勇者が断つ!   作:アロロコン

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本編
勇者が断つ!


 ゴウゴウと吹き抜ける雪風。氷点下に近い温度を叩き出した北の大地は赤く染まっていた。

 

「…………えっきし!」

 

 ズズッと赤くなった鼻をすすって擦るのは黒髪の青年。死体の一つに腰掛けて、自身の愛槍である剣と槍を組み合わせたような形状の槍を肩に立て掛け空を見上げていた。

 彼の名は北方の雄、ヌマセイカ。槍を持てば常勝無敗という北方民族の期待を双肩に担ぐ男だった。

 彼の装備は酷く軽装だ。槍以外に武装は無く、胴を守るプレートアーマーと脚絆、籠手程度しか防具も無い。

 そんな軽装で誰よりも先に先頭を走り、敵を撃滅していく。

 彼ら北方民族を侵攻してくるのは、南に居を構える帝国。

 帝具と呼ばれる48の特殊な道具と類い希な軍の強さを誇る相手だ。

 今は内に湧いた反乱軍に手を取られているのだが、それでも北伐を止めようとしないのは流石と言える。

 

───────ま、勝てるわけはねぇわな

 

 死んだ目でヌマセイカは考える。今のところはどうにかなっているが、帝具使いの将軍格が出張れば、直ぐにでもケリがつく、というのが彼の帰結であった。

 民族の中には帝都を攻め落とそうと画策する者が居ないでもないが、ヌマセイカは兎も角、精強な自軍でも恐らく瞬殺される。

 指摘はしないが、そう見るのが妥当だろう。

 表情から熱意とかやる気とかその他諸々が抜けきった腑抜けたような男だが、その実中身は確りしている。

 

 軍とは民を護るものであり、国とは人である

 

 それが彼の持論だ。

 ヌマセイカ、18才、北方最強にして

 

─────────転生者であった。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

 マジ世紀末

 

 それがヌマセイカが物心ついて世界を見た最初の感想であった。

 日夜攻めてくる帝国軍。野に出れば襲ってくる危険種と呼ばれる獣、というか怪物達。

 感性が現代日本人であった彼は、最初こそ、異世界キタコレ、とか思っていたが実際にそれらに対面してその感想は宇宙の彼方へとフライアウェイすることとなった。

 

 強くなければ、死ぬ。

 

 その思いと共にがむしゃらに強くなった。

 運良く、と言って良いのか彼のボディはハイスペックだったらしく、努力すれば直ぐに効果が出た事も彼の頑張りに一役買っている。

 とにかくひたすらに強くなった。同時に帝具に関する研究擬きも行っていた。

 帝具の素材となるのは、超級危険種やオリハルコンやヒヒイロカネ等の希少金属だ。

 それらを、今では失われた技術を用いて生み出される。

 ヌマセイカは考えた。今は失われたならば、自分の知識でオリジナルの帝具を作れば良いじゃない、と。

 因みに千年前に帝具を作り出した始皇帝の真似をして歴代皇帝が作り失敗したものを臣具という。

 彼は数多の危険種を狩りその素材を手に入れて来た。中には超級も含まれており、その際には少なくない手傷を負うことも有ったほどだ。

 それらの素材を彼は、日本の炉の原理と鍛刀の技術を用いて組み合わせて鍛えあげていった。

 そして、それは完成する。

 刀身凡そ五メートル、柄凡そ四メートル。刃は片刃を採用し、見た目だけならば刀のソレだ。

 ただ、大きい。刀身の刃から峰への幅は凡そ20センチを越えている。鍔は刀身に併せた形状であり、柄は節毎に分かれるように切れ込みが入っており、分かれればその間を金の鎖が繋ぐ。

 

 吸獣斬界 塵外刀

 

