あんまりゲーム時間は確保できない感じです。
『平助、一緒にデンドロやりましょう?』
「買ってない」
『…………嘘でしょう? 一年半前に、滅茶苦茶品薄で、手に入れるのが本当に難しかった時、私にプレゼントしてくれたのは貴方だったわよね?』
「そりゃお前、誕生日プレゼントだったから、頑張ったさ」
『一緒に遊ぼうと誘っても、「ごめん、俺ってVRゲームができない特殊な病気なんだ。こう、神経系のあれこれで」とか言って断っていたわよね?』
「うん」
『つい最近、それが真っ赤な嘘だって私にばれて怒られたばっかりよね、貴方?』
「うん」
『その内買って、一緒に遊ぶから許してくれと言ったのは貴方だったわよね?』
「せやかて工藤」
『天原です。古すぎるネタは止めなさい。何十年前のネタなのよ、それ?』
「そのネタが分かるお前も大概だぞ」
『うるさい。今はその話じゃなくて……ええい、とにかく、いますぐデンドロを買いに行くこと! そして、一緒に遊びましょう!』
「ごめん、今から三日間ぐらい海外で仕事」
『…………貴方のお父様に、平助に性的な悪戯をされたと密告を――』
「捏造はやめてください、お願いします」
●●●
社会人になると、学生の時ほどゲームをやらなくなった。
それがオンラインゲームなら、尚更だ。ましてや、VRゲームなんて疲れそうな物をやろうとは思わない。俺にとってゲームとは、あくまで片手間の暇つぶしにやるものであって、本気でやる物じゃなかった。だって、疲れるもの。
それに、ゲームだって学生時代からやっていたがそこまで熱中してやった覚えはない。王道的な有名シリーズのゲームを幾つかクリアして、放置。アイテムやイベントを取り逃していても、全然気にしない。大人になってからは、サウンドノベル形式のゲームしかほとんどやっていない。まぁ、大体はエロゲーなんだけど。
だから、友人である天原 美央(あまはら みお)からゲームの誘いを受けた時、適当なことを言って断り続けていたのだが……まさか、それが原因でここまで追い詰められるとは。
「…………一万円あったら、旧作の映画を何作レンタル……いや、不毛だ、やめよう」
美央はやると言ったら、やる人間だ。社会人として破滅させられるぐらいなら、一万円程度の出費は全然マシだと考えよう、うん。
海外での仕事が終わって日本に帰国した後、自宅に行くよりも先にゲームショップに向かわされているのも、仕方ないことだと考えよう。
「すみません、『infinite Dendrogram』を――」
「あ、ごめんなさい。在庫をついさっき切らしてしまって」
「……いや、大丈夫です、はい」
ゲームショップを三件ほど回って、やっとゲーム機を手に入れた。やはり人気が凄まじいらしく、地方の小さなゲームショップではそれほど取り扱っていないようだ。これが都心の大きなゲームショップであれば、すんなり買えたかもしれないと考えると、新幹線に乗って地元に帰る前に寄っておけばよかったと後悔。
一年半前は逆に、地方のゲームショップの方が取り扱っている場合が多かったらしく、美央への誕生日プレゼントを何とか入手できたのだが、あの時に買えたのは一台限りだったしなぁ。
「それに、このゲームは確かに面白そうだけど……その分、本気でのめり込むとしんどそうなゲームだろうし」
『infinite Dendrogram』は破格のゲームだ。
完全なる五感を再現したリアリティ。
億単位の人数であろうとも単一のサーバーで、同じ世界でプレイ可能という管理体制。
選択可能なグラフィック。
ゲーム内ならば、時間が三倍に加速されてという謎のプレイ時間確保。
破格だ、破格すぎる。
まさしく、神ゲーだろう。
神様が作ったかの如き、ゲームだ。それ故に、世界中を席巻した大ブームになっている。もう既に、世界中の人間でこのゲームを知らない方が少数派かもしれない。
それほどのゲームだ、これは。
「…………でもこれは、魅力的過ぎる。そう、現実が疎かになってしまうほどに」
いつの時代もそうだったかもしれない。
数十年前のネットゲームだって、ネット世界がメインで、現実の世界はサブ。現実の世界で働くことは出稼ぎだと言い張る廃人だっていたぐらいだ。
だが、このゲームは次元が違う。
本当に、本気で、このゲームを『本物の世界』だと認識してしまうほどに、魅力的だ。
「まぁ、美央が大丈夫だったんなら、俺も大丈夫だろうけど。それに、そんな廃人なんて一部だけだろう。気を付けていれば問題無いか」
己の中である程度の結論を付けてから、俺は自宅に帰ってゲームの準備を始めた。
大人になってからは、学生だった時よりも余計なことを考えてしまうようになったと思う。もっと単純に、楽しそうだからと素直にゲームの中に飛び込んでいければよかったのだけれど。
「さて、美央に連絡する前にキャラクターメイキングぐらいは終わらせておくか」
俺は諸々の家事を済ませると、ヘルメット型のゲーム機を装着して、ベッドの上に横たわる。
そして、ゲーム機のスイッチを入れて――――視界が暗転した。
●●●
「はーい、ようこそ――――」
「うわぁあああああああああああ!! 猫が喋ったぁあああああああああ!! うわぁああああああああっ! 何このパラダイスぅううううううううう!!? あああああああっ! 不意討ち過ぎるぅうううううううううう!!!」
「そんなに?」
猫派だった俺は、しゃべる猫という存在に出会った瞬間、神に感謝した。即座に五体投地をかまして、このゲームへ、『infinite Dendrogram』へ最大級の感謝を捧げる。
「あの、大丈夫――」
「あああああああああっ! しゃべる猫に話しかけられちゃったぁあああああああ!! もっとおめかししてくればよかったおぉおおおおおおおおおっ!!」
「お、落ち着いて――」
「も、もふもふ――――駄目だ! 中の人が居るかもしれないのに、マナー違反だ!」
「意外と落ち着いていた」
「……くそっ、愛が溢れて止まらねぇ! 鎮まれ、俺の右腕ェ!!」
「はーい、キャラクターメイキングを始めますよー」
こうして、俺の『infinite Dendrogram』に対する警戒心はログイン時点で吹っ飛び、純粋な楽しみだけが残った。
そして、このゲームをやる上での目的を得たのである。
「俺は――――しゃべる猫を侍らせて暮らしたい!」
「頑張ってねー。はい、次は容姿を設定してねー」
「一時間おいくらですか!?」
「そういうサービスはやってないよー。頑張れば、世界のどこかに僕以外の猫も居るから、探してみてねー」
「頑張ります!」
俺は意気揚々と、ゲームを始める。
子供の頃、初めてゲームをやった時のような高揚感と、初めてエロ本を手にした時のような下心を胸に秘めて。
さぁ、ゲームスタートだ!