その一滴を極めるまで   作:恋塚灰羅

1 / 6
日記(選抜まで)
日記その一


 私は99%の石でしかない。

 

○月×日 晴れ

 なんとか進級試験に合格できた。心機一転、これから日記でもつけてみようと思う。

 

 とはいっても改めて何を書けばいいのか分からない。ええと、うん、そうだ。進級試験で作った料理について書こう。

 私が作ったのはごく普通のフリッタータ。単純な料理ながら何を具材にするか、卵液への味付けはどうするかなど色々な工夫が出来る一品だ。具材はパンチェッタ、マッシュルーム、みじん切りにしたニンジンと玉ねぎ、後は香り付けにハーブを少々だ。私の料理はぎりぎり高等部に進級を認められるかどうか程度だったと思う。それほどまでにオーソドックスで面白みもない一品だった。薙切えりなさんのような完璧な舌も無いし、葉山くん(下の名前忘れた)のような香りへのこだわりもない。たぶん遠月で中学生活過ごしてたら誰でもできるんじゃないかな。

 

○月△日 曇り

 先輩に合格を報告したところ、お祝いをしてもらえることになった。遠月の生徒でも味わえるのは一握りの先輩の一品、もちろん速攻で頷いた。先輩の料理はほっぺたが文字通り落ちそうになった。口の中で文字通り融けていって味が爆発するように広がっていく極上の一品だ。

 お礼にというかいつものことというか、私の秘蔵っ子パート10を渡した。この子も私なんかより先輩に使ってもらった方が嬉しいと思う。先輩ほどならもっと美味しく出来るだろうに、長い付き合いのおかげか快く受け取ってくれた。ありがたいことだ。

 

◇◇◇

 

●月◻日 晴れ

 今日は遠月の入学式だった。何事もなく普通に終わるかと思いきや、総帥が一石投げ入れてきた。『諸君の99%は1%の玉を磨くための捨て石である』。それほどまでに厳しい競争にさらされるのだろう。今から怖くなってくる。

 それで終わればまだ平和だったのだけれど、さらに編入生の何ちゃらソウマ(漢字分からない。総真?)くんがぼちゃーんと大岩を落としてきた。『踏み台にしか思っていない』、『現場に立っていない奴らに負ける気はしない』。すごい度胸と自信だ。

 これでも遠月で三年学んで来た身、そう簡単に負ける気は無い。無いのだけれど、もしもえりなさんみたいな玉なら仕方ないのではとも思ってしまう。果たしてどうなんだろう。彼と一緒の授業が楽しみだ。

 

●月☆日 曇り

 幸平創真くん(あの編入生の名前)はすごかった。笑わない料理人ことローラン・シャペル先生の授業でその実力の一端が見られた。

 彼と一緒の授業は別にこれが初めてではない。その時は言ってはなんだが知識不足で、でも技術はしっかりと身についているなあくらいにしか見てなかった。このシャペル先生の授業でそうならなかったのは、大きなアクシデントがあったからだ。

 ブッフ・ブルギニョンを作る課題だった。肉をじっくり煮込む性質上調理の中盤以降は失敗が許されないのだが、やっかみを受けたのか煮込んでいる最中の肉に何やらアクシデントが起こって使えなくなったらしい。作り直す時間はない。もう無理だろうって思った。

 詳しくは見れていないけど、彼はなんと時間に間に合わせて料理を提出した。それにシャペル先生から最大級の賛辞も受けていた。自分の課題に手一杯で見れなかったのが惜しい。

 

●月◆日 たぶん曇り

 秘蔵っ子がまた一つ出来上がった。前回の旨味ドーンとは少し方向性を変えて、控え目清楚で、でも芯のある大和撫子みたいな子だ。牛とか豚とかみたいな強い子はもちろん、ミルポワも選別して派手派手しくないようにしたつもりだ。

 っと、詳しくは料理ノートに。そうしないともっと書いちゃいそうだ。

 今日は特に何もなかった。普通に授業を受けて、合格点をなんとか貰えたくらいか。あ、そういえば同じ授業を受けていた新戸さん、薙切さんの付き人だけあってすごかった。基本に忠実なのはそうなんだけれど、調味料のバランスとか野菜の扱いとか丁寧だ。一緒の班だったからだいぶ参考にさせてもらった。彼女の技術をもっと見てみたい。

 

●月◎日 雨

 なんか食戟を申し込まれた。せっかくだし受けてみることにした。食戟の相手は美作くん。今日のケーキ作りの授業でペアを組んでくれた男子だ。

 お題も決めて日取りも決めて、いざ賭け金の話になったところ、美作くんは包丁が欲しいと言ってきた。互いに互いの誇りを賭けあう、それでこそ真剣勝負だろうと。そこまで言われれば受けるしかない。こういうのが好きなのはあの先輩の影響があるのかもしれない。

 結局私の賭け金は包丁一本と秘蔵っ子を一つになった。そうでなくちゃ私の誇りを懸けたことにはならないと私から追加で出した。美作くんからは包丁と、デザート作りの技術。追加の賭け金に合わせて、ケーキ作りで随所に見た彼の工夫を教えてほしいとお願いしただけだ。

 

▽月※日 晴れ

 今日は食戟があった。私の品は地中海風リゾット、美作くんも同じものだった。私のレシピを忠実に再現しつつ随所にアレンジを仕込んで確かに違う一品を作り上げていた。野菜の下味付け、海老へ仕込んだ旨味のエキス、口に広がる多層的な味はあまりにも強かった。

 審査の結果は2対1で美作くんの勝ち、私は約束通り包丁と秘蔵っ子を渡した。

 彼のパーフェクトトレースは、少し寒気はしたけど、見ているとこれがたぶん総帥の言っていた玉ってものなのかなとも思ってしまう。すごかった。やっぱり私じゃ玉には敵わないみたいだ。

 

▽月★日 晴れのち曇り

 今日も美作くんと同じクラスだった。グループでやる授業だったから、同じグループに入らせてもらった。美作くんは少し驚いていたけれど、これでも私は図太いのだ。それに近くで見てる方が技術も盗めるというもの。料理は結局誰かのレシピの真似がベースなのだ。(なんか言い訳してるみたい)

 思い出すのは少し恥ずかしいからあまり書きたくないけど、うん、これだけ書いておこう。悔しかったけどそれ以上に楽しかったし、たくさん学べたから美作くんには感謝してるのだよ。うむ。

 

◇◇◇

 

▽月%日 曇り

 宿泊研修のしおりが届いた。五泊六日の楽しい研修らしい。私知ってる、石(私)をふるい落とすための研修だって。頑張って落とされないようにしなくちゃ。使えるか分からないけど、もしものために今日作った秘蔵っ子パート24とパート27を持っていくことにする。使えなくてもレシピの研究には使えるだろう。そんな余裕があるかは分からないけど。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。