 奥の手は危険種を吸収しその能力を刀身に付加すること。若しくは素材として使われた危険種達の力を顕現する事だ。

 鉄板をバターのように斬り捨てる超大業物であり、同時に数多の危険種を取り込ませた事により並みの人間では触れることすら出来ない代物が出来上がった。

 つまりは、これを一人で鍛えあげたヌマセイカのワンオフである。

 そんなつもりのなかった彼は当然、頭を抱えた。

 本人としては他の人間も使えるようにして、代々受け継ぐ、といったモノにしようと思っていたのだ。

 まあ、ソレ以前にデカ過ぎて彼以外に振るえる者が居ないのだが。

 そんな塵外刀だが、ヌマセイカは戦場にこれを持っていかなかった。

 折角の帝具にも劣らない武器なのだから、持っていけばいいと周りは言うが、彼は一度として頭を縦に振らなかった。

 単純に大きすぎて対人戦に向かない事と、帝国軍に対する隠し球とするための措置だ。

 何より軍が相手でも槍一本でどうにかなるため、煩く言うものも少なかったのも1つの理由だろうか。

 とにかく、そんな化物染みた刀を持つこととなったヌマセイカ。

 頭痛の種は尽きることは無いのだ

 

 

 ▲★■★▲

 

 

「こりゃ詰んだな」

 

 北方、要塞都市。その城壁の上から、遠方の土煙を見てヌマセイカはいつもの通りやる気の無い目で呟いた。

 今回の帝国の北伐は今までと桁が違う、ということは彼も分かっている。現にけしかけた危険種が軒並み氷付けの氷像と化しているのだ。

 炎を吐く火蜥蜴すらも凍っていることから、帝具によるものということは判断でき、さらに他にも水柱や首を落とされるモノ等、とにかくけしかけた危険種は全滅してしまった。

 それを受けての要塞都市の動きは早かった。

 

「ヌマセイカ様。民の脱出、完了いたしました」

「お疲れさん。ソレじゃあ、兵は全員、民の護衛に回れ。何をおいても殺させるなよ」

「ヌマセイカ様は」

「決めたことだろ?オレは此処に残って殿さ」

 

 ヨッコラセ、と立ち上り右手には塵外刀、左手には槍をそれぞれ持ってホッと息をついた。

 その背には何の気負いも感じられない。

 

「…………ご武運を」

「あいよー」

 

  去っていく部下を見送り、ヌマセイカは今までの人生を振り返る。

 今回の自身を殿にするという案も通すだけで大変だった。

 最終的には自分の考えを話し、民こそ国である、と教え込みその為に必要なことだ、と教え込んだ。

 

「さぁて、死のうぜクソ野郎。ファックファックって罵りながら死んでこうぜ」

 

 城壁より、飛んだ。皆の死地を覆すために、この身をベットして死地へと向かう。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

「将軍!前方、要塞都市です!」

「漸く、か」

 

 部下からの報告を憮然とした表情で受ける青髪の麗人。名をエスデス。帝国最強の二枚看板を務める将軍である。

 そして、彼女こそこの進軍の道中で危険種を氷漬けにしてきた当人であった。

 

 魔神顕現 デモンズエキス

 

 それが彼女の帝具。

 超級危険種の生き血をそのままに帝具と成しており、適応するには精神が崩壊するほどの破壊衝動を乗り越えねばならない。

 能力は氷を自由自在に生み出し、操るというもの。

 元々の戦闘力の高さも合間って正に怪物クラスだ。

 そんなエスデス。この地に足を踏み入れてから、何故だか胸の高鳴りが止まらない。

 それは要塞都市へと近づくにつれて強くなっていた。

 

「将軍?どうされガッ!?」

 

 腕を掻き抱いた姿を見とがめた部下の一人が声をかければ、次の瞬間、氷付けの氷像と化された。

 ギョッと周りが彼女へ目を向ければ、ゾワリと沸き立つすさまじい殺気と覇気。

 そんな地獄もかくやというような行軍は唐突に終わりを迎える。

 

「止まれッ!!」

 

 エスデスの鋭い制止。慌てて止まるも、先見隊の何人かが前へと出てしまう。

 直後

 

