ハイドISは、眠い中で書いてたせいか抜けてるところが多く、ゴスペル戦をしっかり描きたい願望もあったため、一旦消してコッチに入れ替え、然る後に改めて推敲しなおそうと思った次第。
とりあえず、『修羅の刻』とか『燃えよ剣』好きな作者の趣味ブッコんだ作品の序章だけでも楽しんでもらえたら嬉しく思います。
元は古武術を祖とする剣術の流派『篠ノ之流』は、活人剣である。
礼に始まり、礼に終わる。人を斬る為ではなく、ただ己を磨き、魂までもを高める為に生み出されし人を活かすための剣。それ故の活人剣。
その歴史は古く、神道ではなく土地神伝承に由来を持つ神社を本家とし、江戸から明治、大正へと移りゆく激動の時代を潜り抜け、『東京』と名を変えた日ノ本の首都に、今も篠ノ之家は在り続けている。
――だが、激動の時代を行く抜く中で、篠ノ之家から失われてしまった物も少なくはない。
幾つもの大乱の中で戦火に焼かれ、古き記録は失われ、古き記憶は忘れ去られ、いつしか本家の者からは知識さえも消えてしまった歴史の中に。
時の篠ノ之流継承者と異なる道を選び、人を斬らず人を活かす活人剣としての道を行く本家と別れ、人を殺めて人を斬る殺人剣としての道を選んだ篠ノ之家の分家があった。
その剣は、人を斬らず己を高める活人剣の道を選んだ篠ノ之本家を守るため、篠ノ之本家の敵となる者を本家に代わって討ち果たすため、表の篠ノ之が活人剣として『陽の道』を歩み続けるため『陰の道』を歩み続けることを選んだ裏の篠ノ之。
そんな本家の記録からさえ忘れ去られた、篠ノ之の歴史を受け継ぐ者たちが居を構える社が、富士の樹海の一隅に存在し続けていた。
人里離れた辺鄙な土地に、まるで人目を避けるかのように建立されている古くて小さい神社だ。
土地柄的にも参拝客が多く訪れるようにも見えないが、清掃だけは隅々まで行き渡り、神聖で荘厳な祈りの場としての威厳を、その場に与えていた。
――だが、人はいない。人だけはいない。
静かな佇まいと、行き届いた配慮に、人の手が入り続けていることを感じさせられる部分を随所随所に見られるにも関わらず、人が住まう場所特有の人気が感じられないのである。
人里離れた無人の神社にある境内で、小川のせせらぎと野鳥たちの囁きと、そして枯れ葉が舞い落ちる時に立てる極微細な音だけが聞こえるのみ――。
「フンフンフ~ン♪」
そんな無人としか思えぬ神社へと続く階段を、今一人の少女が鼻歌交じりに登っていた。
10代半ばと思しき少女と呼んでいい年齢の、年端もいかぬ少女である。色素の薄い、短い髪をした年若い娘だ。
姿格好からして学生だろうか? 近代的で西洋風の制服を身にまとい、短い丈のスカートを履き、その下に黒いストッキングを身につけている。
微笑みを浮かべた微笑のまま、軽やかな足取りで階段を上りきって、特に警戒心も見せぬままに境内を進んでいく姿は、一見すると仲のいい神主の娘を訪ねにきた同い年の少女か何かと思えぬ者は少なくなかろう。
――だが、そもそも彼女は今、“何時どこから現れた”のだろうか・・・?
