そのメイド、神造につき   作:ななせせせ

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はしゃぐ人

長いぞ


Day11(表)

 リリアちゃんと別れ、意気揚々と訓練場を襲撃して、他の騎士に混じって剣を振るロイを街に誘ったところ、彼はやや間を空けてから頷いた。

 この時に他の騎士たちに凄く見られていたのは多分、普段は城内の清掃で姿を現さないメイドが出てきたことにあるのだろう。メイドというのはある種のアイドル的な存在になりつつある。一般男性がメイドと結婚とかした日には嫉妬と怨嗟にさらされるだろう。

 おにーさん自身はアイドルグループでいう所の他のメンバーを目立たせるための『ちょい可愛いかな……? いや、やっぱ普通だわ』くらいの立ち位置にいる。けれども、そもそもメイド服を着たメイドが出てくるということがそうないことだし、騎士団というのはむさ苦しい男で溢れた空間――つまり女に飢えているということもあってあんなに凝視されたんだろう。

 あまり気分が良いとは言えないが許す。おにーさんも多分あんなところにいたらそうなるし。でも前尻尾は勃てないでください。

 

 まあそんな騎士団員たちの視線を受けながら自室に戻り、さあ着替えようという段階で一つ気付いたことがあった。それは――誰かとどこかへ出かけるという体験がオフィーリアにはなかったということだ。小さい頃はずっと両親の経営する店の手伝いをしていたし、大きくなってからもメイドの仕事が忙しくて休みを取ることがなかった。まあ別に買いたいものがあったわけじゃないということもある。外食? そんなものより自炊した方が安上がりだろうが!

 

 まあ、だからというわけじゃないが。実に遺憾なことに――着ていく服がないのだ。おにーさんが持っているのは数着のメイド服(うち一着は修繕作業中)だけ。この城に来た時に着ていた服? 胸の辺りがきつくなって一月もしないうちに着れなくなった。悲しい。

 

 

「……で、わたくしのところへ来たと?」

「そうなりますね」

「……このお馬鹿! どうして服を買いに行く服すらないんですの!?」

 

 

 そりゃ必要性を感じていなかったからだ。というか普通に買ってたらおにーさんの財布が薄くなるどころか無くなってしまう。悲しいことに、成長期(だったと信じたい)のためか、やたらと服が着れなくなるペースが速く、服代は結構馬鹿にならないものだった。メイドになって制服が手に入るようになってからは段々と面倒くさくなって買わなくなっていった。

 結果として、服がなくて買いにいくための服もないという悲劇が起きてしまった。いや、これは誰のせいということでもない。ただそうならざるを得なかった。これは……そう。社会が悪いのだ。

 

 

「全く……今回はわたくしの服を貸してあげますから、次からは……どうしたのですか?」

「いえ、その……すみません」

「何故謝ったのですか!? それもわたくしの胸を見て、申し訳なさそうに! 言っておきますがわたくしくらいが普通なのです! ですから、ですから……その顔をやめなさいな!」

 

 

 僅かに膨らんだ胸を両手で隠すようにしているアゼリアちゃん、面白くて可愛い。顔を真っ赤にしてプルプルと震えながらおにーさんを睨む姿は思わず抱きしめたくなるほど可愛い。妹にしたい。むしろ嫁にしたい。……本当になんで女に生まれたんだ、俺。

 

 

「……はぁ、でも、実際そこが問題ですわね。あなたのようにそれだけ胸が大きくてお腹周りが細い人なんてそうはいませんし……どうしましょうか」

「あれ? オフィーリア様とアゼリア様、何をされてるんですか? 今は……あっ、例の件ですね! すみませんでした」

「例の件……? いえ、そんなことよりも聞きなさいリリア。この子ったらメイド服以外の服を持っていないのですよ!? 信じられませんわ!」

「えっ……!?」

 

 

 開いていた扉から覗き込んできたのはリリアちゃん。恰好からしてもう寝るところだったらしい。可愛らしさの欠片もないシンプルな寝間着が逆に可愛らしい。

 そして、全く……と腰に手を当ててやれやれと首を振るアゼリアちゃん。うーん、しかしこうなるとアゼリアちゃんに相談したのはミスだったかなぁ……でも他のメイドだと萎縮しちゃうし。結局アゼリアちゃんに相談することにはなってたと思うけど。やっぱり胸がなー、ちっちゃいからなー、借りれないしなー、困っちゃうなー。

 

 

