アーリーレッド家とその取り巻き連中によって勇者召喚が強行されてから一週間が経過した。
その間にあったことといえば、召喚された勇者――つまりは青ヶ谷聖志朗と羽原悠二にこの世界のことを教えたり、勇者としての実力の確認をしたりしていた。
結論から言ってしまえば、青ヶ谷聖志朗
与えられた知識は一回で吸収し、剣技は稽古したステファノ団長が「ありゃバケモンだな」と言い、魔法も教えていたサン・マルゲリータ氏に「(レベルが違い過ぎて)何も言えねえ」と言わしめた。
……では、召喚されたもう一人である羽原悠二は?
彼は端的に言ってしまえば凡人だった。
与えられた知識は数回かけて吸収し、剣技は稽古したロイのやつが微妙な顔で「うちの団の新入り(今年度の新卒だ)一人とやりあえるかどうかってくらいだな」と言い、魔法を教えていたフェルナ・リーンに「……ええと、頑張れば、何とか上級が使えるかな?」と言わしめた。
いや、本来なら悠二くんの方が正しいのであって、彼が落ちこぼれだとかそういうわけではない。
当然ながら練習や訓練を長くしていればしているほど剣も魔法も使えるようになっていく。ましてや、二人は世紀末からやってきたのではなく、平和な地球の現代日本からやってきたのだ。
それが、教えられてすぐの剣技や魔法をすぐに使えるようになった。
紛れもなく青ヶ谷聖志朗は
……まあ、勇者でもそうじゃなくても、おにーさんのやることは変わらない。
彼らが元の世界へと帰るのを全力で支援して、ここにいる間の生活を保障して、彼らが求めるものを出来る限り提供する。
それが突然に喚びだした側の責任というものだろう。
とはいえ提供できるものとか、そういうものには限度というか限界がある。
ここ最近、視線を感じることが多い。
元々人とすれ違う時なんかは必ずと言っていいほど胸や尻の辺りに視線を感じていたのだが、いつものそれよりも強いものを感じているのだ。
思わず苦笑いが零れてしまう。
そりゃあ、彼らだって健全な男子高校生である以上女体に興味があるのは当然だけどさ。ついでにいえばおにーさんのこれがそうそうないくらいに大きいのも認めよう。だから気になるのも分かる。
ぶっちゃけおにーさんがそっちの立場だったら見る。でもさりげなくだ。そんな風に相手にバレるレベルでは見ないって。
ちょっと言った方がいいかもしれない。
「……聖志朗くん、悠二くん。それほど私の身体に興味がおありですか?」
「ぅえっ!?」
「ホアッ!?」
そういえば、二人と仲良くなったことで若干呼び方も変わった。こちらは聖志朗くん、悠二くんと呼んで、彼らはオフィーリアさんと呼ぶ。
まあ前世では20過ぎだったわけだし。おにーさんから見て彼らは後輩のようなものだ。あれ、いやでも30だったような……おかしいな、いくつだったか覚え、て
――はて、
あ、そうか。二人がやたらとおにーさんの身体を見てくるからそれを指摘したんだ。
一瞬どこか遠くを見ていた視線を向けると、二人とも顔を真っ赤にして変な声を上げていた。わたわたと変な動きをしながら、決して疚しい意味ではなくメイドという存在が珍しいためであってつまりこれは学術的興味であって……と何やら言い訳を始める。
なんだろうか、この愉しさは。こっちからすれば完全にそういう目で見ていたことは分かっているのに、必死でそれを隠そうとする二人の様子が面白くて仕方がない。
ちょっとからかってみようかな?