『『ギャアアア!?』』

 

 兵士達は上半身と下半身が泣き別れとなって絶命した。

 チャラリと聞こえる鎖の音、ついでに吹き荒れていた雪風が真横に断ち切られる。

 そこに立っていたのは長い黒髪の死んだ目をした青年。

 右肩にアホみたいにデカイ刀を担ぎ、左手には槍を持つ。その身からは目とは打って変わって圧倒的な覇気が漏れだしていた。

 同時にエスデスも全身から殺気を立ち上らせる。

 

 こいつだ。この男こそ自分を沸き立たせる存在だ。

 

 そう本能がプッシュしたのだ。

 

 抜剣、金属音

 ここまで凡そ五秒以内に全て行われていた。

 

「血の気が多いな」

「そこまでの覇気を立ち上らせて誘うのはお前だろう?」

 

 ギリギリと軋みをあげる二振りの白刃。やがて、どちらともなく弾き、距離が空いた。

 

「北方討伐遠征軍、将軍エスデスだ」

「要塞都市、代表ヌマセイカ」

 

 エスデスが名乗ればヌマセイカもソレに答える。

 

「お前が北方の勇者か」

「そんな御大層なモノじゃないさ。勇者ってよりも愚者の方が正しい」

 

 言いつつ、右腕を振るいヌマセイカは脇を通り抜けようとした一群を塵外刀のギミックによって斬り殺す。

 この場を一人として通す気は彼にはない。

 既に民達は遠くであり、兵達も撤退している事だろう。

 それでもこの地を抜かせる気は無い。万が一でも億が一でも可能性があるならば、彼はそれを許さないのだ。

 

「エスデス様」

「お前達は手を出すな」

「異民族はどうします?」

「放っておけ」

「エ…………」

「これ以上口を開くな。いくらお前達とはいえ許さんぞ」

 

 エスデス直属の部下である三獣士はソレによって黙り込む。

 あまりにも恐ろしかったのだ。

 冷ややかな殺気に反しての、熱い怒気。これ以上機嫌を損ねれば確実に殺されていた事だろう。

 エスデスは部下達を下がらせると、漸く惹かれる相手へと向き直った。

 先程とは一転、それはもう花も恥じらう乙女の顔。

 殺気と覇気を叩き付けてこなければ、男なら誰しもコロリといってしまいそうな笑顔だった。

 

「どうした?頬がひきつっているぞ」

「いや…………怖い顔だと思ってな」

 

 言って、槍を地面に突き立てヌマセイカは両手で塵外刀の柄を握る。

 

「本気で来るか?」

「槍を折られるのは偲びない」

「そう、か!!!」

 

 地が爆ぜた。同時にヌマセイカの瞳孔が猫のように縦に動き、塵外刀を振るう。

 再び、金属音。白刃が衝突し互いを断ち切らんと火花を散らす。

 

「ッ、おっと」

 

 不意にヌマセイカは首をかしげた。間を開けずにスレスレを通過していく氷の刃。

 瞬間、エスデスの目の色が変わった。辺りに吹き荒れる雪風をも越える冷気が立ち込めてきていた。

 

「あん?おお、と。危ないっての」

 

 ヒョイヒョイと身をかわしながらヌマセイカは駆け回る。

 時に地面から突き立つ氷の剣山をかわし、時に降り注ぐ氷の槍を塵外刀で切り払う。

 至るところから現れる氷の攻撃が何処から来るのか分かっているような回避の仕方だった。

 

「…………妙だな」

「あ?おっと」

「何故かわせる?」

 

 普通ならば掠り傷はおろか、風穴の一つや二つ軽く空けられそうな状況で避け続ける彼に流石のエスデスも問うしかない。

 やはりヒョイヒョイと軽々かわすヌマセイカは顎に手をやり考える。考えながらも、回避の動きは止めない。

 片手には逆手にもった塵外刀を持ち、空いた手では顎に手をやり考え込む。実にシュールである。

 だが、エスデスを尊敬、畏怖、畏敬の対象として見ている三獣士や兵士達はそうもいかない。最後に勝つのは自分達の将軍だと思っているが、それでもその光景は初めて見るものだった。