「なんですの!?」

「いえ、何でもないのです。ただそうすると、どうしようもありません。ここはメイド服のまま行くしか……」

「このお馬鹿! どこに仕事着のまま出かける女がいますの!? あなたはもう少し自分がどう見られるか考えなさいな!」

 

 

 ……う。とはいえ、前世では仕事以外にやりたいことがなかったから、職場に着ていくスーツ以外何も持ってなかったし、休日は休日で泥のように寝てたからなあ。服に無頓着なのは前世からなんだよな。これは根深い。

 

 

「えー、と。この時間ですと、もうお店は閉まってますよね? ……どうするのですか?」

「体格の近い子に貸してもらおうかと思ったのですが……難しいですね」

「そもそもメイド長ほどの身体つきの子はいませんし」

「やっぱりメイド服で……」

「それはおやめさないな」

 

 

 こうなったらもう、あの手段しかないか?

 

 

「オフィーリア? 何を?」

「いえ、こうなったらもう仕方ありません。自分で作りましょう」

「なっ!?」

 

 

 そうだよ。何故今まで思いつかなかったんだ。布自体はアゼリアちゃんが持ってるし、自分で作った方が安上がりじゃないか。究極の倹約方を見つけてしまったな……

 と、我ながら自分の天才さ加減に頷いていると、アゼリアちゃんとリリアちゃんに肩を掴まれた。

 

 

「でしたら」

「わたくしたちも手伝いますわ。というかあなたにはもっと似合う服があると常々思っていましたの」

「アゼリア様もそう思いますか! 確かにメイド服はオフィーリア様によくお似合いですが、もっともっと可愛い服が似合うと思っていたのです!」

「こうなったら朝までとことんやりますわよ!」

「お付き合いします!」

 

 

 ……え? まじで? 本当に?

 うわ、ちょ、やめ、こっちくんな、アッーーー!

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 次の日。満面の笑みで送り出した二人と裏腹に、おにーさんの心は死にかけていた。

 

 

(ひらひら! めっちゃひらひらだよこの服! え、なにこれ。守備力低過ぎじゃない!? うわやめろこっち見んな! 頼むから全員どっか行ってくれぇぇぇぇ!!!!)

 

 

 上はただの白いブラウス。じゃない。フリルが使用されて、どこかのお嬢様が着てそうな感じだ。下は胸のすぐ下あたりから始まるスカート。短い。短いよこのスカート。なんで膝辺りまでしかないんだよ。足が隠れるくらいまでにしろよ。なんだよそれじゃ可愛くないって。……見た目が人形みたいだからって着せ替え人形にして楽しむことはないだろ!

 あー落ち着かねぇ。世の女性はもっと短いスカートで颯爽と歩いているわけだろ? まじで尊敬する。何が君たちをそこまで駆り立てるんだ。

 

 ……はぁ。なんで友達と遊びに行くだけでどうていをころす服を着なきゃいけないんだ。……あー、そういやロイの奴、もう童〇卒業くらいしてるんだろうなー羨ましい。俺もしたかったなぁ……あれ? したんだっけ? んん、したような……でもそんな記憶は

 

 

「すみません! 待たせてしまったみたいで……す?」

「あ、ロイ様。本日はお付き合いいただき、ありがとうございます」

 

 

 めっちゃ走ってきたロイが、俺の姿を見て固まった。目の前で手を振っても、頬を引っ張っても、猫だましをしても反応しない。し、死んでる……

 

 

「はっ!? 今何かとても衝撃的な光景を……」

「ああ、ようやく起動ですか。あまり時間に余裕があるわけではないですし、早速行きましょうか」

「お、オフィーリア嬢……その、格好は……?」

「これですか? 今日のために用意したものです」

 

 

 アゼリアちゃんとリリアちゃんがな。

 

 

「ぬっぐぅ……なんて破壊力……しかも無自覚なのは相変わらずか……!」

「ところで」

「はい?」

 

 

 首を傾げるロイ。もういい加減猫被んなくていいだろ。ロイだし。こいつ昔の俺とか普通に知ってるし。はっはっは。

 

 

「いい加減そーゆーのやめて、昔みたいに話そうぜ? お前その話し方似合わなさ過ぎて笑える」

「んなっ……! ……はぁ。それは師匠もそうだ。訓練場で初めて会った時、別人かと思った」

「お前もなー。ま、いいや。さっさと遊びに行こうぜ。いやーまじで疲れるのなんのって。あっち(メイド長)として過ごすのが嫌ってわけじゃないけど、やっぱこっち()の方が気が楽だわ」

 

 

