勇者が断つ! 作:アロロコン
反響に応じて続くかもしれません
「ごみ溜めかよ、腐ってんな此処」
帝都、王城の一室に設置された窓から眼下の街を眺めたヌマセイカはうんざりとしたため息をついた。
まだ帝都に来て数日と経っていないが、早くもこの街を出ていきたいと彼は思っている。
町に蔓延るのは見掛けだけの活気。薄皮一枚ひっぺがせば何百という害虫が蠢き、汚泥と汚物を煮詰めて混ぜ合わせて発酵させたモノにも勝る悪臭を放つ。
それがこの街の正体だった。
そして、王宮の中も更に酷い。
宰相であるオネストは幼い皇帝を傀儡としており、自分に楯突くものは軒並み粛清対象。
武力で攻めようにも、帝国最強の一人エスデスを配下に抱え込んでいるため、それも無理。
もう片方の最強はそもそも皇帝に弓引くことを許さない、思考停止野郎であるためお飾りに祭り上げることすら不可能だ。
「国は民だろうに。やれやれ、こんな国に負けたとはねぇ」
「随分な言い種だな」
返答が返ってくるとは思っていなかった独り言に返ってくるのは冷たい声。
振り向けば内開きの扉に持たれるようにしていつもの帽子で顔の半分を隠して下を向くここ数日で見慣れた姿。
「それにお前は帝国に負けたのではない。“私に”負けたんだ。その辺りを忘れるなよ?」
「だったら殺せばいいものを。あのブタも言ってたろ」
「帝具使いにも劣らないお前を殺せばつまらないからな」
「……………………マジで変態だな」
ドン引き、という風にジリリと退くヌマセイカ。
確かにエスデスは美人であるがそれを差し引いても余りある、変態的なドS趣味がある。そしてそれと同等以上の戦闘欲求と破壊衝動を持ち合わせている。
それらを真っ正面から受け止めた彼は言うまでもなく気に入られていた。それが不幸の始まりだったのは言うまでもない。
初日、帝都に連れてこられて最初に連れていかれたのはまさかの拷問所であった。
あちこちから響く悲鳴やら絶叫やら断末魔やら、果ては壊れた人間の笑い声やら。他にも肉の焦げる臭いや、血の臭い、とにもかくにも最悪だった。
その光景に目どころか、表情すらも完璧に死んだ。
言わせてもらえば、ヌマセイカは同情もしなければ、憐れとも思わない。怒りも抱かなければ、嫌悪も抱かない。
何故なら目の前で拷問され、最後には死んでいく者達は自分には関係無いから。
既に自分がどう死んだか等、記憶の隅にも残ってはいない。
親も兄弟も友人も、前世の記憶は虫食いの穴だらけに加えて、煤けたセピア色だ。思い出すことも難しい。
ただ、一つだけ確かに覚えていることがあった。
それは、自分は一人で死んだこと。
その時の天気も四季も月も覚えてはいないが、確かに一人で死んだのだ。
愛するものも居たのかもしれない、それでも一人で死んだヌマセイカの前の人生は今生においても確かな影響をもたらしている。
彼からすれば、自分の身内であった民達や部下が無事ならばソレでいい。帝国の人間がどれだけ死のうともどうでも良いのだ。
────────下手すれば自分の命すらもどうでもいいと思っている。
その後連れていかれたのは謁見の間。ここでもヌマセイカは頬がひきつる事態となった。
皇帝が幼いことは知っていた。しかし、その隣で大臣であるオネストが寿司をバクバク食っているのは流石に予想外。
色々と言われもしたが、そのどれもがオネストが寿司食ってる姿の前には霞んでしまう程のインパクトしかなかった。
因みにその際に塵外刀の受け渡しについても言われたのだが、そもそも持てるのが、文字通り心血注いで打ち鍛えたヌマセイカだけということもあり、お流れとなり。
ソレならば造れ、と言われるが塵外刀と同じ結果になる、と言われ、ならば製造法、となれば最初から最後まで一人でこなせなければならない、と言われ、それも頓挫してしまう。
結果、めっちゃ睨まれた。
自分の手元に制御できない妖刀など誰しも置きたくない。それも、一度振るわれれば自分どころか、安泰のこの地すらも切り捨てかねない。
そして、今。彼は幽閉というか、軟禁されていた。
目付の番はエスデス。逃げようとすれば氷漬けである。
いや、首から下だけを凍らされて街で晒し者にされて、ノコ引きの刑を下されることだろう。
“一人一回、竹のノコで首を引け”
という立て看板の隣で死にかける自分を夢想して、ヌマセイカは尻の穴にツララでもぶっ刺されたような気分を味わった。
「どうした?顔色が悪いな。少し体を動かさないか?」
「そう言いながらサーベルに手を伸ばすなよ。殺らねぇからな?」
「ミャウに聞いたぞ。嫌よ嫌よも好きのうち、とな」
「お前に対する嫌よは本気の嫌よだ」
「そう言うな。王宮では帝具は使えん。純粋な実力勝負だぞ?」
「いや、魅力とか無いからな?そんなもんで喜んでとか言わないからな?」
「ノリの悪い奴だな」
