ダークなんでお気をつけて~。
そこは暗くて涼しくて適当な湿り気のある、狭苦しい地下通路の中でした。
道は一本道らしく、出口であるゴールまでは長いだけで個性も特徴もない鉄と配管と、そして血と硝煙の臭いで満ち足りている男の背中だけがありました。
「ーー本当にここは、どうしようもない場所ね」
男の背中に続きながら、女が一人で吐き捨てるように言いました。
前方を歩く案内役の男は「ああ?」といぶかしそうに振り返りますが、女は男を相手にしていないのか、あるいは不細工すぎる男の顔より殺風景で無個性な周囲の景色をみまわしてた方が未だマシと考えただけなのか、どちらかは解りませんしどちらでもないかも知れませんが返事をせずに視線も向けようとはしませんでした。
そんな彼女の対応に男は機嫌を害することなく、むしろ喜々として嬉しそうに語り始めました。
それまで「必要なこと以外で話しかけてくるな」と無言で伝えてきていたのが嘘であるかのように饒舌に、上機嫌に、「こういう手合いは今の内に話しておかないと次の機会がないからな」とばかりに今この時だけの一期一会を満喫しているかのように。
「ああ、あんた『アンダーグラウンド』は初めてだったのかい」
急に友好的な口調と態度になった男の変貌ぶりに、今度は女の方がいぶかしげな視線を向けますが、男は彼女と違って親切なのか説明のついでとして理由についても詳しく教えてくれる気満々のようでした。
彼は言います。ここは『どうしようもない物しか流れ着いてこない』から、どうしようもない場所にしか成り得ないのだと。
「・・・どうしようもない物って、どんな物よ」
「何でもさ。どんな物だろうと流れてくるが、ここに流れ着いたからにはどんな物でも、どうしようもない物になっちまってる。だからここは嘘偽りなく、どうしようもない物で満ちあふれた本当にどうしようもない場所なんだよ」
女は少しだけ『この場所』にも興味が出来たのか、男に詳しく聞いてみることにしましたが、あまり要領のいい返答はもらえず不機嫌そうになります。
ですが男は慣れた口調と態度で「まぁまぁ慌てなさんな。単に意味深なだけの前振りだよ」と軽く笑い飛ばし、廊下を歩く速度を調整しながらゴールまでの距離と時間を暗算だけで割り出します。こう言うことには慣れているので、学のない彼でも問題なくこなせました。
「もともとIS学園のある学園島は新世界貿易港を目指して作られてた、世界最大の人工島でな。完成した暁には最大全長5・9キロメートルの都市内に商業や工業、娯楽施設なんかを満載させて、横浜港の2倍近い面積をもった国際港も建てられる計画だったそうだ。だがーー」
男は一端言葉を切って、意味ありげな沈黙を挟みます。
なにかしら重い物を臭わせる沈黙の仕方ではありましたが、表情を見るに先ほどと同じで『単に意味深なだけ』のようでしたので、女は素直にスルーしました。
男はやはり気にすることなく上機嫌に話を再開すると、自分のペースで話の進め具合を決定していきます。強面の顔をしていますが、存外話好きで人の好き嫌いはしないタイプのようでした。
「元々は、現代人が生み出しちまったゴミを少しでも減らそうって名目ではじめられた地球環境保全計画の一環だったらしくてな。地下には海に流出した汚染物質をすべて回収して濾過する機能が取り付けられてる。
最終的には世界中の海に同じの浮かべて地球再建!ってのを目指していたとかで、世界中の企業が出資してて、完成した時には計画第一号の一号島として沖縄に運ばれて政令都市に認定される予定だったとか。ーー『白騎士事件』が起きる直前まではの話だけどな」
ぴくりと、女の耳が反応しました。聞き覚えのある名前ーーどころの話ではありませんでした。彼女たちにとって、何よりも重要な名前が出たのに反応しない同業者など聞いたこともありません。
女は少しだけ鼻息を荒くしながら男の話の続きを待ちます。