 簡単な話、俺もロイも王城内で猫を被っていたわけだ。俺はメイド長として、社会人としての話し方や振る舞いを徹底していたわけで、それ自体は前世でもやっていたから別に苦じゃないが、流石に24時間365日というのは辛い。同様に、ロイの方も本来は言葉数が少なくて、むっつりとした男だが、おちゃらけたというか、ひょうきんな感じを見せていた。それはきっと、こいつにとっては人と仲良くなるために必要なことだったのだと思う。

 ……実際、昔のこいつとか腹立つくらい喋んなかったし。

 

 

「まず行きたいのは商店街。で、王都で一番の服屋かな」

「了解」

「別に買うものはないんだけど。見ておきたいものがある」

 

 

 と言って、二人で並んで歩き出す。昔を思い出すなあ、これ。俺からこいつに話しかけたのがきっかけで仲良くなって、まるで実の弟のように可愛がっていたっけな……まあ店の手伝いばっかしてたからそんなに構ってやった思い出はないが。

 

 ふと隣を見ると、昔は見下ろしていた少年が今ではこっちが見上げる側となっている。これじゃ()(ロイ)ではなく、()(ロイ)だな。あ、違う。()(ロイ)か。ややこしい。

 

 真っすぐ前を見ていたロイが不意に声を発した。

 

 

「……久しぶり」

「おー久しぶり。といっても、俺はお前が王城来てることは知ってたけどな。近衛だっけ? 超エリートコースじゃん」

「そんなことはない」

「照れんな照れんな。俺もそういうのになりたかったなー。なんでメイドやってんだか」

「……メイド、嫌なのか?」

「嫌じゃないが……疲れるときはある」

 

 

 主に貴族とか。王とか。

 

 

「……もし疲れたら。いつでも頼ってくれ」

「おー。ま、また遊びに付き合ってもらうかな。今日も悪いな。突然誘ったりして」

「問題ない。明日の訓練がキツくなるくらいだ」

「それは問題あるっていうんじゃねえかな」

 

 

 うわー懐かしい。そうそうこんなんだった。ロイのやつはどこかズレていて、心配になるのだ。ちょっとアホの子なのかもしれない。まあ、そんなところが弟のように思えていたのかもしれない。

 

 しばらく大通りを歩くと、王都の商店街「ロンバルディア通り」が姿を現す。いつも人に溢れ、活気で満ちた楽しいところだ。並んでいる店の数は約30。時によって増減するが、基本的にはそのくらいの数だ。

 

 

「まずは?」

「そうだな……飯がいいかな」

「ああ」

 

 

 まあ商店街で飯を食べるなら……そうだな。あそこがいいか。

 

 

「ロイ、あっちだ」

「分かった」

「うわっ、とぉっ!?」

 

 

 指で指した方向に行こうとしたところで後方から来た人にぶつかり、ロイから離れてしまう。うわ、やべえな。今日やたら混んでると思ったが……このままだとはぐれるぞ。というか見失った。やばい。

 なんとか元の場所に戻ろうとして動いていたところで、右手を握られた。瞬時に振り向いてアッパーカットを放つ体勢を取る。

 

 

「ああ!?」

「落ち着け、俺だ」

「なんだお前か……え、何? 子供扱い? はぐれそうだからおてて繋ぎましょうねってか?」

「そうじゃないが、この人混みだとはぐれてしまう。目的地までは繋いでいこう」

「……おーけー分かった」

 

 

 ま、この人混みじゃあなあ。仕方ないか。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 俺が一番好きな料理、「サロメのバーナ」を食べ、ロイがあまりの辛さに悶絶し、それを大笑いし、服屋を適当に冷やかして遊んで、最終的に行くところがなくなったので公園に来ていた。一応こういった公共施設の整備もされているあたり、割といい国だと思う。

 

 夕焼けが照らす街並みを見ながら、ロイと二人でベンチに腰かける。人混みをかき分けて動いていたせいでめっちゃ疲れた。……けど、昔に戻ったような感じがして楽しかったな。

 二人で夕焼けを見ていると、ロイがやや言いにくそうに話し始める。

 

 

「……最近、分からなくなったんだ」

「何が?」

「王城でああしている自分か、今こうしている自分。どっちが本当なのかが」

 

 

 悩んでいる。猛烈に悩んでいる。

 まあコイツの場合昔友達が少なかったこともあってちょっと思いつめてるのかもしれない。ここは年長者であるおにーさんが一肌脱ぎますか。

 

 

「ロイ、一ついいこと教えてやるよ。人はみんな、心の中にいくつかの人格(ペルソナ)を持ってる。今こうしてむっつりとしているお前もロイだし、王城でおちゃらけてたのもまたロイだ。その二つに違いはない」

