剣を振る。
……まだだ。まだ、遅い。
もっと速く、もっと鋭く、もっと重く。
この程度の剣ではあの人に届かない。
それでは駄目だ。それでは、あの人を守ることなんかできない。
前に一度戦ったという団長さんの話ではほとんどあの人と魔王との一騎打ちだったという話だったし、せめてあの人との模擬戦で勝てるくらいにならなければあの人を守るどころか足手まといになってしまう。
「く……っそ!」
汗で滑った模造刀が手元から抜け落ち、地面に転がる。その様に気が抜けて、つい自分も仰向けに転がる。空は夕焼けに染まっていた。
……疲れはあまり感じないけれど、代わりに焦りだけが満ちていく。
このままでいいはずがない。これでいいわけがない。
あの人に――オフィーリアさんに認められるためには、ここで止まっているわけにはいかない。
立ち上がろうとして膝に力を込め、突然飛んできた白い物体を反射的につかみ取った。
「って……タオル?」
「そろそろ終わりにしとけよ。明日の出発は早いし、ここで身体を壊したりしたら笑い話にもならないだろ」
「悠二……いつから?」
「ついさっき。やたら思いつめた顔してるから笑いに来てやった」
そうはいうものの、悠二は心配そうな表情を浮かべている。
……そうだ。そうなのだ。
羽原悠二という男はいつもこうやって、俺が思いつめていたり、何かに迷っていたりする時に心配してくれる。
今までいろんな事件に巻き込まれたけれど、いつだってこの親友は俺の身を案じてくれるのだ。
「んで? なんかあんだろ、悩み事。話すだけ話してみろよ」
「……うん。いや、なんていうかさ。オフィーリアさんってすごいよな」
「ああ……うん、確かにすごい。魔法のことを理論的に知った今だから分かるけど、あの人はなんかもう、別だな。もう別次元だな」
「やっぱりさ、今の俺なんかがあの人のことを守りたいなんて言っても、冗談にすらならないよな」
「……ふむ」
悠二が黙り込んだのをきっかけに、しばらく二人で空を見上げる。
夕焼けは紫色へと変わり、星が見え始めている。
不意に、悠二が喋りだす。
「俺は、さ」
「うん」
「正直怖い。トラックの時は無我夢中だったからほとんど考えちゃいなかったが、俺たちは本当ならあそこで死んでた」
「……うん」
「んで、今回のこの魔王とやらと戦うのだって絶対に無傷とはいかない。いや、むしろ死ぬ可能性だってあるだろ。その辺は、お前も分かってるだろうから言わない」
「そう、だね」
「でだ。一般人代表みたいな俺としてはそんな戦いに連れていかれることが怖くて怖くて堪らない。自分の命のこととか、元のあの地球に帰れるのかとか、そういうことで頭がいっぱいなわけ」
「うん。悠二らしいね」
だから――と。
悠二は言葉をきって、真っすぐにこっちの目を覗き込みながら言った。
「誇れよ、勇者。そういうのより他人が大事だっていうその想いは、お前の武器だ。今までだってそうだろ?」
――。
そうか。そうだよな。
「ありがとう、悠二。お蔭でちょっと気が楽になった。うん、俺はやっぱりオフィーリアさんに傷ついて欲しくない。あの人が戦わなくて済むように、俺はあの人を守りたい」
「……はぁ。そいつは何より。
「? 最後何か言ったか?」
「いや何も? それより、さっさと風呂入って寝ようぜ。明日早いだろ」
「そうだね。そうしよう」
……頑張らなきゃな。
俺は勇者だから。そして何より、オフィーリアさんを守りたいから。
最近小説より絵を描いている時間の方が長い気がするけど多分気のせい