とある仮想の幻想絶剣(ソードアートオンライン)   作:To2
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すみませんでした…………まさかこれほど時間が経っていたとは……。

病院でお世話になっててすっかり忘れてました。

本当に、申し訳ありません!


第一八話 『綻んだ刃』

 上級者ギルド『エターナル』は、第三九層のある森にいた。人数はせいぜい五名程度だが、その誰もが攻略組の中では最有力には及ばぬものの、上位に食い込むレベルではある。

 

 ギルドのリーダー・ベティスは、焚火を見るや、現実世界の妻を想起した。三十路にさしかかったが、まだ新婚である。新妻の亜麻色の髪、シルクのような手、穏やかな瞳を頭に描いて、ベティスは初めて彼女に出会った時のような顔をした。

 それを見たメンバーの親友は、唇を引き攣らせて呆れた。“またか。この愛妻家め”

 

「溺愛してるな、ベティス。ちょっと気持ち悪いぞ」

 

「そうか? でも良いじゃないか」

 

「そりゃあ悪いとは言わねえがな、ベティス。気付いたらにやにやされてるこっちの身にもなれってんだ」

 

「お前まだ独身だったな。学生時代はナンパ王とか自称してたくせに」

 

「うっせ!」

 

 愉快な笑い声が上がる。

 

 そこから鋭い顔付きに一転したのは、きっと、突然現れた一人の少年が剣を抜いたからであろう。

 

 警戒心を顕にして、ベティスは大剣の鍔に手をかける。ゆらりゆらりと近付いて来る少年はあまりにも不審で、殺気を滲ませた雰囲気を振り撒いてるので、もしや笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバーではないだろうかと、エターナルは疑っている。

 

 少年は黒髪だ。ウニのようにツンツンした頭で、学ランを纏っているが、ぐっしょりと濡れている。第四〇層では強い雨が降ったらしいが……。“それにしても、あの少年、何処かで……”

 

「どうした、森で迷子になったか?」

 

 ベティスは敢えて優しくしてみせたが、少年はまるで反応しなかった。

 

 

 代わりに、彼の姿が突然ブレた。

 

 

「―――――――――!」

 

 瞳には殺意の焔を燃やし。

 右脇腹から左肩へと抜ける太刀筋を描く為に。

 この剣の世界においてトップクラスのスピードを以て。

 ベティスの懐に潜り込んでいた。

 

 しかし、剣が脇腹に触れる寸前、少年の瞳で燃えていた焔は大きく揺らいだ。

 

 

「かっ!!!」

 

「―――あ」

 

 

 だから、ベティスは一瞬の隙の間に、己の武器で防ぐことが出来た。

 

「……君は、攻略組の」

 

「……………………」

 

 鍔迫り合いになる直前、少年の顔が垣間見えた。見覚えのある顔であった。

 しかし、少年から感じる違和感は否めなかった。

 

 

「……君は、こんなに鈍かったか?」

 

「―――」

 

 刀身を弾き、少年はベティスから距離を取った。いつもなら剣のように鋭い闘志は綻びていた。

 

「そういえば……いつも君と一緒にいる少女はどうしたんだ」

 

「……ッ」

 

 奥歯を噛み締める音がした。しかしそれ以上に、剣を握り締める音の方が大きかった。

 

 ベティスは切っ先を少年に向けた。

 

「何故、君が僕を狙ったかは訊かないでおくがね。今の君では……僕の命には届かないだろう。普段の君ならば、僕なんて簡単に屠れる筈だ」

 

 先程の行為は見逃そう。去れ。

 

 そう告げると、少年は肩を震わせながら姿を消した。もしかしたら、涙を流していたかもしれなかった。

 

「何だったんだ、一体」「あの顔、まさか……」

 

「やめろ」ベティスはざわめき出した彼等を制した。

 

「何か訳があるのだろう。あまり人に言いふらしたりもするなよ」

 

 

 

 

 

 その一部始終を、高みの見物していた者が、二人。

 陰に紛れて消えてしまいそうなくらい、彼等は気配を薄くしていた。

 

「いい揺らぎっぷりだ……奴がヒーロー気質だからだろうな」

 

 にたり、とその男は薄気味悪く笑った。

 傍らの男も、また愉快げに微笑む。

 

「いつまでも紺野にうつつを抜かしているからだ。ねえPHOさん、さっさと紺野は殺しましょうよ」

 

「それじゃダメだ」PHOは少し強めに言った。

 

