勇者が断つ! 作:アロロコン
私は鼻風邪をひいたせいか、ティッシュが手放せない日々です
では、本編をどうぞ
小話 彼と彼女のその後
「…………っくし!」
ズズッと鼻を啜った白髪の男は、眼下に広がる景色へと目を向けた。
ここは小高い山の上。眼下には広々とした荒れ地が広がっている。
「寒いねぇ…………ま、オレの故郷ほどじゃないか」
男はウンウンと首肯く。彼の右のエラ辺りから首筋を通り、体に続く様に黒くなっていた。
肌が黒いとかそんなレベルではなく、墨でも塗りつけたような、そんな黒だ。
「…………んぅ……………………」
「……………………こいつはまだ寝てやがるし」
胡座をかいて座る男の斜め後ろには一人の女が横になっている。
横向きに丸くなるようにして寝ており、その艶やかな青髪の隙間からは氷の小さな角が覗いていた。
寝顔は少女のように無垢であるが、起きている時を知っている男からすれば、大人しくて楽、という印象でしかない。
「…………しっかし、さっさと始めてくれねぇかなぁ」
胡座に肘をついて頬杖とした男は何度目かのアクビを噛み殺しながら荒野を見下ろす。
何もここにいるのは気紛れではない。
彼、いや、彼と彼女は頼まれてこの地を訪れた。
元より宛の無い旅を続けている身だ、時折こうして路銀を稼ぐ。
「……………………む」
突如、女がガバリ、と起き上がった。
「どした?」
「…………来るぞ」
女が言うと同時に、辺りに大きな銅鑼の音と法螺貝が鳴り響いた。
東西、その両端から巨大な土煙が巻き起こる。
「お前のその嗅覚何なの?」
「私が東、お前が西だ」
「…………オレ、もうお前の部下じゃ─────」
「行くぞ」
男の言葉など聞こえぬ、と女はその背に悪魔のような青みがかった羽を出現させると言った通り東の白い軍団の方へと飛んでいってしまう。
それを死んだ目で見送った男はやがて諦めたようにため息をついて、右手を掲げた。
彼の右腕は肩口まで包帯でぐるぐる巻きにされており、その下の肌は一切露出していない。
そんな包帯巻きの掌に黒い炎が現れ、それはある形を象った。
全長凡そ三メートル強といった所の巨大な刀。形状は長巻に近いが、その刀身の幅が広く、普通の武器とは一線を違える見た目である。
更にその色、黒の鎬に毒々しい紫色の刃を併せ持っていた。
「行くか」
男はその刀のギミックである柄を分解し鎖で繋いだ形態にすると、刀身を西の紅の集団へとぶん投げた。
そしてその上に飛び乗る。
すると刀身から黒い炎が漏れだして、それを推進力に得て、男は集団へと突撃するのだった。
▲▽▲▽▲▽
白の集団、もとい軍団はそれぞれ手に十字架を模した槍を持ち、最前列には赤い十字架の描かれた白銀の盾を持つ者達が居た。
防具はチェーンメイルが基本であり、その上から白染めされた皮鎧を皆が纏っている。
「我らが背には神が居られる!神の代行者たる私が許可する、野蛮人どもを、神の教えを理解できぬ不心得者共に鉄槌を食らわせるのだ!!」
奥から叫ぶ、頭の天辺が禿げた男。
彼らの目的は、自分達の崇拝する神への信仰を増やすこと。そして拒否したものたちへの粛清だ。
ここに来るまで全戦全勝の負け知らず。ほとんどノンストップでここまでやって来た。
士気も高く、これならば、と思わせる状況だ。
そして────────最悪はえてして、不意に訪れる。
最初に気付いたのは、大声で怒鳴っていた男だ。
彼は自身の耳が何やら軋む音を聞き取った。
見上げれば人が浮いていた。
「烏合の衆だな」
女は小さく呟いたのだが、男には何故だか聞こえた。
異形だ。まさしく異形。だが、男はこの状況を軽んじた。
これまでも特級危険種すらも踏み越えてきたのだ。今さら人型の一つや二つに遅れはとらない、と。
「弓隊、構えーーーッ!!」
号令により盾隊、槍隊の後方に組まれた弓隊がその長弓に矢をつがえ、引き絞る。
「放てッ!!!」
飛来する矢の嵐。しかし、女は慌てない。
「児戯だな」
胸の前に持ち上げた右手を左から右へと軽く振るう。
たったそれだけ、小バエすらも殺せなさそうな緩慢な動きだ。
でありながら、彼らは言葉を失うこととなる。
「終わりか?」
応える声は無い。
たったそれだけの動きに付随した絶対零度によって矢は一瞬で凍り、風に吹かれて消えてしまった。
「では、死ね」
女の背後に出現する大量の氷の刃達。
「“ヴァイスシュナーベル”」
指のスナップと同時に降り注ぐ刃達。
それも100や200ではない。
