……やり遂げました。やり遂げましたよぉぉぉぉ!!
メイド長に似合う可愛い服を着せようとすると全力で抵抗するので、私たちも全力で拘束しなければならないという混沌とした状況が生まれていました。
いつも仕事のため、という服しか着ないメイド長ですが、見てくださいこの格好!! フリルのついた白いブラウスに、薄手で紺色のスカート。オフィーリア様のすらっとして綺麗な足が眩しいです。
基本的にオフィーリア様は素材が良すぎるので何を着ても似合うどころかオフィーリア様に負けてしまいますが、この服ならむしろオフィーリア様の魅力を引き出しています。清楚なのに、どこか淫靡な雰囲気を醸し出して……同性の私でもなにやらイケナイ気分になってきます。
やはり、オフィーリア様にフリルというのは素晴らしい相性ですね。確かにメイド服もフリルが所々に使われていて仕事着としてはかなり可愛い方ですが、全然です。これくらい女の子らしいというか、フリフリした服でないと。
「ふ、二人とも、こんな心許ない服装をさせるなんて……いじめですか……!?」
「何を言っていますの? 夜会用のドレスなどではもっと攻めたデザインのものもあります。その程度で心許ないだなんて言っていたら、一生パーティーや夜会には出れませんわよ?」
「私は絶対そんな機会ありませんから!」
「……ええ、そうですわね。夜会なんて出たらすぐに酔わされてお持ち帰り……なんて未来になるのが見え見えですもの。絶対出すわけにはいきませんわ」
「そんなことにはなりませんが、夜会には出ませんから! こんなひらひらした服を着る必要は――」
「よく似合っていますよ、オフィーリア」
「う、ううう……!」
か、可愛い……!! 可愛いですオフィーリア様!! こんな恥ずかしがって顔を赤くした姿なんて、私たちくらいしか見たことないのではないでしょうか!? もう、反則です、反則! これならどんな男性でも、かの「アルテミシアの恋人達」のように一目で恋に落ちますよ!!
「さて、と。オフィーリア、そろそろ行かなくてはいけないでしょう? 殿方をあまりお待たせするものではなくてよ?」
「う……うー、分かり……ました。ですが忘れないことです! この恨みは絶対に晴らしますから!」
「早く行きなさいな」
落ち着かない様子で、頻りにスカートを押さえてオフィーリア様は行ってしまわれました。……結局、出かける相手というのは誰なのでしょう? 偽装とはいえ付き合わせてもいいような人物など、この城にいたでしょうか……あっ。アゼリア様にまだあの事を言っていません!
オフィーリア様から託された重大な使命――城内の不届き者の始末を! 口頭で説明しては聞かれる可能性もございます。ここは筆談で行きましょう。ですが、怪しまれないために話を続けているフリもしなくては。オフィーリア様、私、頑張ります!
「それにしても、アゼリア様とオフィーリア様は本当に仲がよろしいですね」
「(紙に何かを……?)ええ、オフィーリアは……そうね。無二の親友でもあり、手のかかる妹のようにも思っています。あの子ったら危なくて見ていられないんですもの」
「分かります! オフィーリア様は一見完璧ですけど、自分のことになると全然なんですよね。そこがまた可愛らしいのですが!」
「(……嘘!? オフィーリアがそんなことを? だとしたら……ええ、あの男ならありえそうですわね)ふふ、リリアも分かってくれますか」
ふぅ。どうやらアゼリア様にちゃんと伝わったみたいです。事が事だけに慎重に動くべきです。あのオフィーリア様が自分がいない方がいいと判断したということは、それだけ尻尾の掴めない相手ということでしょう。私たちのように実力があまり知られておらず、侮られている者たちなら掴めるかもしれないと、そういうことなのです。
あっ、アゼリア様が紙に何かを……『他のメイドに通達。清掃を行うと同時にその者を探し出します』ですか。
ふふ、今日は忙しくなりそうですね。
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作業自体はいつもやっていることと変わりません。オフィーリア様手ずから教えてくださったやり方で清掃を進めつつ、何か変わったことはないか周囲を警戒します。おや? 誰か来ますね。どうやら貴族のようです。
「おはようございます」
「ああ」
……メイクイーン男爵ですね。最近やたらと力を付けてきている新興勢力のトップです。え? やけに詳しい? 掃除をしていると知りたくもない情報が手に入ったりするものです。お昼の休憩時間の世間話で与太話として共有されたりもしますし? ……うふふ、メイドの嗜みでございます。
とはいえ変ですね。メイクイーン男爵が城から出たのは昨日です。通常、城に詰めて仕事をする時期と領地に帰って仕事をする時期とで分かれておりますので、今ここでメイクイーン男爵と出会うのは結構不自然です。
手を二、三度動かして他のメイドたちに知らせ、更に離れたところにいるアゼリア様に報告してもらいます。私の方はさりげなく男爵の後を追ってみましょうか。
と、思ったのですが何やら不自然なものを見つけてしまいました。柱の陰に薄っすらと、ともすれば気付かないほどに浅く刻まれた五芒星です。星の中に瞳のようなものが描かれていますし、何かの魔法陣でしょうか? ……アゼリア様にも報告するべきですね。