 彼らの目には何処か手に汗握る、好勝負に映った。

 そんな外野の事など知らぬ存ぜぬ、なヌマセイカは顎から手を離して指を立てる。

 

「寒冷地の出身だからじゃないか?何となくだが冷気の集まり具合で察しがつく」

 

 いや、その理屈はおかしい。

 少なくとも周りの兵士は彼の言葉に似たり寄ったりな感想をもつ。

 何せ周りは冷蔵庫に体がぶちこまれたように寒いのだ。その中から更に冷たい場所を探しだして攻撃を予想するなど、最早人間業じゃない。

 第一、温度が違うとはいえ、十分の一の位程度の温度差だ。普通分からないだろう。

 それをこの男は感知している。それも余裕をもってかわしている所から、更に温度差が小さくても分かるのだろう。

 現にデモンエキスの強みである、相手に気取られず、無から氷を生み出す攻撃は意味をなしていない。

 

「んじゃ、そろそろやられっぱなしも、シャクなんで、な!」

 

 降り注ぐ氷の槍を紙一重でかわし、大地を思いっきり踏み締めた直後、ヌマセイカの姿は掻き消える。

 空間移動ではない。その証拠にエスデスの周りの地面が時偶、ボコりと陥没している。

 

「……………………………そこか!」

「お?お見事」

 

 エスデスが背後にサーベルを振るえば、ガキリ、と見事に噛み合う白刃。

 が、それも一瞬。直ぐに刃は離れて、再び膠着状態。

 だが、彼女が求めるのは血沸き肉踊る、血みどろの真剣勝負だ。故に

 

「“クリンゲレーゲン”」

 

 手を打った。

 半径百メートル。降り注ぐのは鋭い氷の刃。

 兵達は一目散に逃げ出すも、何人かは逃げ損ね、ヌマセイカも空を見上げて少し目を大きく開く。それでも死んだ目だが。

 

「塵外刀“鉏ノ型”『風壁』」

 

 呟きと共に塵外刀の柄が分裂し、細かい節となり、間を鎖が繋ぐ形へと変化する。

 そしてそれを振り回して簡易的な衝撃の防御として見せたのだ。

 完全に氷の刃の雨を防いで見せたヌマセイカ。しかし、その足は止まってしまう。

 そこを逃すエスデスではない。

 

「“グラオホルン”」

 

 打ち出されるのは巨大なツララ。かなりの勢いで飛んできたソレは風壁とぶつかり合い、盛大に砕け散る。

 ソレも狙い通りであった。

 

「…………ホンット、厄介だこと」

「なかなか頑丈な鎖だな」

 

 ガチガチとサーベルを防ぐは金の鎖。ツララを目眩ましにエスデスが接近戦を仕掛けていた。

 鉏ノ型はその特性上刃が手元を離れてしまうため、どうしても接近戦が難しい。

 まあ、出来ないことも無いのだが。実際、サーベルを受け止めたヌマセイカは片手首を軽くスナップさせて刀身を凄まじい速さで引き戻している。

 丁度エスデスの背中を狙う形となった。

 避けるか防ぐかしなければ間違いなく胴体が真っ二つコース待ったなしの凶刃が迫る中、エスデスは慌てない。

 

「あれま」

 

 鉄板を容易く切り裂く塵外刀に対して、氷の柱を何本も縦に並んで召喚し勢いを少し弱めたタイミングで、下から更に呼び出した氷の柱でかち上げ防いで見せたのだ。

 さすがに分が悪い、と蹴りを放って後退するしかヌマセイカにはなかった。

 だが、エスデスは逃がさない。

 

「“ヴァイスシュナーベル”」

 

