――暗い。暗い闇の中で私は生まれた。
人工合成された遺伝子により、戦うためだけに造られた遺伝子強化試験体である私には、人として扱ってもらった記憶がない。
教えられたのは、戦いに勝利するのに必要となる技術だけ。
人体の壊し方、敵軍に打撃を与える戦略、銃の撃ち方、格闘技のこなし方、各種兵器の操縦方法・・・・・・
そんな私だ。勝てなくなったら存在価値を認めてもらえるはずがない。
事故によって勝てなくなって、トップの座から転がり落ちた私に待っていたのは無限の闇。
私は闇から生まれ、さらに深い闇の底へと止まることなく落ちていく・・・・・・
――そんな私に光が差した。救いの光が一条だけ差し込まれて、手を伸ばしてくれた。
私はその手を掴み、その手を信じて、その手の主に付き従うことで再び光の差す場所へ戻ってくることが出来たのだ。
闇の中で生まれ育った私にとって、彼女は生まれて初めて見る日の光そのものだった。
彼女のおかげで私は私に戻ることが出来た。私を取り戻すことが出来た。彼女がいてくれたからこそ私は私でいられる。彼女なしの人生など、もう二度と考えたくもない。
その彼女が奪われたのだ。
取り返すため戦うの場へ赴かぬ私に、存在意義など何処にもない。
すべては私の人生で唯一私を、私個人として扱ってくれた人のため。私を一人の人間としてみてくれた、世界でただ一人の強く美しく気高い女性のためだけに・・・・・・。
私の人生はその為にあったのだ。だからこそ私は日本に行く。日本へ向かう。日本に向かって飛んでいく飛行機の中で深い眠りについている。
もうじき日本に着く。到着のアナウンスが私の意識を覚醒させるだろう。それが新たなる戦いの始まりを告げる序曲となる。
そして、私の耳に新たなる戦いのオーヴァチュアが鳴り響き、意識が急速に無意識から意識野へと浮上していく中で。ほんの一瞬だけ声が聞こえた。
――本当にお前は彼女以外の誰からも、人として愛してもらえたことはなかったか?
・・・・・・・・・と。
「ISスーツは見ている側にとって恥ずかしいと思うんだ」
「・・・・・・・・・」
頬杖をついて見上げる先で、織斑一夏さんが女子のISスーツについて語っておられました。
曰く、『年頃の女の子が下着や水着みたいな格好で出歩かれているのを見ると男として目のやり場に困るときがあるのだ』と言うような趣旨での主張話みたいです。
・・・そんな内容の話題を、授業でISスーツ着なくちゃいけないIS学園女子生徒である私に振ってくる時点で、織斑さんのデリカシーのなさは少しだけ異常だと私は思う。
「ほら、俺が着ている奴は男用のスーツがなかったから特注して作ってもらえた露出の少ない奴だし、男の裸なんか見ても誰も喜ばないからいいだけどさ。さすがに女子たちが着るアレはちょっと、年頃男子には刺激的すぎると俺は思うんだよ。
毎日のように千冬姉の下着を洗い続けてきた俺でさえ最初は直視できなかったくらいだし、五反田みたいな奴が世界で二番目の男性IS操縦者にならないとは限らないわけでもあるんだから、もう少し配慮ってものをさー・・・・・・」
「・・・・・・織斑さん」
溜息を吐いて、『貴女こそ私に対して配慮しなさい』という苦情をなんとか体外に吐き出させて、私はジト目を少しでも柔らかい目付きになるよう誠心誠意努力してあげながら、端的に簡明に余計な感情論など交えることなく不平不満をすべて飲み下し、要件だけが相手に伝わるよう最大限度の工夫を凝らした答えを持って相手の話題に対する答えに代えさせて頂くのでした。
「なんで未だに毎日毎日、私のところへだけ来ているのでしょうか?(^-^)」
「・・・・・・・・・・・・・・・(ソ~ッと、目線を逸らして沈黙する)」
微妙な沈黙。気まずい沈黙。答えはわかりきっていますけれど、意訳してあげる気はサラサラ持たない私と織斑さんとの間に横たわる、周囲の喧噪から隔絶された刻の流れ。
「・・・こ」
「こ?」
