そのメイド、神造につき   作:ななせせせ

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震える人


Day12(夜)

 ――その言葉の意味を理解するのに、数十分を要した。いや、嘘だ。そんなにかかってない。ついでに言えば理解自体は出来ている。無駄に高性能な肉体は脳みそまで高性能らしく、一字一句間違うことなく認識していた。だから、正確に言うならばその話を受け止めるのに数秒を要したというべきだ。

 

 魔王。記憶から抹消したい存在。復活できたとしても出来ないであろう程に原型を留めない人型だったナニカへと変えていたのに、まさかそれでも生きているとは。あの時の戦いをまたやることになるのか……。【ワールドイズマイン】で時を止めていたからそんなに時が経過していないように見えていたかもしれないが、実際戦闘が終わるまでかかった時間は三時間だ。三時間、そう、三時間()かかったのだ。

 

 そもそも【ワールドイズマイン】という反則級魔法を使用すれば大抵は一瞬で片が付く。だって動けないわけだし。が、偶にいるそれでも動けるほどに魔力量を持っている奴。そういうのは殴るなりなんなりで片が付く。

 この肉体は力も異常に強い。アダマンタイトを握りつぶせるくらいに。魔力量があるなら魔法の研鑽などに時間を費やすため、肉弾戦は苦手を通り越して死亡フラグというのがほとんどだった。

 稀に魔物で魔力量も多く、接近戦も得意、みたいな個体も存在するがそういった手合いは愛用のハルバードを振るえばすぐに倒れる。

 

 結論として大抵の敵はまともに戦うことなく倒していた……のだが。

 

 魔王だけはハルバードを持ち出してもなお、倒せなかった。この肉体のスペックと張り合い、この世界で初めておにーさんが傷を負った。そこからはもうよく覚えていない。何かを言われたことがきっかけだったような気もする。いや、結局何も分からないんだけど。

 

 ……そっか。魔王、生きてたか。最後に見た姿がピンク色のペースト状だったから確実に死んでいると思ったんだけど。

 ……そっかー。

 

 

『シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ』

(おおびっくりした。俺の殺意に反応したのか)

『シネェェェェ!!』

(うんうん、今日も元気だね)

 

 

 え? この鎧? 本当だったら魔王との戦いで砕け散ってたはずの鎧なんだけど、気付いたらいつの間にかこうなってた。意思疎通も出来るし、喋る剣があるんだから喋る鎧があってもよくない?

 いや、それはともかく。もしかしたらおにーさんの聞き間違えかもしれないと思って聞いてみたけど、思い出したくない名前その二が出てきてしまった。

 

 プリーステス。そいつには、三年前の時に魔王を倒すための助言を得るためということで騎士の人たちと一緒に会いに行った。そして何故か大変に気に入られた。まるで前からおにーさんのことを視ていたような口ぶりだったけど、あんなヤバい空気を醸し出す奴に会ったことなんてない。噂でも聞いたんだろうとかそれくらいに思ったけど、それにしたって随分と馴れ馴れしい。

 俺が困惑していると、やたら嬉々とした顔で身体を撫でてきたり、読んじゃいけない禁書の類いを普通に読ませようとしてきたりしてきた。

 

 それ以来、あの女は苦手だ。いや、むしろ苦手にならないやつがいるのだろうかと。

 ……あの銀髪の話はどうだっていいか。今は魔王だ。

 

 

「まさか――魔王が生きているとは」

 

 

 もう一度、事実を正しく認識するためにはっきりと言葉にする。うん、もういい加減現実逃避もやめてしっかりと前を向こう。よし、と気合を入れたところで嫌な音が胸元から聞こえてきた。ちょ、待っ、ボタン外れ……てないか。あぁ、よかった。

 あーもう本当に、ふざけんなよ魔王。これからボタンが飛んだら魔王のせいだからな。

 

 あっやばい。王様の前でしちゃいけない顔をしていた。幸い目線が下に行ってるし、バレてないみたいだけど……他の人だったら確実に怒られていた。次からもっと表情を引き締めよう。

 

 魔王の話も教えて貰ったし、そろそろおにーさんは掃除に戻りた――あ?

 

 駄目だ。冷静になれ。落ち着け。怒りを抑えろ。……ふー、はー、大丈夫。おにーさんは我慢できる強い子。オフィーリアもいきなりキレたりしない子。オーケーオーケー。で、言い訳は? あんた勇者召喚はしないとか言ってたよな? 怒らないから話してみ?

