『IS原作の妄想作品集』   作:ひきがやもとまち

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『楯無』分家の当主は言霊少女

 

 そこは、夜の波止場。

 海霧が立ちこめており視界が悪く、申し訳程度に灯ったままの街灯も老朽化し、むしろ今すぐにでも崩壊しそうなほど・・・・・・。

 

 建設された当初は海外交易の中心地として活躍していたが、貿易量の拡大に伴い想定されていたキャパシティに収まりきらなくなると程近い場所に新しい港が新設され、そこに貿易拠点としての機能が移転されて利用者数が激減し、いつしか誰も使わなくなったこの場所は廃棄処分がされることもないまま全ての人から忘れ去られてしまっていた。

 

 潰す金はあるが、潰す必要はなく。かつてここを使用していた船乗りたちから潰すのは惜しいと数ヶ月に一度哀愁に浸るためには必要で、学園島と『IS学園』と『IS時代発展の軌跡を知るための歴史遺産』としても観光地として残しておく価値があると主張されて、一日に数十組程度しか訪れない観光客用に残してある税金の無駄使いのための場所。

 

 金と利権を漁り合うしか能がない国にありながら、ノスタルジーとしての価値を認められて金をかけて保護してもらえている血税のゴミ捨て場。

 

 それがここ、『学園島第一港湾施設跡公園』。

 

 

 ――まさに、『こういうことをする場所』には打って付けのロケーションと言う訳ね・・・

 

 その場に訪れた直後にその女はそう思い、薄く笑った。

 金髪に色白の肌をして、スタイル抜群の恵まれた肢体を誇る女優のような出で立ちの女で、パスポートに記されている身分もそのまま『女優』だった。所属事務所も実在してるし、活動もしている。世界的有名人ではないが、何本かの映画やドラマで主演をしており一応の実績と信頼もある。

 

 ――何よりも、外国から出演依頼を受けた女優というのは『怪しまれずに入国する際にパスポートが取得しやすい』・・・そういうメリットがあるからこそ選んだ表向きの職業なのだから実績作りを疎かにする訳にはいかない。

 『そこそこ怪しまれない程度の知名度と実績』というのは彼女にとって貴重な財産であり、身を守るための盾であり剣でもあるのだから・・・・・・

 

 

「サラ・マリーゴールドさんですね? お待ちしてましたよ」

 

 街灯の下までやってきた彼女を待っていたのは、小粋なスポーツカーに背を預けた姿勢でキザに腕を組んで外国製高級スーツを着こなしている優男。

 一見しただけで『一流企業社長のバカ息子』か『成り上がりの成金若手IT企業経営者』というイメージを相手に持たれること間違いなしな身なりをしているし、実際に公的身分も大手IS企業の若き重役である。仕事もしているし実績もある。社会的信頼度も高い。

 

 ――だからこそ、こういう仕事を任せるには恰好の人物だと評価されているのだから当然と言えばそれまでであるが・・・・・・。

 

 

「それでは、仕事の前にわたくしより一言謝罪させてくださいませ。マリーゴールド様、『このような目立つ場所』にお呼び立てしてしまって誠に申し訳ございません。当社の不徳と致すところと心より反省しておりますので、何卒今後ともどうかご贔屓のほどを」

 

 出会い頭にこちらから話しかけようとして機先を制され、男の方からいきなり頭を下げて平身低頭謝罪してこられた女――密貿易のために来日した国際テロ組織『亡国機業』の構成員にしてコードネーム『サラ・マリーゴ-ルド』――は面食らった。

 

(・・・なるほど。これがニホンの『ドゲザ外交』って奴なのね・・・)

 

 最初、耳にしたときは何の意味があるのか全く理解不能だった交渉術だったが、こうして目の前で自分にやられると効果の程を理解せざるを得ない。

 確かにこれは遣りづらい。相手が悪くもなんともない状況の中、商談そのものは上同士が決定させていて受け取りに来ただけの現場責任者として示された今のような場合は特に。

 

「・・・気にしなくていいわよ。物が物だからこういう場所以外なかったってだけでしょうし。何時もであるなら、もっと雰囲気のある場所で渡してくれるはずだったのでしょう?」

「勿論です。一流ホテルのスィートルームだろうと、雰囲気のいい高層ビルのラウンジでグラスを傾け合いながらであろうとも、あなたが望まれる全ての要望を叶える準備が我が社には常に整えられております。

 その点におかれましては、どうか我が社をご信頼くださいませ。マリーゴールド様」

 

 如才なく笑顔を浮かべて自信満々にそういうこの男の面の皮は相当なものだと、女は今まで見下していた日本人の男たちを少しだけ見直してしまうほど誠意あふれる厚顔無恥な返事であった。

 

 なにしろ自分たちは『IS条約で禁止されているISの密貿易』をこれから実行しようとしている身なのである。それをここまで丁寧にお膳立てしてくれる『日本の国営IS企業の重役』がどの面下げて「信頼」などと言う言葉を口にするのかと、良識ある模範的な社会人なら説教すべきところではあるが、あいにく同じ穴の狢しかいない場所では詮無き戯れ言でしかない。

 

 

「お会いできた直後に無粋だとは思うのだけど、さっそく商品の方を見せてもらえるかしら? 私も決して暇ではないのよ。

 なにしろ、明日にはマスコミの前で映画監督と記者会見に臨まなくちゃいけないから」

「マリーゴールド様のご事情は十分に承知しております。ご安心ください。準備は万端整っておりますよ・・・どうぞ、こちらへ」

 