まさに天を覆い尽くす程の規模で氷の刃は展開されていた。
その全てが確実に一人を貫く様に調整されて放たれたのだ。一人につき最低10本の氷刃が突き刺さる。
荒野に合わない氷山が形成された。
「ばけ…………………もの…………」
男は絶望に彩られその生涯を終えることとなった。
仮に生き残れたならば、彼は語り継いだ事だろう。
神の怒りなど生温い。本当の恐怖は魔王より与えられるのだと。
そして言うだろう
──────氷雪の魔王に手を出すな
と
◇○■○◇
女が白の軍を虐殺している頃。同じくして男は大刀を肩に担いで赤の集団、もとい軍団と向き合っていた。
こちらの軍は赤の装束に赤のターバン。腰には曲剣、背には短弓を装備しており、こちらはどちらかというと騎兵が主力のようだ。
「何者だ、貴様ァ!」
彼らは戦争する、という面を大義名分にして周りの村や里から略奪や侵略を行ってきたのだ。
軍の見た目の盗賊集団。
男は死んだ目を向けるのみで、口を開く気配もない。
ただ、肩から大刀を下ろして、切っ先を頭領と思われる者へと向けた。
ビキリ、と頭領の蟀谷に青筋が浮かび上がってモゾリと動く。元より気の短い男だ。明確な挑発ともとれる動きは看過できない。
「奴を潰せェーーーーーッ!!!」
「「「オオオオッーーーーッ!」」」
鬨の声を上げて突っ込んでくる赤衣の賊徒達。
彼らは、その荒々しい性格も相俟ってか、生半可な軍よりも強かったりする。
腕っぷしが全てであり、全てを暴力で解決してきた。
だから、今回もそうなると高を括った。相手は一人、というのもその発想の後押しとなっていた。
「“火界炎上”」
一振り、それだけだ。たったそれだけの動きだった。
それだけで大刀より溢れた黒い炎は赤い軍団を灰も残さずに焼き尽くす。
炎は津波となって荒れ狂い、一切の防御を許さない。
盾も鎧も関係無い。この炎の前では水すらも意味がないからだ。
唯一の救いは燃え移らないことか。対象を焼き尽くせばそれでお終いである。
どんどん部下が炎の津波に飲まれていく姿を見ながら、頭領たる男はこれまでの事を思い返していた。
そして気づく
「報い…………か…………」
その言葉を最後に男の姿は炎の中へと消えていった。
罪には罰を。炎をもって奪ってきた彼らには、炎による罰が相応しい。
魂を薪として燃え上がる獄炎。
それをぼんやりと男は眺めていた。
彼からすれば、最早これは作業に等しい。何せ世界広しといえども、この男と対等に戦えるのは彼の連れのみなのだから。
◇○■○◇
「…………むぅ……………………」
「ひぃ、ふぅ、みぃ…………と」
「…………」
「えっと、次のまひゃっほ!?」
簡素な宿。金を数えて地図を広げていた男は突然の事態に妙な声を上げて飛び上がる。
慌てて跳び跳ねれば、背中から出てくる拳ほどの氷の塊。
振り返れば何故か不機嫌そうな連れの姿。
「何だよ」
「…………暇だ、構え」
「今、金と次の行き先決めるのに忙しいから後でな」
「嫌だ、構え」
「お前はガキか。だいたい構えって何すんだよ」
「男と女が一つ屋根の下に居るんだぞ?決まっているだろ?」
椅子に座ったまま振り向いていた男の手を取り、女は自身の腰かけていたベッドへと彼を放り投げ、その上に馬乗りなる。
「…………お前なぁ…………」
やれやれ、と呆れたようにため息をつく男。
ヤル気がない彼に対して女は既に下着姿だ。
男ならば誰しも垂涎モノの肢体。人ならざるモノへと変貌した結果、その美貌は留まるところを知らない。
サキュバスはその魅了によって男を堕落させ精を貪る。
彼女は氷雪の魔王だが、悪魔であることには替わり無い。
「…………ふふっ、いい加減名前を呼んだらどうだ?」
「……………………まだ、外は明るいぞ?」
「私達に人間の常識を当てはめるのか?」
「…………それもそうか」
その理論に納得したのか分からないが、男は女を抱き寄せる。彼女の肢体は常に冷たさを帯びているが、彼の肉体は常に熱さを持っているために丁度良い。
「…………エスデス」
「ヌマセイカ…………ん」
日差しの少ない薄暗い部屋。
そこで二人の身体は重ねられ──────
とりあえず、二人が旅に出た後の事を少し纏めました
因みにどちらも人を殆んど辞めているせいで、色々と旺盛になっています
R-18に関しては(技量的に)無理ですね。脳内補完、若しくは書いてくれても良いのですよ?(チラリ
では、次が投稿されればその時にお会いいたしましょう