ほんの一瞬前まで、遙か遠くを見晴るかせるほどの距離に人っ子一人の気配すらも感じさせなかった神社へと続く、百段近い長く険しい急傾斜の階段。
そこを“いきなり登っている姿”で現れたのが彼女だった。
何時からいたのか? 何時から登っていたのか? 余人には何一つ掴ませることなく、制服姿の若い少女は境内へと入ってきて周囲を見渡す。
「はいっ、到~着。んー、相変わらず険しい階段だったぁ。流石のお姉さんでも少し疲れちゃった。
もう少し通いやすい場所に立ててくれたら昼食の度に食べにきたくなるぐらい静かでイイ場所なんだけどな~、ここって」
軽く伸びをすることで、到着までに要した時間と手間でこうむった疲労の大きさを顕す少女。
“人里離れた辺鄙な土地に立つ神社の境内”に、汚れや皺一つない制服姿で到着することが出来ていた若い娘は、バサッ!・・・と、懐から取り出した扇子を広げて口元を隠して周囲を見つめる。
扇子には文字が記されており、そこに書かれたる字は『見猿』
文字に隠された扇子の下にある唇を動かし、空気と共に意味のある言葉として現世へと紡ぎ出し――
「・・・・・・楯無? 久しぶり、歓迎する。元気だった? 菓子パン食べる?」
「あら、やっぱりいたのね桜技ちゃん。久しぶりね♪ またお掃除サボってると思ってたから助かったわ」
声になる直前にかけられた別の声の旋律によって雲散霧消し、代わって別の形を取って顕現して言葉と成る。
楯無と呼ばれた少女が笑顔を浮かべたまま見つめる先。
そこに自らが「桜技」と呼んだ少女が座って、パンを食べていた。
神社の正面にある賽銭箱の向こう側で階段に座り込み、小さな口いっぱいに頬張りながらモグモグと菓子パンを食べている姿はリスのように連想させ。
小さな背丈と、あまり動かない眠そうな表情は小動物めいたものを感じさせられ、庇護欲を刺激される者も少なくはないだろう。
「・・・・・・よくきた、遊びに来た? 楯無はいつでも歓迎する」
「う~ん、残念だけど今日は、お仕事の話がメインなのよね。あなたたち一族の力を借りるかもしれない事案が出来ちゃったから、手伝って欲しいなぁ~って」
「・・・・・・戦?」
アッサリと短く、簡明に、動かぬ顔の少女はこともなげな口調で、その言葉を平然と告げる。
『戦か?』と。
あまりにも普通の口調で放たれた時代錯誤で物騒な単語。
それでいて口内には頬張り終えたパンが残り続けており、ングングと口を動かしながら咀嚼する作業も止めることなく続けながら、彼女は日常から最も遠くなる出来事の名を、穏やかな日常の象徴のような姿を晒しながら平然と問いとして投げかけてきた。
だが、これに対して若く妖艶な扇子の少女は首を振る。
縦に、ではなく横にである。
彼女が相手の少女に依頼しにきたのは戦場で的を殺させるための、「殺しの依頼」ではなかったからだ。
「いいえ、戦ではないわね。今回の依頼で私たち『更識』が、あなたたちに頼みたいのは――」
「・・・・・・戦じゃないなら、やらない」
相手の答えを聞かされた瞬間、続く言葉に関係なく少女は答えて食事に戻っていった。
それは予想通りの反応であり、予想して当然の対応でもあった。
「・・・・・・《裏篠ノ之》は、戦に勝つ為だけに鍛えた剣。戦以外で使える場所はない。
“戦があれば誰よりも勇敢に戦い、誰より多くの敵を討ち取り、戦が無い時は誰よりも怠けよ”・・・・・・それが裏篠ノ之の掟。だから戦じゃ無い依頼なら私は受けられない。ア~~ン」
そう言って、小さな口を限界まで大きく開いてパンを頬張る小さな少女。
心なしか、その動かぬ表情には嬉しそうな笑みが浮かんでいるようにも見え、年齢不相応に幼い見た目に反して人十倍の大食らいという友人の側面を知る楯無としては、微笑ましくもある光景ではあったものの、話の内容自体はあまり笑えるほど心楽しいものでも無かったため、早速ではあったが切り札を切る決断を下した。