 恭しく丁寧な仕草でスポーツカーのドアを開け、車内へ彼女をエスコートする優男。

 常識的に見た場合、男の身分で相手の女を車の中へ招き入れるのは別の誤解を招く元にしかならないのだが、そういう誤解であれば逆に歓迎できる。

 なにしろ、『そういう誤解をして欲しくて選ばれた人選基準』なのだから。本来の目的とは関係ない方向で勝手に妄想してくれるのは素直に喜ばしい。

 

 彼らは只、近くの桟橋に止めてある船に積まれた『量産型IS』二機を受け渡して、一期一会で安全に別れられさえすればそれで良いのだから。

 

「本来、専用機をくれるんだったら、こんな面倒な手間をかける必要はなかったんだけどねぇ・・・」

「・・・その点につきましては本当に心より申し訳なく思っております、マリーゴールド様。あなた様の仰られるとおり専用機さえ用意できていれば、このような目立つ場所で取引する必要などなかったのですが・・・」

 

 男が再び表情を曇らせ、本心から申し訳なく感じていると思わされる『如何にも沈痛そうな表情』を浮かべてから頭を下げてくる。

 本当に日本人というのは建て前と本音を使い分けるのが上手いと、感心させられるほどの、舞台俳優顔負けな名演技だった。

 

 確かに彼の言うとおり、IS密貿易は専用機であればあるほど楽になる類いの歪な交易だ。待機形態で持ち歩き、普通に会社のロゴマークがついた仮眠袋に入れて手渡せばそれだけで誰かに不審がられる恐れはほとんどない。

 

 そして、その足で宅配会社に依頼して目的地まで海外便で送ってもらえばいい。非合法手段で入手した機材を受け取った直後から肌身離さず持ち歩き、職務質問されたときに弱点となる証拠を作ってやる義理はどこにもないのだ。

 

 無作為に選出された民間宅配会社から正規の手続きで速達された品物は、作為的に運ばれた物より遙かに発見しづらく意図がないので意図に気づきにくい性質を有する。

 宅配会社に至っては、本当に只の客でしかないので当局の調査に対しても誠実に真実を答えるしかない。

 

 結果、正規の出国手続きをして国外逃亡するまでの時間稼ぎになる。

 亡国機業の構成員には力尽くで強奪する手法を好む同僚が多くいることは知っているが、彼女個人としてはその手のやり方で無駄なリスクを払いたくはない。

 

 せっかくIS企業の本場で、実験施設も多い『IS学園』を有する学園島が日本国内にあるのだから、制度とシステムは便利に活用すべきなのだ。

 

 

「日本には初めて来たけど・・・思っていたよりずっと良い国じゃない、ここ。気に入ったわ。是非ともまた来日してみたいわね」

 

 外国から訪れた外国人観光客らしい言葉をサラは口にして、相手も笑う。

 

 書類上で使途を明確にしてルールを守り、周りが自分に思い描くとおりに演じていれば、こちらが裏で何をやっていようと誰も興味を持とうとはしない。一部の人間が真相に気づいて警告しても大部分の人間は知らん顔してくれる。

 なによりも問題が起きたときに彼らは彼らのビジネス上の都合とやらで、当局からの干渉を逃げ切るため全力を尽くしてくれる便利な道具でいてくれるのだ。

 

 双方の利害が一致している間に限り、親切で誠実な隣人でい続けてたいと思ってしまうのが非合法組織に所属するテロリストとしての人情というものだろう。

 

「はい、これチップ。商品の受取金が支払われている銀行の暗証番号だからなくさないようにね? 正規の手続きに則っているとは言え『絶対安全』なんて言葉は絶対に存在しないものなんだから」

「心得ております。ご心配なく」

 

 如才なく微笑んで紙切れを受け取る彼。

 表向きこの取引は既に亡国機業のダミー会社と彼らとの間で商談が成立し、公の効力を持つ契約書や書類が多量に用意されている。代金の引き渡しは外国企業らしく、第三国の信用できる社会的に著名な大手銀行会社を通じて支払い済みだ。

 表向きの書類は全て完全にルールを守っている。嘘をついているのは売却した商品名が書かれた一カ所だけ。

 

 『開発されたばかりのIS用新武装』の部分が、本来であれば『IS本体』であるという一点に限り彼らの取引は嘘をついていることになるのだろう。

 

 IS本体の輸出入は『国が保有するIS数を監視する監査組織《IS委員会》』によって厳しく見張られているが、既存兵器を鉄クズ認定させたIS用の武装には既存の軍事技術が多く使われているのと、いちいちISが使うマシンガン用の弾丸一発一発まで監査していたら切りがないことから普通の軍需品として国際貿易機構に調査を丸投げしてしまっているのが、歴史が浅くノウハウも人員もまったく足りていないIS委員会の実体である。

 

 民間の貨物に紛れ込ませて輸送する分には調査の目は恐ろしく甘くなるのが常である以上、警戒すべきは民間の貨物船に積まれるまでの移動時間のみ。

 その為にこそ彼女が呼ばれ、ここにいる。

 

 

「外国から日本に来ていただいた外来のお客様に、日本を気に入っていただけるのは日本人として喜びの極み。是非またお越しください。その時は私個人が歓迎させていただきます」

 

 今度こそ本心からと伝わる喜びの笑顔で優男はヌケヌケと、『次の裏取引にも我が国と我が社をご利用ください』とセールストークをしてくるのだから、本当に日本人の男の商魂たくましすぎる部分には頭が下がる。

 

 きっと、こういう男たちが焼け野原となったこの国を数十年で摩天楼に作り直してしまったのだろう。敬意に値する拝金主義者だ。見習うべきところも数多いだろう。

 

 ・・・・・・決して、こう成りたいとは思えない人間だけれども・・・・・・

 

