そのメイド、神造につき   作:ななせせせ

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振り回される人たち



色々書いて試してみましたが、一人称が一番いいかなと思ったのでこれからはこれでいきます
あと、勘違いタグを追加しときます。


Day1(昼)

 ……御機嫌よう。私、ストリエ王国王城メイドの一人、リリアーナと申します。ええ、気軽にリリア、とお呼びください。

 私は平民の出で御座いますが、あるお方のお蔭で今こうして王城でメイドとして働けておりますの。その、あるお方といいますのがこちらの――

 

 

「何か?」

「いえ、なんでもございません」

 

 

 オフィーリア様。私と同じく、平民の出でありながらメイドどころかメイド長にまでなった凄いお方です。オフィーリア様がメイドになった時は、王城の執事の方から直々に打診されたそうで、そのあたりの話は劇にもなるほど有名なんです。当時の王城というのは貴族様しかいなかったので大変にご苦労をされたそうですが、数々の嫌がらせやいじめを撥ね退け、遂にはメイド長になり、そして王城付き女中一般試験を作り上げたのです。

 

 この、王城付き女中一般試験というのが画期的な制度でして、なんと受験資格は女性であることだけ。女中なので当然ですね。でも、それ以外は全くないのです。ある一定の体力と基礎的な知識、それから善良な人格を持っていることを確認し、それらが備わっていると判断されれば平民でも貴族様でも、同様に採用されるのです。

 なんて素晴らしい制度なんでしょう! 中には王城メイドの質が下がるなどと反対した方もいらっしゃったそうですが、オフィーリア様の『(わたくし)も平民です。そう仰るのであれば私もここを辞して市井に戻りましょう』という一言で顔を蒼白にして謝ったとか。

 当時――今もそうですが、オフィーリア様の人望というのは国王とか鼻で笑えます。ここで働く人の中にはオフィーリア様がいるからここにいる、という方もいらっしゃるくらいで……つまり、彼女を怒らせると王城が冗談抜きで崩壊する恐れがあるのです。

 

 そんな女傑と言われるオフィーリア様ですが、本当に……本当に美しいのです! なんですかあの蜂蜜みたいな金髪! 宝石よりも澄んだ瞳! なにより、その大きくたわわに実った――

 

 

「リリア? どうかしましたか?」

「……いえ、なんでもないのです」

「ふふ、おかしなリリアですね」

 

 

 きゃー!! 人形みたいに綺麗なお顔で、微笑みかけられた時の衝撃ときたらもう! 危うく下に行っていた視線に気付かれて軽蔑されるところでした。……でも、それはそれで。いえいえ、オフィーリア様を悲しませるような真似は致しませんとも。

 

 そう心に誓っていた時に気付いたのですが、オフィーリア様、さっきと服が違いますね……? オフィーリア様はメイド服――この女中用の制服らしいです――にいくつもパターンを作っていらっしゃいます。本日身に着けていたのは紺色のものだったはずなのですが、今は黒色です。

 いつもなら余り気にしないのですが、今日の私は何かシビュラ様のお囁きでもあったのか、なんとなく聞くべきだと感じたのです。

 

 

「オ……メイド長。制服が変わっているようですが、何かあったのですか?」

「ああ、これですか。いえ、大したことではないのですが。先程陛下とお話ししていた際にボタンが一つ弾け飛んでしまいまして。ボタンも見つかりませんし、代えもなかったので着替えました。……そうです。陛下から直々にご命令がありまして、私はしばらく殿下の家庭教師役を仰せつかることになりました。その分の穴はシフトを変えることで対応してください」

 

 

 ピシリと。控室の音が止みました。あ、控室というのは使用人控室のことで、急な御用事にも対応できるように、いつも私たちはここで待機しています。それぞれが思い思いの形で寛いでいるため、和気藹々としているのですが……今は時が止まっています。いえ、メイド長が得意とする時を止める魔法【ワールドイズマイン】ではありませんよ?

 あまりのことに誰も動けなくなっている中、オフィーリア様は自身がしたことの重大さも分かっていない様子で紅茶のカップを傾けます。

 

 

「……あの、メイド長、いえ。オフィーリア様? そのご命令というのは何時下ったのでしょうか」

「ですから私に様をつける必要はないと……」

「そういうのいいですから答えてください」

 

 

 ほんと、もう、それどころじゃないんですよ!? そんな不服そうな顔しないでください!