やがて意を決したように織斑さんが口を開き、薄い笑顔を浮かべた私が先を促し。
「・・・・・・この手の話題で共感してくれそうな奴の心当たりが、この学園だとお前しかいなかったから・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・はぁ~~~~~~~・・・・・・・・・・・・・・・」
予想通り過ぎて面白味に欠けますけれど、至極ご尤もでもある織斑さんからのご返答。
再会したばかりの、ファースト、セカンド両幼馴染みだけではなくて、おそらくはヒロイン枠のオルコットさんも服装の好みには拘りを持つ、ラブコメヒロインらしい年頃美少女の皆様方ばかりの親しい交友関係。
他のサブキャラっぽい方々と、モブキャラっぽい方々も服飾関係に関しての認識は現代日本の女子高生と同じぐらいに敏感で、ついでに言えば『見られたら恥ずかしいけど、見られまくりそうな服装が好き』な趣味趣向を持つ「女子校に男子生徒は主人公だけラブコメ」の女子高生らしい女子高生の皆様方オンリーな学生寮暮らしの生活環境。
まっ、この状況下でこの手の話に乗れるのが元男で『ISスーツは恥ずかしい』と普通な感想を抱いている私だけという意見には、遺憾ながら賛成です。遺憾ながらですけども。
「・・・とは言え、物事には限度ってものがあるでしょう・・・。考えてもみてくださいよ、毎日毎日、女子に話せない内容の話題だけを女子生徒の私に持ち込まれてきている境遇と心理状態を・・・。中学時代にクラスメイトだった女子の平均基準で見た場合には、とっくに職員室へ駆け込んでいるところです」
「ううぅ・・・やっぱりそういうものなのかな、やっぱり・・・」
「ええ、ほぼ確実にね。もしくは警察かPTAに通報のどちらかでしょう」
「よし、やめよう。この話は二度とお前に持ち込まないことを、俺はここに誓って宣誓する」
右手を左胸に当てて、選手宣誓みたいなポーズを取る織斑さん。
一見ふざけているようにしか見えませんが、顔も表情も真剣そのもの。僅かながら冷や汗が浮かんでいるところを見ると、まぁ本気なんでしょう。たぶんですけれども。
「・・・・・・はぁ~・・・。たまにならお付き合いしてあげますから、息抜きぐらいに思っておいてくださいな。こうも毎日続くと周囲からの視線が私的にもキツくなってきましたからね・・・」
「おお、そうか! すまないな! 恩に着るぜセレニア!」
手放しで喜ぶ織斑さん。
最近では普通に他の女子生徒とも話せるようになったとは言え、女子と完全に話題を合わせるのは性別的な障壁の高さから絶対無理な彼にしてみれば、『男子と話していた方が気楽』という気分が抜けきっていないようです。
そう言えば昨日の日曜日に、五反田さんの家へ行くと言っておられましたね・・・。久しぶりに悪友と再会して感覚が中学の頃に逆行してしまっているのかも知れません。
状況論的に見て、しばらくすれば戻ることとは言え、その間は面倒くさそうだなー。でも、他の男子生徒なんてIS学園にいないから押しつけられないしなー、とか考えていた私の耳に
「諸君、おはよう」
『お、おはようございます!』
と、織斑先生が入室しながら発した挨拶が聞こえ、それに対する返事として生徒の皆さんが一斉に唱和する声が鼓膜に響かせられます。
「おはようございます、織斑先生。遅かったですね、何かあったんですか? 三十秒ほどホームルームが始まる時間を超過しちゃったところですけども」
「お前な。仮にも教師に対してその言い草は・・・まぁいい。遅れたのは事実だからな、今回は私の落ち度で片付けておく。その理由も今から説明してやる。――山田先生」
「は、はいっ。なんですか織斑先生?」
「説明を」
「はい!」
いや、アンタがやれよと思わなくもないけど言おうとまでは思わない、ひねくれ者で面倒くさがりな私。正論好きなひねくれ者なんて、こんなもんです。
「ええとですね。――今日はなんと転校生を紹介します! しかも二名です!」