 

 

 

「人間ってホント、面倒くさいものよねー」

 

 肩をすくめてそう言って、車に乗ろうとした彼女は―――全速力で後ろに飛んで、その場所から逃げ出した。

 受け身だのなんだの考えている余裕はない。本能に従い、『ここにいたら死ぬ』という恐怖心から逃れるため全速力で逃走した。ISを展開するイメージなんてしている余裕はコンマ1秒も存在しなかった。

 

「へ?」

 

 何が起きたのか視認することすら難しい早業で撤退した彼女の動きは男には理解できず、そもそも何が起きたか把握している時間的余裕すらもないままに、男が手をつけている外車の後部から「ボコン」と音がして黒い穴が開き、続いて「ボンッ!」と言う小さな爆発音が聞こえてくる。

 

 

 ――そして、爆発した。

 ガソリンの詰まった燃料タンクを撃ち抜かれ、中で弾頭に使われた炸裂弾が小爆発して引火したからだ。

 燃料タンクは普通の拳銃弾程度では貫かれないよう頑丈に作られているとは言え、発砲音が聞こえずに遅れて聞こえてくる『ライフル弾』で狙撃されることまでは想定されていない。

 

「どこからだ!? 誰が狙って来やがった!?」

 

 女は即座にISを展開して地面を這うようジグザグに移動し始める。

 1キロ以上離れた場所からの狙撃は、銃声が遅れて聞こえてくる。つまりは今いるこの場所からは1キロ以上離れた場所に狙撃手がいるのは確定と言うことだろう。

 

 ――最悪だ。

 要するにそれは、自分が今いるこの場所から1キロ以内の無人地帯は、すべて敵が自分一人を殺すためのトラップに使える支配領域という事じゃないか!

 

 人目のつかないのが利点の廃港は、人気というものがほとんどない。よしんば居たとしても、既にどこかへ移動してもらえるよう手はずを整えてしまっているだろう。

 

 狙撃場所を選べるほど時間的余裕のあった相手が、そこまで準備していないはずがない。どこもかしこもトラップだらけ、罠だらけ。逃げた先にも罠があり、トラップを突破した先に罠があると考えた方がいい。

 それが出来る環境が整えられているのだ、やらない方が頭がおかしい。

 

「クソッ! 一か八かって言うのは趣味じゃないんだけどね・・・っ」

 

 叫んで女は、ライフルで撃ってきた相手と直接対決するため狙撃ポイントとおぼしき高層ビルへと向けて全速力でISを飛行させる。

 

 敵がISを展開できることを想定していない敵であるなら、最初の狙撃で自分を狙っている。自分ではなく、男でもなく、的がデカくて外しにくい車の燃料タンクを撃ち抜いて爆発炎上させて男を巻き込み焼死させる。たとえ死ななくても火傷によって正常な機能を奪えれば御の字だ。満足に移動できなくなった相手などIS操縦者であっても楽に殺されてしまえるのだから。

 

 相手は計算尽くでそれを仕掛けてきている。恐ろしく遠回しで慎重で用心深い、徹底的に敵を評価しまくって確実に殺すことを狙ってくるタイプの輩だ。

 こういう奴を相手に変な楽観論や希望的観測は捨ててしまった方が、結果的には勝率が上がることを彼女は自身の経験則から熟知していた。

 相手の強さにかかわらず、全力で挑んだ方がいい。この手の輩に『見下し』とか『侮蔑』とか言う感情論は邪魔にしかならない。そんな甘さをコイツらは絶対に見逃さない。如何に利用して殺すかしか考えてこない。

 

 そういう奴等なのだ。圧倒的強者以上に『油断すると拙くなる相手』。自分の弱さを知ってる奴等。

 

「だからこそ!」

 

 直接対決してしまえば勝機はある。

 元より卑怯卑劣な手段を多用してくるのは、正面から戦ったら負けると知っている弱者だからだ。勝てない勝負を挑む気がないからこそ、この手の手法を好んで使う。

 戦えば負ける相手であるなら、戦って倒してしまえばそれで済む。

 

「あそこか!」

 

 ハイパーセンサーを使って、狙撃ポイントに使っていたベランダから室内へと逃げ出していく敵の姿を視界に捕らえ、彼女は追う。

 このまま撤退しないのは、敵がそれを見逃してくれるほど容易い相手とは思っていないからだ。

 ここから逃げ出した場合、こちらは敵の居場所を完全に見失ってしまうが、敵も条件は同じ『とは限らない』。

 もしも敵がこちらの行動をすべて把握する手段かなにかを持っていた場合、自分は一方的に不利になり、ただ攻撃されながら逃げ続けるしかない狩りの獲物になるしか道はなくなってしまう。

 

 今しかないのだ。敵の追撃を振り切れるのは。

 敵と戦って倒し、捕縛する。

 敵が捨て駒であっても何でも構わない。とにかく敵の作った状況から逃げ出さなければどうしようもない。その為には敵の計算をなんでもいいから狂わせるしか道はない。

 

 予想外の事態、想定外の行動。この手の輩が最も苦手とするのは、そういった計算の外にある作業。それをやりさえすれば状況が崩れ、抜け道が出来る。そうなれば自分にも生きて逃げ出すチャンスが訪れるかもしれないというものだ!

