ダクネスの体を奪い地上へと走る悪魔。それを俺と和真は追うが、どうにも距離が詰められない。クルセイダーの体は素早く動くようなステータスではないが、それを言うならこちらは生産職と最弱職。敏捷性は五十歩百歩といったところか。
しかしさっきからダクネスの体がやけに静かだ。少し前までは唐突に喘いだりそれを叱責していたが・・・・まさか!
「支配完了!小僧ども、我輩を甘く見たな!この娘の姿なら地上の者達も疑うまい。まずは
・・・・アクアがまぬけ面だと?確かにあいつは頭が残念な節はあるし、真面目な思考なんて全然出来ないけど!ここにいたリッチーを浄化した時は女神らしい言動だったって和真から聞いたし!普段から雑な対応ばっかしてる奴の好意見となると信憑性高そうだし!
「お前絶対変な事考えてるだろ」「せめて二、三件は反論材料があるべきではないか?」
何でお前らここだけ意見合うの・・・・・・
「それはそうと目を覚ませダクネス!お前はもっとやれる子の筈だ!悪魔なんかに屈するのかよ!」
「フハハハハハハハ!無駄だ小僧!この娘はとうとう諦めたのか、先ほどから我輩に身を
―――なるほど、つまりその仮面を引き剥がせばダクネスは無事なんだな!
「さあ!ダンジョンから無事生還した仲間との感動の対面である!忌々しい我が宿敵よ!乗っ取られた仲間の体を前に、一体どう出「『セイクリッド・エクソシズム』---!!」ぬわーーーっ!」
ダンジョン入口に待ち構えていたアクアは、先陣を切って出てきたダクネスに強烈な退魔魔法を撃ち込んだ。
「ダ、ダクネスー!」
―――落ち着け。あれは人間には無害な魔法だ。
並の悪魔なら耐え切れないであろう一撃だが、見たところバニルには致命傷と言えるほどのダメージにはなっていない。ダクネスの体は片膝をついているが、本体の仮面にはちょっとした傷程度にしかなってないな。
「ダクネス、仮面、悪魔」
「え?何?よく分からないけど、邪悪な気配がこっちに向かって来たから魔法を撃ったのよ・・・あれ、ダクネスに当たってた?」
「その圧縮言語をやめろ!ダクネスは今、魔王軍幹部の悪魔に体を乗っ取られかけてる!その仮面がそいつの本体だ!」
和真のその叫びに真っ先に反応したのはアクアではなく、その近くで待機していた検察官のセナさんだった。声を上げて驚いたが、一拍置いて護身用のレイピアをダクネス――――否、バニルに向けて構えた。アクセルの平均的な装備よりは立派だが、アクアを見たバニルから感じられる威圧感の前ではあまりに心許ない。
「うわ臭っ!確かに悪魔から漂う匂いよ!それも並みの悪魔とは比較にならない臭さだわ!ダクネスったらエンガチョね!」
「ええっ!?わ、私自身は匂わないと思うのだが・・・・フフフフ・・・カズマ、嗅いでみてくれ、臭くはないはずだ!フハハハ、フハハハハハ!仮に臭いとしても、この重装備でダンジョンの深部から走ってここまで戻ってきたからであって、やかましいわ!今はせっかくのキメの場面だというのに!!」
うーん、俺も悪魔特有の匂いは感じるけど、あまり臭いって感じないな・・・・好みの問題か?俺個人としてはこう・・・罪の果実、みたいな甘い香りに感じるけど。
「フハハハハ!まずは初めましてだ、忌々しくも悪名高い、水の女神・・・と同じ名のプリーストよ!我が名はバニル!地獄の
・・・・バニル?何だか聞き覚えがある。あれは確か数日前・・・・・・サキュバス達との会話の中で・・・
そうだ!彼女達が読んでいた週刊誌の表紙でモデルをやっていたあの悪魔!『見通す悪魔』、『魔王より強い幹部』、『若いサキュバス100人に聞いた、仕えたい地獄の公爵No.1』!
「ふむ、我輩の事を知っている者もいるようだな。流石にこのような状況でサインを
「やだー、悪魔相手に礼儀とか何言っちゃってるんですか?神の
どうしよう。立場的にはバニルと敵対するべきなのに、あのアクアと同じ陣営で戦う事に抵抗を感じる。悪魔が人間を害して悪感情を出させている事は否定できないけど!
