勇者が断つ! 作:アロロコン
まあ、それだけです
その日、帝都には大きな衝撃が駆け抜けた。
“大将軍、殉職”
端的に書いてこんなものだ。同時に処刑場であった場所は原型を辛うじて残して半壊してしまった。
そして、軍部には別の衝撃。
“ヌマセイカ、離反”&“アドラメレク、紛失”
特に後者は帝国の損失がデカイ。
ブドー程に使いこなせるものは居ないにしても自然現象を操れる帝具というのはそれだけで脅威だからだ。
何より、大将軍を討ったのはこの男だ。
そんなヌマセイカだが、帝国もその足取りをつかめてはいなかった。
あんなバカデカイ刀を持ち運びながら、煙のように消えてしまったのだ。
当然ながら捜索隊が組織されたのだが、そこで今回の帝国の無能っぷりを発揮することとなる。
3回
それが捜索に出て壊滅した部隊の数だ。それもヌマセイカとぶつかったからではなく、危険種との戦闘によって、だ。
フェクマから命からがら兵士が逃げてきたときは、さすがのエスデスも失笑してしまったほどである。
さて、そんな帝国、そして革命軍からも注目を集める、ヌマセイカというと
「あー、痛ぇ。ここが残ってて何よりだな」
ナイトレイドの放棄したアジトに彼の姿はあった。
煤けたコートはそこらに投げ捨て、今は包帯巻きの上半身を晒してソファに寝転がっている。
火の気は無くともすきま風も吹かない部屋だ。冷えるが、北方で寒さになれた彼には問題ない。
ブドーとの死闘から暫く、周りの危険種を狩って自分の血肉としながら療養にいそしんでいた。
言っては何だが、このまま色々とほとぼりが冷めるまで潜伏してもいいのかもしれない。とか、思ったりもしている。
まあ、その選択をするかは別として。
とにかく療養中だ。耐えられるから攻撃が効かないというわけではないのだ。
現にアドラメレクの雷撃は確実にヌマセイカの肉体にダメージを与えていた。
表面は少なからず火傷を負い、中も雷撃だけでなく打撃による骨のヒビもあったのだ。
「ま、そろそろ完治だろうがな」
グッパッと手を動かしヌマセイカは体の調子を確かめる。
ライオネル程ではないが、怪我になれた体の再生力は中々のモノがあった。例として、全治半年を一ヶ月で治した等がある。
ヌマセイカは床に転がした塵外刀へと目を向けた。
この再生能力は塵外刀が完成してから身に付いたモノだ。
他にも、鍛練以上の身体能力や反射神経の強化、など。
帝具にも言えることだが、特に一体化したり纏うタイプは使用者に少なからずの影響を与える。
そして、どうやら塵外刀もその括りらしい。
(侵食は、無い。が、それもいつまで保つか…………)
元々塵外刀は彼以外の者が持てば例外無く、その危険種達の怨念によって取り殺される代物だ。
そこでヌマセイカは仮説をたてていた。
即ち製作から常に触れていたお陰で自分には耐性が出来ているのだろう、と。
「オマエはずっと生きてるんだな」
拾い上げた塵外刀の刃を撫でる。
鎬はザラリとした感触、逆に刃の手前である刃紋はサラリとした感触。
片手で柄を持てばドッシリとした重さが持つ方の腕へと掛けられる。
「もう暫く、付き合ってくれ」
呟けば、呼応するようにドクリと一度だけ脈動が部屋に木霊するのだった。
▲▽▲▽▲▽
火の気のない、冷えきった作戦室。
少し前までこの部屋には数人の暖かさがあったのだが、今は皆無だ。
「……………………」
そんな中で一人、執務机に頬杖をついて、窓より青白く輝く月を見上げるエスデス。
半年以上前にはこの部屋には自分を含めて8人が居た。
少しして、一人死に7人になった。
それから暫くして、任務の失敗、その折にまた一人死んだ。
残りの者達は一人を除いて全員がそれぞれの理由で戦いを降りていった。
一人は戦う相手を味方に委譲した。
一人は家族のために手をこれ以上の血で染めることを疎んだ。
一人は最愛の人を守るために。
一人は守ると誓ってくれた彼と共に歩むために。
「感傷か…………ふっ、我ながららしくないな」
エスデスは彼らを引き留めることはしなかった。
弱者だから──────ではない。
いや、彼女本人は弱者だからと切り捨てたつもりなのだろう。
だが、前までの彼女ならば折檻の一つや二つしているところなのだ。
しかし今回はそんなことは一切無く、彼女は彼らの願いを聞き届けた。
(私は変わったのか…………?いや、あり得んな)
自分の中に降ってわいた疑問を直ぐ様否定する。
理由付けとしては明確に袂を別った男の顔を思い浮かべる。
歴代でもトップクラスに強く、間違いなく最強の敵だ。
出会いは北伐から。あの時はどちらも、というか少なくともエスデスは不完全燃焼であの戦いを終えた。
それから何度と無く手合わせという名の不意打ちでやる気にさせようとしたが、その度にノラリクラリと逃げられ続け、いつしか手合わせが本題のようになっていった。
