アルダープの息子とダクネスがお見合いをする日が、今から数日後となったと聞いたのは、ダスティネス卿に依頼されていた護符を持って行った朝のことだ。
「多分何かしらあるよなぁ・・・・・・」
「うむ・・・出来れば、アクア君にはいざという時のために立ち会って欲しいのだが・・・」
「まっかせなさい!邪悪な悪魔なんかに負けるつもりはないわ!ダクネスもクルセイダーだから耐性あるはずだし、大船に乗ったつもりでいてくれていいわ!」
「その大船見当違いの方向に行きそうだな」
言えてる・・・・・・
「それじゃあ、俺もそれに立ち会ってもいいですか?アクアはなんといいますか、少々
―――和真ーそれ俺じゃ駄目ー?
「お前はお前で不意打ちに異様に弱いから駄目だ」
―――そんなー。
「じゃあお前は何か適当なクエストでも受けて金を稼いでいてくれ。向こうがどんな手を使うか分からないから、あんまりアクセルに近すぎない場所でする仕事の方がいいか?人の目があるならなお良いけど」
―――わかった。じゃあギルド行ってくる。
俺は何か適当な依頼がないか、ギルドへ向かうことにした。
「・・・・その、彼との関係はいつもあんな感じなのか?普通の仲間とはどうも違う気がするのだが・・・」
「・・・気が付いたらあんな感じの関係になってました」
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さて、冒険者ギルドに来たはいいが、こんな時期ではあまりソロ向けのクエストがない。誰か臨時に組める相手がいればいいが・・・・・・
「あっ、サトシさん!おはようございます!今日はこれからお仕事ですか?」
―――ゆんゆんか。俺はそのつもりだったんだけどいいクエストが無い。そっちは?
「私ですか?私はこのクエストを受けようかと思ってるんですが・・・・一緒にどうですか?」
そう言ってゆんゆんが差し出した用紙を見る。『走り
走り鷹鳶とは、鷹と鳶の異種交配から何故か生まれたダチョウのような鳥だ。繁殖期には硬い物に突撃し、激突する寸前で回避することで求愛行動とする謎の性質があり、今では立派にモンスターとして認定されている。
俺は実物を見たことはないが、確かそろそろ繁殖期の筈だ。いくら走り鷹鳶が激突を避けようとしているとはいえ、回避に失敗する個体は一定数いるし、その犠牲になる荷馬車なんかも毎年あるのだとか。なかなか危険なモンスターだ。
とはいえ、人間自体を獲物としている訳ではない。普通に強いモンスターは走り鷹鳶を避けるし、ゆんゆんのステータスならソロでも充分にクエストを達成できるだろう。
しかし、彼女のコミュニケーション力では大いに不安だ。俺が着いていくべきだろう。
―――一緒に行くか。
「はい!・・・・・・そういえば、めぐみん達はどうしてるんですか?」
―――ノーコメントで。「何で!?」
めぐみん達が現在進行形で借金に悩まされている事をゆんゆんに伝えれば、彼女がどんな行動に出るかいまいち想像できない。
「ところで、モンスターと戦う事、どう思う?」
「モンスターとの戦い・・・ですか?私は生き物を殺すのとかは苦手なんですが、モンスターや魔王軍に苦しめられてる人がいる以上、やっつけなければならないと思います」
やっつける、か。殺す事を避ける辺り、根本的に冒険者に向いていない気がするが、割の良い護衛依頼なんかはいけるか?
さて、それはそうと・・・・・・
「じゃあ、悪魔の類は?」
「悪魔・・・私はあまり関わりたくはないですかね・・・・里の皆はそういうの好きですし、アクセサリーの装飾なんかにもよく使われますが、前に上級悪魔と戦ったのはちょっとしたトラウマで・・・でも、どうしたんですかいきなり?」
「最近、悪魔の使役に手を出していて・・・」
「あ、悪魔の使役!?大丈夫なんですか?魂を奪われたりとかしないんですか?」
「節度さえあれば」
「はあ・・・・・・」
ゆんゆんの目が心配混じりのものになった。しかし悪魔の装飾が人気とは、紅魔族はやっぱり中二病部族だった・・・?