「「「ええぇぇぇぇっ!?」」」
説明役を委ねられた(押しつけられたとも言いますが)山田先生からの状況説明により、一斉に沸き立つクラスメイト一同の皆様方。
学園ラブコメのお約束、時季外れな転校生イベント来ましたわ~、とか思っているひねくれ者は、たぶん私一人だけ。いや、確認しようがないので妄想ですけどね? 厨二的な。
「失礼します」
「・・・・・・」
そんな至極くだらない戯言を考えていたら、教室のドアが開いて二人の転校生が入室してこられました。
その二人を見てクラスの方々は、ピタリと騒ぐのをやめて静まりかえり。
私は一人、小さく溜息を吐いていました。
そりゃそうですよ、当然の反応です。
だって、入ってきた二人のうち一人の方は男子生徒――と呼ぶには綺麗すぎて『こんな男が現実にいるワケねーwww』とかネットで叩かれそうなレベルの超美形でしたからね。
女子校を舞台に、わざわざ男の娘を登場させたがる特殊性癖が原作者様にあるかもしれないという極小の可能性を除外して考えるなら、普通に女子が男装して入学してきたと考える方が無理なくていいですし解決する疑問点も少なくて済みます。
「また、面倒くさいことが起きそうですね~・・・・・・」
新たなる厄介事のタネが持ち込まれてきたことに心底からウンザリした声をつぶやく私でしたが・・・このときの私はまだ考えてもいなかったのです。
まさか厄介事の当事者の半分は私が引き受けることになるという可能性上の未来なんて、この時はこれっぽっちも私の頭の中には存在していなかったワケでしたから・・・・・・。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」
・・・私の立つ隣の位置から挨拶を発する声が聞こえる。
フランスの代表候補になった女の声だ。いや、男だったかもしれないが、どうでもいい。些細な違いだ。
所詮、第二世代機のアンティークしか持たない者が、“あの人”に鍛えられた私とシュヴァルツェア・レーゲンの前に立ちはだかることなど出来ない。私の目的の邪魔にならないのなら、フランスの専用機持ちが男だろうと女だろうと誤差の範疇で切り捨てるべき些事に過ぎない。
――私にとって重要なのは、織斑千冬教官のみ・・・。
世界で唯一人間として私を扱ってくれた尊敬し、敬愛し、崇敬すべき史上最高の女傑ただお一人だけ・・・。
そして、彼女が連れ去られる元凶となっている柔弱きわまる下劣な品性の持ち主。彼女の弟である軟弱男子。織斑一夏。
何の見込みもない新兵以下のダンスしか踊れなさそうな、鍛え甲斐のない男を鍛えるために彼女は帰国した。
ならば私が叩きのめしてやる。私の方が強いのだと、鍛え甲斐がある教え子なのだと結果によって証明すれば。
きっと彼女は私のもとへ戻ってきてくれるはずなのだから・・・。
私を。“私だけ”を再び見てくれるようになるはずなのだから・・・・・・。
「・・・・・・」
「・・・うん? なんか用か?」
――ふと、気付いたとき。私は無意識のうちに織斑一夏が座す席の前まで移動してきていた。
思いが強すぎるあまり、行動にまで出ていたことに気付かなかったようだ。
・・・まぁ、いい。これはこれで丁度いいタイミングだ。宣戦布告をするには持って来いのシチュエーションだろう。
(この男は一発ぶん殴ってやらなくては気が済まないと思っていたところだしな!!!)
私は右手を振りかぶり、目の前で攻撃の準備態勢を整えていく外国の代表候補生を見ながら間抜け面を晒したまま阿呆のようにポカンとしている愚図の頬に平手打ちを叩き込んでやるため勢いを付けてスイングした!
「貴様のような軟弱者は、修正してやる!!!」
「ぐへっ!?」
バシィィィッン!!!!
激しい打撃音が轟いて教室中が静まりかえり、目の前では何が起こったのかようやく理解が追いついてきたらしい助平そうな男の顔が、怒りのあまり徐々に急速に赤みを増していき。
「いきなり何しやがる!」
バシィィィィッン!!!
