「は~…、終わった終わった。やっと終わらせて帰ってこれたぁぁ……」
寮にある自分の部屋に戻ってきた俺、織斑一夏は安堵のあまり溜息をつく。
疲れ切っているせいなのか、歩くことさえ億劫に感じられて床に座り込んでしまいそうになりながらも、座るとき思わず「どっこいしょ」と言いそうになってしまった自分に気づき慌てて姿勢を正して立ち上ってから室内に向かう。
『爺臭い、爺臭い』と言われることが多い俺ではあるけど、それでも俺は爺さんじゃない。絶対に違う。俺は若者なんだ!と、無言のまま行動でアピールしつつ、それでも疲れを感じざるを得ないのも事実ではある昨今の俺であった。
――先日、ラウラの口から異世界の俺が犯したらしい悪行の数々が暴露され、学園中に広まったことから命じられてしまった千冬姉直筆の『自室謹慎処分』
だが、現時点で圧倒的に実力差に開きのあるラウラを相手に今の俺のままでタッグトーナメントに勝てるとは流石の千冬姉も思っていなかったらしい。
申請して許可された時間内で許可された練習だけこなし、備品を壊したり傷つけたり、立ち会いにつくようになった先生方の誰かの許可を受けずにISを展開したりさえしなければ放課後の練習は普段よりかは申請書類が増えただけでやらせてもらえることにしてもらえたし、必修授業を受けることは税金で学ばせてもらってる俺たちの義務だからと普段通り受けさせられてもらっているから、ぶっちゃけ普段よりも窮屈になっただけで実質的にはあんまり変わってないんじゃないかと感じられたほどである。
・・・このぐらいの軽い処罰で終わらせてくれるんだったら“謹慎処分”なんて仰々しい単語を使って、みんなの見えるところに晒さなくても良かったじゃないか・・・恥かいちまったし。
そう思ったから、そう言ってしまったのだが、甘かった。
「貴様らが申請をだして許可してもらえた練習だけやって、備品や施設を壊すことなくルールを守り、普段から先生方の注意や警告に耳を傾けて従ってくれている実績さえあるなら、これほど厳格な規制や処分を公表する必要はなかったのだがな?」
「・・・・・・・・・ご尤もです、織斑先生・・・。ご迷惑をおかけしてすいませんでした・・・・・・」
非の打ち所のない正しすぎる正論。
俺は返す言葉もない千冬姉の正しい理屈に悪友(セレニア)の幻影を視る。
――まぁ、そんな感じでタッグトーナメントが終わるまでしばらくの間は規則正しい学生生活を送ることにした俺たちは、昼間はIS学園、放課後は練習場所のアリーナ、夜は学生寮のローテーションだけを行き来して、それ以外の場所には誘われてもいかない鉄の心を胸に数日間を過ごしてきた訳なのだが。
それとは別に処罰を受けた生徒としてのハンデも存在しており、基本的には先生方から頼まれごとをされると断れない状況に今の俺たちはある。表面的な重い罰に中身を伴わされたら堪らない以上は断るわけにもいかなかったし、国に提出する必要書類と言われてしまえば仕方がない。
そんな感じで自室謹慎処分中の身でありながら、なぜだか普段よりも精神的に疲れる日々を送っていた俺は、シャルルと行ったIS操縦練習のあとに山田先生が持ってきてくれた『大浴場の使用許可』に狂喜乱舞して、一緒に持ってきた『白式の正式登録に必要な書類記入』をアッサリ引き受けてしまい・・・・・・心の底から後悔することになる。
名前を書くぐらいだろうと思って着いていった俺に、山田先生は怖い顔をしてこう言い切られたのである。
「内容を理解しないまま契約書にサインするなんて絶対にダメです。専用機の登録は国との契約みたいなものですからね。中身をよく理解するまでは絶対にサインなんてさせません」
こうして俺は、昼間は千冬姉監修のもと授業を受け、放課後は先生の誰かに立ち会われてのIS操縦練習をしてから、今日はさらに山田専属教師によるB4用紙にビッシリ書き込まれた文字の羅列を全部理解するまで解放してもらえない契約書講座を強制受講させられたわけで・・・・・・
