そのメイド、神造につき   作:ななせせせ

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キレる人


Day14(表)

 一ヵ月。

 それが、なんとか稼げた猶予期間だ。

 

 一ヵ月って、一ヵ月ってお前……

 まあ確かに聖志朗くんはまさに勇者って感じの成長度合いを見せてくれたけどさ。

 おにーさんとしてはまだ無理だと思うわけで。

 

 日本では普通の男子高校生だった二人に高々一ヵ月訓練させてそれでこの世界の最高戦力でも倒せなかった奴を倒しに行けとかまず無理なのではないだろうかと。

 ……結局、ただのメイド如きの意見が聞き入れられるはずもなく、なし崩し的に二人が行くことになってしまったわけだが。

 

 

「という訳で、後はよろしくお願いします」

「……当たり前のように着いていく気ですのね」

「まあ、放っておけませんし」

 

 

 苦虫を噛み潰した後にレモンを突っ込まれたような表情でアゼリアちゃんが立ち尽くす。

 しばらく何か言いたげにしていたが、やがて吹っ切れたように口の端だけを持ち上げた。今にも泣きだしそうな、歪な笑顔だった。

 

 

「安心なさいな。貴方がいない間、ここの面倒は見ておいてあげますから」

「ええ、よろしくお願いします」

「しばらくはメイド長代理として甘んじていてあげますけれど……あんまり遅いようならメイド長の地位はわたくしに譲っていただきますわ」

「アゼリアちゃんがメイド長……それはそれで」

 

 

 いいかもしれないですね、と続けようとしたのだが、遮るようにアゼリアちゃんが口を開く。

 

 

「ですから――絶対に帰ってきなさい。もし魔王を倒せなくとも、絶対に生きて帰ってきなさいな。貴女が帰ってくる場所は、ここなのですから」

「……はい」

 

 

 ……なんかアゼリアちゃんはやたらと悲壮感の籠った表情で送り出そうとしているが、そこまで思いつめるような相手じゃないよ?

 

 前回は騎士の人たちがめっちゃ頑張って半分くらい削ってくれてたからそこまで苦戦しなかったし。いや、確かにそれでも三時間かかったっていうのはあるけど、それは無駄に規格外魔法ぶっ放しまくって完全に消滅させようとしたりしてたからっていうのもあるし。

 今回は異世界からわざわざ引っ張ってきた勇者たる聖志朗くんもいるし、ステファノさんと善戦できるくらいまで成長した悠二くんもいるし。もし想定外のことが起きてもきっと聖志朗くんの主人公補正とチートでなんとかなるでしょ。へーきへーき。

 

 簡単に言ってしまえばあれだ。うん。修学旅行的な?

 ちょうど男三人(うち一人は精神のみ)だし。どっかで宿屋か何かに泊まったら枕投げとかやって遊ぶくらいの余裕がある。

 

 まあ、なんか折角いい雰囲気になってるのをぶち壊しちゃうから言わないけど。

 

 

「さて、これ以上ここにいても仕方ありませんし、仕事に戻りますわね。貴女もそろそろ出立の時間なのでしょう?」

「あ、そうですね。では行ってきます」

 

 

 ぼんやりしてたら時間が結構経ってたようで、そろそろ聖志朗くんたちが準備を終えているであろう時間になってしまった。

 二人ともすでに集合場所にいたりして。やばい、急がないと。

 

 

「それじゃあ、また」

「ええ。必ず戻ってきなさい、リア」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 時を止めつつワープしたりしてみたのだが、すでに二人とも集合場所に着いていた。時間的にはまだ余裕があるはずなんだけど……二人とも早くない?

 駆け寄りつつ、遅れたことを詫びる。

 

 

「すみません。待ちましたか?」

「いや、今来た所なんで大丈夫……です」

「三十分前に来た俺よりも早かったお前が何を、ぐぅっ!?」

「言わなくてもいいだろ!?」

 

 

 なんか、随分と待たせてしまっていたようだ。ちょっとへこむ。

 いやでも、集合時間より前なのは確かだし、別にいいのでは?

 

 

「というかオフィーリアさん、本当に着いてくるんですね……?」

「当たり前でしょう。この世界に呼び出しておきながら丸投げするなんて鬼畜なことはしませんし、お二人は来たばかりでほとんどこの世界の常識も分かっていない状態で外に出したらどうなるか……」

「全くもってその通りなんですけど、出来るだけオフィーリアさんには戦ってほしくないというか……」

 

 

 戦ってほしくない、とはこれいかに。

 二人の世話役兼教師役として鍛えていたのだから、おにーさんの実力は十分分かっているだろうに。

 

 

「あのな、聖志朗。もうここは俺たちのいた世界とは違うんだから、向こうの常識で考えんな。オフィーリアさんは俺たちじゃ敵わないくらい強いんだし、素直に力を借りておけばいいだろ?」

「いやでも、女性なんだぞ?」

「強さに男も女もあるかよ」

「それは……そうだけど」

 

 

 二人でひそひそと話し合うこと数秒。

 それでもまだ納得していないような顔をしていた聖志朗くんだったが、やがて渋々と頷き、こちらに顔を向けた。

 

 

「……それでも、やっぱり俺はオフィーリアさんには戦ってほしくないです。確かにオフィーリアさんはすごく強いけれど、それでも、もし貴女が傷つくようなことがあったらと思うと……」

「大丈夫ですよ。これまで怪我なんて数えるくらいしかしたこともないですし、前回の戦いでもちょっと切り傷が出来た程度でしたし」

「え、切り傷?」

「あ」

 

 

 やっば。これは誰にも内緒なんだった。

 よし、何も言わなかったことにしよう。そうしよう。

 

 

「いえ、何でもありません。それより、そろそろ出発の時間です。早く行かないと日が暮れて移動できなくなってしまいます」

「あ、ちょっ!」

 

 

 二人を半ば置いていくような形で歩きだせば、慌てた様子で後ろについてくる。

 亜空間収納魔法が使えるからほとんど手ぶらとはいえ、剣とか鎧とかを着けている分重くなるし、疲れも増える。

 このまましばらく歩いていればすぐに傷のことは忘れてくれるだろう。

 

 

 脇腹に残っているはずのそれを、服の上からそっと撫でる。

 ……もうすでに治っているはずのそこが、じくりと痛んだ。




今回用語解説とかはお休みです。
というか多分しばらくないかな。

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