そんな女の態度を背中越しに感じ取ると、男はニヤケ笑いを浮かべて鼻先をこすりました。下心ではなくて純粋に自分の話を楽しんで聞いてくれることが嬉しいのです。見た目と場所と職業柄、誤解されることが多い男でしたが性格的にはいい奴な部分もある人なのです。・・・大半はどうしようもない物だけで出来てる男でもありましたけど。
「あの事件で世界はまた地球の環境保護より、技術発展と経済成長を優先させるため環境破壊を繰り返す社会に逆戻りしちまった。旧世紀の悪夢再び、ってところかな。
方針を転換した各国政府の意向と、出資者たちの強い要望もあったし、技術発展による経済的利益は日本政府のお偉方にとっても願ったり叶ったりな好条件でもあった。
もとから商業工業関連の企業を誘致する気満々だった訳でもあるしな。国際港のついでに空港も建てる予定だったから、場所の広さも問題なし。
日本政府自身も満場一致でIS学園と学園島を建設するため、完成間近だった環境保全都市を東京湾まで牽引しながら移動させて、学園島と名も改めさせた。
0から島作るよりも今ある物で流用できるんだったら、そっちの方が安いし楽だからな。元の計画段階の時点で複数のメガフロートを別々の場所で建設して移動させて、現地でドッキングさせる予定だったそうだし。
んで、東京湾に着いたら地下で繋いで表に見える外装にはブッシュとかを適当に配して雑木林や森に見せかけて景観を確保する。未完成な状態で急遽運んできたからいくつかの部分はパイプやら鉄骨やらが丸出し状態だったけど、要るところを除いて全部放棄。適当な場所をIS武装の試射場として売りに出すことでIS企業を誘致するのに必要な好立地条件を確保したって寸法さ」
「・・・なんだか思っていたよりデカい話で頭クラクラしてんだけどさ・・・」
女は乱暴な手つきで頭をかきながら、胡乱な眼差しで男を睨みつけると脅すように歯を剥きます。
「その話が最初の『どうでもいい物しか集まってこない』に、どう繋がるってのよ」
「若いのにせっかちだねぇー。IS操縦者ってのは皆そうなのかい? それともアンタが元いたって言う亡国機業だとアンタみたいなのがスタンダートなのかな?」
一瞬にして実体化したIS武装の銃口を向けているにも関わらず、男の態度と口調が変化しないことに内心驚愕しながらも、女は戸惑いを悟られないよう細心の注意を払いつつ詰問そのものは継続させるつもりのようです。
「・・・はっ、あんなヌルい古巣の名前なんか今更になってださないでよ。胸くそ悪くなるだけだからさぁ」
「ん? あそこってそんなにヌルい場所だったのか? 確か、『世界中を戦場にするのが目的』って聞かされたけど?」
「はんっ。あんなの口先で威勢よく吠えてるだけよ。戦争戦争って単語を口にしまくるだけで、実際にやる任務と言えば爆破テロに要人誘拐、奇襲と強奪。ゲリラ屋とやってることは変わらない癖して態度だけはデカいし、上から目線で戦争語りたがるだけの“にわか”しかいやしない。
挙げ句の果てには、味方のIS操縦者同士による本気での殺し合いは御法度ぉ? 世界中で戦争したいなんて大言ほざいてた奴らが、甘いこと言ってんじゃねぇわよ糞どもが。私はIS使った本気の殺し合いができるって聞いたから参加してやってただけ。口先だけだと分かった瞬間に莫迦らしくてなって基地一つ八つ当たりでぶっ壊してからこっちに直通で来ちゃいましたので、組織の追っ手とかの件は後よろしく~♪」
「はっはっは! 亡国の追っ手さんか、怖いねどうも。わかった、気をつけるよ。こっちもこれ以上ゴミが増えるのは勘弁願いたいからな。“殺しすぎないよう気をつけて”処理しておくよ」
あまりにも軽い口調で返されて、女は鼻白みました。亡国機業に所属するIS操縦者達の多くは専用機持ちであり、戦争ではともかくISバトルにおいてであれば、それなり以上に凄腕です。たとえISを起動できない一般構成員であろうとも練度は決して低くないはずなのですが、彼は亡国機業から来るであろう追っ手達の処理を“簡単な作業”としか思っていない様子でした。
知らないが故の奢りなのか? 知っている強者であるが故の傲慢なのか?
