剣舞の調べにのって
舞う姿は
鳳(おおとり)か
白鳥(しらとり)か
木刀の打ち合う音が鳴り響く。
加賀藩の剣術指南所の稽古場に檄を飛ばす叢中紅一点。
彼女は女だてらに柳生新陰流の切り紙の免状をもつこの指南所の師範である。
「師範!貴女の刀を賭けて一勝負願います!」
唐突に門下生の一人が彼女に勝負を挑む。
彼は加賀藩主の外戚の若者でとにかく藩主の親族であることを威張り散らす嫌われものだった。
周りの者も失笑を禁じ得ない。
「お主の力量は私がよく知っておる。
勇気と無謀は別物だ。やめておくなら今のうちだ。」
彼女は気だるそうにそう諭す。
しかし、彼は引かない。
「師範の刀、山城桜桃は名品中の名品と聞いております。
ここは武士らしく戦いにて譲っていただきたく存じます。
その為に
「なぜ、そなたの刀収集に付き合わねばならぬのか解せぬが鍛練してきたと申すならその成果は見てやろう。木剣を持てい。」
木刀をもって二人対峙する。彼が最初にしかけたはずだったが彼が動いたときにはすでに勝負はついていた。
彼が木刀を降り下ろしたときにはすでに彼女は彼の脇を通りすぎており、両内籠手の骨を粉砕されのたうち回る彼を道場の壁際で優雅に見守っていた。
道場の者も誰一人として何が起こったのかわからぬままに彼女は呟いた。
「つまらぬ勝負を受けてしまった。」
「振りかぶりの一瞬以外に打ち込む隙はなかったはずだよな。」
「それにしたって剣先が全く見えなかった。一体どんな抜刀速だ?」
「むしろ、そんな速さだから彼奴は腕を砕かれたのでは?木刀でなければ刀ごと腕を吹き飛ばされている!」
「いずれにしても師範は恐ろしい腕をお持ちだ。まるで妖怪変化のようだ。」
門下生たちが先程の勝負について議論を交わす。
彼女はそんなもの我関せずと上座で座して考え事をしていた。
「いかがなされました?師範。」
藩の指南所管理の役人が彼女に話しかける。
「うむ。近く江戸から客人が来るのだがそれを思うと憂鬱でな。
あいつはいつも厄介事と共に現れる疫病神だからな。」
「それはお客人も大層な言われようですな。
なんでしたらこの道場で一晩の宴の用意でも致しましょうか?」
「いや、それには及ばん。
浪人ごときに振る舞う酒なぞ用意する必要はない。
むしろお主らの身の安全を確保する方策でも練っていた方がよかろう。」
「そんな恐ろしい御仁で?」
「まあ、季節外れの豆まきの支度でもしておくのだな。
鬼みたいな奴だからな。」
彼女はそう言って立ち上がり道場を去っていった。
藩の勘定方で近く訪ねてくる友人のために預けてある俸禄を取り崩し茶菓子を少々買い自宅に帰宅する。
彼女の自宅は市中から少し離れた場所にあるのでたどり着く頃には酉の刻から戌の刻に変わろうとしていた。
「やれやれすっかり遅くなったとはいえ、女一人に大層な奴を呼んだものよ。」
家の門前で今日勝負した若者と狩衣を来た公家風の男が待ち構えていた。
公家風の男の後ろには禍々しい妖気を放つ怪しげな物怪がいた。
「いくら師範と言えど本物の化け物には敵うまい!京の陰陽師の式神にやられちまえばいい!」
両腕を塞いだまま高笑いする馬鹿な男に彼女はため息をついた。
「はぁ、あまりの愚かさ加減に免じていいことを教えてやる。
今、私が差している刀がお主の欲しがっていた山城桜桃だ。
正しくは『
そして、人々にはこの名でよく知られている。
『
そういって彼女は真白い拵えから二尺六寸の大刀を抜いた。
二尺六寸の大刀でありながら反りはわずかに二分。
あきらかに通常の刀と違う構造をもっている。
なにより光輝くその刀身は闇夜と言うのに周囲を昼のように照らし出す。
「この刀は平安の末の頃の作でな、通常の剣術では扱えぬのだ。」
目を丸くして銀に見入る男二人を差し置いて彼女は先に攻撃を仕掛けた。
彼女は
着地した頃には式神はバラバラに崩壊していた。
「おいっ!こんな化け物相手にするとは聞いとらんぞっ!」
陰陽師が両腕の塞がっている彼を詰問する。
彼にしても道場と全く違う彼女の佇まいに何がなんだかわからなくなっている。
「冥土の土産にもう少し教えといてやる。
私の先祖は平安の頃、白拍子で宮中を舞っていたそうだ。
白拍子は通常扇子で舞うのだが内の先祖は刀で舞ったそうな。
なぜ刀なのか。
京にはこびる魑魅魍魎や腐れた陰陽師を調伏する隠密の退魔術師だったからだ。
私も退魔の伝承を受け継ぐ一人。
この刀は継承の証明。
従って私に式神は役に立たぬ。
せいぜいあの世で反省するのだな。」
そして次の刹那には首が二個地面に転がっていた。
つくづくつまらん奴等だと感じつつ手応えある相手をもたらす疫病神を心待にしていた。