 

 ――いや、別にさ。おにーさんは勇者召喚自体にはそこまで反対しているわけじゃないんだよ? 一応自分も神様転生みたいなものを果たした身な訳で、結局魔王を倒せていなかった訳だし。もしかしたら神様的な存在の力を持っている人じゃないと倒せないとか、そういうことなのかもしれないし。ちゃんと生命の危険もあるし、辛い訓練とかあることを伝えたうえでそれでもやってくれるというキ〇ガイ、もとい聖人ならば力を貸してほしいと思う。

 

 けれど、昨今のネット小説にありがちな、いきなり連れてきたうえにお前は勇者だから戦え、そうしないと帰さない(結局帰し方は知らない)なんていう畜生にも劣る鬼畜の所業をするような国や世界は滅びて当然だと思う。むしろ滅べ。なんなら俺がやる。

 ……はぁ。王様なら貴族たちの手綱くらい握っていてほしい。そうそう出来ないことなのは分かっているけど、それが出来てこその王ではないだろうか。

 

 とりあえず王様が原因ではないと分かったので安心した。もしそうならこの国を出ていたところだった。

 ……ふむ。なるほど。ちゃんと話を聞いてみれば、まだ法案を通しただけの段階か。とすれば合法非合法ともにとれる手段はまだある。それに、召喚までの間に帰す方法が分かるかもしれない。まだ慌てるような時間じゃない。

 

 と、考えたのが悪かったのか。最悪の知らせが、最悪のタイミングでもたらされた。

 

 

「へっ、陛下ァ!! 大変です! アーリーレッド家を始め、エシャレット家、ヤツガシラ家が勇者召喚を始めました!!」

 

 

 人はあまりにも信じたくない、信じられない事態に遭遇した時、思考が停止するらしい。実際何も考えることが出来ないまま、それでも何かをしなければという思いから口をついて出たのは、ただの呼びかけ。別に何を期待した訳でもないそれはしかし。

 

 

「陛下!」

「分かっておる! 召喚勇者を特別来賓として扱い、その身辺の世話は王城付き女中に一切を任せるものとする! 阿呆共に要らぬことを吹き込まれる前に引き離せ!」

「仰せのままに」

 

 

 指示を出されたことでようやく少し冷静になった頭が状況を飲み込み始め、王様の言葉もちゃんと認識する。なるほど、結構いい手だ。

 召喚された勇者たちは文字通り違う世界から来ているため、こちらの事情を全く知らない。そんな彼らに優しい顔をして近づき、身分の保証や生活の支援を申し出れば多少怪しくても彼らは付いていかざるを得ない。こちらが止めようとしても新法案の下に国防に必要だと言われれば抵抗できない……よくよく考えたらなんてヤバい法案なんだ。

 

 いや、それは今はおいておこう。そんなことを考えている暇はない。

 放っておけばそうなるが、王様が勇者を特別来賓として扱うと言ったため、それはなくなった。特別来賓とはつまり――他国の王族や元首といった存在が来国した際の身分だ。こういったうち(自国)の法が通用しない、もしくは下手なことをすると大変なことになる相手は大抵の貴族が見ることすら許されない。

 

 簡単に言えば、特別来賓としてしまえばその辺の浮浪者の爺さんだろうが誰だろうが、王族や五大家と呼ばれる国政の中心を担う貴族でもなければ会うことが出来なくなるのだ。しかし、彼らの世話をする人は絶対に必要になる。故に、王族でもなければ五大家でもないのに特別来賓に会える人間が――王城付き女中、つまりメイドたちだ。

 

 うーんなるほど。一瞬で考えたはずなのに割と隙のない手をとったな。あ、もしかして前からこうなることも想定していたのか。やっぱりすごいな王様。今おにーさんの中でめちゃめちゃ株が上がってる。

 ……え? なんでこんなに落ち着いているのかって? ふっふっふ、時を止めているから、時間の心配がないのさ! やっぱ便利だよな、【ワールドイズマイン】。

 

 うん。とにかく、王様の指示通り動いていればなんとかなりそうだな。……それに加えてやるべきなのは、召喚されたであろう人への事情説明と謝罪、それから召喚を強行した輩たちへのお話といったところか。これから忙しくなるな。




申し訳ないのですが……金曜からしばらく更新はお休みです。
やらなきゃいけないことが、ほら、ね?


アダマンタイト:めっちゃ硬い鉱物。その昔竜が噛み砕こうとして歯が全て砕けたという神話がある。

ハルバード:女性が振り回すにはあまりにも巨大で、重過ぎる武器。女性じゃなくても重過ぎる。しかしオフィーリアは軽々と振り回す。幾多の敵をもの言わぬ肉塊と変え、その血を啜ってきた半魔剣、いや、半魔斧というべきか? ちゃんとドンパッチハルバードという名が付いている。ちなみに彼女の奥の手にドンパッチソードという剣もあります。

喋る剣:インテリジェンスソードというやつである。ガンダールヴになれそう。

喋る鎧:なんとなく錬金術を使う兄弟の弟の方を思い出す。

神様転生:文字通り神様によって転生した、させられたもののことを指す。ちなみに神様が間違って殺しちゃったからごめんね、という感じで転生するのはどうかと思ったり。ギリシャ神話ならもっとひどい扱いを受ける所ではなかろうか?

キ〇ガイ:実際その辺の高校生とかが深く考えることなく戦いに身を投じられるのは如何なものかと。若者の常人離れが加速する……!

まだ慌てるような時間じゃない:落ち着け、まだあわわわわ

特別来賓:外国の王とか首長はこの扱いになる。馬鹿な貴族が目先の利益につられて何かしでかすことのないようにと作られた制度。

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