「師匠……」

「もちろん、俺だってそうだ。こうしてお前と話している俺も――王城でメイド長をしております私も――同じオフィーリアという人間なんだよ」

 

 

 王城で俺がどんなに完璧な女の子を演じたところで、アゼリアちゃんにアホの子扱いされているように、どこかで『自分』は出てくる。偽ったって、隠したって、見えるものは見える。けど、どれが本当の自分って話でもないだろう。偽っていた人格も、その人物がそうありたいと願って作ったものだ。なら、それもまた彼自身だろう。

 

 

「だからさ、どっちが本当とかじゃなくて、全部お前なんだ。見たいところも、見たくないところも、全部ひっくるめてロイという人間を構成している人格だ。その辺、受け入れてもいいんじゃないか?」

「……なるほど」

「それと……まあ、言わなくてもいいかもしれないけど。多分王太子は気付いてるよ、お前のこと。ちょっと演じてるなーってくらいはさ」

「え、そうなのか」

「うん。だから、人に迷惑を掛けない範囲でなら、自分の生きたいように生きていいと思う。お前がおちゃらけた自分を見せていたいならそうすればいい。でも、それがつらいなら。素直な自分を出してもいいんじゃないか?」

 

 

 まあ、俺のような例は特殊なんだけどな。絶対に地を出せない。出したら死ぬ。

 

 

「さて、と。帰ろうぜ。もうそろそろ暗くなる時間だ」

「ああ、分かった」

 

 

 ベンチから立ち上がったロイが手を差し出してくる。あれ、ナニコレ。あ、握手? なんで? まあいいけど。

 

 

「今まで難しく考えすぎていたみたいだ。ありがとう――リア」

「おう。困ったことがあったらいつでも頼れ。なんつったってお前は俺の弟みたいなもんだしな!」

「お、弟……」

 

 

 いまだに弟扱いなのが悔しいのか、ロイが顔を曇らせる。はは、残念だったな。俺の兄貴分気取ろうなんざ百年早いわ。

 ……あれ? そういえば俺って兄貴いたような、いや、姉だったかな。でも確か兄弟だったような気はするんだよな。社会人になってから会ってないせいか、記憶が朧気だ。もしかしたらオフィーリアとしての生活が長いせいかもしれない。

 

 だとしたら、やっぱり早く戻る方法なりなんなりを見つけないとな。




昨日バイト先にめっちゃダリウス・エインズワースに似た人が来てて笑いそうだった。


アイドルグループ:むしろ一人でデビュー出来る

社会が悪い:大体これを言う人は自分が悪い

その顔:自分から頼っておいてなんだけど、アゼリアちゃんのおっぱい事情だとまず無理だったよ。ごめんね? という顔。腹立つ。

僅かに膨らんだ胸:オフィーリアがエベレスト、ヒマラヤならアゼリアは高尾山。高雄さんではない。

シンプルな寝間着:紺色一色

究極の倹約方:実際自分で作れるならそうした方が安上がりなのでは?

アッーーー!:別に突っ込まれてはいない

ひらひら:メイド服は基本厚手かつ肌が見えないように作られているため、重く防御力も高い。が、今回の服はとある両名のテンションが上がった結果薄手かつ露出度が上がり、軽く防御力も低くなった。オフィーリアはJKを尊敬した。

どうていをころす服:童貞には構造が理解できない服。非童貞でも理解できないと思います。普通着ねーよあんなの

近衛:王を守る人たち。やばい。戦闘力やばい。

アホの子:特大ブーメランが突き刺さる

ロンバルディア通り:王都で一番の通り。王城から真っすぐに伸びる大通りの一部を指す。常に人がいる、王都で最も活気に溢れたところ。

アッパーカット:別にアッパーカットじゃなくても並大抵の、というかほぼすべての生物に勝てるだけの戦闘力を持っている。

子供扱い:さて、相手もそう思っていたのか、否か。

サロメ:魚。緑色に発光し、超高速で泳ぎ、壁に激突して死ぬ。ストリエ王国では一般に食される。淡水。別に覚えなくてもいい。

バーナ:唐辛子とデスソースをふんだんに使った鍋。食したものは死ぬ。と、言われるほど割と頭おかしい料理。愉悦神父とか好きそうな味。味……? 多分味。ロイが食べられなくなって遺した分は責任をもってスタッフ(オフィーリア)が処理しました。

ペルソナ:銃で頭撃ったりタロット砕いたり仮面を引きはがしたりするあれではない。


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