 

 

「ハァ~イ、男と女の夜の密会を邪魔する悪~い子猫ちゃん。お姉さんがお仕置きしに来てあげたから出ていらっしゃ~い」

 

 気持ち悪く、わざとらしい猫なで声で相手を挑発しながら室内に侵入していく女。

 彼女とて別段、油断しているわけではない。対ISの為に用意する罠の最高峰は、強力なISに乗った強力なIS操縦者であることを彼女は理解していたからだ。

 

 IS操縦者を倒すには、相手よりも強いIS操縦者をぶつけるのが一番いい。一見すると単純すぎてバカっぽく見える手法だが、実際問題これが一番確実なのが現実の戦闘である。

 

 敵と味方が戦った場合、弱い方が負けて強い方が勝つ。当たり前のことだが、敵より強い機体と操縦者を有している側としては最も確実な勝利方法であるのも事実だろう。

 

 問題は、本当に敵より味方の方が強いのか? と言うことと。

 敵よりも確実に強いと『確信できない場合』どんな小細工を使って勝率を補正してくるのか? の二つだけなのがこの種の作戦というものである。

 

「・・・《打鉄》?」

 

 意外そうな声を女が漏らす。

 隠れもせず、自分を待ち構えていた対IS操縦者用の切り札的存在が乗っていたのは、意外なことに専用機ではなく量産型IS《打鉄》だった。

 

 待機形態に収納して持ち運べる専用機と、操縦者なら誰もが使えて性能的にもバランスがいい量産機の間には埋めがたい性能的格差があり、戦って勝てる確率はほとんどない。

 

 一体こんな機体で何をするつもりなのか? 少なくともIS同士でまともバトルをする気が『ない』ことだけは判るチョイスだったが・・・具体的にどんな手段で挑んでくるのか全く予想できない。

 

(まっ、考えてどうにか出来る問題でもないか)

 

 サラは割り切り、自分の機体に攻撃用武装を展開させる。

 敵がどんな作戦を用意していようとも、それらは全てこちらの裏をかく形で仕掛けられたものだろう。そうなると誘い込まれた側の自分がいくら考えたところで手の平で踊るだけな可能性が高い。

 

 相手の都合は相手の都合だ。自分は自分の都合を優先し、力尽くで押しつけるより他にやることはない。

 それが彼女たちの属する組織が奉じているもの『戦争』というものの本質である。

 

 自分と相手は違うのだ。自分がどのような事情を抱え、どのような定義を基準に策を練っていようとも。『敵にとっては一切全く関係がない』。

 ただ押し付け、ただ拒絶する。力尽くで互いの都合と事情を押し付け合う。それが戦争というものだろう。

 

 どっかの犬みたいな同僚は自分の思い通りに動かない敵を見るとイラつくらしいが、そもそも敵とはそういう者たちなのだ。侵略者の信じる主張を素直に聞いてやって、敵の注文通りに動いてやる親切な敵などを基準に戦争を語る方がバカすぎるのだ。

 

 相手の都合は相手の都合。そんなもの無視して自分の都合で勝手に動くだけ。それが戦争。

 そう考える彼女だから、自分の都合で勝手に動く。ISを少しだけ速い速度で接近させる。

 

「・・・《クァッド・ファランクス》・・・」

 

 敵が動きを見せた。だが、まだ彼女の方は本格的には動きを見せない。

 武装の名を唱えるのは具体的にイメージしやすくなり、展開を失敗しづらくなる長所をもつ行為だったが、別に口で言ったとおりの武装を取り出さなければならん訳でもない。器用な奴等は別の武装の名を唱えながら、異なる武装を展開させて奇襲してくるときがある。試合でもないのに相手の宣言を杓子定規に信じて動いてやる義理は戦場のどこを探しても存在しないのが『戦争での常識』だろう。

 

「・・・っ。ガトリングそのものは本当だったか!」

 

 一瞬遅れて実体化してきたのは超大型ガトリングガンを四基連結させた《クアッドガトリングパッケージ》ではなかったが、通常のIS武装としては高威力のガトリング砲《ミニミ・ガン》。

 

 突撃してくる敵に対して、ガトリングガンは一方的に撃ちまくれる優位性を持っている。回避しようとしても広範囲に弾がバラ撒かれるため無傷での回避はほぼ不可能に近い。

 

 敵を待ち構えて迎撃する防衛戦において最高に有利な武器であったが・・・・・・どんなことにも例外と呼ばれるものは存在する。ISはまさに『其れ』である。

 

 即ち、定石を無視するギミックに満ちあふれているオーバーテクノロジーの塊なのだ。

 

 

「《イグニッション・ブースト》!!!」

 

 敵の動きが確定したのを確認したサラが叫んで、急激に加速する。

 IS戦闘において初期に覚える技術の中で、もっとも使い勝手のいい利便性の高い加速技《イグニッション・ブースト》。

 あまりの速さのため途中から方向転換できないと言う欠点はあるものの、その速度と奇襲性能は弱点を補って余りあると彼女は高く評価している。

 

 特に、こういう相手を敵に回して先手を取るのには非常に有効な技なのだ。

 敵は純粋な戦闘力よりも罠を頼んで戦いたがる頭脳戦タイプ。こういう輩はリスクに敏感で、自分に実害が出ない範囲までしか罠を張っておかないのが基本系だ。

 一見すると賭けに出ているように見せて、実はハッタリ。自分の命を一切危険にさらす気はないままに相手だけを翻弄するため自らも危険な場所にいるよう見せかけるのを得意としている。

 

 だから、本当に危険な場所にはやってきたがらない。臆病だからこそ危険からは逃げたがるし、遠ざかりたがる。其れが奴等の弱点だ。

 覚悟がないから目の前に迫り来る危険に対して、自衛のための手段を絶対視してしまう。身に危険が及ぶ距離まで敵の刃が届いてきたときのことを本当の意味で想定していない。

 

