勇者が断つ! 作:アロロコン
まあ、ガンバります、はい
精神的に折れた人間が立ち直るにはどうすべきか。
A.新たな支柱をぶっ建てる
▲★■★▲
「ハァッ!!」
「はい残念」
朝の清涼な空気の中、響くのは年若い男女の声。
「な、何で…………」
「師範代だか何だか知らんが、動きが読みやすいんでな。ほれ、立てもう一度だ」
その声が真新しく建て直された訓練場から色気の欠片もないことはお察しである。
覗いてみれば、そこにいたのは一組の男女。どちらも手には槍を持ち鍛練の真っ最中らしかった。
「ヤァッ!」
「突きはもっと正確に狙え。針の穴に糸を通すように、正確に、精密に、最短距離を一突きだ」
「はいっ!」
槍の中程を持ち特に構えること無く、ヌマセイカは全力で向かってくるスピアを相手していた。
槍というのは突きにばかり目が行きがちだが、その実薙ぎ払いや振り下ろし等の方がメインだったりする。
いや、人によっては突きがメインだと言われるだろうが、少なくともヌマセイカは槍の形状から剣のように振るう事の方が多いのだ。
「ほれ、間合いを変えろ。持ち手を滑らせるだけだろ」
この男片手で槍を振り回すくせに異常に柔軟に間合いを変えて見せる。
穂先辺りを持っているかと思えば、いつの間にか石突辺りまで手が滑り、間合いが中距離まで延びていたり、とその動きは正に変幻自在。
スピアとて一般人よりは十分に強い、が穂先で突かれ、柄で打たれ、石突で訓練場の床へと叩き伏せられる。
かれこれ一時間程だが、既にスピアは50以上の敗北を叩きつけられていた。
「…………はぁ…………はぁ…………はぁ……………………ぅぇ…………」
「吐くなよ?掃除がダルいからな」
美少女が荒い息をついて、仰向けに倒れているというのにこの男の反応は非常に淡白なモノだった。枯れているのではなかろうか。
というより、年頃の男女が揃った空間でラブコメ臭が欠片もしないのはどうかと思われる。
そんな色気の欠片もない空間内ではスピアは息を整える事に従事し、ヌマセイカは更なる扱きの内容を考えていた。
不意に顔を上げる。
「ヌマセイカ、居るか?」
「…………あん?なんだ、お前かよ。何か用か?」
「仕事だ。南の異民族残党を狩りに行くぞ」
「残党だ?オレは帝国の人間じゃないんだが?」
「行くぞ。お前と私ならば二人で十分だろう」
「毎度言うが、話を聞け。そして人扱いしやがれ」
「出発は30分後だ。帝都南口に集合しろ。以上だ」
「…………」
自己中の権化ともとれそうな一方的な指示を飛ばすだけ飛ばしたエスデスはそのまま去ってしまった。
苦虫噛み潰すどころか、何も感じられない無表情のヌマセイカの背中から哀愁が漂っている。
「あ、あの師匠?大丈夫ですか?」
あの一件から紆余曲折を経て師弟関係を結ぶこととなったスピアは思わずそんな声をかけてしまう。
彼女から見れば、ヌマセイカは父の敵すらも路傍の石と変わらずに蹴散らすことができる実力者、という印象しかなかったのだ。
しかし、今の彼は、そう、会社の無茶ぶりに振り回される中間管理職のような、そんな雰囲気を漂わせている。
「…………まあ、うん…………大丈夫だ。ちょっと遠出してくるからな。お前さんの鍛練メニューを組んどくからエア達と体鍛えとけ」
それだけ言うと、彼は槍を引きずって訓練場を後にする。
その背はやはり哀愁に彩られているのだった。
▲★■★▲
その日、革命軍に二つの衝撃が走った。
1つはナイトレイド所属、百人斬りのブラートの死。彼の扱っていた帝具はその場に居合わせた後輩へと受け継がれた。
悪鬼纏身 インクルシオ
使用者の肉体に常人ならば死んでしまうほどの多大な負荷をかけるが、優れた防御力と素材となった龍の適応力を得ることができる、鎧の帝具だ。
この一件で三獣士は全滅し帝具を三つ持っていかれる事となる。
問題はもう1つの方だ。
北の勇者 ヌマ・セイカ。彼の帝国軍参入
彼は北の要塞都市にてエスデスとの死闘の後は消息不明となっていた。
革命軍としては、生死の確認は元より仮に生きていれば自分達の手元に引き込みたいと思っていた所にこの報告である。
それも最大の障壁にもなりかねないエスデスと肩を並べての出陣だ。何がどうしてこうなった。
更に帝具と思われる巨大な剣を持っておりそれによって賊を断ち切ったというのだから、話題に事欠かないモノである。
因みにその剣、まあ塵外刀なのだが新種の帝具と認識されたらしく、革命軍内部に厭戦気分が少なからず出たのは余談だ。
▲★■★▲
「くっさ…………」