どちらなのか判定を決めかねている内に、彼の方はマイペースな語り口調で話を学園島にーーいいえ、学園島の地下空間へと戻してきます。
「日本と世界の思惑通りIS学園の建設は完了し機能し始め、学園生徒のデータ目当てに多数のIS企業を学園島へ誘致させることにも成功した。万々歳で終わるはずの所だがーーひとつだけ難題が残っていてな。島自体が持つ本来の機構故のものなんだが・・・アンタにはそれが何かわかるかい?」
私は学者じゃない、IS操縦者だよ? 分かるわけがないーーそう吐き捨てるように即答しても良かったのでしょうが、ゴールの光が見えてきたので会話も終わりが近いと悟って方針転換。後少しだけ暇つぶしに付き合わせようと、彼女は適当な答えを返すだけ返してあげました。
「さぁね。大方、自然環境保全のために作られた学園島から汚染物質でもタレ流す結果に繋がった、とかのありがちなオチなんじゃないの?」
アハハハハ!とけたたましい笑い声を語尾の後に続けることで冗談だったことをアピールしたのですが、男は逆に驚いた表情で振り返ってきて、彼女のことを素直な言葉で賞賛しはじめます。
「・・・驚いたな。ビンゴだぜ、その通りだ。ここには上で生み出されるIS関連のゴミが全て捨てられて回収される、IS世界のゴミ処理場の役割を押しつけられた場所なのさ」
「・・・・・・は?」
彼女は話を聞いた直後、冗談だと思った。
上を向いてから下を見下ろし、左右も見回した後で改めて真顔の男と見つめ合いながら。
「・・・マジで?」
「マジでマジで大マジで」
軽い口調と軽すぎる単語で男は絶望的な事実を肯定しました。
「ISは次世代の兵器で何もかもが謎に包まれている。ISコアにいたっては、ブラックボックスな部分が大半を占めてて実質なにも分かっちゃいない。
ここまではよく知られた話だがーーそもそもISって兵器は、自然に優しいクリーンな兵器なんだろうか? その答えはここにあります。ゴミ溜めとなって汚染物質塗れのこの場所がすべての質問に対する答えです」
男は両手を広げ、この場所一帯を指し示してみせると大仰な仕草で一礼し、おきまりの宣伝文句を並べ立てて所属会社のアピール開始です。
「ここは嘗て、人類が出した世界中のゴミを綺麗にして海へと戻すために作られた人工島です。今は世界中に輸出されるIS技術が無尽蔵に生み出すゴミを綺麗にしているように見せかけて海へとタレ流すよう機能しております。
その為か、此処にはいつしか世界中からゴミが流れ着きようになりました。
ゴミとして捨ててしまいたい物や人、ゴミと言うことにして元の名前を奪い取った物や人、あってはいけない物、存在していないことにしておきたい物。
世界中がゴミとして海へとタレ流すことで、無かったことにしたいモノは全てここに流れ着いて、この場所を形成しているのです。
流れ着いたゴミの中から使えるモノや、リサイクルできそうなモノなんかは上の階にあるIS企業が法外な値段で買い取らせていただいておりますので、ご用の際には何なりとお申し付けください。IS企業は、お客様を決して差別いたしません。
民族、宗教、人種に犯罪歴、元の所属にいたるまで全てのことを無かった事と見なして平等にモノとしてお取り扱いいたしましょう!