 だから一瞬にして距離を詰め、多少の損害には構わず前進してくる敵に対しては満足に対処することが出来ない。

 こういう輩には、そういう場所に漬け込む余地がある。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」

 

 叫んで、突撃するサラ・マリーゴールド。

 敵は迎撃のため撃ってきてはいるものの、《イグニッション・ブースト》を使う距離では本来なかったため、弾はほとんど撃てていないし当たってもいない。

 このままでは相手と正面衝突して壁を突き破り、自分も相応のダメージを負ってしまうが構いやしない。

 

 ――死ぬよりかは怪我した方がマシだ。当たり前のことだ、決まっているじゃないか。

 そう考える彼女の突撃に迷いはない。そのまま突っ込んでいって相手と共に壁をぶち抜き、外に出てから射撃武器を持ったままの敵を捕まえる。其れで終わりだ。

 

 そうするつもりで前進し、敵の顔が目の前に見えた瞬間。

 『勝った』と彼女は思い、そして。

 

 

 光に包まれた。音が炸裂した。身体が吹き飛ばされて、自分の身に何が起きたのか判らないまま、彼女の意識は深い闇の底へと落下していったのだった・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

「お嬢様、お怪我は御座いませんか?」

「大丈夫ですよ、広瀬さん。死ぬには程遠いダメージしか負ってませんから」

 

 近づいていた執事服姿の広瀬さんに、私が体中の痛みに堪えながら答えたところ。

 

「其れはよう御座いました」

 

 と、笑顔で言われてしまいました。・・・一応、敵と一緒に爆発に巻き込まれて大ダメージ負ってるんですけども・・・。これが現代日本の老紳士が十代半ばの少女相手に示す優しさというものですか。スッゲー世は末だと思います。

 

「・・・まぁ、確かに防御力に優れた《打鉄》に乗ってましたし、爆発の威力も耐えきれぬようセットしておきましたけど・・・痛いことには変わりないんですけどねぇ・・・ブツブツ」

 

 グチグチ言いながら、身体は起こさず。誰かに助け起こしてもらうこと前提のまま今さっき爆発に巻き込んだ敵を見ます。

 

 倒れ伏して動きませんし、ISも消え去っていることから気絶したかエネルギーが切れたか、あるいは死んでしまったか。そのどれかと判断するのが一般的な見方というものなんでしょうね。

 

「しかし、凄まじい威力でしたな。《IS地雷》は・・・。戦争には使えないISを一般武装で倒すため、各国が秘密裏に研究開発してきた気持ちも判りそうになりましたよ」

 

 感慨深げに広瀬さんが感想を漏らしました。

 《対IS一般兵用武装》。それは既存兵器では敵わないことが証明されたISを倒すため、各国が極秘裏に開発研究させている対IS兵器の総称です。

 

 『白騎士事件』で艦隊もミサイルも戦闘機も戦車も歯が立たなかったISが敵に回ったらどうするのか? 今は政府に従っているIS操縦者たちが裏切ったとき誰がどのような手段で鎮圧するのか?

 

 これは国内最強の武力集団である軍隊を持つ者たち、権力者にとって永遠の悪夢であり、人が人の心を覗けるようにならない限りは未来永劫ついてまわる人類史上最大の命題でしょう。

 不明な物には備えておくのは人として当たり前のことでしかありません。「停止ボタンの存在しない最強兵器」など本来であればナンセンス極まりないのですからね。

 

 そうして開発されていた物の一つが、今回私が使った《対IS地雷》です。

 空を飛ぶIS相手に踏んでもらわないと起爆しない地雷は本来出番はないのですが、屋内戦闘においては十分に有効性を発揮できる兵器でもありました。

 特に、移動できる範囲が限られている密閉空間においての威力は絶大です。踏まなければ起動しないという欠点も、センサーによって自分の上を目標が通過したことを確認したら起動する方式に変更したことにより問題の一部は解消することが可能だったのです。

 

 とは言え、完璧な兵器など存在しません。どんな物にも弱点は必ず存在するものです。

 IS地雷の場合は、確認から起動までの遅さが致命的という時間差がそれでした。高機動兵器であるIS相手に、IS地雷は爆発するのが遅すぎるのです。

 通常の移動速度であれば別ですが、ブースターを使用しての高速移動、もしくはイグニッション・ブーストなんて使ってきてる相手に爆発するのが遅い爆弾なんてゴミ以下の価値しかありません。

 

 だから私は考えました。自分の目の前に埋めておいて、爆発の起爆装置は自分が押すよう改良しとけばいいじゃん・・・と。

 

 こうすれば、自分を接近戦で倒すために敵から接近してこざるをえない状況さえ作ってしまえば後のことは実に簡単な流れ作業に出来てしまいますし、第一大した手間のかかる改造というわけでもないのでハンドメイドの魔改造で十分対処可能ですよ。

 違法改造? 元から存在自体が違法な代物改造した代物ですけど、それがなにか?

