「はー、終わった終わった」
寮の自室の前まで戻ってきた俺は、軽く肩を回しながら思わずため息と一緒に愚痴を漏らしてしまっていた。
山田先生から大浴場の使用許可と一緒に、『白式の正式な登録に関する書類』を持ってこられて、名前を書くだけだと思っていた俺は風呂の使用許可を持ってきてくれた感謝の気持ちと合わさって安請け合いしてしまい思ったよりもずっと時間と手間がかかる書類記入にウンザリしながら今になってようやく部屋に帰ってこられた。そういう次第だ。
「・・・しかしまさか、『、』とか『。』の付け方一つ間違えただけで最初から書き直させられるだなんて思ってもみなかったなぁ・・・。
国に提出する正式な書類だとアレが普通だって言われたけど、あんな賽の河原で石積むみたいな地獄作業が普通の職場なんて想像もできん・・・将来の就職先に公務員とか安定してて良さそうだと思ってたけど候補から外しといた方がいいかもしれん・・・」
今日一日の後半数時間だけで、お役所仕事のスゴさが身に染みて思い知らされた俺は、明日から二度と役所の人たちを笑わないようにしようと心に決める。あの作業が日常業務だったなんて俺にはとてもマネできそうにないからな。
まったく・・・日本の役所で働く人たちは化け物かっ。
「ただいまー。って、あれ? シャルルがいないな」
扉を開けて中に入ると、先に部屋に戻っているはずのシャルルの姿が見当たらない――と思ったけど、すぐにシャワールームから響いてくる水音に気がついて納得した。なんだ、シャワー中だったのか。
――ん? そういえば、確か昨日ボディソープが切れたって言ってたっけ。
「たぶん今も困ってるだろうし、届けてやるか」
シャワーの水音に触発されて言われていた言葉を思い出した俺は、クローゼットから予備のボディソープを取り出すと、脱衣所まで持っていってやって声をかけようと洗面所に続くドアを開ける。
その瞬間。
――ガチャ。
タイミングを計ったみたいに洗面所兼脱衣所とドアで区切られているシャワールームの扉が開き、シャワールームの中からウェーブがかったブロンドを持つ、シャルルによく似た見たことのない女子が出てきて鉢合わせしてしまった。
入浴中だったらしく髪は濡れていて、瑞々しい肌には珠の雫が乗っている。
すらりとした体は脚が長く、腰のくびれが実質的な大きさ以上に胸を強調して見せており、サイズ的には多分Cカップくらいのバストが大きさとは関係なく妙に際立って見えて宝石をちりばめたように美しい・・・・・・女性の裸身。
そう、裸だ。裸なのだ。何も衣服をまとっていないのである。
見たことのない女子が、全裸で俺の部屋のシャワールームの中から出てきて俺と鉢合わせしてしまったのである。
まったく・・・・・・一切全く何が何だかワケガワカラナイぜ!!!
「・・・い、い、いち・・・・・・か・・・?」
「へ・・・・・・?」
どういうわけだか、見たことのないはずの裸の女の子に名前を呼ばれてしまって混乱し、とにかく視線を逸らさなくてはと頭ではわかっているのに目が釘付けになっている俺はあたふたしまって思考がまとまらないでいると、突然に―――
ガチャンッ!!!
「やぁ、織斑君! ハロー!そして、グッナイである!
見上げてみるがいい、今宵の夜空に浮かぶ星空を! よい満月であるぞ! 月見風呂には持って来いの日和だと断言できるほどに!!
どうかね!? 今夜は男同士、風呂場で肩を並べて湯につかり合い裸の付き合いで絆を深め、共に明日への野望について朝まで語り明かそうではないか!! 私は君とお肌の触れあいコミュニケーションを欲しているぞ!!」
・・・俺が入ってきたばかりの洗面所の扉を蹴破りそうな勢いで開け放ち、背後から聞いたことがありまくる馬鹿な女子の大声が聞こえてくる・・・。
いつものように空気読まないタイミングの悪さにゲンナリさせられながら俺はゆっくりと振り向いて―――はたと動きを止めさせられてしまっていた。
そこにいたのは案の定、ハイドだった。
俺のクラスメイトであると同時に、友人みたいなもんのナニカであり、なんか普段から訳わかんないこと言って訳わかんないことやりまくってる訳わかんない女子生徒。
そいつが今、俺の見ている前に立っている。
堂々と仁王立ちして、片手にタオルの入った湯桶を抱えられており。
濡れてない黒髪にはバスタオルが巻かれて、すらりとした脚は長めだけど身長そのものがチビ過ぎるから意味がなく、腰のくびれがまったくないお子様体型なウェストが実質的な小ささ以上に胸の貧乳さを強調して見せている。
たぶんAカップもないんだろうバストが小ささとは関係なく妙に物寂しさを感じさせ、若々しく瑞々しい肌を持つ年頃女子の裸を欲情とはなんか違う理由で視線を逸らしてあげた方がいいんじゃないかと思わされてしまう、美しいんだけど寂寥感に満ちた女子の裸。
そう、裸なのだ。ハイドもまた裸で俺の部屋の洗面所に背後から入ってきたのである。
前面に、シャルルに似たどこかで見たことがある気がする女子の裸。
背後に、ハイド本人が恥ずかしがることなく堂々と晒している裸。
頭にはバスタオルを巻いて湯桶を持ち、いつでも風呂場へ直行できる臨戦態勢IN風呂場、みたいな装備で夢見る乙女のように瞳をキラキラさせながら俺を見つめ、自らの裸を隠すことなく両腰に両手を添えたままポーズを取り続けているハイドの前で、俺は叫ぶ。
「な・ん・な・ん・だ!! この状況は―――――――――っ!?」
ドッカ――――ッン!!!と、俺としては爆発するような勢いで叫ぶしかない!