 繰り出される無数の氷の刃による追撃。

 対してヌマセイカは引戻し元の形へと戻した塵外刀によってそれらを破壊、お返しに

 

「塵外刀“釵ノ型”飛水」

 

 再度分解し、刃を一直線にエスデスへと差し向ける。

 高速というよりは剛速といえる、速度と威力。しかし先程の斬撃よりは止めるのが楽であった。

 

「チッ、届かねぇか」

 

 巨大な氷の壁に深々と突き刺さった塵外刀を見て、ヌマセイカは短く吐き捨てる。

 確かに刀身こそ凄まじい切れ味だが、全刃刀ではないため鍔にまで刃はついていない。刀身の切っ先が氷を若干貫通するに留まった。

 そこでふと、ヌマセイカの頭上に影が差す。見上げればこの気温でありながら冷や汗が頬を伝った。

 

「“ハーゲルシュプルング”!!」

 

 氷山ほどもありそうな巨大な氷塊。それが全てを押し潰さんと降ってきたのだ。

 大地が震える。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

 モウモウと立ち込める煙に、エスデスは冷めた目を向けた。

 デモンエキスに奥の手は存在しない。

 先程の氷塊が一種の奥の手じみているが、とにかく無いのだ。

 そして、エスデスの落胆はその氷塊に潰されたであろう男、ヌマセイカ。

 明らかにまだ力を隠していたようだが、それを見る間も無く終わってしまった。

 そう、エスデスは終わったと思っていた。それは周りの兵達も同じくだ。

 故に

 

「塵外刀変化──────」

「ッ!まさか…………!」

 

 その声に慌てて振り返る。

 ビシリ、と氷塊に走る亀裂。

 

「─────型式“兜”!」

 

 バカリ、と真っ二つに割られた氷塊。そして天を突く超巨大な刀身。

 元々の塵外刀は人の身で扱うには過ぎた大きさであったが、これは最早桁が違う。

 その長さ凡そ100メートル、幅は十メートルはあろうか、という最早生物の振るえる代物の大きさではなかった。

 

「危ない危ない。もう少しで、ペチャンコだった所だ」

 

 やれやれ、と首を振るのは化物刀の柄を肩に担いだヌマセイカ。

 余裕な様子であるが、その実、本当にギリギリだったのだ。

 氷塊が落ちてきたとき、反射的に柄頭を地面に突き立て、鍔より下へと身を屈め、刀身に氷塊が刺さったタイミングで奥の手発動。どうにか生き残った。

 

「お前のその武器は帝具、なのか?」

「あ?違う違う、これはオレのオリジナルだ。危険種狩りまくって素材を混ぜて作ったのさ」

 

 ヘラリと笑い、何でもないことのように語られるとんでもないこと。

 そうこうしている内に刀身が元の大きさへと戻っていく。

 風が吹いた。黒髪と青髪が揺れる。

 

「惜しいな。帝国に居ればそれ相応の地位に居ただろうに」

「生憎とオレはアイツ等の希望らしいんでね。もう暫くは此処から動く気はねぇよ」

 

 嫌な義務感だよ全く、と彼は笑い塵外刀を構え直す。

 奥の手を出した為にもう手加減をする気は無い。

 それはエスデスも同じことだ。周りの冷気が大きくうねり、気温が一気に低下する。

 

「“エイスデアケーフィ”!」

 

 瞬間、世界が凍った。いや、凍ったのはヌマセイカを中心とした一定範囲が凍ったのだ。

 普通はこれで詰みだ。しかし、彼は終わらない。終わる気もまだまだ無い。

 

「型式“朱雀”!!」

 

 塵外刀の刀身より噴き出す紅蓮。それは翼のように変わり、氷ごとヌマセイカを包み込む。

 一秒かからずに蒸発する氷の山。

 氷より出てきた彼は一つくしゃみをすると頭を掻いた。

 

「これで五分か?」

 