「……本当にそれだけですか?」
「えっ、あっ、いやその……すいません」
「まじですいません! もう二度としないのでどうか放り出すのだけは……!」
「大丈夫です。何があってもそのようなことはしませんから。もし万が一、他の誰かに出て行けと言われたりしたとしても従う必要はありませんのでご安心を」
そうか。二人にしてみれば世話役であるおにーさんから見放されたら最悪放り出されるかもしれないと思えるのか。そんな心配はいらないと伝えてあげたいところだけど、言葉で言った所ですぐに安心できるわけないし。
よし、こうやってからかうのはやめよう。
ちょっとにやけていた顔を引き締めて、彼らへと向き直る。……特別来賓用のこの部屋は無駄に広いから落ち着かないな。
「それで、私に魔法を教えてほしいとのことでしたが」
「あ、え? ええそうなんです。マル、っふ、マルゲリータさんは『この先はオフィーリアさんに教わった方がいいだろう』と」
この
如何に聖志朗くんが規格外か分かるだろう。
「それで、悠二くんも教えてほしいということでしたが、フェルナちゃんではご不満でしたか?」
「その言い方は誤解を招くんですけど!? ……違いますよ。フェルナさん、遺跡調査に行かなきゃいけないから一回お休みにしてほしいらしくて。聖志朗がオフィーリアさんに教わるのなら俺も一緒に教えて貰いたいな、と」
「ああ、そういうことでしたか」
フェルナちゃんとはおにーさんが学園に在籍していた頃から、少々個人的な付き合いがある。
といっても、おにーさんはメイドの仕事でほとんど
ついでにいうのなら、彼女こそが二人をこの世界に喚びよせた本人ともいえる。勇者召喚魔法を古代の遺跡から発見したのも彼女だし、実行したのも彼女だ。
彼女の実家、リーン家の領地の特産である鉄器はアーリーレッド家から齎される鉄がなければ立ち行かなくなってしまうため仕方のないことではある。
やはり本人としては責任を感じてしまうのだろう、自分から悠二くんの教師役を買って出てくれたのだった。流石に仕事を放ってまでやることは出来ないようだが。
「それでは、僭越ながら私オフィーリアがお二人に魔法の手ほどきをさせていただきます。……ああ、教材が必要ですね。少々お待ちください」
別段断る理由もない。可愛い後輩二人のために一肌脱いでやるのは先輩として当然のことだし。ただ、二人同時に教えるのはちょっと大変かもなあ、なんて。
そんなことを考えつつ、いつものように【ディメンションワープ】で図書塔へと移動する。
王城には使われていない部屋や建物がたくさんあるが、この図書塔もその一つ。蔵書は質、量ともに国内最高だが、ジャンルや時期などバラバラに入れられているため特定の本を探すことはもはや不可能、
……だった、のだ。
おにーさんがちょいちょいと時を止めたりしながら魔法を使って整理した結果、劇○ビフォーアフターの如く使い心地のいい空間へと変化したというのに、誰も近寄らないまま放置されている。なんでだ。
そんなわけで、綺麗に整理整頓した図書塔はちょくちょく私的に利用させてもらっている。
二人の教材にピッタリな本も、ここなら確実に見つかる。
「ええと、『スライムでも分かる魔法上級への道』。これと……『くそみそテクn、これはどうでもいい。『魔導深淵探求記』、これだ」
そういえば、何か忘れているような気がするんだが……なんだっただろうか?
A.アゼリアちゃんとの約束
勇者:それは化物であり、兵器であり、終わりを齎すもの。彼らの内に潜むのは……?
サン・マルゲリータ:60代のおじいちゃん先生。国立魔法学園高等部攻城魔法科の教師をしている。オフィーリアの恩師。
何も言えねえ:オリンピックでとある水泳選手がインタビューの際に言った言葉。まだ時代遅れとかじゃないよね……?
新卒:国立騎士学園を卒業したものたちが実力試験と面接試験を受け、合格すると近衛に入れるシステム。なお実家の力やお金で簡単に突破できる模様。
フェルナ・リーン:二人を召喚した人。水色の髪をサイドテールにしたぺったん娘。学園で先輩だったオフィーリアに心酔しており、オフィーリアに命令されればなんでもやるくらいにキメてる。レズではない。
上級:魔法には初級、低級、中級、上級、特級、
学術的興味:何のフォローにもならない
後輩:オフィーリアは完全に男同士での先輩後輩レベルで見ているが、相手もそう思っているかは……
図書塔:その名の通り、様々な図書を集めた塔。現在では世界中から本を集めては中へと置いていくだけとなっていたが、オフィーリアが整理したお蔭でまともに使えるようになった。しかし、利用者は増えるどころか逆に誰も近寄ろうとしなくなった。一夜どころか一時間もせずに整理されていたことが噂になり、尾ひれがつき、最終的に呪われているとすら言われている。
劇○ビフォーアフター:なんということでしょう。匠の手によって、足の踏み場もなかったただの本置き場が、清潔で使い心地のいい本置き場へと生まれ変わりました。
スライムでも分かる魔法上級への道:作者はMAOという無名の学者らしき人物。文章にまで高笑いを入れてしまう可哀そうな人。しかし、その知識は本物であり、実際に書いてある通りに練習した者はすぐに上達した。
くそみそ~:ウホッ、いい男……
魔導深淵探求記:作者はライプ。特級の中でもことさらに難しいと言われる魔法について使い方と解説がされている。が、若干知識が古く、現代魔法学の教えとは違うことを言っているページもある。
新潟県の片隅から更新しています。
そういえばinnocent starterいいですよね