なんだこの状況!? なんなんだよこの状況は!?
前門の全裸美少女に、後門の合法ロリ全裸美少女ってワケワカランわ! 今までで一番わけがわからない状況だよ! 誰か出てきて説明してくれ―――ッ!!!
「って言うか、なぜお前は服を着ていない!? 風呂場じゃねぇだろここ!? 脱衣所兼洗面所に入る前から脱いでたんじゃ脱衣所の意味がまるでねぇだろうが―――っ!!!」
「む? 相変わらずおかしな事を言う男だな君は。風呂に入る際には服を脱いでから入るのが常識であろう? それとも君の国では風呂は服を着たまま入る文化でも流行しているのかね?」
「んな国はない! それと俺は日本人だ! 日本の風呂文化バカにすんなこの野郎!!」
いつものことではあるが、なぜだか俺の方がおかしい扱いにされてしまうハイドとの会話。
いつもの事だけどな! いつもの事なんだけどな!! それでもツッコまずにはいられない問題が日本の男にはあるんだよ!!
「ふむ、なるほど。つまり君はアレであろう? 最近、巷で耳にした『着衣入浴』なる流行を取り入れ実践している新しい時代の日本人なのだと?
いや、流石だな織斑君! 世界を変えたロボット兵器を操ることのできる世界で唯一の男として流行には常に鋭敏で最先端を行き続けているとはな!
ナウイぞ! 実にハイカラであるな! 君のような若者がいるならば日本の夜明けも明るいというものだ!!」
「古いよ!? それ全部超古いだろ! 古すぎるだろ! 俺も人から古い奴って言われること多いけど、お前よりかは新しいと断言できるほどに古すぎるだろ!
って言うかお前、何時代からやってきた何歳の人間なんだよ本当に――――っ!!!」
「失敬な! 私は英雄であると同時に王でもある身なのだぞ!? 常に世の流れを把握せずして何が王か! 流行の一つや二つは無論のこと、世の中の流れすべて掌の上で握りしめておるわ!
たとえば! 民主党結成! ルーズソックス! チョベリバ! MMK・・・・・・」
「だから古すぎるって言ってんだろうがよ―――――ッ!!!」
人のことはどうこう言えないと解っている俺だけど、それでも言わなきゃいけない事が人にはあるんだ!
鈴とかに『爺臭い』とか言われたりするのは昔から何度かあったけど、コイツみたいなことを言った覚えだけは一度もねぇよ! 時代的には普段の俺がツッコまれてることよりも近代のはずだけど、感覚的にはもっと遠い気がするわ! 昭和よりもさらに遠く感じてしまう俺は立派に女尊男卑時代の日本人になってたわ! 今その事実をようやく実感させられたわ!!
「あと、いい加減に服を着ろ――ッ!! でなけりゃせめて手で隠せぇぇぇぇっ!!!!」
「体は女! 心は漢! その名は私、シュトロハイド・フォン・ローゼンバッハである!! 我が鍛えに鍛えた頑健なる肉体に恥じるべき部位など些かもなし! 堂々と見るがいい! 我が自慢の筋肉に満ちあふれた肉体を!! ムンッ!!」
「やめろ―――ッ!! 女が全裸でボディービルダーみたいなポーズを取るな――っ!!」
「ならば私は女を捨てた設定ということにして、男として扱いたまえ! そうすれば問題なかろう!?」
「お前が女を捨てても世間様はそうは見ちゃくれねぇんだよぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」
叫ぶ俺、叫び返すハイド。収拾がつかなくなってきた事態の中。
俺はすっかり・・・・・・シャルルによく似た全裸の美少女のことを忘れてしまっている自分に気づいたのは、実は女の子だったシャルルが部屋の室内へと通じる洗面所兼脱衣所を占拠し続ける男(俺のことだ)がいるおかげで出るに出られずスッカリ体を冷やしてしまい、『ヘクチッ!!』と、可愛らしいクシャミが聞こえてきて頭が冷めたときになってからの事であった・・・・・・。
「す、すまんシャルル・・・。体冷やしちまったみたいだけど、大丈夫だったか?」
「――気にしないでいいよ、一夏。本当に、全然まったく、これっぽっちも僕気にしてなんかいないからさ(にっこり)」
「そ、そうか・・・。それなら良かった・・・・・・?」
慌てて室内へと招き入れて温かい飲み物を持ってきてから平謝りする俺を、優しい笑顔で許してくれる心優しい実は美少女だったフランス代表候補生のシャルル・デュノア。
――でも、何故だろう? どうしてなんだろうか?
・・・今のシャルルには決して逆らってはいけない黒いオーラが後光のようにさしているような気がしてしまう自分を、俺は押さえることができないでいる・・・・・・。
「うむ。まさに青い春であるな。ところで織斑君、私にも茶を一杯もらえないかね?
実は日本茶入りウォッカというのも一度試してみたいと思っていたところなのだよ、ハッハッハッ」
「お前は高校の学生寮で何を飲む気なんだ!? カルピスウォッ茶ってレベルじゃねぇぞ、そのゲテモノ飲料! あと、いい加減ほんとうに服を着てくれ――――ッ!?」
IS学園寮。それは、俺が泣かされるコロニー・・・・・・。
つづく