 

「では私は、男の方を処理しにいった者たちの仕事具合を確認して参ります。どうも最近の若い者たちは娑婆っ気が抜けきっておらず、甘い結果で満足しがちですからな。気を抜くと危険なのですよ。

 ・・・まったく・・・、頭を撃ち抜き死体を焼いただけで死んだとは限らないでしょうに。首を切り取って、心臓を刃物で刺し貫いても死体が反応しないのを確認するまでは油断するなと何度も言っているのに聞いてくれません。困ったものです」

「仕方がありませんよ。彼らは本家から飛ばされてきたばかりで、うちの仕事には慣れていません。自分たちがいた場所こそが冷徹非常な社会の裏側だと思い込んでしまっています。

 闇に、果てだの底なんてものがある訳ないんですけどね・・・・・・そういう常識を覚えていかないと死んでしまいますよ、ということを教えてあげるのが先達としてのあなたの役目です。頑張ってください、広瀬さん」

「畏まりました、お嬢様」

「ああ、それから広瀬さん。三歩下がってもらえますか? そこにいると危ないですからね」

 

 私が言い終える前に、「三歩下がって」の部分で彼は既に後方へ全力避難しておりました。相変わらず老体とは思えないもの凄い身のこなしで安全圏まで逃げ去ってしまったのです。

 

 そして、彼が逃げ出すのを待つことなく射出されて通り過ぎていく黒い旋風。

 一瞬前まで彼がいた場所を猛烈な速度で通過して、私の着ている防御力重視の量産型IS《打鉄》に命中して残っていたエネルギーを含めた全てを洗いざらい持って行ってしまったのでした。

 

 ・・・いやはや。絶対防御がなければ即死してたであろう攻撃でしたねぇ。

 まぁ、そうなるよう残りエネルギーを調整しないと発動しない機能なので作戦通りと言えなくもないですけど、万が一のための保険でしたのでね。危なかったのは嘘じゃありません。本当の本心から思って出た言葉です。

 

 

「スゴい性能ですね、その機体。改造前は攻撃力重視だったと聞いたんですけど、まさか打鉄でさえエネルギーがギリギリ残るぐらいになるよう、ミリ単位で気を遣って計算させた爆発に巻き込ませたのにまだ攻撃する余力を残していただなんて・・・。

 貴女の強い意志と機体の高性能に敬意を表します。本当に貴女は今まで倒してきた標的の中で最強のターゲットでしたよ」

「・・・・・・はっ・・・。ターゲット・・・ね・・・・・・・・・」

 

 最後にそう言い残して彼女、サラ・マリーゴールドという芸名を持つ本名不明の亡国機業構成員メンバーは気絶して、機体も残っていたエネルギーを使い尽くして粒子化し、お空へ溶けて帰って行ったのでした。

 

「――誰か。彼女を別室へ連れて行け。生きているなら何かしら話を聞ける可能性も無いことはない。何か一つでも死ぬ前に聞けたら御の字だと思って適当に拷問しておくように」

 

 広瀬さんの指示に応えて何人かが気絶した彼女を隣の部屋に連れて行くのを見送りながら、彼自身はエネルギーが切れて動かなくなり鉄クズと化した量産型ISから私を引きずり出すため手を貸してくれてました。

 量産型は専用機と違って、エネルギーが切れた後に消えてくれないから脱出が大変です。ホントこれなんとかならんもんですからね、本当に・・・。

 

「ああ、そうでした。彼女、サラ・マリーゴールドさんは表向きの失踪したことにしておいてください。恋人と一緒に駆け落ちしたとか適当なデマをマスコミに流しておけば、後は勝手に敵さんが情報操作で忘れ去らせてくれるでしょうからね」

「御意。こちらとしても下手に生きたまま捕らえたところで、政府のバカどもが礼儀正しく敵に送り返して将来の禍根と争いの火種をバラ撒くことしか役立たないでしょうからな。

 バラバラに刻んで魚の餌になってくれた方が、誰にとっても得をもたらします。戦闘中での戦死であるなら、お偉方の皆様方もグチグチと嫌味を言うぐらいしか害をもたらしたりはしないことでしょう。懸命な判断で御座います」

 

 慇懃な態度と口調でヒトデナシ発言をしてくる広瀬さん。

 いやまぁ、自分には非難する資格0すぎますので何も言いませんけどね? 私にだって一応は倫理観ぐらいはあるのですよ、一応は。

 

「それでは、お嬢様。今日はお疲れになったことでしょうし、後の処理は我々に任せて早めに御帰宅してお休みくださいませ。またぞろ、いつ次の任務が来るか判らない身の上で御座いますれば・・・」

「・・・そうしたい気持ちは、やまやまなんですけどねー・・・」

 

 ISから取り出してもらってから私は肩をすくめ、昨日の晩にとつぜん届いた緊急連絡の内容を思い出し、少し大きめの溜息を深々と吐くのでした。

 

「昨晩、本家ご当主様より直々の指令が届けられました。次の任務だそうです」

「『楯無』様からお嬢様へ直々に?」

 

 軽く目を見開いて広瀬さんが驚きを表し、続いて訝しげな表情と目で私を見つめ返してから慎重な口調で口を開きます。

 

「・・・連絡役の私を通さず、本家当主様から分家当主様へ直接届けられた指示ですか・・・よほど重要な内容と言うことですな。一体どのような命令だったので御座いましょう?」

 

 神妙な顔つきで聞いてくる広瀬さんですが、実際のところ彼は本心から具体的な説明を求めているわけではありません。

 本来であれば私に届く命令はすべて一端、分家の家令である広瀬さんに集約されてから届けられる仕組みがうちの家にはあります。分家当主と家令とが別々の情報と確認手段を持っていることにより二重のファイヤーウォールの機能を果たすよう工夫されているからです。

 

 これを無視して本家当主から分家当主に直接届けられる指令という時点で、誰がどう考えても極秘命令。他言無用な代物なのは明らかです。側近でさえ明かしていいかどうか判らない場合が多い極秘指令の内容を自分から聞いてくる側近というのはアニメとか見てると「アホか」としか思いませんけど、実際には結構重くて重要な示唆を含んでたりするんですよね意外なことに。

 

 ――それは、この質問に私がどう答えるかは具体的な命令と同義だからというもの。

 