―――じゃあ、依頼人のところに行くか。
「は、はい!」
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「僕の依頼を受けてくれるのは君達だね?何と呼べばいい?」
「わ、我が名はゆんゆん!紅魔族のアークウィザードにして、上級魔法を操る者!」
ゆんゆんのその名乗りに、依頼人である学者の男性が一歩引いた。紅魔族のアークウィザードと聞いて、頭のおかしい爆裂娘と評判の
「我が名はアマミサトシ!アクセルの街のクリエイターにして、紅魔族の名乗りを踏襲せし者!後、ゆんゆんは爆裂魔法を使わないので!」
「「・・・・・・」」
俺の名乗りでは二人とも沈黙した。そんなぎょっとしたような目つきで見られても困る。
「まあ、何だ。紅魔族のやり方に合わせてくれる仲間がいてくれて良かったね?」
「え、ええっと・・・・はい・・・・・・」
「それで、依頼の具体的な内容は」
「ああ、そうだね・・・この時期になると、アルカンレティア行きの街道の辺りで走り鷹鳶が繁殖行動を行うようになる。チキンレース、なんて呼ばれている行動だけど知ってるかな?今はまだ目撃情報が無いが、記録からしてそろそろの筈なんだ。
僕達はそこに行き、彼らの選定する硬い物の基準とか、チキンレースの詳しい実態を調べるのが目的だ。理解できたかい?」
「は、はい!」―――分かりました。
そして俺達は学者さんの自前の馬車に乗り、走り鷹鳶がいるであろう場所までやって来た。
「あの馬車ならチキンレースの対象としては申し分ないだろう。馬はこっちに
学者さんが指した方向を見てみると、五・・・いや、六羽の走り鷹鳶がこちらに気づき、走ってきていた。その内の一羽は馬車に突っ込むような軌道ではなく、むしろ審判か何かのように見える。
馬車に向かっている五羽は、いずれもギリギリのところで馬車を回避している。その避け方は個体ごとに違い、先頭の個体から順にジャンプ、右折、ジャンプ、御者台を足場にジャンプ、左折だった。三羽目より一羽目の方が高く跳んだのは個体差だろうか。
一連の流れの後、審判らしき六羽目は声を上げて三羽目のもとへ駆け寄った。それに応じて三羽目も声を上げ、二羽そろってどこかへ駆け出していった。
「今のは・・・メスの個体が三羽目のプロポーズを受けたんだね。一羽目はジャンプが高すぎたのかな?安全をとったとメスに判断されたのか・・・」
そんなところまで審査されるのか・・・話には聞いていたがとことんスリルを追及する種族なんだな・・・
あ、残りの走り鷹鳶もどこかに行った。さっきの彼らとは別方向だ。
「そうだサトシ君、君はゴーレムの作成が得意なんだよね?複数の的が並んでいた場合の反応が知りたいんだけど、いいかな?」
―――あ、いいですよ。
馬車から離れた所に石の人型を五体ほど作る。今回はあくまで的でしかないため、ゴーレムとは呼べない程度の代物でいいだろう。
しばらく待つと、今度は十羽近い数の群れがやって来た。彼らは人型を見て、相談するかのように顔を見合わせたが、しばらくすると思い思いにチキンレースを開始した。メスらしき個体は走っている走り鷹鳶達を
ここでは決着がつかなかったのか、彼らは同じ方向に走り去っていった。
「次はどんな実験を?」
「そうだね、均一な造形、強度の物体であのような反応になるのなら、形の違う物体なら、いやそもそも外見が同じなら強度の違いが判るのかどうか、ああ悩ましいねえ!そう思うだろう!?」
あっ、おとなしい人かと思ったら・・・これはしばらく満足しそうにないな。
―――助けてゆんゆん!
―――えーと・・・・・・頑張ってください!
―――この裏切り者ォォォォッ!!
結局、俺が解放されたのは、学者さんが思いついた案を一通り試してからだった。細かい素材の指定や形のわずかな違い等、様々な差分を作らされ、アクセルに戻ったのは夜遅くといっていい時間になった。
今回のクエストは本来、護衛がメインで補助はおまけ程度の扱いの筈だったことを思い出しながら夜の街を歩いていると、俺は妙な気配を感じた。
最近は女神アクアの気配と人間の気配の違いが感じられるようになってきたのだが、この気配はそれに近いものだ。人間ではない。
一体何者だ?俺はその気配が通りすがりの赤毛の女性から感じられる事に気づき、その女性の後をつけることにした。
「・・・・・そこのあなた。さっきから私の事をつけてるでしょう?」
―――やっべ、バレてる!
「ちょっとお話、聞かせてもらえるかしら?私は手荒な事は好きじゃないけど嫌いでもないの」
そう言われた俺は、建物の陰から彼女の前に姿を現す。
「その髪の色・・・・いえ、あなたの目的が何なのか、話してもらえるかしら?」
目的・・・目的か。具体的に何かある訳じゃないけど・・・
「女神かと思った」
「・・・・・・え、ええっ!?何それ、新手のナンパ?私のどこが女神みたいだと思ったのよ?」
「・・・オーラ?」
「・・・・よくそんな恥ずかしい事を言えるわね・・・それで、その女神みたいな私に何の用なの?」
「いえ、気になっただけ、です」
ここで女性は顔を逸らしてしまった。
「・・・・・・私はこの街に住んでる知り合いの顔を見に来ただけだから、そんなに長くこの街にいるつもりもないんだけど、縁があればまた会うかもしれないから、今夜はもうお別れにしましょう。ええ。それじゃ」
女性はそんな事を早口気味にまくし立て、逃げるようにこの場を離れていった。
うーむ・・・気にはなるが、あれをまだ追いかけたらいよいよ本気で抵抗されそうだ。今夜は屋敷に戻ることにしよう。