ハンドサインでアゼリア様を呼ぶように指示し、掃除をしながら他に何かないかを探します。……印以外には何もありませんね。
「この印……どこかで見た気が……一応消しておきますか」
「アゼリア様!!」
「囲みますわよ」
「はい!」
私たちはバレない様に隠れて囲みます。日々お掃除をしてどこが死角となっているのかは分かっていますので、その程度は造作もありません。アゼリア様だけは一人、隠れずに歩いていきました。
「御機嫌よう、メイクイーン男爵。昨日ご領地にお帰りになられたとお聞きしましたが……何か問題でもございましたか?」
「ふん、アナトリアの小娘か。没落貴族風情が未だに五大家気取りか? 貴様と儂が同格などと思いあがるなよ」
「……なにやら王城中に落書きをなされていますが、何のためのものなのでしょうね?」
「何!? 貴様、見ていたのか!? まっ、まさか貴様……!!」
「ええ、一応消させていただきましたわ。あれが何であれ、良いものという印象は受けませんから」
「なんっ、何だと……あの印がなければならなかったというのに……あれがなければ、あれが、あれが無かったら……王国は終わりだ! 終わりだ、終わりだ、終わりだ……! ああ、きっと明日にでも来るぞ!! 貴様だ、貴様のせいだ……!!」
頭を掻きむしりながら血走った目でブツブツと呟く姿はとても常人とは思えません。噂通りだった、ということですかね? この前聞いた話では、定期的に理解できない儀式を行っているとか何とか……。やたらと銅を購入しているという話もありましたね。
「許されん、許されんぞ……こんなことは……儂が何のためにやっていたかも知らないで……!! 真の売国奴は貴様だ、貴様の方だ!! 貴様のような輩がいるから……この国は腐っていく!! 印がなければいけないのだ! あれがなければ、奴らを排除できんのだ! 儂が狂っていると思うか小娘!? 否、違う、違うのだ! 狂わなければ、狂っていなければ奴らに対抗出来ないのだ!! ああ、ああ。邪魔をする者は排除しなければ……王国のために死ね、小娘!!」
男爵がそう叫ぶとどこかから――正確には上からなのですが――現れた暗殺者たちがアゼリア様を取り囲みます。手に持った得物はどれも歪な形をしていて、刺さったりしたら抜くときに傷口が広がるようなものばかりです。効率的に人を痛めつける形、とでも言いましょうか。いやですね。
で、暗殺者たちが一瞬で蹴散らされました。いつの間にか、アゼリア様の手には細剣が握られています。……これ私たちいります?
「はっ!?」
「これはあまり知られていないことですけど、わたくしたちは特殊な訓練を受けてますの。ですから、舐めてかかると痛い目を見ることになりますわ」
「ぐっ、ぐうっ……くそっ。ふん! 精々後になってから恐怖に震え、懺悔するのだな!! 儂が言っていたことこそが正しかったと!」
他のメイドが呼んだ衛兵が男爵を拘束して、どこか……恐らくは牢獄へと連れていきます。王城内に不審な陣を刻んでいたこと、今はメイドをやっていますが、この国でも五指に入る大貴族、アナトリア家の長女であるアゼリア様を害そうとした事実から、取り調べを受けて牢獄で余生を過ごすことになるのではないでしょうか。
オフィーリア様はきっと、男爵が何か陣を刻んでいることを突き止めたはいいものの、オフィーリア様が優秀過ぎるが故に警戒され、男爵の手によるものだという証拠までは手に入れられなかったのでしょう。
更には、いくらメイド長という役職についているとはいえ、平民出身です。権力で握りつぶされる可能性も高かったのだと思います。
今回はオフィーリア様がいなくなったことで警戒が緩んでいたのでしょう。あっさりと男爵が犯人だと分かってしまいましたね。
しかしそれもオフィーリア様からの指示が無ければ気付くことはなかったでしょう。あの柱の五芒星だって、毎日掃除しているのに気付けなかったのですから。
……しかし、奴ら、とは一体何のことなのでしょう? 男爵は、あれほどまでに何を恐れていたのでしょう?
この作品の主人公『が』シリアスすることは多分ないです。
夜会:貴族とかが大好き。ちなみにオフィーリアが出たらすぐに酔わされてお持ち帰りされる
アルテミシアの恋人達:こちらの神話における一節。アルテミシアの美しさは全世界に知れ渡っており、その姿を一目見ようとやってきた男たちが皆一目で恋に落ちたという話。彼らはアルテミシアの彼氏となったが、常に8人いるアルテミシアの彼氏となることが幸せだったかは解釈の分かれるところ。
メイクイーン男爵:芋っぽい顔の貴族。やたらと最近羽振りのいい新興勢力のトップ。なにやら神話や伝承に傾倒していたらしい。さて、彼は何を知っていたのか。
五芒星:中心に燃える柱のような、あるいは目をもった五芒星。一体何の印なんでしょうかね
アナトリア:初代は傭兵をやっていたとか、いなかったとか。ストリエ建国から存続する由緒正しき大貴族。ある事件を機に失脚し、少し力が落ちていたが、最近は盛り返してきている。
暗殺者:地球においては中東のとある宗教の一派が有名。ザ〇ーニーヤ!
特殊な訓練:彼女らは特殊な訓練を受けています。一般の方は暗殺者に襲われても真似しないでください。
最近どんどん痩せていって、もはやスレンダーマンみたいになってきてる感