「篠ノ之の本家を継ぐ者の護衛役、それでも依頼は受けてくれないかしらね? 桜技ちゃん」
ピタリと。桜技という名を持つ少女の動きは、音と共に完全に停止した。
瞳は大きく見開かれ、普段は感情を感じさせない眠そうな眼に、これまでの人生の全てが詰まって目覚めの刻を待っていたかのような感情の渦が、今だけは彼女の内面を現すようにハッキリと楯無には感じ取ることが出来ていた。
「あなたは知らないでしょうけど、先日IS学園の入学試験が行われた際、何かの事故か不手際か、あるいは何者かが何かを企んだ結果として、世界初の男性IS操縦者として織斑一夏くんという少年が、私が生徒会長を拝命しているIS学園に入学することが政府決定で言い渡されたの。
そして、その彼と同学年の女生徒として、篠ノ之家の長女でIS開発者本人でもある篠ノ之束の妹だからという理由で、篠ノ之箒ちゃんっていう女の子が同学年のクラスメイトって形で同時に入学することが命じられてた後だったのよね。
今のところ重要度は織斑くんの方が上だけど、彼の登場と実在が公表されたことで条件がどう変わるかは推測の域を出ようが無い。
最悪の場合、私たちカウンター機関『更識』だけだと手が足りなくなる危険性も否定できない。だから貴女の力が必要にな――」
「やる」
再び短く簡明に、そしてアッサリと桜技と呼ばれた少女は、相手からの依頼を手のひら返しで快諾して立ち上がり、
「・・・・・・裏野之は篠ノ之のために生まれた、篠ノ之の生きる道を脅かす者を闇に消す、それが裏野之の使命であり、義務であり、存在意義。
篠ノ之がいるなら行く。篠ノ之の血を引く者ならやる。篠ノ之が守れるなら引き受ける。
それが裏野之」
そう言って、バサッと、軽く飛び上がる仕草をして大きく飛び上がり――3メートル以上までの距離を一瞬にして縮めてしまうと、境内に生えた木から一本の葉が衝撃によってか知らずか枝から舞い落ち。
再び飛び上がった桜技の背中が、楯無の視界で完全に被さり合った刹那の瞬間。
―――もはや、無表情の小さな少女の姿は完全に消え去ってしまった後になっていた。
周囲には誰も人っ子一人いない、綺麗に清掃が行き届いた境内で、数キロ先まで人の気配を感じさせる音が何も聞こえてこない静寂が続く中。
突如として楯無の前に現れた『裏の篠ノ之の現当主』でもある女の子は、現れた時と同じように突然に消えて無くなって、後には何も残らず一人の制服姿の女の子が残るだけ。
「ふぅ、相変わらず台風みたいな子ねぇ。やれやれ、参っちゃうなぁ~、もう」
目の前で見せつけられた異常な現象に、差して驚かされた風でもない態度で肩をすくめ――一筋の汗を頬に垂らして、今見た光景“では無い”相手の示した神業に冷や汗をかく。
「私は完全に気配を消してたはずなんだけどなぁー。たかが声だけで察知されるほど易い瞬歩は使ってなかったはずなんだけど、それでも気付かれちゃって、平然と声かけられちゃうのがあの子って事か・・・・・・つくづく、化け物ばっかりしか育たない場所よね、この裏篠ノ之は。
まっ、うちの家に人のことをどーこー言う資格は無いんだろうけど」
微苦笑とも苦笑いとも取れる曖昧な笑みを浮かべながら、再び扇子で口元を隠して楯無は他人事のように論評し――パチンと。
音を立てて扇子を閉じた時―――楯無の姿もまた、神社の境内から突然に消えて無くなっていた。
楯無が閉じて、見えなくなった扇子に記されていた文字は一言――『無』
・・・・・・かつて選んだ道を進ませるために道を違えた、二つの篠ノ之。
それが数百年ぶりに再会し、同じ場所で同じ道を歩み出す歴史は、こうして静かに幕を開ける。