尚、お客様がご購入される商品には全てラベルが貼られておらず、表記義務を怠ったものでありますことを予めご承知の上で、ご利用は計画的にお願いいたします」
「・・・・・・・・・」
余りにもあんまりな言い様に、女はしばし茫然自失し続けていましたが、やがて壊れたような笑みを浮かべると、嬉しそうなつぶやきを発しだしました。
「はは、はははは・・・まさかとは思ってたけど本物だわここは。マジかよあり得ねぇ、こんなの・・・こんなのって・・・最高じゃん! 此処なら確かに本気の本気でIS操縦者同士が殺し合える!」
本音を言えば彼女は今この瞬間まで半信半疑でいました。
ですがそれも仕方がありません。ISが出来てからIS条約が結ばれて、世界は戦争を放棄して平和共存への道を歩み出したはずなのです。
そんな中、平和の象徴であるISの操縦者を育成する世界で唯一教育機関『IS学園』がある学園島の地下に行けば、ルール無用で問答も無用のIS操縦者同士によるガチな殺し合いが行われている賭け試合の場があると聞いて来てみれば、聞いてた以上の地獄がそこには存在してました。
勝てば大金と手に入り、金さえあれば何でも買える。払う金額次第では、核ミサイルだろうとバッキンガム宮殿だろうと何だろうと手段を選ばず持って来る。
ただし、負けたら全て自己責任。売られようと殺されようとヤク漬けにされてゴミの中へ捨てられようとも自分の責任。自分自身で何とかしろ、誰も手助けなんかしてやらないし、してくれない。
IS学園の所在地『学園島』。
その地下に広がるアンダーグラウンド。
この世で最も地獄に近い場所。
「面白れぇじゃねぇか・・・! あたしはこういうガチな命のやり取りがしたくて此処まで来たんだ! 思いっきり悦しんで殺し回って愉しみまくろうじゃん・・・!」
女の狂相に男は大した感銘も受けなかったのか、対戦表に書いてある相手の名前を確認しながら、丁寧な物腰と軽い口調で相手のことを少しだけ教えてあげました。
「愉しい殺し相手、って言うのがどんなのを言ってるのかは分からないが、強い相手って言うならこいつは別格だ。強すぎる。今まで何人もの国家代表になれるはずだった奴が挑んで返り討ちにあってる。おまけに全員、殺して終わり。
IS使った戦いでは、デッド・オア・アライブが基本の怖~いお嬢ちゃんだ。綺麗な顔に騙されていると、騙されてたことに気づく暇さえ与えてもらえずに即死させられる。正真正銘、本物でガチモンのキチガイ娘だ。
死にたくないでも、生きていたいでも、別にどっちでも良いけど死にたいってほどではないかなーと、少しでも思っているなら今この場で降参して不戦敗扱いにしてもらえ。有り金全部とISと身につけてる物全部むしり取られるが、それ以外は指先一つ触られないまま存在自体を忘れてもらえるぞ?」
「・・・おい、それ選ぶ奴がここまで来てたら間違いなくアホだぞそいつは・・・」
彼女の言う通りで、会ったこともない対戦相手に全財産を貢ぐため地獄まで遙々訪れてきたのだとしたら間違いなくアホでしょう。もしくは大バカ者です。お人好しすぎて笑えないレベルの「幸福な王子」さま以外には存在しないと思いますね。
つまり物語場の人だけです。現実には実在しません、できません。そんな人が殺されずに生きていられる国など地球上に存在してはおりませんから。
「とにかく私は行く。強ぇ相手ほど殺し甲斐があるってもんだ・・・!!」
堂々と自信満々に出口というか、到着したばかりのコロシアムへ通じている入り口に入っていった彼女を見送ってから男が三分ほど待った頃、
ぱーーーっん。
・・・銃声が短く響き、試合終了のゴングが鳴らされ、男が待っていた女が帰ってきました。・・・死体になっていましたけれども。
「お疲れさまです。どうでしたか? 今日の相手の彼女は? 一応、亡国機業って名前の組織で、オータムとか言う凄腕に勝ったことがある強者だったのですが?」
男は自分より遙かに年下の少女に向けて、慇懃無礼な態度で問いかけます。
長い黒髪と、眠そうに細められた黒い瞳。背の高いスレンダーなスタイルを持つ綺麗系の美人さんである銃関係であれば何でも使えて、どれでも同じように人が殺せてゴミに出来るIS操縦者の少女は、気怠げな様子にやる気も乏しく疲れたような態度のまま片手を差し出してこう言いました。
「彼女に勝った勝者としての権利を行使します。
彼女が貰うはずだったファイトマネーを含めて全財産を没収させてください。使っていたIS専用機だけは、後で企業側に売却しに上がりますので宜しく」
「毎度ご贔屓にありがとうございます。またのご利用をお待ちしております」