 たとえば私が無言で回答拒否をした場合には『側近にさえ明かせない超極秘指令が来た』ということで、組織内部に徹底した箝口令と情報統制が敷かれます。失言一つ許されない非常事態体勢に移行しますので、構成員たちへの罰則適用基準も大きく引き上げられざるをえません。

 

 『余計なことを口走ろうとした瞬間に処刑』のランクや、『二度は許さん』程度で見逃されるランク。

 最悪の場合、『死なせる前提で構成員の一人に要らぬ情報を教えておく』必要が出てくるレベルまでありますから、この質問をすることと私から返事をもらうことは側近として超重要な意味を持っているのですよ。

 

 ・・・あん? 「罰則は全部死刑を適用すればいいじゃないか」って? ・・・無理ですよ、そんなもん・・・。全部の例に同じ基準を一律に適用して殺しまくれるほど人員多くないんですからね、うちの組織って。

 ああいうのは、失った人材を即座に補充できる大規模裏組織とかだけが可能な力業です。人員の補充は組織運営において一番頭を悩ませられる問題なんですから、それをソ連みたいに簡単にやりまくれる人たちとうちを同じ基準で測らんでくださいませんか? 無理なんでね絶対に。

 

「いや、それが私にもよく判らないんですよ。なにせ訳のわからない命令だったものですから・・・」

「はぁ?」

 

 ポカンとした顔をされる広瀬さん。今回ばかりは彼の気遣いも杞憂に終わったようで何よりです。人が死なないに超したことはないもんで。

 

「私にIS学園に生徒として入学するように・・・とのことでしてねぇー。

 ――これって一体、どういう意味なんでしょう? めちゃくちゃ意味不明なんですけども・・・」

「・・・それはまた・・・確かに意味不明な命令内容ですな。楯無様も一体なにを考えておられての指示なのやら・・・」

 

 呆れたという風情で広瀬さんが頭を振るのを見上げながら、私も心から同感でしたので首をかしげることしか出来ません。

 

 IS学園は『白騎士事件』のしばらく後に、アメリカから脅迫された日本政府が他国のIS操縦者を含めて自腹で育てるために建設させられた、世界で唯一のIS操縦者育成機関です。――あくまで表向きは、と言う前提条件がつくのは当然のことですけども。

 

 そして、IS学園の生徒会長を務めているのが私たちの所属する分家の大本、本家である『更識』家の当主『楯無』様。

 日本を影から守り続けてきた暗部一族の当主にして、対暗部カウンター組織の長。日本に対して害をなす存在を内側と外側の区別なく排除して、日本の平和と国益を守っているダークヒーロー組織の司令官さまです。

 

 組織の性質上、更識家の当主である『楯無』の名は、更識家最強の人間が継承するのが伝統であり、実力さえあれば年齢も性別も関係ありません。更識家最強こそが『更識楯無』の名に他の誰より相応しいからです。

 

 ――それに対して、日本の暗部である更識家の、さらに暗部である分家『空式』家の当主には年齢も性別も血筋も出自も『実力さえ関係ない』という物凄い任命基準が設けられてたりしましてね・・・。結果さえ出せりゃそれでいいそうです。

 

「最強だから襲名できた本家当主様の治める学校に、『結果良ければ弱くても養子でも襲名できる』分家の当主を呼び寄せて本気でなにに使うつもりなんでしょうか・・・? まるで使い道が思いつかないんですけれども・・・」

「・・・・・・・・・こほん」

 

 広瀬さんも、横向いて小さく咳してから沈黙。本気で私の平和的な使い道が思いつかないみたいです。いい加減にせんと、泣くぞオイ?

 

「まぁ、本家の当主様が分家の当主に『来い』と言っているのです。行かないわけにはいかないでしょうから明日行ってきますよ。しばらくの間、組織運営の方をよろしく~」

「承りました。危急の際にはこちらから連絡いたしますので、ごゆっくりしてきてくださいませ」

 

 慇懃に礼儀正しく頭を下げる広瀬さんに見送られながら、私はISスーツから着替えた新品の服、『IS学園の制服』を纏って高層ビルを階下へと降りていきました。

 

 ――ぶっちゃけ、今から行かないと入学式が始まる時間に間に合わなくなる可能性あるんですよ! ここら辺交通の便悪すぎますからね! 廃港な上に人気のない観光地は不便です!!

 

 

 

 日本を守る対暗部用暗部『更識』。

 古来より時の権力者に仕え、平和と安定した治世を守るため暗殺や粛正などの汚れ役を引き受けてきた日本の歴史の闇を担う暗部組織。

 

 ――だが、彼らとて最初から対暗部用カウンター組織だったわけではない。守るための防衛手段として暗殺を用いてきた組織ではなかったのだ。

 

 昔の日本において、暗殺による平和維持は統治者にとっては当たり前の手法でしかない。家臣を殺すことで自分たち支配者一族が日本を支配する時間が少しでも長くなるなら歓迎すべきことであり、恫喝としての暗殺は反乱や裏切りを未然に防ぐ抑止力として間違いなく有効だった時代は確実に存在していたからだ。

 

 しかし、彼らがどうあろうとも、日本が昔のままで在り続けたかろうとも時代は変わる。変えられていく。

 明治維新、文明開化、太平洋戦争敗戦、GHQ主導による民主制への強制移行、日米安全保障条約の調印。

 そして数度にわたる条約改正・・・・・・様々な外的要因により更識は変化せざるをえない状況を強要されてきた。生き存えるため時代に合わせて変化するか、今のまま在り続けて滅ぼされるのか。どちらかの道を選択することを更識は強制され続けてきたのだ。

 

 最高権力者の懐刀として『更識』は、変化する時代に無関係でい続けることを許されない地位と立場に在り続けてきてしまっていたから・・・・・・。

 

