ゲームスタートした勢いで、装備も付けずにモンスターに突っ込んでデスペナになったので、美央と遊ぶ予定は数日ずれ込んだのだった。
『何をやっているの? 馬鹿なの? どうしようもない馬鹿なの?』
「ごめんて。でも、新しくゲームを始めたらとりあえず死んでみるのが俺のスタイルだから」
『デスゲームだったら、序盤で悪ふざけをして死ぬ類の馬鹿ね』
辛辣に叱られても、デスペナなので仕方ない。数日後の夜、俺と美央の予定が合う時まで職業でも決めて、ある程度レベルを上げておけと言われたので、言われた通りにすることに。
もっとも、ログインできる時間はそこまで多くないので、主に平日は仕事終わりにちょっとログインして、観光して、最後にモンスターやPKに殺されて死ぬというサイクルで遊んでみることに。
うん、選んだフィールドというか国はアルター王国という、いかにも西洋ファンタジー国だ。白亜のでっかいお城が雄大でとても素晴らしい。仕事終わりにのんびり街を回るだけでも、観光として結構楽しい物だと思う。さらに、最初から初期資金が与えられているので、その金でささやかな買い食いを楽しむのもまた、素晴らしい。腹には溜まりはしないけれど、この時点でもう一万円分の元は取った気分である。月額料金も気持ちよく払えますな!
はい、そんなこんなで数日間デンドロを自分なりに楽しんだ後、いよいよゲーム内で美央との合流となった。
「…………」
「…………」
「え、ひょっとしてブロッコリーの存在を憎むお子様ですか?」
「そういう貴方は、コーヒーという存在を憎む大人様ですか?」
美央は当然の如く、王都の地理を知り尽くしているし、俺も数日間の観光である程度地理を知っていたので、お互い、有名な喫茶店の前で待ち合わせをすることにしていたわけなのだが、まさか、互いに隣り合わせで並んでいても、数分間も気づかなかったとは。
「リアルと姿が変わり過ぎじゃあないかな? ええと、ベル?」
「それはこちらの台詞なのだけれど? トンタダさん」
天原美央のアバターは、現実とは似ても似つかない長身でモデル体型の美女だった。鴉濡れ羽色の髪をざっくばらんに切ってまとめたショートヘア―に、灰色の作務衣。とても人に会う格好とは思えないが、これはゲームであり、俺たちはマスター(プレイヤー)であるので別段珍しいことも無いだろう。
辛うじて、リアルの容姿と似ている所があるとすれば、凛とした力強い目元ぐらいだ。
「私はこうなるであろうという未来予想図をキャラクターに落とし込んだわ。ふふふ、一週間ぐらいかけてメイキングしたから、違和感なんて皆無よ」
「どんだけ気合い入れてんだよ、お前……」
「そういう貴方は、どれだけ手を抜いたの……? というか、馬鹿じゃないの?」
ベルにジト目で睨まれている俺の容姿と言えば、筋骨隆々の覆面怪人である。わざと追剥の如き襤褸切れの服を身に纏い、覆面は麻袋を大胆に改造。視界の確保と、呼吸口を確保。なお、その影響で大分ステータスにマイナス補正が付いております。後、リアルの容姿と違うから、動きずれぇ。
「リアルだと細身の美形の癖に! リアル男の娘として生きて来たくせに!」
「やめろ、リアルの話を持ち込むな、やめろ!」
「貴方の事だから、どうせ、その覆面で隠した顔も、適当に――――みぎゃあ!?」
「あ、馬鹿」
ベルが覆面を剥ぎ取って、素顔を直視したことにより正気度チェックが発生。ベルは顔を顰めつつ辛うじて踏みとどまったが、周囲のマスターや何人かのティアンは気分を悪くしたのか、露骨に目を逸らして顔を青ざめさせている。
「に、人間としての醜悪を極めたかのような、この顔はなんなのよ!? 逆に凄いわ! 逆に芸術になっているわ、これ! 何時間かけたのよ、このメイキング!?」
「いや、三十分ぐらいで天啓の赴くままに」
「天啓じゃなくて、邪神の囁きじゃない、それ!」
そう、俺の――トンタダの顔は非常に醜く設定した。あまり人間離れし過ぎると、怪物的な容姿として受け入れられてしまうので、不気味の谷効果が最も発揮される境界線上を狙い、醜悪な不細工を描き切ったのである。これならば、未成年のお子様にも安心して正気を削ってもらえる。
「何のためにそんな顔にしたのよ!?」
「その場のノリ。強いて言うなら大人の自制心だよ、これは」
「何が!?」
「この世界でしゃべる猫を見つけたら、俺の持てる全身全霊の技術を使って口説きそうだから、その予防策。こうやって嫌悪感を煽る姿なら、俺の心に無意識にブレーキがかかる」
「それで、その、しゃべる猫とやらに嫌われれば本末転倒じゃない?」
「かもしれない……けれど、このデンドロをゲームとして楽しみたいからさ。本気でやるゲームは確かに楽しいけれど、自制心も必要なんだよ、健康のために」
「その容姿じゃなかったら、健康を害するレベルで探す気だったのね……」
「おうとも、辛うじて理性が勝った」
大人は欲望の赴くまま行動してはいけないのである。大人なのだから。
俺は周囲の被害がこれ以上拡大しないように覆面を再度被って、ベルへ入店を促す。
「とりあえず、立ち話もあれだから、適当に何か注文しようぜ」
「さっきのショックで食欲が無くなったのだけれど?」
「貧弱め。お前はそれでも、カンスト勢なの? 散々、自慢してきたじゃん。気持ち悪い化物だって倒して来たって」
「さっきのは別ベクトル。ふとした瞬間思い出して、吐き気が込み上げてくるタイプなの。というか、もう容姿は変えられないのに、よくもまぁそんな真似を」
「なぁに、こうして覆面で隠せばティアンからも依頼が受けられるレベルでまともになるから大丈夫だ!」
「逆に、あの顔だとティアンから依頼を受けられないレベルで敬遠されているじゃない」
ちなみに、マスターがプレイヤーであり、ティアンがいわゆるノンプレイヤーキャラクターだ。ただまぁ、よほど高性能のAIでも積んでいるのか、それとも何かよくわからない技術の産物なのか、その人格、経歴、共に現実の人間と比べて遜色がない。
どうやら、彼らティアンは本当に、この世界を生きている住人の様なのだ。
でも、俺はそこまで彼らに関わるつもりは無いから、どうでもいいや。俺は、このゲームを遊べれば、それでいい。
「店員さん、二人でお願いするわ。え? 関係? そうね、近々式を挙げようと思っているの。ふふふ、意外? でもね、彼って結構――」
「おい、なんて自然体で嘘をついてやがる」
「いいじゃん! こっちでぐらい、結婚してくれても!」
「すぐに結婚の二文字が出るのはお子様か、婚期を焦った三十路ぐらいだぞ? 三十路から先は地獄らしいが」
「三十路じゃないもん!」
「はいはい、お子様、お子様」
友達と楽しく遊べるのなら、きっと、余計な事なんて考えなくていいのだ。
遊戯(ゲーム)なんて、俺にとってその程度でいい。