「・・・疲れたっ! しかもやり遂げたのに空しいだけだし・・・・・・ハァ。今日はもうシャワーはいいや・・・。さっさと寝て明日に疲れを残さないようにしよう・・・今日はしんどい・・・」
ゲンナリしながら扉を通って、フラフラしながら自分のベッドへ向かう俺。
鈴や箒からは『体力バカ』なんて呼ばれたことのある俺ではあっても、人間である以上は限界がある。今日はそれに達するだけでなく超えてしまうほどキツかったと言うことだ。
そういう時にはさっさと寝るに限る。疲れたとき早寝する、これ人類の知恵。
――と、思っていたのだが。
「・・・ただいま~・・・って、あれ? シャワールームから水音が・・・ああ、シャルルがシャワー中なのか」
疲れて独り言が多くなっている状態にあった俺は、先に部屋へ戻ってきていた事務処理とか得意そうで専用機の登録もとっくの昔にすませているんだろうフランスから来た代表候補生にちょっとだけ羨ましい気持ちを抱きながらも響いてくる水音に、ふと気づく。
「・・・そういえばシャルルの奴、確か昨日ボディソープが切れてった言ってたんだっけか・・・。シャワーするついでに補充すればいいと考えていたから忘れてたぜ。こりゃ、うっかり」
日本人らしく風呂好きなのに大浴場が使えない俺は、せめてシャワーだけでも浴びようと毎日使うのが当たり前になってたし、シャルルは俺が部屋にいる間はあんましシャワーを使いたがらないしで言われたときに補充する発想がなくなってたんだよな。普段と違うことが起きて忙しかった日って、こう言うところが困るぜまったく。
「う~ん・・・、たぶん今シャルルも困っているだろうし・・・。届けてやった方がいいんだろうな・・・」
すぐさまベッドへ直行したい欲求を抱えた疲れ切った体を酷使させ、俺は断腸の思いで人助けを決断する。
なぜなら今の俺は、風呂でゆっくり浸かって疲れを癒やせない辛さと苦しさを誰よりもよく知る日本人男子学生だから。同胞に同じ苦しみを味あわせぬため、いざ参らん浴場へ!
・・・我ながら変なテンションになってる自分を自覚しつつ、「疲れてるんだよ・・・」と誰にでもない言い訳をしながらクローゼットにしまっておいた予備のボディーソープを手に取って足を引きずるようにシャワールームへと繋がる洗面所兼脱衣所のドアを開け、そこから中へ向かって声をかけようとする。
すると―――
ガチャ。
・・・あ、開いた。
「ああ、シャルル。そっちから出てきてくれたんだったら丁度いいや。これ、替えの・・・」
「い、い、いち・・・・・・か・・・・・・?」
「・・・・・・・・・へ?」
相手の方から出てきてくれて、丁度いいから今ここで渡してベッドへ戻り、一眠り兼一晩休みをしようと思っていた俺がボディーソープを手渡すために顔を上げた視界の先には謎の美少女。
そして、全裸である。
全裸の見知らぬ美少女が俺の目の前に呆然とした表情で立ち尽くしており、俺はそのウェーブがかったブロンドの髪を持つ金髪美少女の全裸を見つめ、疲れて寝ぼけた頭をさらに混乱と狂騒の坩堝へと変えさせられていき。
落ち着け俺、コレは事故だ話せばわかる。相手はきっとわかってくれる。それでも俺はやってない。・・・ぜんぜん落ち着けてねぇじゃん俺・・・もう諦めて勢いに任せて一番最初に思いついた言葉を言っちまおう。
覆水盆に返らず、四の五の考え続けるよりもわかりやすくていい。
「・・・胸がある。濡れた髪はわずかにウェーブがかったブロンドで、柔らかさとしなやかさを兼ね備えている。すらりとした体は脚が長く、腰のくびれが実質的な大きさ以上に胸を強調して見せているせいだろうか?
サイズ的にはたぶんCカップくらいのバストが大きさとは関係なく妙に際立っており、水を弾く若々しい肌には珠の雫が乗っていて、まるで宝石をちりばめたように美しい――」
パァァァァッン!!!