口ではそう言いながらも、にやにやと嗜虐的な笑みを絶やさないエスデスは部屋に設置されているソファへと向かうとドッカリと座り込んだ。
いつもの帽子を目の前のテーブルへと乗せ、足を組む。
たったソレだけの動作であったが、異様な色気を放っていた。
丈の短い軍服の下からは瑞々しい太股が露出しており、足を組んだことでより際どい位置まで見えかけている。
仮にその先の楽園を見ようとすれば、もれなくヴァルハラに連れていかれる事だろう。
ヌマセイカとてそれはよく理解しているつもりだ。
何より、美女の皮を被った中身は血に餓えた獣だと知っていれば立つものも立たない。むしろスタンドアップなどしようモノなら役目を果たす前に根切りを食らうはめにあう。
彼も男だ、そして宦官になるつもりは無い。
とにかく話題を変えるためにヌマセイカは口を開く。
「そういや、聞いたぞ?今度からナイトレイド討伐に動くんだろ?」
ナイトレイドはここ最近帝都に出没する暗殺集団だ。
民を搾取し、甘い汁を啜るもの達がその対象となっており、そして、全員が帝具使い。
分かっているメンバーは、元将軍ナジェンダ、百人斬りブラート、元暗殺部隊アカメの3人が指名手配されていた。
「ああ、その件か。ヌマセイカ」
何故かエスデスは笑みを自分へと向けてくる。
反射的に窓に手をかけて跳ぼうとするも、一手早く逃走経路は氷によって封じられた。
塵外刀ならば一振りで突破も可能だが、生憎手元にはお気にの槍しかない。強度こそかなりのモノだが、ソレ以外のギミックはないのだ。
密度の高いこの氷は砕いた側から復活することだろう。
速攻で脱出を諦めたヌマセイカは窓の隣の壁にもたれ腕を組んで話を聞く体勢となった。
「最初からそうすれば良いんだ。次逃げようとするなら、首から下を氷漬けにしてやろう」
「ノコ挽きは勘弁してくれ」
「ノコ挽き?…………ふむ」
考える体勢となったエスデスにヌマセイカは墓穴を掘ったことを認識した。
このドSを深読みしすぎた、と。
エスデスは単純に話を聞いてもらうために氷漬けにすると言っていたのだ。その不可抗力として手足が凍傷になって落ちても彼女は楽しげに笑うだけだろうが、とにかくソレだけだった。
が、そこでヌマセイカの一言が余計な一助となってしまう。
彼は未来の自分と、これから拷問にかけられる可能性のある者達に心の中で謝罪を溢す。
恐らく晒し者は更に酷い目に会うだろう、そして未来の自分はへまをやらかせば同じ結末を辿るだろう、と
それらに対して謝罪する。まあ、ソレだけで特に動く気は無かったりするが。
そんな内心の機微など知らないエスデスは口を開く。
「お前の魅力的な話は後でするとして。私はこれからある部隊を取り仕切る事となる」
「…………へぇ」
既に嫌な予感が止まらないヌマセイカ。半目で睨みながら続きを待つ。
「そこでだ。お前もその部隊に入れることにした」
「本人の意思を無視するのか?つーか、それを本人の前で言うか?」
「これが名簿だ」
「聞けよ!?」
突っこみ空しく顔面に投げ込まれる書類の束。
正直、興味の無い事ではあるが、読まなければ間違いなく、先程の首より下氷漬けの刑が待っているのは明白。
渋々、書類に目を落とした。
焼却部隊に海軍、文官、暗殺部隊、警備隊と更に科学者まで。
中々に濃い面子であった。
書類の束に目を通す中で、ある一枚にその視線は止まった。
6人の部下に関する書類の束の“七枚目”
副隊長 ヌマ・セイカ
ジト目でこれを仕上げたであろう元凶を見やるしかない。
「どうした?殺るか?」
「やらねぇよ。それから言っとくがオレは帝具使いじゃ…………」
「塵外刀は最早帝具と大差無いだろう」
「めんどくさい」
「お前の意見は聞いていない。了承しようと、しなかろうと、お前は私のモノだ。逃げられると思うなよ」
蛇でもここまで嫉妬深くねぇよ、と内心で毒づきながら書類の束をエスデスの前のテーブルへと投げつけ、一つため息をつく。
やはり要塞都市が自分の死に場所だったらしいと、改めてヌマセイカは自分の境遇を呪った。
ソレもこれも、帝具をノリで研究して、あまつさえ自分で作ってしまったせいだ。
どうにも彼は未来の自分から恨まれることが多いらしい。
今も嬉々として危険種をバラして得た素材を鎚で打っている昔の自分に毒づいている。
そして未来では、恐らく氷漬けにされた自分に今の自分が罵られている事だろう。
「…………せめて、人扱いしてくれ」
「お前は異民族だからな。戸籍は無いぞ」
「そういや、そうか」
確かに事実だが、そこは納得してはいけないだろう。
第一、エスデスの前で人権ありません宣言などオモチャにされる未来しかない。
頭は悪くないのだが、こういうところで彼は頭が回らないため貧乏クジを引くのだろう。
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