 

 

「……つい先程です。私がテラスの掃除を終えたところで執務室に来てほしいと仰られまして、その時にそのお話がありました」

「オフィーリア様!」

「なんですか」

「もっと! 警戒心を持ってくださいと! いつも言っているじゃないですか!」

 

 

 万感の思いを込めた私の言葉に、部屋にいたメイド達全員がうんうんと頷きます。ええ、ええ。そうでしょう。この、やり場のない怒りのようなもやもや感! 本人がよく分かっていないというのがまた困るんです!

 

 私たちがその思いで震えていると、オフィーリア様は納得した表情を浮かべて、僅かに口角を上げると、話し始めます。

 

 

「ああ、そのことですか。大丈夫です」

「何が大丈夫なんですか!?」

「だって――」

 

 

 ふわりと、花が咲くような少女らしいあどけない笑みを浮かべて。

 

 

「警戒なら完璧にしていました。人どころか鼠一匹、虫すら入れないようにしてきましたから」

 

 

 オ フ ィ ー リ ア 様 !

 そういう事じゃないんですって……! その言葉にブルブル震えていたメイド達の中から一人、幽鬼のように前へと出てきます。

 その特徴的な銀髪から、顔を見なくてもすぐに誰か分かりました。オフィーリア様がメイドになった時からずっとライバル――という名の親友ですが――のアゼリア様です。なんと彼女はこのストリエ王国でも有数の貴族家の生まれなのにも関わらず、『わたくし、あの調子に乗った平民上がりをへこませてやらないと気が済みませんの。ですからお父様、わたくしメイドになりますわ』と言ってメイドになった凄いお方です。

 

 その、アゼリア様が……顔を真っ赤にして震えています。

 

 

「まあ、アゼリア。顔が真っ赤です。もしや風邪では……いけません、今日は、いえ、大事を取って三日は休まなければ――」

「オフィーリア!」

「はい!」

「そこに直りなさい!」

 

 

 何やら頓珍漢なことを言っているオフィーリア様に構わず、アゼリア様は「正座」させます。この「正座」というのも、オフィーリア様が悪いことをした子のお仕置きとして使い始めたものです。

 

 

「おかしいですね。怒られるようなことは何もなかったはずなのに……」

「いいですかオフィーリア! 国王だろうが王子だろうがスラムの浮浪者だろうが、結局は皆同じ男なのです! 貴女はもっと自分の身の安全を考えなさい!」

「アゼリア、駄目ですよ。国王などと言っては。誰が聞いているか分からないのですから、国王陛下と言わなければ。アゼリアが悪く言われてしまいます」

「ああぁぁぁ!!!」

「おっ、落ち着いてくださいアゼリア様! お気持ちは分かりますが!」

 

 

 変わらずズレているオフィーリア様に、アゼリア様がついに切れて暴れ出しますが周囲のメイドに押さえられ、止まります。……って、なんでいきなり暴れ出したんだろうこの人って顔しないでくださいオフィーリア様。アゼリア様の血管が死にます。

 

 

「……はー、はー、はー。落ち着け、落ち着くのよわたくし。この見た目完璧超人のアホの子に惑わされるんじゃないわ……」

 

 

 ……そうです。そうなんです。オフィーリア様は劇などでも扱われ、本も出るほどに有名な英雄みたいな人です。実際、仕事をしている時は怖くなるくらい完璧ですし、どこも綻びのない神のような人に見えます。ですが、そうではない時――こうして控室にいる時や仕事に関係ないところはダメダメで、言い方は悪いのですが、むしろアホの子といった様子なのです。

 男をよく分かってるようで、自分が狙われていることを理解していない。襲われることを警戒しているようで、ガードが甘い。いえ、確かにオフィーリア様なら大抵の男性はなぎ倒すことが出来るのでしょうが、なぜでしょうか、うまく騙されていつの間にか美味しく頂かれているイメージが……

 

 

「いいこと、オフィーリア? 貴女はとても――とても、屈辱的ですがこのわたくしよりも容姿が優れています」

「……私は、アゼリアの方が綺麗だと思いますが。月光を溶かしこんだような銀髪に、凪いだ大海のような瞳。極限まで磨かれた肌と、余分な肉の全くついていない身体。誰だってアゼリアに見惚れるでしょう。実際、私も初めて会った時そうでしたし」

「なっ……あっ」

 

 

 一瞬にしてアゼリア様の顔が真っ赤に染まります。オフィーリア様はいつもこうです。私たちの方が綺麗だと――真実そう思っているご様子で、女の私たちですら照れ、惚れてしまいそうな言葉をかけてくるのです。

 アゼリア様、惑わされないでください……! このまま流されるとまたオフィーリア様がやらかしますよ!