顔をしかめ、もとの大きさに戻した塵外刀を地面に突き立て鍔の部分に腰掛けたヌマセイカは口許を手で覆う。
周りでは血みどろの惨殺された肉塊が転がっており少し離れた所には巨大な氷山が出来ていた。
彼が塵外刀をこんな椅子擬きにしているのには理由がある。
とはいえ、大したことではない。単に周りを散らかしすぎて汚れているため、何となく足をつきたくない為だ。
大型の危険種や複数を相手取ることに適した塵外刀は振り回すと自動的にその破壊規模が広くなってしまう。一振り10人程度ならば余裕である。
結果、辺りは殺戮の限りが尽くされた場へと変貌してしまう。
「くっせぇ…………」
再び呟く。獣の解体などで血の臭いには慣れているが、慣れている、ということと平気とは等号では結び付かない。
自分でも感性が曲がりまくっている自覚のある彼だが、それは根の部分ではなく、根から伸びた枝の部分だ。
根底に死んでも染み付いた忌避感はもう一度死んで転生してもとれることは無いだろう。
さて、リベンジマッチとも言える南の反乱は僅か一日で鎮圧された。まあ、蟻が徒党を組んでもアフリカ象には勝てない事と同じだ。
軍隊アリ?生憎と反乱の蛮族達はノーマルの蟻レベルの実力な為、無理である。
「ヌマセイカ」
「んー?」
「帰るぞ」
パキパキと氷の足場を空中に掛けたエスデスに連れられ、彼もまた氷の橋へと降り立つ。
そこで珍しく鈍い彼は気が付いた。いつもならば、軽快に回るドS節が飛んでこないことに。そして、チラリと見た彼女の顔が無表情だったことに。
ここでいつもならば軽くその点を指摘するところだが、何となくそんな空気ではないことも感じ取ったヌマセイカは無言でエスデスの三歩後ろを歩いていく。
沈黙の時間。
二人は手際よく、そこらに巣くっていた鳥形の一級危険種を手懐けるとその背へと飛び乗り帝都へと向かう。
「なあ、ヌマセイカ」
「…………あ?」
「お前は復讐したいと思ったことはあるか?」
「…………さんざん黙ってると思ったら随分とヘヴィな事聞いてくるな」
「真面目な話だ」
「そうかい。ま、オレも人だ。対象が何であれ私怨で殺ることも少なからずあるさ」
「私怨、か…………」
「因みに人殺しを美化するやつは、それが死んだ奴の為、とか言い張るな。死人が喋るかっての」
「美化…………」
「だいたい、死人の意思なんて分かるわけねぇだろ。生きてる他人の気持ちすらも百パーセント理解できないしよ。意思疏通が出来ない死人の気持ちとか、ネタにしたって笑えねぇよ」
まさしく失笑ともとれる嘲笑を浮かべたヌマセイカ。
強者主義であるエスデスはそんな彼の言葉を数度反芻して頭のなかに溶かし込んでいた。
───────復讐は私怨。ならば敵討ちも私怨なのだろう。
「…………私は強者と戦いたい」
ボソリ、と呟く独り言。ついでにチラリと背後を見れば背筋を震わせる強者の姿。
見られた本人は突然の寒気に風邪を引いたか?と見当違いな事を考えていたりする。
エスデスは北伐が終わった際、大臣と皇帝に恋をしてみたいと述べていた。
そして今、自身の胸の内に灯る熱い思いへと目を向けてみる。
ヌマ・セイカは北方の勇者と称されるだけの器と実力を兼ね備えている。全てにおいて申し分無い力を有しているだろう。
しかし、彼に恋をしているのか、と問われればエスデスは首を横に振る。これはそんな、一般的なモノではない、と。
ドロドロと煮えたぎるマグマのような、そんな冷めることのない熱。
その熱を内包したこの気持ち。それは恋というより、むしろ、愛。
殺し愛
血沸き肉踊る死闘。全力の全力で互いの命の火を吹き消す死の闘争。どちらが相手の息の根を先に止めるかのチキンレース。ひよれば負ける。負け=死だ。
そこまで理解し、エスデスは自身の肩を掻き抱く。その背は微かに震えていた。
恐怖でも、寒さでもない。それは偏に興奮の震え。
想像しただけでも堪らない。
「……………………えっきし!」
トリップしかけたエスデスは気の抜けたくしゃみによって現実に戻ってきた。どうやら冷気が漏れていたらしい。
同時に、今すぐ殺し合うのは面白くない、とも思い至る。
まだまだ相手は尽きていない。ナイトレイド、これから自分の招集する帝具使い達、ブドー。
それらを飲み干して、それから殺るのも悪くない。
「先ずは敵討ち、か…………」
その表情は酷く、愉しげであった。
やったねヌマさん、エスデスさんとのフラグがたったよ!(死亡フラグ)
助けたわりには雑な扱いの三人娘とスピアさん。ま、まあ、助かっただけマシじゃないですかね(目逸らし)
そして、六話目にして思うこと。ご都合主義ってホント素敵!