もう一発はたいてやった。
・・・何故だか先ほどから感情の抑制が上手く効かないのだ。記憶の奥底からナニカが溢れ出てきて、急かすように私の行動を過激で熾烈で容赦のない織斑教官のようにしてしまっている。
まるで織斑教官以外に『もう一人の成長を見てもらいたい相手』が、この場にいるような気がして仕方がなくなっている。
「に、二度も殴りやがったな! テメェ何様のつもりだ!? コミュニケーション文化のない星から来た異星人なんじゃねぇのか! それともドイツじゃ初対面の相手を友好の意味で殴ったりするのかよ? 絶対住みたくねぇな! そんな国!」
「うるさい、理屈をごねるな。それとも貴様の国では初対面の相手をいきなり殴りつけるような相手に礼儀正しく議論を吹っ掛けて歓迎してやる悪習でもあるのか?
言葉の通じぬ礼儀知らずな犬相手には、正論ではなく椅子でも投げつけてやるのが正しい礼儀だという常識を知れ」
平然と、今まで教え込まれてきた現代ドイツ軍の常識ではない『私の知らないはずの常識』が口を突いて出てきて止まらなくなってくる。
ああ、なんだこれは。――実に、いい。いい感動だ。いい情動だ。
身体の奥底から響き出す轟音とともに蘇ってくる、実にいい常識だ。
脊髄が愛しく踊りだし、心臓の鼓動が歓喜と激情に打ち震える。
そしてその根源と、常に隣り合わせで過ごせるこの地で感じられる悦び・・・・・・。
「なんと充実した良い人生か! 私の生涯は母に愛されることで満たされていた!!
と言うわけで・・・・・・お会いしたかったですぅぅぅ!! お母様~~~~♡♡♡♡♡」
「え? ・・・なに!? 何があったんですか!? なんでいきなり私、抱きつかれてるんですか!? 他人事だからとボーッとしていた間に何が起きてたんですか!? 誰か説明してください! あと、この人誰!?
なんで私、初対面のナチス軍服っぽい格好した女子高生からお母さん呼ばわりされてるの!?」
「ゴロニャンです♪ ゴロニャンです♪ お母様! お母様! お母様ぁぁぁっ♡♡♡♡」
・・・こうして私は十数年ぶりに全身で感じられる母の愛で満たされながら、新しい仕事場へとやってきたのでした。
久しぶりにお母様とお会いできたヨロコビとカンドーで、ラウラの胸は張り裂けそうです! お母様につきまとってた悪い虫さんの首オイテケさんは今はどうでも良くなってます! 見逃してあげます!
でも、後でオシオキだべーです! これは絶対! ラウラはそのために日本に来たんですから当然デアリマス!
テンセーの神様からリンネテンショーさせられちゃってから今までずっと一人で寂しかったですけど、今はもう良いです! 帳消しです! 全部なかったことにしてあげます!
だってお母様と再会させてもらえました! お母様一人の愛情はお母様一人だけからしか受けられません! お母様以外の何万人から愛されても全然足りないです!
お母様から受けられる愛情は、お母様一人だけのものです! 替えはききません! 赤の他人の愛情なんかで数をそろえても意味なんかなかったのです!
「お母様! お母様! お母様! 会いたかったですお母様! お会いしたかったですお母様! お母様と離ればなれになってから、ラウラずっと寂しかったんですお母様!
もう離しません! 離れません! イッショーガイずっと一緒にい続けます!
また一緒のお布団で寝てください! 一緒にお風呂に入ってお背中ながしてください! ながさせてください! あと、それからえ~とえ~と・・・・・・」
ぽんっ。
「・・・異住さん。とりあえず――職員室行きましょっか? その後に生徒指導室にもね♪(ニッコリ)」
「なんか誤解していませんかね、山田先生!?
てゆーか貴女もオッパイキャラなんですから、こういう時ぐらい役に立って同類を助けなさいよ! このあんまし意味のない巨乳設定の女教師キャラの人!!」
「判決! 死刑!! 悪い子にはオシオキ確定!!」
「横暴です~~~~~~っ(ToT)!!!!」
つづく
『・・・・・・・・・・・・・・・( ゜д゜)』
注:完全に置いてけぼりにされて訳がわからないまま唖然とするしかない、織斑一夏と織斑千冬と篠ノ之箒含めた、その他大勢の部外者たちを絵文字で表現した図。
謝罪文:
バケモノの更新が滞っていて申し訳ありません、
作風が違いすぎてギャグとの並走が難しい昨今の心理状態です。