 

 

「……そういう話をしているのではなく! ですから、世の男共が考えることは一つなのです! 如何にして貴女を手籠めにするか、それだけです。それは国王陛下であっても聖人であっても変わりはないでしょう」

「でも、国王陛下ですよ? 年も離れていますし、側妃だって多くいますし、関係だって悪くありません。そういうお気持ちになることはあっても、実際に手を出すまではないでしょう」

「甘い、甘すぎますオフィーリア様! あれは結構なエロ親父ですよ! 私にすら色目を使ってきましたからね」

 

 

 ついに堪えきれなくなった他のメイドが自身の体験を語ったのをきっかけに、国王がどれだけエロ親父なのかを分からせるために、次々とそれぞれの体験談が語られます。というかそんなことしてたんですか国王。やっぱりエロ親父じゃないですか。

 

 

「……まあ、こういうわけですし。国王陛下とて一人の男なのです。オフィーリアも一度くらいはそんな経験があるのではなくて?」

「まさか。そんな経験ありませんよ」

 

 

 絶対ありますよ。

 

 

「大体、私と陛下の付き合いも長いですから。向こうからすれば娘のようなものでしょう。この前だって、『……思えば、そなたがここへ来てから随分経った気がする。昔と見違えるくらい成長したな。すっかり大人ではないか』というお話をされたくらいなのですから」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………は?

 

 

「……あのクソハゲ親父ィ! もう許しませんわ! 戦争です!!」

「アゼリア様! お供します! あのエロ狸のブツを叩きつぶしてやりましょう!」

「いえ、そこは切り落としてやるべきです!」

「焼きましょう!」

 

 

 一瞬にして修羅となった皆が各々の獲物を構えます。かくいう私もメイド服の内側に忍ばせていた鎖鎌を取り出し、刃の状態の確認をしているのですが。あの狸、オフィーリア様になんてことを……!

 

 

「やめてください! どうしたというのですか!」

「止めるんじゃありませんわ! オフィーリア、何を言われたか分かっていないのならそれでいいのです。むしろそのままでいなさい! それはそれとしてあの害悪を滅ぼさなければ!」

「普段のアゼリアはどこへ行ったのですか……!? そんなキャラではないでしょう!」

 

 

 

 

 結局。この日はオフィーリア様の必死の説得で討ち入りは中止となりました。代わりと言ってはなんですが、後日オフィーリア様がいない時に行われた会議で不能になる薬を盛る方向で纏まりました。

 

 ……オフィーリア様の貞操は私たちが守りますからね!




感想、評価いつでもお待ちしてます

以下、作中の言葉の説明になりますので、必要ない方は飛ばしてください。

王城付き女中一般試験:オフィーリアが作った制度。公務員試験である。筆記試験と体力試験の一次試験と、面接の二次試験からなる。受験資格はストリエ王国籍を持つ女性であること。平民とか貴族とか関係ないのでこの世界としては画期的な考え。エリートの代名詞として言われる王城付き女中、つまりメイドの試験だが、女性なら一様にチャンスがあるので倍率は毎年くそ高い。使用人(男)版もある。別に覚えなくてもいい。

シビュラ様:この世界で一般に信仰される智慧の神。何か気付いたことがあったり、思いついたりというときはシビュラ様のお囁きが~という慣用句を使ったりする。別に覚えなくてもいい。

控室:作中の説明通り。同上。

ワールドイズマイン:世界で一番お姫様なわけではない。一時的に全世界の時を掌握するため、この名がついている。オフィーリアのお掃除必殺技その一。本来なら大魔導士と呼ばれるような存在が数年かけて習得する魔法。便利なお掃除道具替わりである。同上。

アゼリア:百合は無い。友情はある。

正座:オフィーリアが悪い子へのお仕置きとして使用。一時間ほど控室の隅で「私は悪いことをしました」という札を下げて正座させられる。運が良ければオフィーリアに冷たい目で叱ってもらえる。別に覚える必要は無い。

すっかり大人:他意はない。……ないったらない。どこを見ていたかは言えないが。

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