂に付き合ってくださいねー」
そんな会話の後、ドアを開けためぐみんが見たのは、下級の悪魔が謎の幻獣を引き連れ、手紙を持ってきている姿だった。
「キキッ」
「手紙・・・ですか?手紙を出すのに悪魔を使役する知り合いには心当たりがないのですが・・・ふむ、『サトシからアクアへ』・・・いったい何なのでしょう・・・」
部屋に戻ってアクアと共に手紙を読むめぐみん。そこに書かれていたのは、衝撃の内容だった。
「え、ええっ!?カズマが森で死にそうになってるって・・・!」
「それで、アークプリーストであるこの私の力が早急に必要って訳ね!いいわ。カズマさんには魔王討伐という使命があるもの、叩き起こしてでも連れて帰って来るわ!手紙にある馬は玄関前にいるのよね?」
「はい、お願いします!」
めぐみんの言葉を背中に受け、アクアは――――正確にはアクアを乗せたフリーズホースは森へと駆け出して行った。
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森に入る辺りから、アクアはフリーズホースから降り、それに先導してもらう形で進んでいた。
「なんか静かねえ・・・森の中なのにモンスターもいないし、本当にカズマさんが危険なのかしら?」
今回、ゴブリンの勢力は森の奥、初心者殺しの庇護の元で一ヶ所に集まっていた。
ゴブリン達にとって、初心者殺しは有益な存在である。機嫌を損ねさえしなければ、外敵から身を守ってくれるのだ。それが善意などでない事は大抵が理解しているが、弱い彼らにとってはそれで充分だった。
しかし、それが今、人間によって打ち倒された。二人組のうち一人はまもなく死ぬだろうが、もう片方はまだ傷も負っていない。必死に息を潜める彼らがプリーストを目撃していたとしても、それを襲おうという余裕は無い。
彼女が先程の男同様に強かったら?あの男に人間を襲う姿を見られれば?
それを危惧するゴブリン達は、手持ちの武器と僅かばかりの木の実を手に、すでに遠くに逃げだしていた。この生き汚さが彼らの生存の秘訣ともいえるだろう。
しかしそれはアクアには関係ない。しばらく森を早歩きで進んでいると、不意に血の匂いを感じた。
「これって・・・!こっちにカズマさんがいるのね!?」
そう気づいたアクアが駆け出した先に、泣きそうな顔の
アークプリーストであるアクアには分かる。すでにサトウカズマの生命は尽きている。
「こういう時はリザレクションね!」
―――その手があったか!
和真の死を確信した時は本気で絶望したが、よくよく考えたらアクアには蘇生魔法もあったな。
アクアは和真の遺体が中心に来るように魔法陣を展開し、そこに多大な魔力と詠唱を込める。
「『リザレクション』!・・・・さあ帰ってきなさいカズマ!こんな変な所で死んでんじゃないわよ!」
和真に反応は無い。魔法が失敗したようには見えないが・・・・・・よく探ると、こことは違う空間、いや世界?この世界の伝承からすると、天界と呼ばれる場所に続くのであろう超自然的な繋がりが感じられた。ふむ、この漢字なら・・・
・・・何だか形容し難い感覚だが、おそらく俺の精神が和真のいる場所に接近できた・・・んだと思う。アクアの魔法に便乗した形だからまだまとも・・・だと思いたい。俺の深刻な人間離れなんて認めたくない。
『おし、待ってろアクア!今そっちに帰るからな!』『ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください!ダメですダメです。それだと天界規定が・・・』
・・・俺の姿は見えていないっぽいが、和真が銀髪の女性と一緒にいるのが見えた。いつか見たエリス神の肖像に似ているし、彼女がエリス神なのだろう。
どうやらエリス神曰く、和真は一度日本で死んだために更なる蘇生が認められない、ということらしい。
・・・・・・確かに理屈は分かる。死者の復活がそう簡単に行われては、世界は人間で溢れかえってしまいそうだ。理解できる。
・・・だが、それだと俺が寂しい。一人になる訳ではない、と言われるかもしれないが、一人いなくなるのだ。しょうがないから諦めよう、と割り切れるほど俺は利口な性格ではない。
―――こうなったらサリス経由ででも何かしらの禁術を仕入れて和真を・・・
・・・なんて事を考えていたら、どうやら伝承通りにアクアの後輩だったらしいエリス神が特例で和真の蘇生を許可した。その際に上げ底だとか胸パッドだとか言っていたが、イヤーオレボクネンジンダカラヨクワカンナイナーHAHAHA。
「この事は、内緒ですよ?」
そう言って和真にイタズラっぽく笑うエリス神。
和真はそれを背中で聞きながら、現世に繋がるらしい門を開いてそこをくぐる。和真が見えなくなった辺りで、俺はとりあえず礼をする。
―――この度は特例で彼を生き返らせて頂き、ありがとうございました。
そうして俺の精神も天界を離れる――――
「あ、あれ、今さっきそこに誰かいました?何か聞こえた気がしたんですけど・・・あれー?」
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現世に意識を戻した俺が見たのは、和真が頭を振りながら起き上がる姿だった。
サブタイの時点で想像は出来たかもしれない後半。ちなみに手紙を受け取ったのがアクアだったら、使いのインプはバラバラに引き裂かれていたかもしれません。