その日々が楽しくなかったか、と問われれば否と首を振るだろう。
「…………」
いつの間にかデフォルメされた氷の人形が机の上に複数体出来上がる。
三獣士やイェーガーズの面々、その一つを手に取った。
無色透明であるため分かりづらいが死んだ目とやる気のない表情が分かれば、それが誰かも分かるだろう。
「…………ふっ」
人形を元に戻して、エスデスは立ち上がる。
深く被った帽子によってその表情は伺い知れない。
しかし、その口許は弧を描いているのだった。
▽▲▽▲▽
その日はあまりにも突然の事だった。
帝都の周りを囲むようにビッシリと隙間無く包囲する革命軍と彼らを迎撃する構えの帝国軍。
(まだ来ていない、か)
城壁の上から辺りを見渡していたエスデスは待ち人の姿を探していた。
彼女はこれからデートなのだ。因みに字を充てると死合と書いてデートと読む。
正直な話、彼女のメインは戦争ではなく、待ち人とのデートなのだ。
だからこそ物憂げに空中に出現させた氷の玉座へと腰掛け頬杖をつく。
その間にも戦況は目まぐるしく動いている。なんせ、革命軍と帝国軍、どちらにとってもこの一戦が後の命運を左右することは言わずもがな、理解しているからだ。
前までのエスデスならばこの闘争でも十分に滾っていた筈だ。
でありながら、今はどうだ。気持ちは冷めており、戦う者達を見下ろすままにケンタウルス型の氷騎兵を突撃させるに留めるばかりだ。
「…………つまらんな」
そんな呟きが空へとのぼり消えていく。
▽▲▽▲▽▲
それはあまりにも突然の変異だった。
護国機神 シコウテイザー
その巨大さは王宮よりも更に上であり、この帝具こそ、全ての始まりの帝具なのだ。
正に、起源にして頂点。そしてこれこそ始皇帝が“国を守る為に”生み出した最強の帝具である。
だが、この帝具の特筆すべきは、未だに生きている、ということ。
それはインクルシオや、生体型帝具と同じような代物。
その生命力は半端無く、一種の呪いと言っても相違ない。
「皇帝たる、余こそが国。余こそ世界だ!逃げるものは、非国民だ!余の鉄槌を受けるが良い!!!」
「っ!止め―――――」
機械然とした見た目から、生物的な要素を盛り込んだ形態となったシコウテイザーは、自身に挑んできていたタツミを無視し、逃げ惑う国民たちへと、その矛先を向ける。
放たれたのは、一発でも帝都の街並みの一角を消し飛ばしかねないレーザー。
それが数十発にも及ぶ規模で、街へと降り注ぐ。
手を伸ばしたタツミだが、彼も一発を受け止めるのがやっと。
街は破壊され、多くの死傷者が出る。その筈だった。
「塵外刀変化――――――」
声が響く。
「――――――型式“揚羽”」
降り注ぐレーザー、一筋一筋の目の前に六角形の黒く薄いプレートが出現、撃ち抜かれる事無く完全に受け止めていた。
「随分と、酷いこった。民が、国だろ」
現れるは、バグ。
一際高い尖塔の天辺に、純黒の刀身を持つ塵外黒鱗刀を肩に担ぎいつもの通り、死んだ目を目の前の巨体に向けた青年がいた。
「ヌマ・セイカ…………!」
「おう、そうだ。何だよ、操り人形の癖に知ってたのか」
親の仇でも見るかのように、怨嗟の籠った目をヌマセイカへと向ける皇帝だが、当人は柳に風。
むしろ、煽ってくる始末だ。
「貴様ごときが、余を愚弄するか!高々北の蛮族風情が!!!」
「蛮族、風情?………ハッ」
山とも見紛う、拳を降り下ろすシコウテイザー。
しかし、それは対象を捉えることはない。
「いったい――――」
いつの間にかヌマセイカは、シコウテイザーの眼前にいた。
元の状態に戻した塵外刀を振りかぶっている。
「何様のつもりだ、テメェ!!!」
「!?」
全力を以て、振り落とされた一撃は、鋼の巨体全身に衝撃を通し、まるで頭を垂れる様に地面へとその顔面を叩きつけていた。
フワリと粉塵立ち上る、屋根の上に降り立つヌマセイカ。その目は、酷く冷たい。
「ヌ、ヌマセイカ?」
「ん?よぉ、ナイトレイドじゃねぇか。何してんだ、こんなところで。皇帝の暗殺か?」
「あ、いや………」
インクルシオを纏ったタツミが、その傍らに降り立ち声を掛ければ、思いの外ノーテンキな言葉が返ってくる。
その気の抜けるやり取りは、ここが戦場であることを忘れてしまいそうになる。だが、やはりこの場は戦地であった。
「――――来たか」
「ああ、来たぞ。ヌマセイカ」
向かい合う、氷雪の魔姫と塵外の剣士。
「ナイトレイド。あっちのデカブツ押さえとけ。無理なら逃げな」
――――巻き込まない、自信はねぇ。
彼はそう続けると、全身から濃密な殺気を放出し始める。
応えるように、エスデスは楽しそうな笑みを浮かべサーベルを抜いた。
最終ラウンドの幕が今、切って落とされる。