・・・・・・この直後に響いた今の音は、決して銃声の音ではない。
人間の手が人の肌に叩き付けられたときに生じる打撃音である。
断じて婦女子の風呂を覗いた変質者が撃ち殺された音ではない。断じて(力強く断言)
「・・・で? 要するに私が織斑さんの部屋まで呼び出されたのは、どういったご用件でのものなんでしょうかね?
女子の裸を覗いたあげく、相手のバストサイズを冷静に解説してくれた親切な変態さんを通報するのでしたら、こちらをどうぞ。中学の先生方から女子生徒全員に配布されていた『ワンサマー警報器』です」
「いや、違う! そんな理由で呼んだんじゃない! って言うか、先生たちなんて物を教え子たちに配ってやがったんだ!? 教師による生徒の虐待行為だぞ! 訴えてやる!!」
「ありがとう、セレニア。いざというときのために肌身離さず大事に持ち続けておくよ」
「シャルルまで!? いくら何でもヒドくね!? 俺せいいっぱい謝ったし説明もしただろ! 事故だってさ!!」
「一夏・・・・・・女の子の裸を見たときに『見るつもりはなかったんです』が通用しちゃう世の中だったら警察はいらないと思うんだ・・・」
「反論する余地がない正論INフランス―――――ッ!!!」
俺、絶叫。流石に今夜だけは近所迷惑がどうとか言ってる精神的余裕が保てねぇ!!
千冬姉につづき、山田先生につづいてシャルルにまで文句のつけようのない正論で論破されまくって自分が悪いって事実を思い知らされた! 今日という今日は流石に立ち直れそうにねぇ!!
「・・・クスっ。冗談だよ一夏。もう怒ってないから安心して落ち着いて・・・ね?」
「もちろん私の方も冗談ですよ? こんな物、先生方が生徒たちに配布したら事ですからね。単にネタとして使い捨ててみただけですのでお気になさらずに」
シャルルが柔らかい笑顔で苦笑しながら、セレニアはいつも通り変わらない無表情で「ポイッ」と持っていた非常ベルをそこら辺に放り捨てながら、それぞれの態度と言い方で俺へのお仕置きを終わりにしてくれる。
・・・ホントもう、今日は勘弁してください・・・。マジ疲れていて余裕ないんです・・・。マジ辛いんだよ本当によぉぉ・・・ううう・・・。
「・・・それに持っていたところで、どうせ僕が使うことのできる時間はそんなに長くないだろうからね・・・」
「はい? どういう意味ですか、それ? デュノアさん、転校してきたばかりなのにフランスに帰国でもされるのですかね?」
「・・・それなんだけどな、セレニア。お前の知恵を借りたい事件が起きちまったみたいなんだ。俺の方でも案は出してみたんだが、やっぱこういうことはお前に聞くのが一番だと思ったからさ・・・・・・」
こうして俺は、今夜最後に起きた今日一番の大事件について中学時代からの悪友に秘密の相談事を持ちかける。
その結果が、どのような結末を俺たちにもたらすのか今の時点で知る者は誰もいない。・・・そのはずだ・・・・・・。
つづく
オマケ『その頃のラウラちゃんは』
一夏「そういや、セレニアって今はラウラと同室のルームメイトになってたんだよな? 来るとき気づかれたりとかしなかったか?」
セレニア「大丈夫ですよ。彼女は基本的に夜の9時近くなったら眠くなる人ですから」
一夏「子供か!? 高校生だろアイツ! 幼く見えても十六歳だろアイツ! あとドイツの代表候補生で軍人だろうがアイツはよ―――ッ!!!!」
セレニア「いいんです。未成年者の良い子が、夜の9時に寝るのは別に悪いことではありませんからね。9時過ぎても起きているのは私みたいな悪い子たちだけで十分なのです」
一夏「・・・なんかお前、ボーデヴィッヒに対してだけ極端に対応甘くなってないか・・・? なんで・・・?」
セレニア「・・・・・・・・・・・・・・・・・・別に(ぷいっ)」
シャルル「じ~~~・・・・・・・・・」
*母親を亡くしたマザコン男装少女が、ちょっとだけ羨ましそうな瞳でセレニアを見つめてきている。娘にしますか? はい・いいえ (人身売買ですか!? byセレニア)