「「・・・・・・・・」」
「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」「甘いわっ!」
アクアが放った退魔魔法をバニルは横に跳んでかわす。
「ダクネス!ちょっとくらい動き止めなさいよ!」
「そ、そんな事言われても、体が勝手に!」
そんなやり取りをしつつも、アクアは退魔魔法を唱えては放ち、それをバニルは横や上、後ろにも跳んでかわし、たまに入る直撃も高い防御力で大したダメージになっていない。交わしている言葉に対してやたらハイレベルな戦闘だ。
そんな時、セナさんとめぐみんがこちらにやって来た。
「ふ、二人とも!これは一体どうなっているのですか!?あんな紅魔族の
「何バカ言ってんだめぐみん!ダクネスが、魔王軍の幹部に体を乗っ取られたんだ!あの仮面が本体らしい、どうにかできないか!?」
バニルと仲良くなるとあの仮面のレプリカが貰えるという噂を聞いたことはあるが、この状況でそれは無茶だろう。
現状ではバニルは封印の札でダクネスの体から出られないため、噂に聞く各種光線技や闇系の魔法、スキルが使えない状態だ。正直言って俺も
「・・・・・・しかし困りましたね。あの悪魔、アクアの魔法を喰らっても耐えています。おそらくクルセイダーであるダクネスの体を乗っ取ったからですね」
「光系の魔法には体の耐性がある」
普通なら神聖魔法を聖騎士に向ける機会がまず無いが、あのアクアがまともにダメージを与えられていない現状がその耐性を物語っていると言える。
「でもあいつ、ダクネスの体にいるから大剣での攻撃しかできないだけだぞ。本当なら殺人光線だか何だかも使えるみたいだし、ああして封印したままの方が安全じゃないか?」
―――でもそれは・・・・・
「・・・少なくとも今すぐには封印は解けない。他の冒険者が大勢いるからな・・・・でもあれ、封印解いたら出てくるのか?」
―――あの中では一番耐性高いよな。
見たところ戦局はバニルが優勢だ。耐久力と腕力はダクネスのものだが、それを扱う技能はバニルに依存しているようだ。最近ようやく命中率が二割に届いた程度のダクネスの剣が今はあんなにも手強い。ダンジョンから戻ってきた冒険者達も彼(?)に攻撃を仕掛けているが、既に何人も地面に倒れている。俺もゴーレムを何体かそこに混ぜて戦わせているが、どうにも冒険者のフォローで手一杯だ。
―――なあ和真、あの仮面を直接殴って破壊する方法ってありそうか?
「見た感じ無理っぽいぞ。何度か冒険者の攻撃が仮面に当たってるけど、ヒビ一つ増えてない。やっぱアクアの魔法で浄化するしか無いか」
「あの程度の仮面、我が爆裂魔法で破壊してやりますよ!」
「いやいや、それ確実にダクネスも巻き添え喰らうだろ!流石にあいつを殺させる気はないぞ俺は!」
―――まったく、(ワシャワシャ)俺達はこんなにも(ワシャワシャ)めぐみんの事も(ワシャワシャ)ダクネスの事も(ワシャワシャ)好きだというのに。(ワシャワシャ)
「こっ、この状況で子供扱いはやめろォー!」
俺達が戦いに直接関われずにいたところ、バニルが――――否、ダクネスが口を開いた。
「・・・・めぐみん、やれ」
―――今、何ていった?
「今、確かにダクネスがめぐみんに、やれって・・・・・・」
「わ、私、爆裂魔法しか使えないんですが・・・・まさかダクネス!」
「爆裂魔法だと?し、正気か娘よ!・・・・・ああ、正気だ。こうしてあいつらが躊躇っている間にも、お前は冒険者を圧倒し、アクアを攻撃しようとしている。もはやこうするしか勝利の見込みはあるまい・・・ま、待て。考え直せ。そこの小僧、貴様もこの娘の事は憎からず思っているのだろう。それを爆裂魔法の餌食になど・・・・何、私は防御力には自信がある。何とか耐えきってみせる」
・・・・そうか。それなら、俺はせめてその覚悟を全うできるよう、力を尽くす事にしよう。
俺は地面からゴーレムの腕を生やし、ダクネスの体に殺到させる。案の定と言うべきか、その体の身体能力を生かしてそれらをかわし、的確に二本、三本、また二本と減らしていく。この腕は俺の魔力が続く限り無尽蔵に生み出せるが、悪魔バニルは少しずつこちらとの距離を詰めてくる。
そしてダクネスの体は俺の目前まで迫ってきた。もはやダクネスの意識は出てこれないのか、その顔は
バニルは俺を剣の腹で殴りつける・・・が、その剣は俺に当たらない。俺は足元の土を攻撃に使うことで空洞を造っており、咄嗟にそこに隠れることで攻撃を逃れたのだ。
そして、この空洞は俺一人分だけのスペースではない。
「ぬうっ!落とし穴か!これでは爆裂魔法を避けられん・・・と思ったか?フハハハハ!馬鹿め!その攻撃は読んでおったわ!」
そう言ってバニルは持っている剣の鞘を地面に突き立て、それを踏み台に脱出する・・・・しかし、その足は鞘を踏むことはなく、バランスを誤った体は着地して態勢を整えるのに僅かに時間を必要とした。
バニルが単に鞘を踏み損ねた、という話ではない。その体が踏もうとした場所には
「大当たりだ。《スティール》には自信があってな」
「!!・・・・・おのれおのれぇ・・・!」
俺はその隙に、ダクネスの体を岩で頑丈に固定する。四肢を岩の中に封じられ、上半身と顔だけが岩からせり出している状態だ。
「・・・・・・めぐみん。あの仮面に爆裂魔法を撃ってくれ。アクアはできるだけ強い回復魔法の準備だ」
「よし、早まるな。話をすべきである。お前達も、こうして娘の体を危険に晒すことは本意ではないだろう。今日のところは引き分けでどうか?魔王の幹部にして地獄の公爵との引き分けである。友達に自慢できるぞ!」
命乞いを始めたバニル。しかしどうにも違和感を感じる。彼の言葉からは必死さはあるにはあるが、自身の存亡がかかっているにしてはやや軽いような・・・・・・?
そんな事を考えていると、和真はセナさんに声をかける。
「検察官さん。このパーティーのリーダーは俺だ。これで万一の事があったら、責任は全て俺が負う。あんたが証人になってくれ」
「っ・・・・分かり、ました」
ほんの一瞬の筈の時間が、異様に長く感じる。
「・・・・・・やれ!めぐみん!」
――――轟音。
全てを破壊する最強の魔法が、ダクネスの体を包み込んだ。