織斑一夏は、転生者ではない。
だが、なんの因果か本来なら覚えているはずのない記憶を保持したままの少年である。
試験管の中で浮かぶ無数の自分。究極の女を量産するため種馬として造られた自分自身。
本物が産まれて要らなくなった偽物を処分しようとする白衣姿の男たち。
それらに自業自得の死を与えていく黒く美しい死に神のような若い女性。
覚えていられるはずのない光景を、しかし織斑一夏は手を触れることさえ可能な実体として網膜と心の双方に焼きつけて今まで生きてきたのである。
それは彼の中で深刻な女性不信と、特権階級に居座る人間たちへの深い憎悪となって精神の土壌に根をおろしてしまったのだった。
それから約十六年……。
高校受験を控えて試験会場に向かった彼がなんらかの手違いにより別の場所へと案内され、そこで白い機械の甲冑を模した運命と出会い、起動する。
運命の輪は回りはじめ、歪んだ過去の記憶を保持した少年は女たちと出会うため、約束の場所IS学園へと入学させられる・・・・・・。
「織斑一夏です。よろしくお願いします」
素っ気なく、必要最小限度の言葉だけで挨拶を終わらせて席に着いた彼に、IS学園1年1組の女子生徒たちは熱い視線を投げかける気持ちを抑えることが出来なくされてしまっていた。
クールとも、無関心とも言い表せない、どこか超然とした貴公子的な彼のまとう雰囲気が平凡な挨拶の言葉を古典演劇に出てくる伝説の騎士であるかの如く錯覚させられたのである。
黄色い悲鳴が飛び交う中で一夏は、特に関心を示すでもなく普通の態度で次の授業に必要な教材を取り出して机の上に並べていく。
小学校以来の再会となる幼馴染みの少女、篠ノ之箒から意味ありげな視線を向けられていることに気づいてはいたものの、要件があるなら自分から話しかけて来るだろうと傍観の姿勢をとり続けていたのである。
そして、一ヶ月前にIS学園入学を無理矢理決められた身でありながら、時間が許す限りにおいてISのついて事前に調べ上げていたおかげで1時間目の授業はなんとか乗り切り、2時間目も無事終わり、3時間目に入る前の休み時間に入った直後のこと。
事件は、起きた。
「ちょっと、よろしくて?」
「・・・?」
いきなり横合いから声をかけられ、無言で振り仰いだ先に立っていたのは金髪が地毛の白人美少女。
わずかにロールがかった髪はいかにも高貴そうなオーラを発し、ハリウッド女優のように決めポーズを取って見下してくる姿から一目で上流階級出身者であることが推察することができた。
「訊いてます? お返事は?」
「・・・失礼」
相手が催促するように言ってくるのに、内心では肩をすくめながら一夏は答える。
「自分が呼ばれていることに気づかなかったものですからつい・・・。なにしろ名前を呼ばれなかったのでね」
「・・・っ」
揶揄するように返され、思わず激高しかけてしまった少女は体裁を取り繕うように、わざとらしい声を上げる。
「まぁ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
「・・・・・・フ」
軽く、生まれついての冷笑癖を発揮しながら彼は相手の少女をこの時点で見切ってしまっていた。
正直、この手のタイプは一番楽だ。
外観上の形式しか評価しないタイプの形式主義者なら、世の中に掃いて捨てるほど有り余っている。
表面上の礼儀しか見ない相手には表面だけ完璧に応じて退散ねがうのが相応しいあしらい方というものだろう。
「なにを笑ってらっしゃいますの!?」
「いや、失敬。こちらの事情でして・・・それより貴女は、彼の名高きイギリスの才媛にして国家代表候補生のセシリア・オルコットさんであらせられませんか?」
名を呼ばれ、過剰に持ち上げられ、儀礼的な上下関係を重視する頭の軽い英国令嬢は目を丸くして満足の意を示す。
「・・・あら、テレビもない極東の島国かと思っていましたら、ちゃんとわたくしの名は知れ渡っていたようですわね。
こんな未開の地に住む猿の如き殿方でも最小限度の常識はあるようで安心しましたわ」
「勿論ですよ、オルコットさん。貴女の令名は俺もよく存じ上げております」
ほんの僅か唇の端をつり上げる極小の愛想笑いを浮かべながら、一夏は適当に仕入れておいた雑誌の紹介記事を諳んじていく。
IS操縦者は美人揃いだ。専用機持ちともなるとテレビや雑誌に取り上げられることが前提になるため、より見た目は重視されるようになる。国家の顔は美しくなければならないのだから。
そうして必然的にIS操縦者は顔や見た目を褒め称える紹介文が各国政府の息がかかった出版社の記事には多く掲載され、それらは外国人の目にも無料で見られるよう発散されていく。
それらを見るだけなら、IS学園入学が決まった一ヶ月前からでも十分すぎる時間だ。
母国の自己PRじみた内容の記事に悪い評価など書かれているわけもなく、普通に見出しのタイトルだけ覚えていれば国家代表候補生への煽て文句に困ることだけは決してないと断言できる。
だから彼はそれを暗記して、彼女の母国が彼女自身について書いた記事をそのまま本人に伝えてやっているだけだ。
ただの伝言ゲ-ムに感情論など差し挟む余地があるはずもなし。
普通に初めて、普通に終わる。
キーンコーンカーンコーン。
「あら、チャイムですわね。それでは織斑さん、ご機嫌よう。
ISについて分からないことがありましたら、エリートのわたくしが特別に教えて差し上げても宜しいですので声をかけてくださいましな。おほほほ」
来たときとは裏腹に喜色満面で頭の軽い神輿が帰って行き、一夏は静かで微かな笑顔を表面の皮に浮かべながらも内心で冷笑を禁じ得ない。
儀礼的な礼儀作法に形式以上の価値などない。相手への敬意と尊敬の念あってこその礼儀であり儀礼である。
形ばかり取り繕って見せただけで空っぽの形式を尊重するような輩に敬意などまるで抱く気にもならない。
それすら判ろうとせず、やれイギリス人だから日本人だからと肩書きばかりを気にする形式主義者どもの妄言に自分まで付き合ってやる義理を彼はいささかも感じることが出来なかった。
(未完)