 結果として『更識』は変わることを選択した。

 一族と、一族に仕え続けてくれた者たちを守る道を選び取り、変わらずに滅びる誇りを選ばなかった。

 

 こうして更識は『対暗部用カウンター組織』として新しい命と在り方を得る。日本に害を与えた敵のみに牙を剥く『防衛のための組織』として生まれ変わったのだ。

 

 

 ・・・だが、しかし。時代がいくら変わろうと人の心が変わることは決してない。

 昔と同じく人の心は欲で満たされ続けており、人の世の真理は愛でも優しさでもなく欲得で在り続けている。

 

 制度や社会や支配者一族が変わった程度で、人の心が大きく変わることは少しもない。

 何一つとして変わっていない。変わったことなど人類の歴史上一度もない。

 人類社会は変わり続けたとしても、人類は何も変わらない。

 人界は、今も昔も欲界のままなのだ。

 

 だから更識が変わる道を選んだとしても、更識に求められる行動が変わることはなかった。

 国の制度と仕組みが如何に変わろうとも、国を形作る人々の心が変わらない限り、国を守るための手段であり道具でしかない更識が『守るために果たす役割』の内容が変わることなど未来永劫にあり得ないことでしかなかったのだ。

 

 時代と国家制度の変化に合わせて防御用に変わる道を選んだ『更識』が、昔と変わらず守るために求められる同じ役割を果たし続けていくのは難しい。

 

 

 

 ――こうして、『分家』が産まれた。

 『空式』が産み落とされる土壌ができあがったのである――

 

 

 対暗部用カウンター組織として新しく生まれ変わった『表向き』の更識家。

 昔と同じく闇に潜み続けて敵を殺し、内なる敵を粛正する汚れ役の分家『空式』家。

 

 二つに役割を分割することで変化する時代と、昔のまま変わらぬ人の心の浅ましさに適用した更識家は、日本の闇を担う一族で在りながら内側に光と影の両面を内包した矛盾を抱える組織となる道を選択したのである。

 

 表と裏の双方を預かる一族の顔として、更識家の当主『楯無』には最強であることが求められるのは昔も今も変わっていない。

 

 だが、新しく産まれた空式家の当主『型無』には強さなど全く必要とされなかった。

 強かろうと弱かろうと結果的に殺せさえすればそれで良く、殺せなければ最強だろうと最弱以下の役立たずとして廃棄されるのが当然の役割を彼らは本家から分割されて担わされた故である。

 

 その性質上、空式家には更識家に居続けられなかったはみ出し者や失格者たちが多く割り当てられ、ほとんどが死に、一部が大成し、生き残った者たちだけが空式家の重職に就くことが許されている。就けなかった者が行くところは土の下だけだ。他にはどこにも行ける場所など残っていない。

 ここに飛ばされてきた時点で、これ以上先はどこにも落ちていく先がなくなっているのだから踏ん張る以外に生き残れる道は存在しない。その事実を受け入れずに己を貫きたい奴は生き残るためには邪魔になる。敵より先に味方によって殺されて埋められて終わる。

 

 それが空式家の家風だ。実力主義でも権威主義でも血統主義でもなく、ただただ家を生き延びさせるために与えられた任務で求められた結果さえ出せればそれで良いのが空式家当主なのである。

 

 甘さや優しさ、冷酷さに冷徹さ、機械のように正確に命令を実行できない兵士など兵器としては不適格・・・そんな『甘ったれた形式主義にこだわる役立たずは必要ない』。

 どんな理由でもいい、どんな手段でもいい、優しくても甘くても冷酷でも何でもいいから、結果さえ出してくれるなら、その人こそが空式家の当主『型無』様だ!

 

 ――たとえそれが、どこともしれない場所で産まれて親に捨てられ、路上で泣いてたところを拾って育ててやった空式の血を一滴も引いていない余所者の孤児だったとしても、他の誰より結果が出せるなら空式家の当主には他の誰より相応しい。

 それこそ、息子かわいさで自分の無能な嫡子に地位を継がせたいと願った先代よりも、遙かに自分たちが戴く長には適合している・・・・・・。

 

 

 こうして、身元不明で本名も生みの親もまったく判らない名無しの孤児だった少女は、拾ってくれた育ての親を殺して家督を継いだ。

 

 第十三代目空式家当主として『型無』の名を継承したのである。

 空式家の当主に求められる資質は結果のみ。手段は選ばず、目的も人格も行動理由も一切頓着せず。

 故に『型無』。決められた型など一つも無し。

 ただ結果のみが、型無が型無の名を継ぐ資格の証となるべきもの。他には何も必要ない。

 

 

 ――こうして、拾ってくれた家の家風でヒトデナシなのが当たり前になった少女は世界最高戦力の操縦者育成機関であり世界平和の象徴でもある学校『IS学園』へ入学する運びとなってしまった。

 

 空式家が施すあらゆる訓練の全てにおいて『平凡以下』の成績を取り続けてきた少女であり、『空式家が誇る最高傑作』でもある少女『空式型無』、一般人として生活する普段の名前は『空式セレニア』がIS学園で何を巻き起こし、どのように悲惨な結末をもたらしてしまうのか?

 

 今はまだ誰も知らない。彼女自身だって知らないだろう。

 なぜなら未来は未定。形無き物に形を当てはめる無能は型無に非ず。

 

 ただ、在るがまま。相手にも状況にも自分の抱える事情さえ関係なく。結果だけを出せばいい。

 

 

 それが、更識家の分家『空式家』当主の少女を主人公とした、形の無い物語の在り方なのだから・・・・・・。

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