「それだと壊れない可能性がある。散々痛ぶり尽くし、罪悪感と絶望感を募らせ、その末に殺すんだ……王道だが、麻薬のように気持ちいいもんだ」

 

 男は面白そうに笑った。

 

「それはいいな……最高に」

 

 

 

 

 

 

 森の中にある川を辿ると、やや大きい滝があった。トウマは崖っぷちに坐り込むと、頭を乱暴に引っ掻き始めた。

 

「……くそ…………クソッ!!!」

 

 少女が一人いなくなって、

 その少女を救うことすらままならず、

 情けをかけられて、おめおめと退散した。その事実が、

上条当麻(トウマ)という人間の矮小さを

 

 ―――あまりにも不甲斐ない! 情けない!! でもどうすればいいんだ? 人を殺さねばならない? 人を殺せと言われても、できる訳がないだろうが!!!

 

 トウマは地面に拳を打ち付けた。何度も、何度も、何度も、何度も、

 

 何度もだ。

 

 

 

「……あ」

 

 だから、トウマは気づくことができなかった。背後にゴリラ型のモンスターが迫っていることにすら。

 

 背中……より正確には背骨に、重たい衝撃が加わった。

 普段ならば直感で察知できるモンスターの接近にさえ、対応どころか反応すらままならなかった。

 

 トウマはあえなく落下し、水に沈んだ。もう這い上がる気力も沸かなかった。全身を投げ出し、また攻撃してくるであろうモンスターの気配を感じながら、トウマはそっと目を閉じて…………。

 

 

「トウマ君!!」

 

 

 突如として、水しぶきが上がった。思わず瞼を開けて水面上に顔を出すと、胴体に巨大な穴を空けた巨大なゴリラのモンスターと、栗色の長い髪を翻し、閃光の速度を以てレイピアを振るった、一人の少女。

 

 アスナだ。彼はすぐに分かった。

 “来てくれたのか、こんな俺の元に”

 

 アスナはぼろぼろのトウマを水辺に運ぶと、回復ポーションを取り出し、優しく飲ませた。減少したHPは最大値になったが、胸元に空いた"穴"だけは、どうしようもなかった。

 

「すまねえな、アスナ。不覚をとった」やんわりと笑ってみせた。それがアスナの眼にどのように映ったのか、彼は分からなかったが、ひどい顔をしていたのだろうと予想はついた。アスナはトウマを抱擁した。

 やがてトウマは、いつも幻想を殺してきた右手が、小刻みに震えていることに気付いた。おかしいな、今までこんなこと、無かったのに。

 

「……ユウキが、絡んでいるのね?」

 

 ああ、とトウマはあっさり頷いた。

 

「……トウマ君。あまり、あまり一人で、抱え込まないで。私だって……これでも、君たちの仲間のつもりだし……」

 

 ―――仲間。

 この時トウマは、学園都市に入って間もない頃を思い出した。初めて仲間というものを得て、実感して、だらしなく涙を流したのだ。歓喜のあまりで、だ。それから泣いたことは一度も無い。あるとすればタマネギを切っている時くらいというもの……だから、ここで、少しくらい、泣いても良いだろうか。

 

 そう思って目を閉じると。

 

 

 ユウキの笑顔が瞼の裏に浮かんだ。

 

 

「―――――――――あ」

 

 そうだ。

 ここで、アスナに甘えている訳にはいかない。これは、俺が終わらせなければならないことだ―――トウマはぐったりしていた身体を起こし、双眸を向ける。

 

「悪い、アスナ……お前には頼れない」

 

「どうして……!?」アスナは泣きそうな瞳で言った。

 

「これは、俺が……やらなきゃならないことなんだ」

 

 彼は立ち上がる。

 

 未だ、迷いはある。希望も視えない。どうすればいいのだと苦悩している。

 

 それでも、絶望《げんそう》だけには屈服しない。

 

「正直なところ、お前に甘えたいところだ。

 でもな……それだと、俺の中の大切な"何か"が、壊れてしまいそうなんだ」

 

 彼は少女に背を向ける。

 アスナは引き止めたい気持ちに駆られながら、それでも、その手を伸ばすことができなかった。

 

 森の暗闇に彼が消える。

 力になれないと分かりつつも、アスナは名残惜しそうに見つめ続け、そして、静かに応援する。

 

“頑張って……トウマくん”

 

 

 

 ヒーローと呼ばれた少年は、その右の拳を握り直し、絶望の最中を踏みしめる。

 

 今にみてろ、ラフィン・コフィン。

 

 俺は弱い。でも、今度ばかりは脆くないぞ。

 

 

 

 







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