 赤熱した梵字の浮かぶ刀身。その中程には小さめの炎で象られた一対の翼があり、切っ先には南と達筆に書かれていた。

 単なる炎ではエスデスの氷は融かせない。

 そこでヌマセイカは奥の手の中でも更に奥の手である超級危険種の能力を使うことにしたらしかった。

 

 超級危険種、火天禍鳥(カテンマガトリ)

 

 炎の肉体を持ち、両翼の端から端までの長さは五十メートルを越える怪鳥だ。

 鋼も容易く溶かす程の熱量をほこり、塵外刀が出来ていなければヌマセイカも今頃この世に居なかっただろう。

 そして討伐した下りにその能力を吸収した。

 

「さあ、殺ろうか」

「やはりお前は私が見込んだ通りの男だったな!!」

 

 その日、要塞都市近くの平原にて炎の大津波と氷の大連山が観測されるのだった。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

「ドナドナドーナー─────────────」

「その歌は止めろ。何故か空しくなってくるからな」

「いやー、明らかにそんな気分だぜ?市場に連れてかれる子牛の歌だしな。後、ケツが冷たい」

「我慢しろ」

 

 チャラリと手枷を鳴らして、ヌマセイカはヘラリと笑う。

 彼は今、氷で造られた護送馬車に詰められていた。檻の向こうではエスデスが辟易とため息をついている。

 檻の天井の上には塵外刀が乗せられていた。

 最初は部下に運ばせようとしていたのだが、持った瞬間全身から血をぶちまけて死んだ為に持ち主に詰問してこの運搬法となった。

 決闘という名の死闘から凡そ二日。その中で一日半、粘り続けたヌマセイカは漸く、降参していた。

 地形が変わるほどの大激戦。むしろどちらも五体満足で生き残っただけ上々と言えるだろう。

 

「で?何でオレは捕まったんだ?てっきり首を刎ねられると思ったんだが…………」

「私にとって強いものこそ正義だ。そして私が認めよう、お前は強い」

「塵外刀のお陰さ。槍一本じゃあんたには勝てん」

「ソレこそ謙遜だな。勝てずともいい勝負は出来ただろう?」

 

 ネットリとした熱を孕んだ視線を受けてヌマセイカは背筋に悪寒が走るのを感じた。

 具体的には蛇に睨まれた蛙、ライオンに狙われたインパラ、カマキリに見つかった蝶。

 悉くの被食者の気分を味わうこととなった。

 何せエスデスは彼女の父をして天性の捕食者と称するほどに産まれながらの食らう側だったのだ。

 そんな存在に見つめられれば誰しも竦む。

 が、この男は悪寒を感じるに留まり、魅了されることもなく、クアッと大あくびをして、檻に背を預けて目を瞑る。

 

「おい、寝るつもりか」

「あんたと違ってオレは戦闘狂じゃ無いのさ。一日半も殺り合えば眠くもなる」

「そしたら私が暇ではないか。構え」

「ヤだよ。あ、ちょ、氷は止めろ!冷たいって!」

 

 ギャーギャーわめくヌマセイカを見ながら、エスデスは恍惚な表情を浮かべる。中々にドSである。

 こんな二人の姿を見て、誰が先程まで殺しあっていたと思うだろうか。

 

 そうこうしている内に、要塞都市にも劣らない巨大な壁が見えてくる。

 騒ぎながら、横目でそれを確認したヌマセイカは────────特に何も思わなかったらしい。

 街を捨てる結果にはなったが民は生き残った。屈強な兵達もそこらの危険種には引けをとらない。

 ある意味自分が生きていることが誤算な気がしないでもないが、まあ、些事だろう、と彼はとりあえずの納得を内心で決するのだった。

 

 彼は知らない。これからあり得ないほどの波乱に巻き込まれることを。

 彼は知らない。エスデス戦で生き残っている時点で世界に軽い歪みが起きていることを。

 彼は知らない。帝具擬きを作った結果、面倒ごとが大挙して押し寄せてくることを。

 

 彼は、知るよしもなかった。


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